第四話【夢と希望】
「よし……これで治療は済んだぜアルフ」
「ありがとうございますクロウさん」
発掘現場付近に作られた簡易テントにて、アルフレッドは同僚であるクロウという老け顔の男から左手の治療を受けていた。幸いにも瓦礫の一撃は骨にまで響かず、幾つか青痣を作っただけであったのは不幸中の幸いだろう。
医務室というわけではないので、ベッドなどといった物はない。なので、先ほどの戦いで傷ついた者達は全員呻きながら横たわっていたり、しゃがみ込んでいたりしていた。
「お疲れさん。だがよぉ、無理はよくねぇぜ?」
「ハハハッ、肝に銘じておきます」
「それ何度目の台詞だぁ? つーか、今回はやりすぎだっての。ワームを生身で相手取るなんざ死にたがりにしか出来ないぜ?」
「死ぬつもりはないですよ」
「どーだかな」
クロウは呆れた風に溜め息をつくも、労いの意味を込めてアルフレッドに水筒を手渡した。
「少し前に汲んだばっかだからまだ温くはないはずだぜ?」
「でもクロウさんの口つけたやつなんてなぁ。臭くて堪らないでしょ?」
アルフレッドの軽口に笑みを僅かに深くすると、同じく笑っているアルフレッドの首に腕を回して、その頭を拳でぐりぐりと擦った。
「こんにゃろ! 人の好意を何だと思ってやがる!」
「イテテテ。こっち怪我人ですよ!?」
「ったくよぉ……自業自得だっての」
「へへっ。とりあえずいただきますね」
クロウの拘束を抜け出したアルフレッドは、乾いた喉に少々温くなった水を流し込んだ。一気に押し込んでは咽てしまうため、軽く一口程度で直ぐにクロウへと水筒を返す。
「ありがとうございます」
「なぁに。お前さんにゃ周りの奴らも含めて色々と助けてもらってるからな。このくらい気にすんなよ」
クロウの言葉を聴いたテントの中の幾人かも、同意の声をあげた。
当初、アルフレッドがここを訪れた頃は、まだ大人になりきっていない少年の姿のせいか見向きもされていなかったが、彼自身の努力も相俟って今ではこうして大人達に認められるほどだ。
何よりも、第二次百年戦争が始まってから数十年。困窮の一途を辿るこの世界で、他者を助けることを躊躇わない心優しく、強い少年というのが、周囲の大人にとっては心地よかったのだろう。
この荒野ばかりの世界で、よくぞこんなにも真っ直ぐな少年が育ったものだと誰もが思った。
「よしっ……それじゃクロウさん。俺、今日は先に帰って勉強しますんで、後はお願いします!」
アルフレッドは言うが早く、クロウの返答も聞かずにテントを出て行った。
「おい……! ったく、怪我人の癖に無茶しやがって……」
さっさとその場を後にするアルフレッドに悪態をつくが、何やかんやで面倒見のいいクロウは、今回の戦いの功労者である彼を内心では心配していた。
「しかし、勉強ねぇ……本当にアインヘリアの魔奏者になるつもりなのか、アルフの奴」
二人の会話を聞いていた男の一人がクロウにそう呟いた。その言葉に込められているのは若干の呆れだ。それはクロウも同じなのか、頷きを一つ返すと、アルフレッドが走っていった方角に視線を移した。
「魔力を一切扱えないのによくやるよなぁ……」
「魔法はまぁ魔力量が物を言うから仕方ないとして、一切持ってないのは痛いよなぁ」
「だけどそのせいかある程度なら魔法の威力を削げるからなぁ。ほら、今日のゴブリンメイジとやりあってあの程度ですんだのはそのおかげらしいしな。まぁ治癒魔法とかの肉体に直接作用する魔法は全部掻き消しちまうから一長一短だって言ってたがよ」
