第七話【大人と子ども】
行きとは違い、警戒はしながらも早く帰れたアルフレッド達は、それぞれのグループに分かれて、あの遺跡をどうするかについて話し合っていた。
他のグループは、空間を埋め尽くす魔力が引くまで待機するという考えで直ぐにまとまったのだが、クロウのグループだけは未だに言い争いを続けていた。
「やっぱり、俺一人で見に行くしかないと思います」
「駄目だ。あんなところにガキ一人で行かせられるかっての」
「いつも先頭歩かせてるくせに、こういうときだけ行かせないっていうのはズルいですよ」
「当たり前だろ。お前の体質と腕を信頼してるからいつも先頭を歩かせてるが、一人だけで遺跡攻略は訳が違う。何かあったときに助けられないんだからな?」
「でも、俺なら大抵の魔法系罠は突破できますよ?」
「自立起動小型ゴーレムの件を忘れたとは言わせんぞ。あぁいった手合いの稀少な遺跡系はゴーレム配置が多いのは知ってるだろうに。それに遺跡の機能が稼動したってことは、早くて明日にはワームが来る危険性もある。一旦帝国の奴らに任せて、その間にあのめちゃくちゃな魔力が入り口抜けて霧散するのを待つほうがいいだろ」
「だからって手を拱いて魔力が抜けるまで待ってたら他の発掘者が来ちゃいますよ? それに足隠すくらいの濃密な魔力のあるエリアなら、ゴーレムだって動かせないはずです」
「もしかしたら、だろ? 動けるタイプのだっているかもしれん。警戒しておくに越したことはない。大体、以前からそうだが、周囲の危険を察して動くのはいいが、向こう見ずすぎてお前はいつも怪我をする。そんな奴を一人で向かわせられるか」
「それ今関係ないですよね! 話のついでに違うこと叱るの、汚いですよ!」
「関係ある! 第一さっきの扉だって、お前が無用心にもあの台に近づいたから開いたんだぞ? 即効性の罠じゃなかったから良かったが、周りを危険に晒したのは事実だ! だから大人は子どもが真っ直ぐすぎて転びそうなのを叱るんだ! そりゃ小言の一つや二つや三つや四つも言いたくなるわ!」
「確かにさっきの扉はごめんなさい、不用意だったのは認めます! でもいずれは誰かがあの扉を開かなきゃならなかったのも事実ですよね!?」
「物事には順序がある! 結果が良かったからって毎度同じことをしていればいつか足元を掬われるんだぞ!? そのとき迷惑を被るのがお前だけでなく周りも巻き込んだ場合はどうする!」
「……それは、わかってます。ごめんなさい」
「ったく、だからいつまでたっても子どもなんだよお前は」
「悪いのはわかってますけど、そうやって子どもだからとか頭ごなしな言い方、嫌いです」
「そういう言い方がガキなんだよ!」
「そうやって同じこと繰り返すの、大人の悪いところだ!」
互いに声を荒げ、アルフレッドとクロウは顔を突き合わせてにらみ合う。
既にクロウのグループの他のメンバーは、彼ら二人の言い争いに参加せず、別の話題について話していた。
こうして口論をするのは何も珍しいことではない。直情的で大胆な動きを見せるアルフレッドと、慎重にことを進めるクロウでは、こうした口論はよく起こっていた。
性格は正反対ながら、互いの主義主張を曲げないところだけが似ている二人である。話はいつも平行線で、喧嘩に発展する手前を見極めてメンバーが仲裁するのがいつもの光景だった。
「そうやって都合の良いときだけ子ども扱いして! 俺だって皆と同じくらいに働いてるでしょ!?」
「仕事が出来るからって大人になれるわけがないだろ! もっと物事に対する深い思慮が出来るようになってから出直しやがれ! ゴブリンメイジに一人で突っ込んだときもだなぁ。普通は周囲の人間を集めて連携して倒すべきだったろうが!」
「でもそれじゃ人が死んでましたよ!」
「お前が死ぬかもしれなかったろ!」
「死にませんよ!」
「いいや死ぬね! ワームに生身で突っ込むなんて命が幾つあっても足りんわ!」
「でも! 結果として俺が動いたから被害は最小限ですんだじゃないですか! それに遺跡も見つけましたし! 褒めてくれたじゃないですか!」
「それとこれとは別問題だ! えぇい、この際だから言っておくけどな、お前のそのガキっぽい向こう見ずなところ、さっさと治さないといつか本当に大変な目見るぞ!?」
「そういうクロウさんも、慎重すぎてチャンスを逃がすんじゃないですか!? 引くだけじゃなくて、リスクを承知で前に進む必要だってありますよ!」
呼気を荒げて互いに一つも譲らない二人を肴にして、周囲の人間は雑談を始めていた。
いつもと変わらないいつもの喧騒。
アルフレッドを叱るクロウも、それを見守るメンバーも、野次を飛ばす同僚の作業員も、誰もが共通しているのは、この場で唯一の子どもであるアルフレッドを大切に思っているということだ。
そして、仕事仲間として信頼もしているからこそ、危険なことも託すし、逆に危険から遠ざけることだってする。
夢に向かって我武者羅で、英雄を志す故に身を挺して仲間を守ってきたアルフレッドは、頼れる仲間で、目を離せない子どもで、明るい未来を夢見させてくれる希望そのものだ。
本来ならライバル同士ですらある彼らが、他のベースキャンプの者と違って仲が良いのは、きっとアルフレッドのおかげだろう。
この荒野ばかりの世界で、真っ直ぐであるという強さはそれだけで価値がある。たとえ本人が、自分自身を魔力の扱えない落ちこぼれと自嘲しても、そこはきっと変えられないだろう。
だが、そんな奇跡のような希望すら飲み干してきたのがこの荒野だ。
あらゆる理不尽をもって、あらゆる全てを砂塵に返すその非情。容赦のない現実は、静かに、だが確実にアルフレッド達の下へ迫ってきていた。
贋作と笑う、現実。安寧とたむろする今日。
平穏に安堵するこの腕は、やがて流れるままに溢れ出た出来すぎに、現実という脅威を握り締める。
溢れ出る破滅に、遮る鎧。荒野を錯綜する偽りが真実と化すとき、物語は始まる。
第八話【それはまるでありふれた物語のように】
御伽噺と笑えばいい。
だが、この目に映る今、この場は、紛れもない激流だ。