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魔神兵装クロガネ  作者: トロ
【落ちこぼれの手にした最強】
36/38

最終話・5【愚かと呼ばれる、君の名を━━】


 一瞬のうちに展開した障壁の半分以上が砕け散った。

 クロガネの全力を賭した魔法障壁は大抵の魔法では一枚砕くことすら至難の業だ。それを一瞬で半数。しかも最悪なことに、ヴィジョンが放った切り札、ブリューナックは、尚も衰えることなく白色の閃光を放っていた。

 『群れなす(レギオン・)心臓(ドライブ)』は全力で回転している。その尽きることのない膨大な魔力をもって強引に障壁を維持しているが、ここにきて殆どの機能を失っている故の弊害がクロガネを苛んでいた。


「出力が……足りん!」


「クロ……それは……!」


「すまぬアルフ……今の私では……ぐぐぐ、これが限界だ……!」


 無限の動力も、それを解放する出力の限界値が低ければ意味はない。

 言うなれば今のクロガネは、広大な海の水を小さな蛇口を通して汲み取っているようなものだ。とはいえ、普通なら今のクロガネの出力でも、大抵の相手であれば難なく妥当することはできる。

 しかし、相手はかつての大戦で猛威を振るった魔人兵装。

 しかも、その左腕は、クロガネ自身の所有していた究極の矛なのだ。


「耐えろ、アルフ!」


 絶え間なく魔力と術式を処理しながら、クロガネはアルフレッドに檄を飛ばす。

 その声に応じてアルフレッドも両足が地面にめり込むくらいの力で踏み止まるが、障壁は今尚確実に散らされていき、徐々に圧力は増している。

 十秒。

 残された時間はその程度。それを過ぎれば修復と補修を繰り返している障壁が全て貫かれ、あの白色の殺意が二人を飲み込んでしまうだろう。

 それまでに何とかして打開策を講じなければならない。

 だが何がある。

 何ができる。

 必至に堪えるアルフレッドを横目に、クロガネは焦燥の面持ちで思考を加速させるが、現状の力では限界を超えたとしてもわずかにこの力を押し返せるのみ。

 万策尽きたか。

 そう思った矢先、突然ブリューナックから放たれる閃光が僅かに横へと逸れた。


「ッ! 『群れなす心臓』制限解除! アルフ!」


「ぐ、ぉぉぉぉおおおおおお!」


 針の穴よりも小さな隙。逃すことなく出力の限界値を無視した魔力を生み出したクロガネの叫びに応じて、アルフレッドは交差した腕をそのまま真横へと振るった。

 逸れた力に弾かれるようにして、アルフレッドの体が吹き飛ぶ。辛うじて抜け出した破滅の閃光は、障害を失った力をそのままはるか彼方へと飛ばしていった。

 後方で太陽の如き光が生まれる。その輝きを背中に浴びながら、限界を超えた力によって苦痛に表情を歪めるクロガネとアルフレッドは、ヴィジョンの腰へしがみついている半壊したアインへリア━━サフランの搭乗しているサドンを見た。


「サフランさん!?」


「うぉぉぉぉぉ!」


 アルフレッドの呼びかけには答えず、視界を確保するために強引にもぎ取った胸部の装甲の奥、剥き出しのコックピット内でサフランは血塗れの形相でヴィジョンを押し出しそうとていた。


「小癪」


 だが半壊した魔術兵装では、真の力を解放した魔人兵装を押し倒すどころか押し出すことも出来ない。それでも唸りをあげる鋼鉄の腕が悲鳴をあげるのにも関わらず抵抗を続けるサフランを、虫でも払うようにしてアールは左腕で薙ぎ払った。

