第六話【深淵の遺跡】
翌日、ワームの襲撃によって崩落した遺跡に、いつもよりも大人数の作業員が集まっていた。
珍しく、普段はベースキャンプに居るはずの二機のサドンの一機までも居る。何故サドンまで居るのかというと、『喪失した秘術』や『ハーツ』などの稀少な物は、それ自体が強力な魔力を帯びているため、ワームも含めた魔獣が集まりやすいのだという。
そのため、襲撃がきても対処できるようにアインヘリアも含めた帝国の兵士が周囲を警戒していた。
「とりあえず、今回の功労者でもあるアルフから先に行ってもらうか」
「というか、いつも俺が先頭じゃないですか」
クロウの言葉に唇を尖らせて不満を口にするアルフレッド。こういった遺跡は、内部に侵入されたときに発動する罠が存在する。その殆どが、高度な魔法科学で作られているのが常であるため、抗魔力体質であるアルフレッドは罠に遭遇しても他の者よりも危険が少ないため、こうして先頭を進むことが多い。
尤も、このおかげでアルフレッドは他の作業員よりも多く稀少な技術や鉱石の数々を見つけることが出来るのだから、不満があるわけではない。
そういうわけでいつも通りの配置だ。勿論、彼らなりの冗談だというのは全員わかっているため、アルフレッドのぼやきに周りから軽い笑い声が上がった。
「なぁに、子どもに未知の探求を譲るのは大人の務めってな」
「そうそう。子どもは真っ直ぐ行って、大人に背中を任せればいい」
「安心しろアルフ。俺達がお前の背中を守ってやるぜ!」
口だけは達者だなぁと内心でぼやきつつ、彼らの激励にすっかりリラックスしたアルフレッドは、口元に小さな笑みを浮かべ、改めて遺跡の入り口を見た。
入り口は地下へと繋がる階段だ。大体人が二人も並べる程度しか横幅がない。
「地下道ですかね? この感じだと秘密裏に建設されたっぽいや」
「オリジナルアインヘリアの格納庫に通じるにしちゃ随分と狭いからな。こいつは大戦末期の研究施設かもしれねぇ」
「つまり、『喪失された秘術』の可能性が?」
「たまらねぇくらい臭うぜ。超くせぇ」
アルフレッドとクロウは会話を終えると、装備の点検に入った。腰のホルスターに拳銃とナイフ。ポーチには弾丸各種。そして背負ったリュックには発掘に必要な道具や、ロープ等など。
危険な薬品もあるかもしれないため、全員この熱い中で皮の長袖長ズボンに身を通している。最後に皮の手袋を装備したアルフレッドは通路の前に立った。
「行きます」
先陣を切って、アルフレッドは地下通路へと足を踏み出した。空から降り注ぐ日光の輝きが届かぬところまで降りてから、アルフレッドはリュックにぶら下げていたランタンを片手に持つ。これは内部の魔力を秘めた鉱石から放出する魔力で周囲を照らすものだ。光源としては足元を照らす程度でしかないが、長時間の使用や、炎と違って乱暴に扱っても炎が燃え広がったり、あるいは消えたりし難いのでこういう場では重宝されている。
日差しが届かぬ暗がりのためか、地上に比べて随分と涼しい。長袖で来たのは正解だったなと思いながら、アルフレッドは慎重に歩を進めた。
(鉄の壁……? それにしては錆とかが一切ないな)
継ぎ目の見つからない周囲の壁を観察する。五百年前の遺産だというのに、明かりを照らした箇所はおろか、全体に欠損はなく、錆ついている部分もない。頭上には細長い硝子の筒が天上に付いており、怪談の奥まで伸びているようだが、特に害があるわけではなかった。
階段に埃が積もっている以外は、むしろアルフレッド達が生活するベースキャンプよりも綺麗なくらいだ。
こうまで完璧に保存された状態の遺跡は珍しい。大抵は年月による風化によってぼろぼろになっているのが普通である。
「……クロウさん」
アルフレッドは後ろからついてきているクロウのほうに振り返った。クロウもアルフレッドと同じく言いたいことがあるのか、背後の作業員達にジェスチャーで止まるように伝えると、アルフレッドの隣まで来た。
