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魔神兵装クロガネ  作者: トロ
【落ちこぼれの手にした最強】
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最終話・6【愚かと呼ばれる、君の名を━━】


 サドンの全身の漆黒がガラスを割ったような音をたてて砕け散る。限界など既に突破していたサドンは、最早動くことも叶わずに荒野へと崩れ落ちた。


「……ッ」


 その途中で剥き出しになったコックピットからアルフレッドも投げ出される。血まみれの体は、もう殆ど力が入りそうになかった。

 リミッターを外した反動か。着装は強制的に解除され、肉体を現出させたクロガネも、アルフレッドと同じく力なく横たわった。

 でも、まだだ。


「まだ、だ……」


 血が混じったアルフレッドの声に、クロガネも荒野を舐めながら頷いた。


「あ、ぁ……まだだ、我が、主」


 砂塵の先、コックピットに穴を空けたヴィジョンもまた、その両目から光を失って横たわっている。

 動く気配はなかった。魔神を模した恐るべき魔人兵装は、その脅威を全て失っていた。

 だが動かないのは魔人兵装ヴィジョン。


「アール・ヴァーミリオン……!」


 睨み据える先、ブリューナックの一撃で体の殆どが傷つき、火花を散らしているアールが、死にかけの肉体を鋼の精神で支えて迫ってきている。


「魔神兵装……! 終わらん……まだ、俺の闘争は終わらんぞ!」


 何がアールをそこまで駆り立てるのか。いや、そんなことを思考する意味はない。

 奴は立った。

 そして今も歩いている。

 対してこちらは、立ち上がることすら一人では出来ないけれど。


「アルフ……」


「あぁ……!」


 伸ばした掌が繋がる。指を絡めて、強く握りしめれば、後は繋がりを頼りに二人は互いを支えて立ち上がっていくのだ。

 一人では出来ない。

 でも、俺達は、二人だから。

 ゆっくりとだが立ち上がったアルフレッドの腋に手を通す形で、クロガネがその半身を支えた。


「最後の一発だ、受け取れ」


 そして、アルフレッドの手に彼の愛用している拳銃を手渡した。

 クロガネの手で呼吸する鉄製に精錬され治されたけれど、見た目と手触りはいつもと同じ。

 装填されているのはLMB。クロガネがなけなしの魔力で作り出した一発だけが込められていた。

 これだけでも充分だ。

 アルフレッドは確実に距離を詰めてくるアールへと、握りしめた拳銃の銃口を向け、苦痛に歪んだ表情をさらに崩した。


「ッ……くそ、照準が……」


 ただでさえ血の流しすぎで視界が霞んでいるというのに、腕は震え指先も痙攣し、照準がまるで定まらない。

 アールが近づいてくるのに焦るせいで、さらに照準が乱れるというのに、それを止めることが出来ない。

 震えている。積み重ねられた疲労と痛み、そして執念でこちらに迫るアールの気迫に気圧されて。

 このままじゃ━━

 焦るアルフレッドの掌に、白く小さな掌が重ねられたのはその時だった。


「あ……」


 隣を見れば、真っ青な顔だというのに不敵な笑みを湛えるクロガネが居る。

 言葉は無かった。

 言葉なんて、いらなかった。


「……そうだな」


 アルフレッドは前を見た。

 真っ直ぐに見据えれば、霞んだ視界は広がって、掌の震えはいつの間にか治まっていた。

 銃口を前に。

 外さぬように、狙いを定め。

 銃爪に触れた指先へ。


「……アール」


 何故、お前がここまでの執念で戦っているのかはわからない。だが、お前のその執念も、きっとお前の中で揺るがない一本の柱として立っているのだろう。

 そのことに敬意を表する。

 それだけは、凄い奴だと心から思った。