 出力の桁が違いすぎるせいか、木端のようにサドンの巨体が吹き飛ぶ。そのまま家屋に沈んだサドンを見て、アルフレッドは怒りのままにヴィジョンへと突貫した。


「落ち着けアルフ! まだ逆転の手は━━」


「アァァァァァル!」


「とんだ邪魔が入ったが……来るか、魔神兵装!」


 ツラヌキを右手に、魔神の左腕へ魔力を再度収束させながらヴィジョンもまた走り出したアルフレッドへと構えた。

 腰よりナイフを取り出して、疾風と化したアルフレッドはヴィジョンの眼前へと飛び出す。

 しかし━━


「回復もせずに……このヴィジョンに勝てると思うな!」


 再度ぶつかりあったツラヌキとナイフの刀身は、先ほどの一合で出力が低下したために、ナイフの半ばまで斬りこまれながらアルフレッドの体が吹き飛ばされる結果に終わった。

 地面に激突した体が痛い。いや、それ以上に体が重い。

 何とか片手をつきながら立ち上がるが、すでにその身を纏う鋼鉄は、至る所が欠損、あるいはひび割れを起こし、内部に循環している魔力を漏らしていた。


「全身の強化外骨格の出力、五十%まで減少……回復までに五分は必要だぞ、アルフ」


「ッ……!」


 鎧だけではない。生身の肉体も血を流し、絶え間なく痛みを訴えている。医者でもないアルフレッドでは自分の体がどの程度のダメージを負っているのかの判断はつかないが、特に胸部の痛みが甚大だ。

 おそらく、折れている。呼吸もクロガネによる補助が入っているところを見ると、肺に骨が突き刺さったか。

 良く動けるもんだな。アルフレッドはどうでもいいことを考えながら、指先を動かすのすら億劫な腕を持ち上げて、半ばまで断たれたナイフを構えた。


「……世界を担うには器が小さすぎたようだな」


「アール……俺は……まだ……!」


「強がるなよ。砕けた鎧の中、尚も闘志を燃やすさまは感服するがな」


 勝敗はほぼ決しているといってもいい。

 アールもまた、ブリューナックという切り札を使用したことにより、急激な魔力枯渇状態に襲われながらも、互いの戦力差は冷静に判断していた。

 傷つき疲弊したクロガネでは、この状況を超えることはできない。回復しきる前に、アールの駆るヴィジョンの猛攻を凌ぐことは不可能だ。

勝敗の決まった出来レース。しかし当然ながらこのまま放置していれば、クロガネはその無限の魔力にて回復してしまう。

 そうなれば勝利の天秤はあちらに傾くだろう。

 ならば、待つこともない。アールは残りの魔力をレギオンに注いで増幅させると、満身創痍のアルフレッドへ走り出そうとし、その前に、再度鋼鉄の盾が立ちはだかった。


「サフラン、さん」


 今にも膝を屈しそうなサドンがアルフレッドとアールを分かつ壁となって立つ。だが既に傷ついていたサドンは、先程ヴィジョンにふり払われただけでその左腕が肩から失われていた。

 動いているだけでも奇跡。予備の動力炉を使って、なけなしの力で抗うその巨人を見て、アールはただ冷徹に「失せろ」と一言告げて、ツラヌキを突き出した。

 直後、サドンはその大破しかけの見た目からは信じられない動きでツラヌキの一撃を掻い潜り、ヴィジョンの懐へと飛び込んだ。


「ぬ?」


「『空を超えろ、天を切り裂く光の牙』」


 予想外の動きにアールが小さな驚きを浮かべている間に、サフランは本来魔力を通すだけで転回できていた召喚術式を、自身の力量のみで展開した。

 虚空に描かれる巨大な魔法陣。だがこれはアインへリアに搭載されたフェイク・レギオンを通した膨大な魔力量が必要不可欠だ。

 それを個人で描き出すということは、体中全ての魔力を注ぎ込むほどの量が必要となる。しかし不幸中の幸いとでもいうべきか、サドンが半壊したことによりフェイク・レギオンより漏れ出た魔力を取り込み、魔力中毒に近い症状となった今のサフランは、魔力だけならば通常時の何倍もあった。