「妙ですよ。ここまで保存状態が良いのに、罠はおろか動力が機能している様子すらない」
「お前も感じてたか。普通、保存が良いと大抵やばいのがあるんだがな……こいつは妙だ」
光が届かないのとは違う寒さを全身に感じたのか。クロウは探るように周囲を見渡しながら応えた。
バルド帝国跡地で見つかる遺跡は、基本的に保存状態が悪い。それは大戦終了時、魔王兵装の魔王具による破壊で、大抵の施設が吹き飛んだせいである。
しかし、中にはこの通路のように、魔王兵装の一撃すら耐え切るほどの堅牢な施設が幾つかある。有名どころは大抵調査されつくしたが、共通するのは、そこが重要な施設であるため、侵入者を迎撃する罠が数多く設置されていることだ。
別の地域では、罠によってその周辺を調査していたベースキャンプに居る作業員の半数以上が死んだ事例もある。
なので本来は新たな遺跡の探索とはかなり用心するのだが、アルフレッドが居るこのベースキャンプは、あらゆるベースキャンプでも特に危険な地域にあるためか、直ぐにでも動けるフットワークの良さがあった。何より、抗魔力体質であるアルフレッドが居るのは大きいだろう。
だからこそ大胆に突き進んでいた彼らだが、あまりにも何もなさ過ぎるせいで、逆に警戒心が強まっていた。
「どうする? 一応、一度引き返すのもアリだ」
「俺もそれはちょっと思いましたけどね。だけど上に居る帝国の人やアインヘリアだっていつまでも居るわけじゃないし、時間が経てば経つほど、他の地域から人が来て面倒になります」
「危険は承知だが……」
「ここで引いたら、それこそ本末転倒ってやつですよ。同業者が集まってから焦って奥に進んでドカンッはごめんですからね」
「だな……行くぞ」
クロウは再度ジェスチャーを後衛に送る。危険は承知だし、この仕事でリスクを伴わなかったことなんて一度もない。
前が暗闇だからこそ、一歩を踏み出す勇気が必要なのだ。だが蛮勇にはならないように、一歩一歩を踏みしめ、周囲を警戒しながら進む。
足音が通路内を異様なくらいに反射していた。離れている場所に居るクロウ達の息遣いまで聞こえてきそうだ。
静寂。暗黒に似合う静けさに不気味なものを感じる。
まるで奈落の底に落ちていくような奇妙で不愉快な浮遊感があった。先が見えない恐怖と、罠を警戒して消耗していく神経。
十分か。
それとも一時間か。
いや、三十分だ。
時計を確認したアルフレッドは、己を落ち着けるために深呼吸を一度行った。そしてリュックの外に括りつけた水筒を取り、一口だけ水を飲む。緊張で消耗したせいか、歩いているだけだというのに喉が渇いていた。
一口のつもりが二度、三度と口をつけて、溜め息一つ。
「……落ち着け」
飲まれた次の瞬間に罠が発動するかもしれない。溢れる汗を首に巻いたタオルで拭うと、歩みを再開する。
そして探索から一時間が経過したとき、アルフレッドはようやく長い階段の最後の一段を下り終えた。
「これは……壁? いや、扉か」
僅かに遅れて辿り着いたクロウ達が前面を明かりで照らすと、そこには灰色をした周囲の壁とは違って、黒塗りの扉が行く手を塞いでいた。
取っ手はないが、中央に縦一直線に走る溝があるこの扉は、一見して扉には見えない。その奥からにじみ出るような嫌な気配をその場に居る全員が感じた。まるで、何かとてつもなく危険な物を隠しているような威圧感に、警戒心が高まる。
「確か、魔力で開閉する自動ドアだったよな?」
クロウは己の知識を引っ張り出して、その扉らしきものの正体を言い当てた。人が前に立つと、何かしらの機能が働いて自動で開くタイプの扉だ。これは帝国でも首都では普通に使われている技術である。
しかしこれまでの道中で、施設自体が機能していないのは確認済みなので、この自動ドアは前に立っても開かないだろう。
扉の横にガラスの板のような物が乗ったアルフの腰辺りまである台がある。だがこちらは何をどうすればいいか分からない以上、下手に触ることは出来なかった。
「どうする?」
「……扉を壊すにも、今の装備じゃ無理だ。一旦戻って話し合うことにしよう」