「だから、終わらせよう」


 撃鉄が上がる。引き絞る銃爪に弾かれるように叩きつけられたハンマーが、装填されたLMBの尻を叩いて白熱した。

 唸る轟音は夜を行く。

 結末は銃声の後。鋼鉄のうねりは狙いをたがわず、アールの胸部に埋め込まれた水晶を砕き散らし、とどめの一撃を受けたアールの体は、糸が切れたかのように崩れ落ちた。


 それは、静けさに終わる決着。


 胸を穿つ鋼の重みを確かに、アールは己の敗北を静かに受け入れた。


「これも、また……ひとつの真実か」


「アール……」


「お前の勝ちだ魔神兵装。そして適格者よ……胸の異質の杖ごと、動力炉を砕かれた……俺にはもうお前達を害する力は残っていない」


 これから死ぬというのに、アールの口調は淡白なままだ。互いを支えあってアールの元まで辿り着いたアルフレッドとクロガネは、そこで力尽きて二人そろって膝をついた。


「アンタ、死ぬのか?」


「……あぁ」


「そうか……そうなのか」


 アルフレッドは何か言おうと口を開き、だがそれ以上かけるべき言葉が見つからず、顔を伏せて言葉を飲み込んだ。

 その姿を見て、アールは不思議そうな表情でアルフレッドへと問いかけた。


「お前は面白い男だな」


「何?」


「お前の大切な者達を葬った俺のために……お前はそんな表情をするのだな」


 アルフレッドには自覚はない。だがその表情は、アールを見つめる瞳は悲しみに彩られていた。


「……いや、愚かと言うべきか」


 敵の死に際で、悲哀に伏せるこの少年を他人が見れば、きっと呆れ果ててしまうだろう。

 だがアルフレッドはそうなのだ。

 英雄を目指すといったこの男は、誰かを守ると誓ったのだから。


「……英雄、と言ったな」


 アールはアルフレッドの語る英雄という存在が何なのか、少しだけだが理解したような気がした。

 他人に笑われ、呆れられ、無知だと嘲られ、愚かとなじられる。そんな愚行を積み重ね、いつしか偉大と謳われる者。

 英雄。

 愚かをと呼ばれる者の名を、遠い未来で人々はそう呼ぶのだ。


「ならば、世界を崩すその(クロガネ)で━━やってみせろ、英雄を」


 世界を守る英雄と。

 世界を崩す魔神で。

 相反しながら支えあうことで強く在ろうとする二人の顔を最後に見据え、アールは無表情のまま、だが何処か喜びを湛えた眼差しを送りながら、その長きにわたった人生に終止符を打つのであった。


「……やりましたよ、クロウさん、サフランさん」


「アルフ……」


「悪いクロ……少し、疲れた」


 震えているのは、決して疲労だけのせいではない。

 クロガネは、顔を逸らして空を仰ぐアルフレッドの肩へと手を乗せた。

 けれど、その思考を読むようなことはしなかった。

 そんなことをしなくても、彼の気持ちは手に取るように良くわかる。


「終わったよ、だから今はゆっくり休め……我が主よ」


 震える肩が全てを語る。

 悟らなくても、悟らないからこそ汲み取れるその想いを共有するように、クロガネもまたゆっくりと空へと視線を移した。

 未だ、外ではワームとの戦闘が続いている。だがそれももう少しすれば決着することになるだろう。


「クロ、俺は何か出来たのかな」


 不意に零れ落ちた言葉は、背中越しにクロガネに届いた。


「何か、か……」


 クロガネはどう答えるべきか言葉に詰まり、躊躇いながらも口を開いた。


「何も出来ていないのだろう。この戦いは私が目覚めた結果ならば、何か出来たのではなく、何かを失うばかりだった」


 そういう意味では、アール・ヴァーミリオンがこの戦いで何かを成し遂げた者だろう。その本当の目的はわからなかったけれど、クロガネの目覚めとそれに伴う諸々を彼は行い、最後は力及ばず荒野に沈んだが――それもまた彼にとっては満足のいく結果だったはずだ。