 だが本来はもちえない魔力など扱いきれるはずがない。全身から魔力が吸い出されるような虚脱感と、尋常ではない魔力を使うことによる脳髄の酷使による激痛。

 普通なら意識を失い、そのまま絶命してもおかしくない魔法の行使を経て、サフランは虚空より一本の剣を取り出した。


「ソードシリンダー起動!」


 右手に握りしめられた筒より、白色の閃光が刃の形を象った。


「何?」


 路傍の石程度でしかなかった相手の、予想外の抵抗に今度こそアールは驚愕を露わにした。

 サドンの手に握られた閃光がヴィジョンのコックピットへと突き出される。咄嗟に左腕を盾にすることで切っ先を受け止めたが、サフランの全てを乗せた刃は、クロガネを纏ったアルフレッドの刃ですら傷一つつけられなかったブリューナックの左腕に、僅かな傷を与えた。


「貴様ぁ!」


 とるに足らない存在に後れを取ったことと、そんな相手に噛みつかれたという屈辱に、アールがこれまで見せたこともない激情を露わにした。

 左腕に食い込んだソードシリンダーの光刃をふり払うと、その勢いで右手のツラヌキを振り下ろす。

 サフランは朦朧とした意識の中、掲げたソードシリンダーでツラヌキを受け止めた。

 だがツラヌキは魔力で構成された刃を暴食して、僅かな拮抗の後、刃を切り捨てた勢いのまま、失われた頭部へと斬りつけた。


「ぐ、ぉ」


 サドンの装甲が砕かれ、深々と斬りつけた刃がコックピット間際まで迫る。

 抵抗は意味ない。そのまま、サフランはサドンごと切り捨てられる未来を冷静に受け入れ、殺意の刃はサフランの肩を半ばまで斬りこんだ。

 体が切断される瞬間。もはや痛みも感じられぬほどにまでなったサフランの視界に、鋼の背中が割り込んできたのはその時であった。


「サフランさぁぁぁん!」


 痛む体を押して飛び出したアルフレッドの拳が、直前まで迫っていたツラヌキを下から叩き上げる。

 力任せに弾かれた刀身に引っ張られる形でヴィジョンも後ろに後退する。アルフレッドはそのまま剥き出しのコックピットの中に飛び込むと、サフランに背中を向けたまま腰より引き抜いた拳銃を弾丸のある限り撃ちだした。


「ア、ルフ……」


「何を、何してるんですか!? 動けるなら逃げればよかったのに……! どうして、サフランさんは━━」


「これでも、大人なんだよ……」


「え?」


 振り向くことなく、それでもわかりやすいくらい困惑した様子でサフランの言葉をアルフレッドは聞いた。


「子どもに、大変なことばっか、させられないから、な」


「でも、でも……!」


「あぁ、確かに俺はお前に大変なことさせた、よな……そんなもんだ、嘘っぱちで、責任を押し付けて、決めたようで迷っていて……一皮むけば、情けないんだ。大人ってな、そういうもんだ」


