第五話【増魔兵装】
「ふぅ……」
今日の作業を終えたアルフレッドは、彼の発掘している遺跡のあるバルド帝国首都跡地付近に作られたベースキャンプにある宿屋の一室のベッドに寝転がっていた。
ベースキャンプとは言っても、そこは最早一つの村のようなものである。彼と同じく一攫千金を夢見てこの地に辿り着いた者達が寝泊りする宿屋や、安らぎの場である酒場、倒した魔獣の肉や臓物、遺跡から発掘されたパーツを売り、あるいは買うことが出来る市場。
表向きは帝国による管理運営がなされているため、帝国の常駐兵士が数名居るが、実際は殆ど流れ者によって暗黙のルールが敷かれた一つの小さな国家のようなものである。
当然ながら、一人で発掘を行うような者はこの中には居ない。幾つかの集団に分かれて、効率的に発掘作業を行っていた。
アルフレッドも例に漏れず、クロウがリーダーを勤めるチームに入って作業を行っていた。
二段ベッドが二つ置いてあるこの部屋は、クロウ達のチームが使っている部屋の一つだ。今は作業が終わった後とはいえ、この時間帯は誰もが仕事終わりに酒場へと躍り出ているため、部屋にはアルフレッド一人しか居ない。
アルフレッドは部屋に備え付けられている鍵付きの箱を開けると、そこから手垢だらけでぼろぼろの本を数冊取り出した。
これは両親が死んだ後に持ち出せた帝国の魔法学院で使う教科書だ。魔法のことや各種剣術や射撃術、そしてアインヘリアのことについて簡略的にだが説明されている。
既に何ページに何が書かれているかまで覚えているアルフレッドにとっては、今更読み返す必要などないのだが、彼は大好きな物語を聞く幼子のように目を輝かせて教科書を開いた。
簡単な図式でサドンの簡単な図解が書かれている。その次のページには、各種アインヘリアのことについて書かれていた。
まずはサドンを初めとした、量産型のアインヘリアである『魔術兵装』。百年戦争で投入されたアインヘリアに搭載された『レギオン』を解析して作られた動力炉である『フェイク・レギオン』を搭載したこのアインヘリアが、現代では最も戦場で多く確認されている。
この教科書には第三世代についての記述しかされていないが、現在は最新型の第四世代がロールアウトされているらしいということを、アルフレッドは駐在している帝国の騎士から聞いていた。
オリジナルのアインヘリアに比べて、魔力増幅の幅が少ないとはいえ、それでも搭乗した魔奏者の魔力を十倍以上にまで引き上げることが可能であり、各種魔法具を召喚、あるいは魔奏者本人が扱える魔法の威力を底上げして放てる。さらに機動力も高く、装甲は注いだ魔力の分だけ硬化し、自動修復まで行う『呼吸する鉄』で作られているため、魔法障壁との併用により防御面も破格だ。
未だ劣化複製といわれているが、その性能は充分以上であり、戦場ではアインヘリアの相手はアインヘリアにしか出来ないとまで言われている。
続いて、百年戦争で戦場を支配したかつての量産型アインヘリア『魔人兵装』だ。装甲が『呼吸する鉄』で出来ているのは同じだが、中身の精密部品すらも『呼吸する鉄』で構成されているため、半壊しようともエンジンさえ生きていれば完全に修復まで可能である。その能力を支えるエンジンである『レギオン』の出力が魔術兵装とは桁違いであるため、攻撃、防御、速度、ありとあらゆる面で魔術兵装を上回っている。その性能差はおよそ十対一。最新の第四世代ですら容易く圧倒するこのアインヘリアは、現在は生産が不可能であるため、一部のエースクラスしか使用していないという。
そして次が百年戦争時、エース級の魔奏者が扱っていたとされる『魔法兵装』だ。魔人兵装に比べて一回り巨大なその鎧の内側には、さらに出力の増大したレギオンが搭載されている。性能は言うまでもなく、魔法兵装には各種固有の魔法具があり、これらを用いることで、兵力も備蓄も足りなかったバルド帝国が、世界を相手取れたのだ。
最後は、最上級のアインヘリアである『魔王兵装』。歴史上では十八体のみ生産されたとされるこのアインヘリアは、魔法兵装すら圧倒する性能と、『魔王具』と呼ばれる戦略兵器レベルの武装をそれぞれ保有していたとされる。
現代では、その魔王具による暴走によって、バルド帝国は一瞬にして滅んだとされており、周囲一帯を魔力過負荷によって草木の生えぬ不毛の土地にしたとされる。
現在はその崩壊に巻き込まれて尚残った四体の魔王兵装が、帝国と王国にそれぞれ二体ずつ残されている。だがそのあまりにも恐ろしい性能のため、互いに戦場では扱わず、周辺に点在する魔族と呼ばれる、単体でアインヘリアを圧倒する危険な生命体の制圧のみに使われている。
以上がアインヘリアの主な概要だ。そこまで読み終えたアルフレッドは、本を丁寧に閉じると、溜め息をつきながら天井を見上げた
「サドン。かっこよかったよなぁ」
アルフレッドは今日間近で見たアインヘリアの雄姿を思い出す。
荒野を走るローラーの弾く熱砂の衝撃と、回るタービンの甲高い音色の重奏。
ワームを押出す力強い鉄の腕、全身から吐き出された熱気のような魔力。