次々に仕事仲間達がアルフレッドのことを話し始める。そんなこと、クロウは随分と前から知っていたため特に驚くことはなかった。
気づけば勝手にアルフレッドのことについて男達は語りだしていた。誰もが真っ直ぐ過ぎて危なっかしいアルフレッドを心配だと話していた。
その全てを耳から耳へと流しつつ、クロウは茨の道を進もうとしているアルフレッドのことを思う。
アインヘリア。現行の兵器で最強とされる魔法具は、当然ながら魔力を扱えなければ乗りこなすことは出来ない。しかもその魔力は、一般人が使えるようなまるで役に立たない魔力ではなく、個人でも魔法を使用できるほどの多量な魔力が必要だ。
だというのに、アルフレッドは魔力を『一切生み出すことの出来ない人間』であった。
どんな人間でも、言葉を話し始める頃にはある程度の魔力の操作は可能だ。だがアルフレッドは周囲の子どもより聡明であったにも関わらず、誰もが行える魔力の行使をすることが出来なかった。
劣等。
欠陥品。
貧困にあえぐ人々の中で、尚劣っていたアルフレッドは格好のいじめの的であり、周囲にそう言われ続けていた。実際、幼い頃は回りの子どもや大人にまで陰湿ないじめや罵倒を数多く受けてきてさえいる。
それでも彼はアインヘリアを駆る魔奏者になることを諦めなかった。
どんなに罵倒されようが、どんなに諦めろと諭されようが、それでも幼き頃に見たあの巨大な鋼鉄の背中への憧憬を捨て去ることは出来なかったのだ。
──いつか、アインヘリアに乗って、俺も誰かを守る『英雄』になってみせる。
幼いころの憧憬。その夢を綺麗なまま腐らせずに、彼が真っ直ぐ成長できたのは、今は亡き優しい両親のおかげだろう。
──アルフは強い子だ。
──前を向き続ける強さがアルフにはあるんだよ。
──真っ直ぐな子になりなさい。
──優しく出来る人は、いつか誰かから優しくされるから。
──そのときこそ、お前は『大切な誰かを守れる人』になれる。
両親から与えられた愛情と言葉、そして彼にとって幸運だったのは、両親はかつて帝国に仕える軍人であったために、周囲の人々より教養があったことだ。
そんな二人の両親の元、勉学に励み、剣の特訓や銃器の扱い方を習ったアルフレッドは、魔力が扱えないだけで、同年代の誰よりも心身ともに優秀な子どもに育った。
そして今より一年前、突然の戦火によって両親を失いながらも、アルフレッドは真っ直ぐであることを貫いた。
いつか、両親がかつてそうだったように、アインヘリアの魔奏者となって戦争を終わらせ、人々を守る盾になってみせる。帝国だけではなく、敵である王国の人々すら守ろうとしてみせた英雄である両親の大きな志は胸に宿っている。
真っ直ぐな少年なのだ。だからこそ、その努力が無駄であるのが分かっている周囲の大人達は、その姿が痛々しいものに見えてしまう。
「……だが、真っ直ぐなアイツが、眩しいんだよなぁ」
愚直。愚かながら、真っ直ぐであるその姿は、長引く戦争の中で誰もが忘れた輝かしい姿に違いない。
戦争は人々から明日を夢見る活力を奪った。
今を生きられるか。
過去を呪い続けるか。
明日なんてものはわからない。
磨耗しきった大人にとって、こんな世界で愚かな理想を掲げるアルフレッドは、確かな希望であり、同時に不安の種でもあった。
彼が倒れたとき、今度こそ自分達は夢を見る強さを忘れることになるだろう。
願わくは、アルフレッドがその夢を叶えられるように。言葉にはしないが、アルフレッドを知る大人達は祈るのであった。
憧れを語れる優しい場。
温もりに育てられた息吹きから、鉄の鎧を幻視する。
第四話【増魔兵装】
その力は、戦争が育んだ呪いの鎧。