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九の末裔 ~蛍狩り~  作者: 日向あおい
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7 ロボットとこんにゃく(1)

 

7 ロボットとこんにゃく




「てなわけで、紹介しまーす」

 直久はベッドに胡坐をかき、その隣の空間に右手を向けた。直久には珍しく人差し指ではなく、手全体を使っているあたり、ヒトはないものに対して最大限の敬意を表現してるつもりである。

 その直久の右手が指し示すシーツの上には、和久から借りたハンカチが置かれている。直久が紹介すると言っているのはもちろん、その丁寧に四つ折りされたハンカチの上に、偉そうにふんぞり返っている極小ヒト形生物のことだ。

 なぜか、直久にしか見えない。よりによって、まさかの、不幸にも、直久にしか見えない、と言った方が正しいかもしれない。

 ――なぜ、直久なんだ!

 とその場にいる誰もが思ったのは言うまでもない。

「えっと……あ、そういえば名前なんだっけ?」

『な、なんだと!? 無礼者め!! 我に名乗れと申すか!』

「だってさ、人に紹介する時って名前からがセオリーだろう?」

『むむ! そうなのか!?』 

「そうだって。じゃないと、オレが勝手に名前つけちゃうぜ? ちび丸とかマロ丸とかおじゃおじゃ丸とか……ちなみに、オレは直久ね。直ちゃん、でいいよ」

『――お前たちなんぞに名乗る名はない!』

「すっげー上からだし、偉そうだし、大げさだな!」

『愚かモノ! 偉いのじゃ! 上なのじゃ!』 

「わかった、わかった。んじゃ、マロちゃんね」

『!? な、なに!?』

 二センチ生物は二の句が継げないというように口をパクパクさせているが、直久はそんなことなどお構いなしに、ゆずると和久の方に向き直ると「だってさ」とだけ付け加えた。

「だってさ、って言われても――マロちゃんって呼んでいいわけ?」

「いいんじゃない?」

『良いわけないじゃろが!』

 間髪いれずに異を唱えた二センチ生物ことマロであったが、直久はニヤリと微笑み返すだけでその異議を却下した。

「いいんだ……けっこうフレンドリーなんだね。あっさり自分の名前言っちゃうなんて……なんていうか」

「いや、名前、言ってないけど」

「名乗ってないの!?」

「うん。だから、勝手にニックネームつけた」

「…………それ、受け入れちゃうんだね……そっか……」 

 残念ながら、『受け入れてないっ! 我は認めないっ!』という小さな声はが直久によって黙殺されていたという不幸な事実を、和久やゆずるが知る術はなかったのである。

 実はこの時、直久のような霊力をもたないタダビトに、“名を勝手に付けられる”ことを許すぐらいだから、強力な妖ではないだろう。きっと妖力が低すぎて自分たちには感じ取れないのだ。そうに決まってる。と、和久とゆずるは少しほっとしていたのだが、“妖に名を聞く” 以上のとんでもないことをしてのけたことを当の直久だけが気が付いていなかった。

『……もう、好きに呼ぶがよい。それも我が天命じゃろうて。ああ、我が力さえ戻れば、こんなに侮られることも無かろうて。口惜しいことぞ』

「あのさ、普通に喋ってくれていいから。かっこつけんなってー! だってさ、テレビ見てんだろ? テレビ見て何言ってるか分かってるんだろう?」 

『我は、音をそのまま聞いているわけではない。言葉など我が力をもってして、いかようにも理解することができる』

「あっそう。便利だねー。ネコ型ロボットのポケットから出て来る何語でも翻訳されちゃうステキなコンニャクみたいな感じってことでしょ。いいな、それ」

「直ちゃん、話が進まないし、いまいちまだ状況が飲み込めないんだけど、僕」

 明後日の方向へ話が飛んでいくので、さすがに和久が口を挟んできた。和久でなくともネコ型ロボットやコンニャクが出てくれば、誰だってそう思うに違いない。

 そうだった、とばかりに直久が両手を合わせるようにして、和久に謝罪の意を示す。

「ごめんごめん。とりあえず、オレの立ち位置は通訳でいいわけよね?」

「うん、よろしく。そのまんま伝えてくれればいいから。じゃないと状況把握できないし、僕たち」

 和久がゆずるに目配せをして同意を求める。ゆずるは静かに直久を見ているだけだったが、それはこの場合肯定を意味する。

「了解、了解――んじゃ、マロちゃん、お悩みをどうぞ」

『お悩み?』

「なんか助けて欲しかったから、ずっとカズとゆずるに話しかけてたんだろう?」

 マロは、急に押し黙った。表情こそ変化はないが、直久はマロが驚いているような気がした。

「言ってみなよ。力になれるかもしれないからさ」

 直久は、ニッと笑って見せた。

 マロは、少しの間だけ直久の心をのぞき込むように、直久を見つめていた。ふっと、視線を自分の手元に落とすと、小さく息を吐いた。そして、意を決したようにもう一度直久を見上げた。

『救い出して欲しい』

「うん」

『我ではない――我の半神とも呼べるお方のことじゃ』

「ほっほー」

 そこでしびれを切らした和久から注文が入る。

「ちょっと、直ちゃん! 全然通訳してないじゃん! 『うん』と『ほっほー』じゃ、全然わかんないんだけど?」

「あ、悪い。えっとね、マロちゃんには彼女がいるらしくって、彼女を助けてくれって言ってる」

「彼女?」

「マロちゃんの半身だって」

「マロちゃん彼女がいるんだ。それで彼女はどこにいるの?」

 残念ながら、直久の脳内翻訳機には“半神”という単語が無かったのだ。よって、一部誤訳のまま和久たちに伝えられたのも、いたしかたないことであった。

『あのお方は、今遠いところにおられる』

「遠いだって――ってどこだよ?」

『闇の中じゃ』

 マロは淡々と語り始めた。







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