放たれたラインライフルの重低音、灼熱の太陽のように圧倒的な輝きと熱を込めたソードシリンダーの閃光。
どれ一つも見逃すことは出来ない凛々しき姿。
いつかはと憧れる鋼鉄の巨人。
「俺も、いつかは……」
全身から魔力を漲らせて、アインヘリアの『フェイク・レギオン』を稼動。助けを求める人々の前に颯爽と現れて、彼らを守る鋼鉄の砦となる自分を思い描く。
アルフレッドが考える英雄像はシンプルだ。困った人々を助ける絶対なる力。人を食らう魔を寄せ付けない鋼鉄の鎧。
だからこそ彼は、アインヘリアが戦場で使われている現状が許せなかった。あの力は人を守る力であり、人を害する力ではない。
しかし、アルフレッドの思いは子どもの持つ幻想に過ぎない。人と人の戦争のために作られた初期のオリジナルアインヘリア。そして、巨大魔獣討伐の名目で当初作られながら、結局は人の戦いに投入された量産型アインヘリア。
どちらも、人の業が生んだ闘争の道具だ。
しかし、それでもアルフレッドは思うのだ。
鋼鉄の背中は人々を安堵させるもので、決してその背中以外を戦場で見せてはいけないのだと。
その恐るべきが向けられるのは、人を害する魔獣や魔族のみ。
「俺も魔王兵装に乗って……」
そんなアルフレッドの理想が魔王兵装だ。単純に、人同士の争いに向けたら今度こそ世界が滅ぶ危険があるために投入されていないだけとはいえ、それでもアルフレッドにとって魔王兵装というアインヘリアは英雄そのものだった。
「お、やっぱ部屋に戻ってたかアルフ! 探してたぜ!」
部屋に入ってきたのはクロウだ。口ぶりからしてどうやら自分に用があるらしい。アルフレッドはベッドから降りてクロウと向き合った。
「どうしたんですか?」
「へへへ、とりあえず付いて来い」
些か興奮気味のクロウの様子に首を傾げつつも、その後をついていく。普段も仕事の終わった夜はそれなりに賑やかなベース内だが、今日はいつにもまして外の様子が騒がしかった。
人の間をすり抜けて、二人はざわつき元である人々の密集した場所に辿り着いた。
「おらお前ら! 退いた退いた!」
クロウが率先して人ごみを掻き分けて、アルフレッドはその後ろをついていく。
ようやく人ごみの先頭に出たアルフレッドが見たのは、様々な情報などを載せる連絡板だ。無数と張られた紙の上に、新しい紙が張られている。
「新たな遺跡の発見?」
「ほれ、今日巨大魔獣が現れて交戦しただろ? それでぶっ壊れた遺跡の瓦礫から、地下に通じる通路が見つかったみたいだぜ」
「あの時の……」
アルフレッドは、ワームの突撃を奇跡的に回避したときのことを思い出す。
「お手柄ってやつだな」
クロウはアルフレッドの肩を軽く小突いた。今日のアルフレッドの活躍を知っている周囲の人間も荒々しくもアルフレッドを褒め称えてきた。
もみくちゃにされながら、周囲の感謝に満更でもない笑みを返す。
「とりあえず、明日から早速探索作業するが、左手は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。幸い、ちょっと引きつってるだけで、包帯ちゃんと巻いておけば仕事に支障はありません」
「よし……オラ! 俺もアルフも明日は早いんだ! テメェらも騒いでねぇで明日のためにさっさと寝ちまえ!」
クロウの言に、周囲は軽く愚痴を零しながらも、新しく発見した遺跡の探索に向けて、体力を温存するため、各々の宿へと帰っていった。
「よし、見つけたのはお前だからな。明日は最初に入れよ?」
「了解です」
アルフの快活な返事に気を良くしたのか。クロウは親が子にするようにその頭を乱雑に撫でると、さっさと部屋へと戻るのだった。
「……新しい遺跡か」
人も疎になった連絡板を見上げながら、アルフレッドは一人呟く。
この遺跡で、『喪失された秘術』ないし、『フェイク・レギオン』の動力に使われる魔力増幅結晶『ハーツ』を大量に手に入れて換金すれば。
「そしたら、騎士学校に入れる金も溜まるかな」
これまでこの『幻想世界』で稼いだお金は、既に試験費用と入学金は充分に賄えるほどはある。学費も払えるには払えるが、食費などを考えた場合、もう一稼ぎ必要なのは確かだ。
未だ、魔力を扱えないという難点が残っているが、今度の遺跡でいいのを掘り当てたら、問題の一つはクリアできる。アルフレッドは現在十五歳。試験が受けられる年齢は十六歳までなので、この遺跡を逃したら、入学できたとしても貧困にあえぐことになる。
ただでさえ魔力というハンデがあるのだ。確実に帝国の魔奏者となるには、自分の身の回りくらいは万全にして然るべきだろう。
「やるぞ……やってみせるんだ」
両手を力強く握り、作った拳を見つめる。
夢を手にする。
夢を叶える。
そのために必要な大切な両腕。
握った拳に込められた確かな熱を信じて、アルフレッドは曇りのない眼で一面に広がる星空に拳を掲げた。
暗く、深く、重く。
重なる漆黒に滲む恐怖。進む指先はおぼろげで、しかし明日を夢見て踏み出すのは今。
第六話【深淵の遺跡】
そこは、禁じられた聖域。人の踏み込めぬ異端の扉は、無垢なる瞳のきらめきを受けて静かに開く。