「サフランさん? サフランさん!」


 アルフレッドは徐々に小さくなっていくサフランの声を聴いて絶叫するように名前を呼ぶ。

 だが既にサフランにはその声が届いていないのか。虚ろな眼差しで遠くを見つめるその姿を、クロガネだけは苦渋の表情で見届けた。

 腹部を貫いた鋼鉄の破片と、魔力中毒症状に、一瞬にして大規模魔法を使ったことによる枯渇状態。

 そして決定的なのはツラヌキで大きく切り裂かれ、赤く染まったその肩の部分。

 素人だろうと、致命傷なのは目に見えていた。


「……アルフ。お前は……」


「い、いやだ! もう嫌だ! 俺は手にしたんだ! 英雄になれるって、みんなを守れるから、俺は! 俺は……!」


「我が主……もう、こやつは……」


「そんなの、そんなのって……!」


 クロガネは四肢を投げ出して今にもこと切れそうなサフランから視線を切った。

 そして、真っ直ぐに今尚弾丸を切り裂いて迫りくるヴィジョンへと目を向ける。それは、振り返ることで迷いそうになる己を律するためにも見えた。

 だがアルフレッドは違う。今にも銃撃による牽制をやめて振り返りそうになるが、そうすれば即座にヴィジョンが間合いを詰めることが分かっているため、叶わない。

 その間にもサフランの意識は徐々に失われていき、呼気はか細くなっていた。

 だというのに、サフランは告げるのだ。


「……行け、アルフ」


 朦朧としながら、すでに現実と夢の境目も分からなくなっているというのに。

 だからこそ。

 男は、その素直な心を少年の背中に託すのだ。


「お前は、振り返るな」


 疾走(はし)れと叫ぶ、その胸に。

 鋼鉄の誓いを、再び刻め。


「こんな荒野に、飲み込まれないためにも……!」


 再度、サドンが起動する。

 最早動くことはあり得ないはずなのに、砕けた鋼鉄を軋ませて、右手の光刃を展開する。

 それはサフランの命だ。足りない全てを、今にも消えそうな魂の炎で補っている。

 回転するローラー。荒野を切り裂き疾駆する唸り声を置き去りにしながら、間合いを詰めようとしていたヴィジョン目掛けて、飛び出した。


「疾走れぇぇぇぇぇ! アルフぅぅぅぁぁぁぁ!」


「ッ……う、ぁぁぁぁぁ!」


 サドンの疾走に押されながら、アルフレッドは銃爪を引き絞る。愚直に突撃するサドンの愚行に困惑を隠せないヴィジョンだったが、迷いは一瞬。魔力弾を取り込んで肥大したツラヌキの刀身から、漆黒の斬撃を飛ばした。

 だがアルフレッドが防ぐまでもなく、必殺の刃はソードシリンダーの刃が斬って捨てる。

 あり得ない。これで何度目の、あり得ないだろうか。戦慄に震えるアールが見せた一瞬の隙。その間を縫うようにして、サドンは最後の力を振り絞ってヴィジョンに肉薄した。


「魔神兵装、お前は!?」


「飛べ! 我が主よ!」


 言われるまでもない。アルフレッドは己を砲弾に見立ててコックピットより飛び出した。

 その背中をサフランの霞んだ瞳が追う。

 まるでひな鳥が初めて空に飛び上っていくような姿。

 何にも束縛されず、己の心ひとつで歩き出す少年は、いつか荒野に人々が置いていったかけがえのない純潔を抱きしめていて。


「そうだ……疾走れ。疾走るんだ……アルフ」


 荒野を駆け抜ける渡り鳥が行く。

 背中を押してくれた大人を追い抜いて。


「食らえぇぇぇぇ!」


 渾身の拳を振りかざす。

 通じるかどうかは問題ではなかった。

 握り締めた拳の意味。

 込められた意志こそが━━


「『群れなす心臓』! 出力最大!」


 思いを力と成す軍勢(レギオン)を少年は纏っている。

 漆黒の魔力が全てアルフレッドの拳に集められる。束ねられたのは思いの力。何にも勝る鋼鉄の意志よ

 咄嗟に掲げられたヴィジョンの左腕とアルフレッドの拳が激突した。

 魔力と魔力が弾けあう。ぶつかり合う両者の意志が互いを消し去らんと火花を散らしていった。

 これがクロガネの放てる最後の一閃だ。アルフレッドの纏う鎧は、この一瞬にも砕けていき、遂に顔を覆うフルフェイスの一部が砕け散り、流血で真っ赤に染まったアルフレッドの素顔が外気に晒された。


「ぎ……ぃ!?」


 魔力は遮断できていても、そこから発生した余波までは全て遮断は出来ない。辛うじて障壁で守られているが、徐々に鎧が剥がれ露わになるアルフレッドの肉体は裂傷が刻み込まれ、肉と骨が悲鳴を上げていた。