「そうか。そうだよな……」


 アルフレッドもクロガネの言わんとするところが分かった。

 そう、失ってばかりだった。手にしたものは僅かで、代償に失ったのはアルフレッドの周囲にありふれていた日常。


「アルフ。この件は私の――」


「俺達のだよ、クロ」


 アルフレッドはクロガネの小さな掌に己の掌を重ねた。


「何も出来なくて、失ってばかりの俺達だよ……それがお前と俺が出会ってから、この決着で突きつけられた真実だ」


「だが、私が目覚めなければこんな真実にはならなかった」


 そう自虐的に言うクロガネの掌を握る力を、もう少しだけ強くする。

 繋ぎ止めるのではない。

 共に背負うと決めたから。


「痛みも、苦しみも、喜びだって、俺達は一緒だ」


「そう、か……うん。そうなんだな」


「あぁ、そうさクロ。俺とお前は」


「二人で、一人前だな」


 クロガネもまた、握った掌に力を込めて、アルフレッドの誓いを、意志の強さを力として心に刻む。


「何も残っちゃいない。でも、だからこそ……一から英雄を目指せるんだ」


 己の罪の在処を知りながら、それでもアルフレッドは英雄という罪を再度犯す覚悟を決める。

 それは、許されざる愚行だろう。

 この先も、クロガネという力がある故に、何も為すことも叶わず、また失うだけの真実が起きるかもしれないというのに。

 だがアルフレッドは迷いなく、握った鉄に思いを託す。


「全く、とことん愚か者だよ、お前はな」


 しかし、そんな愚かを、クロガネはとても愛おしく感じるのだ。

 先程まで気付かなかったが、空には数えきれないほどの星と、三つの月が輝いている。

 今はただ、周囲の喧騒は忘れて、静寂の空を楽しもう。

 背中合わせになった二人は、それから何も語ることもなく、それでも背中越しに重ね合わせた掌だけは解くことなく、いつまでも空を見上げ続けるのであった。






 戦いの終結はそれからすぐだった。

 アールが死に、異質の杖による制御から解放されたワームの群れは統率を失った。そのせいで、密集したことが仇となり、ワーム達はサドンの攪乱により同士討ちを行い、発生した混乱を制したサドンはワームを制圧した。