クロウの提案に全員同意を返した。いつまでも手こずって、うっかり罠を作動したら意味がない。とりあえず外に出て、爆薬などを調達にするにしろ、相談したほうがいいだろう。
「……ホント、何なんだろう」
その一方、アルフレッドは扉を一度見てから、その隣の台に近寄る。無機質な通路と扉にあって、一際存在感を放つその台に触れないように一通り眺めてから、その台にはめ込まれた硝子の板を上から覗き込んだ。
瞬間、硝子板の奥から赤い線が走ってアルフレッドの目を軽く照らした。
「うわ!?」
『──計測。魔力量零、適性と判断しました』
思わず飛びのいたと同時、感情のこもっていない声が響き渡り、通路が眩い光に照らされた。
「ッ!?」
クロウ達は慌てて周囲を警戒した。歩いている最中は意味がわからなかった頭上硝子の筒は、どうやら彼らの持つランタンと似た機能があるらしい。光量は段違いだが。
魔力の光源は、入り口まで続いているようだった。その光源の明るさに目を細めているのも束の間、続いて黒塗りの扉が、奥に眠る威圧感とは裏腹にあっさりと左右に開いた。
「……動力が起動したみたいだな」
「あの台が起動スイッチだったのか? でも、どうやって?」
「赤い光が目を照らしたが、大丈夫だったか?」
「はい。少し眩しかったですけど、視界に以上とか体調がおかしいとかはないです」
アルフレッドは目を何度か瞬かせ、体の動作を確認するようにその場でストレッチをする。特に体の異常がないことから、あの光には害はなかったのだろう。
「それより、奥だ」
作業員の一人がランタンを開いた扉の奥へと掲げた。全員の視線がランタンの照らした方向に向く。
扉の向こうとこちらでは、まるで明るさが違っていた。それどころか、殺風景な階段通路とは違って、扉の奥の壁には幾つものパイプが壁一面に伸びていた。いや、それも手前ぎりぎりが僅かに見えるだけであり、空間そのものを埋め尽くす黒い霧のせいで、通路の奥はまるで見えない。
通路の先があるとわかったのは、光源は足元を点々と照らす緑色の蛍光灯おかげだ。パイプの向かう先に明かりは続いているが、その奥は暗くてよく見えない。
数秒ほどその通路を眺めていたアルフレッド達は、通路を埋めていた黒い霧が、空気に潰されるように床に沈んでいくのを見た。
「これは、魔力か?」
クロウはその霧がむせ返るほどの濃厚な魔力であると察し、顔を顰めつつ後ろに後退した。
他の作業員も、息が詰まるほどの魔力で顔を青ざめつつ階段をゆっくりと上っていく。
直後、沈みきった魔力は、まるで浸水するかのように床一面に蔓延し始めた。光を遮り、足元が隠れるほどに高濃度の魔力は、最早毒と変わらない。服越しに触れただけで、数分もしないうちに魔力中毒を起こして意識を失うだろう。
作業員達が焦りからざわめく。これまで幾つもの遺跡を調査、発掘してきた彼らにとっても、その異常な魔力量は体験したこともないものだ。
その中で、クロウだけはその魔力が長い間せき止められていたものが溢れてきたのだと察した。
唯一アルフレッドだけは、長時間いれば意識すら朦朧としそうな魔力の充満し始めた床に立っていながら平然としていた。
「アルフ」
「……撤退しましょう。いずれにせよ、一度戻ったほうがいいです」
彼はその体質のせいで魔力を感じなかったが、だからこそ魔力以上に危険な何かがこの通路の奥に居るのを無意識に悟った。
額から汗を滲ませ、真剣な表情で呟くアルフレッドの姿からクロウも何かを理解したのか。いずれにせよ長時間は居られないと判断し立ち込める魔力から逃げつつ「さっさと戻って体勢立て直すぞ」と告げて、その場を後にした。
ぶつかり合う意味。跳ねっ返りと言われようとも、立ち止まることのもどかしさを知るから君は吼える。
だからこそ、立ち止まる大切さを知る人達は、愚かを訴え、前に立つ。
第七話【大人と子ども】
明るすぎるから前が見えない。
暗すぎるから前が見えない。
二つ混ざって、丁度いい。