 それでもアルフレッドは引かない。むしろ、拳にかかる力はさらに肥大してすらいた。

 馬鹿な。そう思うアールの目が、アルフレッドの隣に立つ少女の姿を目撃した。

 少女、クロガネも戦っている。アルフレッドが纏う鎧は、それこそクロガネ自身ですらある。彼女の体もまた鎧に該当する部分が消滅していた。

 だが怯まない。

 だが迷わない。

 迷いを捨てたのだ。

 託された思いがあるのだ。

 ならば疾走れ。

 疾走れ。

 疾走して、疾走し続けて。


「クロガネぇぇぇぇ!」


「『任せろ』! 我が主!」


 遮る全てを超えていく。

 アルフレッドの拳がソードシリンダーによって穿たれた僅かな傷をさらに広げる。ゆっくりとだが、発生した亀裂は尚も広がり続けていき━━


「馬鹿な!? 砕くというのか、このブリューナックを!?」


 アールが衝撃に目を見開くと同時、眩い閃光が両者を包み込んで爆発した。


「ぐぉぉぉぉぉ!?」


 爆風にヴィジョンは後方に吹き飛ばされる。バランスを崩し、無様に地を転がったところで、アールはヴィジョンの左腕が肩の付け根から根こそぎ奪われていることに気付いた。


「……油断と慢心。こちらが愚かを選択したか……!」


 幸い、直前でブリューナックの機能が切り離されたために破損自体はそこまでではない。しかし切り札を奪われたのは事実。あの土壇場でまさかこちらに一撃を与えてくるとは流石というべきか。


「しかし、最早、ここまでだ」


 ブリューナックの形状維持が不可能となり、ため込んでいた魔力が内部から破裂して発生した爆発にアルフレッドも巻き込まれた。

 万全の状態ならまだしも、鎧の殆どがはがされた状態では生き延びることも難しいだろう。

 勝敗はここに決した。熱砂の中に消えていった災厄の原点を見据え、アールは内心にこみ上げる空虚な思いをどう整理したものかと悩む。


「俺すらも超えられぬのであれば、この過酷な世界にお前は屈していただろう……だが感謝しろとは言わん。精々先に涅槃で待っていろ」


「いや、まだ涅槃に行くには早すぎる」


「ッ……?」


「私達はまだ負けたわけではないぞ!」


 砂塵の向こう側から少女の声が響き渡る。

 それだけではない。煙の中から大地を揺るがす鋼鉄の咆哮が轟いた。

 ゆっくりと浮かび上がるのは巨人のシルエット。爆発によって発生した炎に照り返しながら、大破したはずのサドンが現れた。

 破損された装甲は、依然と同じように『呼吸する鉄』の復元能力を応用して、クロガネの魔力によって構成されている。そのため、見た目はサドンでありながら、その装甲の殆どが漆黒になっていた。

 だが強引に補強した装甲は歪な部分も目立つ。無理もない。あの爆風の中、何とか形だけでも整えただけで、クロガネの演算能力の高さがうかがえるというものだ。

 ともあれ、クロガネは、そしてアルフレッドは健在だ。サドンのコックピットの内部。爆風で飛ばされたせいか、そこにはサフランの姿はもうないけれど。

 思いは胸にある。

 砕け散った鎧の、それでも張り付いた胸部装甲。誇らしく刻まれた『鉄』の一文字に、サフランが託した祈りが込められているから。

 ぼろぼろの鎧に回す余力は二人にはなかった。身に纏った鎧も殆ど意味をなさず、フルフェイスメットは全て砕け散った。そのせいで剥き出しになった煤けた赤髪を鮮血に染め上げて紅蓮の色にしたアルフレッドは、背後に佇むクロガネの姿を感じながら、ネイルブを掴む両手に力を込めた。


「だから、どうしたというのだ?」


 アールはあの死地を超えてきたアルフレッド達へそう言い放った。


「確かにあの状態からサドンに乗り込み、再起動までさせたのは驚嘆すべきだ。だが俺の目は誤魔化せぬぞ魔神兵装。見た目だけを取り繕ったところで、最早お前たちに出来ることはないのだとな」