 だが派遣された兵員の消耗は激しく、戦闘終了直後、彼らは破壊されたベースを廃棄して補給基地へと撤退をしていった。

 幸運なことに、ワームの軍勢という異常事態を前に帝国が調査ではなく防衛に徹したことがアルフレッドとクロガネには幸いした。


「……これでいいか」


 アルフレッドはベースの片隅に作り上げた二つの墓を前に、軽く汗をぬぐって一息ついた。

 アールとの戦いで負った怪我は、クロガネが自動修復を終えた後、すぐに回復魔法で完全に治癒した。

 その後、アルフレッドはアールの死体を埋葬し、その隣には爆発で死体ごと消失したサフランの墓をすぐに作り上げることにした。

 クロガネは着装をしてすぐに墓を作ろうと提案したが、アルフレッドはあえて自らの力だけで穴を掘り、夜通しで簡素ながら墓を作り上げた。

 墓標には大破したサドンの内部より採取したハーツの欠片を代わりに突き刺している。アルフレッドとクロガネは、手にしていたスコップを横に突き立てた。

 後を託してくれた大人。

 前に立ち塞がった大人。

 どちらも、アルフレッドに何かを残してくれた人を前に、何を思うでもなくただ安らかにと黙祷を捧げた。


「あ……」


 その時、地平線の向こう側から太陽が昇り始めた。広がる荒野を徐々に照らしていくその朝日は、まるで二人が行く道を照らしだしているようにも見えて。


「いつ追手が来るかわからんからな……そろそろ行くとしよう。我が主よ」


「分かった。行くとするか……俺達の最初の一歩だ」


 朝日の明るさに目を細めながら、アルフレッドは隣のクロガネに笑いかけた。


「あぁ! 何もかも失った我らだからこそ、ここより刻む初めの一歩が軽やかというものだな!」


 朗らかに答えるクロガネの、その明るさに少しだけ救われる。目じりをさらに緩めながら、アルフレッドは朝日に透けるクロガネの銀髪に手を乗せた。


「そうさ。ここから、一歩。俺達の一歩目だ……そうですよね? クロウさん、サフランさん」


 そして、アール・ヴァーミリオン。

 心に刻まれた鮮烈は、きっと死ぬまで忘れることはないだろう。

 でも、俺はお前を超えて、振り返ることなく進んでやる。

 それが、お前にとって、そして、ここで散った全ての人に対する、俺が出来る唯一のことだから。


 この荒野を蹴り上げて、踏み締めた足跡こそ――


「それで、これからどうする?」


「さて、帝都にでも行ってお前のことを調べるか……というかクロ、ブリューナック手に入れたんだから、それを頼りに調べるとかできないのか?」


「出来んことはないが、あまりお勧めはしないな。これは主兵装でしかなく、索敵として使うにはあまりにも頼りない……尤も――」


「尤も?」


「やれんことはない、そういうことだよ我が主」


 いつか再び、この荒野に散ることもあるかもしれない。

 だがそれでも、そう言える今だけは掛けがえのない確かなものだと思えるから。


「だったらどっちにするか決めるとするか」


「ん? も、もしや!?」


「あぁ、そのまさかだよクロ」


「じゃんけんだな! じゃんけんなんだな!」


「正解」


「やったぁ!」


 迷いの波に飲まれる前に。大事なものを手放さないために。


「それじゃ行くぞ」


「やらいでか!」


「最初はグー」


「じゃんけん!」


 今はただ、疾走(はし)りだせ。


「「ぽん!」」


 燃える朝日は、いつも二人の前にあるのだから――














 いつか灼熱に(かいな)をかざし、続く日々に前を向いた君が、挫折の跡に空を仰ぐ。

 弱さの意味は知っている。答えがないとも分かっている。だからこそ、愚かと呼ばれる君の()は、先も見えない熱砂の向こうすら志す。

 恐れも不安もない

 胸に刻んだ(クロガネ)を抱きしめて、故にと吼える今を誇れる限り。

 さぁここから、枯れた荒野を疾走(はし)りだそう。


 君と私が繋いだ、鋼鉄の絆を支えにして――





 【魔神兵装クロガネ】完






あとがき


トロ的ボーイミーツガール第一弾、鋼鉄編はこれにて完結。


さてさて、ここまで読んでいただきありがとうございました。一先ずという形ではありますが、これにて魔神兵装クロガネは完結という形にさせていただきます。まぁ続編がありそうなオチではありますけど、書きたいことは書けたと思っていますので。


というわけで、ここからはいつも通り長いあとがきとなりますので、そういうのが面倒な方はここでお別れです。では、私のその他の作品もよろしくお願いします。















荒野を疾走る鋼鉄のボーイミーツガール。

というフレーズが脳みそにひらめいたのは、別作であるヤンキーヒーローを書くより少し前でした。その時は既にヤンキーヒーローの形がある程度出来上がっていたので、このフレーズを使用するのは当分後だろうと思い、パソコンの片隅にフレーズだけが残されるだけに終わりましたけど。

愛着があるようで、別にない。そんな微妙なところからスタートした今作ですが、テーマとしては『答えられない綺麗事』とでも言いましょうか。全ての人を守る英雄に憧れるアルフレッドは、その憧れに届きうる力であるクロガネを手に入れて、それでも結局明確な答えを持つことも出来ず、最後はクロガネ以外の全てを失いました。

言葉にすればバッドエンドですが、それでも物語の最後、アルフレッドは誓った綺麗事を尚も手放すことなく掴んでいましたし、クロガネはそんなアルフレッドの愚かな姿を良しとしました。

徐々に死滅していく世界で、英雄になるという愚かな憧れを抱き続け、それなのに英雄になりうる明確な道が全く見えていない。他者から見れば愚かであり、力を持っている分災厄のような存在でしかないでしょう。

だが、それでも。っていうのがこのクロガネで書きたかったことでした。そのため、書いている間、アルフレッドにはとことんむかつきましたし、もういっそ殺したほうが良くね? とか何度も思いましたが、それもいい思い出。書き終わるといつも思うことですが、今は荒野に踏み出す二人の旅路が平穏であることを願うばかりというのは、どうしようもないというか。

さておき、どうしようもない現実に立ち向かうならば、ドン・キホーテになるしかないというこの作品。実は十五万文字以内で終わらせるつもりがここまで長引いたことと、焦るあまりに、ラストあたりはかなり圧縮して書いてしまったこと、そこまでしておきながら十五万文字を普通に超えたことは心残り。でも、いつも通りにそれも含めてこの魔神兵装クロガネという作品だったと思います。

終わりよければ総てよし。とまでは言いませんが、一話毎に予告書いたりロボット書いたり怪獣書いたりか弱い俺様ヒロインまで書けて満足でした。テーマとかなんとかここまで書きましたが、ぶっちゃけ書きたかったことなんて案外陳腐なものです。とても楽しかった。

では、いずれまた機会があったら続きを書くこともあるかもしれません。その時はまた、この作品を読んでいただけたら幸いです。


短くも長い間でしたが、改めまして、ここまで読んでいただきありがとうございました。また別の作品でお会いしましょう。







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