「……」


 アールの言うことは真実だ。

 サドンに乗り込んだとはいえ、先程の爆発の影響は大きかった。

 各部部品は強引に補強されただけであり、今のサドンは大破していないというだけでしかないのだ。

 すでに死に体。

 抵抗しようにも、サフランが召喚したソードシリンダーも爆発によって吹き飛んでしまった。

 手元に武器はなく、抵抗しようにも術は存在しない。


「だとしても、俺は、俺達は戦うんだ」


 アルフレッドは迷いなく告げた。


「まだ生きてる。なら抗う。そんな当たり前なことに気付けたから……戦える」


 疾走れと叫んでいる。

 今もなお、乾いた荒野に響き渡る胸の誓いは確かで、激痛で動かない体を駆け抜ける熱血をより熱く焦がしているから。


「それに、そっくりそのまま返すぞ、アール!」


「な、に……ッ!?」


 アールはそこで眼前に佇む大破寸前のサドンの左腕の異常に気付いた。

 その視線に応じるように、アルフレッドは軋むサドンの左腕を━━強引に取り付けられた異質の漆黒を掲げて見せた。

 それはまるで世界を落とす悪魔の(かいな)。指先まで鋭利に尖った、槍の如き牙の名を。

 失われた最強の矛、解放された掌の装甲から覗くのは、アルフレッドの瞳と同じ、燃えるような血潮の赤。


「ブリューナック!? まさかあの接触で!?」


「何を驚く! 元はと言えば我が左腕! 返してもらう道理はあれど、奪われたままの道理は何処にも皆無だ!」


 剛毅に吼えるクロガネだが、決して彼女は己一人の手でこの切り札を奪い返せたとは思っていない。

 サフランが命を賭して刻み込んだ裂傷。そこから拳を通して強制的にブリューナックを構成するコアとも言うべき物に直接介入出来たからこそ、奇跡的にクロガネは己の牙を取り戻すことができたのだから。

 意味はあった。

 お前が居たから、この手に勝利を掴めるのだとクロガネは心の中で呼びかけた。


「贋作の扱う力なぞと比べるなよ! とくと味わえ我が渾身!」


 燃える紅蓮に漆黒の魔力が暴食されていく。たったそれだけで崩壊し、火花を散らすサドンの体。

 だがサドンは増大する力の濁流にも負けることなく踏み止まっていた。熱砂に足を縫い付けて、軋む腕を支えるのは、きっと━━


「疾走れと言われたから!」


 サフランが押した背中。

 止まらないとだけ、それだけを誓うことは出来たから。

 その心を炎と変えて、臨界を超えて束ねられた魔力が貫通の一点のみに変換されていく。

 アールはサドンの左腕に集まる圧倒的な力を切り伏せんと飛び出した。だがその挙動はわずかに一歩遅く、ツラヌキの間合いにサドンを収める直前、左手に集った思いと力は結実を果たす。


「こいつが、俺の思いと!」


「我が力が成し遂げる!」


 世界を超えるための英知を結集した、究極の一振り。


「『戦線を疾走る無垢なる一途━ブリューナック━』だぁぁぁぁ!」


 夜が昼へと一瞬で変化する。

 それほどの輝きがサドンの左腕、魔神兵装が誇る主兵装より迸った。

 だが閃光より放たれたのは、左手に内蔵された宝石と同じ規模の極小の光。アールが使用したのとはあまりにもちっぽけであり、この程度ならばヴィジョンの胸部装甲でも防ぎきれそうなほど、その光には力強さを感じられない。

 しかし、掌より転がるように生み出された閃光を見たアールは、白色のその球体がこちらを捉えたのだと、一瞬のうちに理解した。

 瞬間、閃光より一筋の閃光がヴィジョンの胸部装甲、アールのコックピット目掛けて飛び出した。


「!?」


 反応できたのは殆ど奇跡だろう。

 咄嗟にツラヌキを振り下ろしたアールは、か細い白色の光へとその刀身を叩きつけ、目を見開いた。


「ば、馬鹿な!?」


 己が放ったブリューナックより遥かに矮小でしかないその一撃によって、ヴィジョンが後方へと押し返されていく。それどころか、片手で支えているツラヌキの刀身が、純粋な魔力の結晶であるこの閃光を食らえていなかった。

 ブリューナックに付与された、貫くという思いは、破壊の規模だけを増大させたアールの放つそれとはまるで質が違う。

 敵手を貫く。

 一点に束ねられた思いは、その他一切を破壊しない代わりに、貫くと決めた対象を確実に貫いて見せる。

 故に必殺。魔神兵装の主兵装足りえるこの武装は、魔力を吸収するツラヌキの刀身を確実に圧搾し、それを支えるヴィジョンの全身にも間接より火花が上がるほどの負荷をかけていた。

 しかし、窮地に立たされたのはアールだけではない。


「各パーツ損耗甚大……! 間接への負荷許容限界を五百%以上オーバー……! 補修、強化、自動回復、『群れなす心臓』より全身の強化術式への魔力供給を増幅……くっ、これ以上はサドンの頼りない『呼吸する鉄』では強化に耐えきれん……!」


 ブリューナックを放ち続ける二人もまた、窮地に立たされていた。

 射出前ですらあまりの負荷にサドンの部品は悲鳴をあげていたというのに、発射と同時にサドンを構成する通常の部品は殆ど使い物にならなくなった。

 何とか『呼吸する鉄』によって失われた部品を補ってはいるが、それも後もって一分、いや、数秒も持たないかもしれない。


「まだ、だ!」


 何より、パイロットであるアルフレッドの消耗が大きかった。

 血を流しすぎたことにより、意識は朦朧。今も損壊しているコックピット内の火花やパーツは、鎧を殆ど失ったことにより、その体を嬲り続けている。

 今もまた、弾けた鉄片が剥き出しの右腕へと突き刺さる。アルフレッドは苦悶の声をあげるが、両目は真っ直ぐに前方のヴィジョンを見据えていた。

 指先の感覚が遠い。なのに剥き出しの神経を直接弄られるような激痛が絶え間なく続いている。

 辛い。

 苦しい。

 早く終わらせたい。

 もう楽になりたい。

 弱気な心がアルフレッドを塗りつぶそうとするが、歯を食いしばって踏み止まる。相手も既に限界がきているのだ。


「だから……!」


 心の炎を燃え上がらせて、ネイルブを握る手にさらなる力を注ぎ込む。

 最早、自分に出来ることはほとんどない。ブリューナックは放たれ、その処理を担当しているのは全てクロガネだ。

 アルフレッドに出来るのは、クロガネへと送る想いを止めないことだけだった。

 弱気を塗りつぶし。

 強気を掘り起し。

 吼え滾るのだ。この意志が、この想いが続く限り。


「だから、俺は……!」


 何もできない自分だから。

 せめて、この心だけは止めたくない。

 その想いがクロガネの力となる。心臓を駆け抜ける意志。少年が胸に秘めた一筋の心こそ、今夜を駆け抜ける流星を加速させる力なら。


「負けられない! だから、クロガネェェェェェェェェ!」


「任せろ! 『群れなす心臓』━━安全装置解除!」


 猛る祈りを受け取ったクロガネは、己の胸に直接魔法陣を刻み込む。

 瞬間、限界を超えて溢れ出た魔力が、クロガネを巨大な魔力の光へと変貌させた。


「こ、これが……!?」


 ブリューナックの勢いがさらに加速していくのを感じてアールは目を疑った。

 さらに強くなっている。

 限界を超えて、絶望を踏みしめて。

 それでも尚届こうと願った心の果てを呼び水に、魔神兵装は相応の力を対価として見せるのだ。

 サドンの全身を構成する『呼吸する鉄』が漆黒に染め上げられる。闇より黒い暗黒に輝く真紅の双眸。燃える紅蓮はアルフレッドの心そのもの。

 さらに力を増すブリューナック。ツラヌキはその威力に耐えきれず、ついに刀身全てに罅が入り。


「貫けぇぇぇぇぇ!」


 最後の一押しは、吐血混じりの少年の絶叫。

 言霊に押されるがままに、ツラヌキを砕いたブリューナックの閃光は、その勢いを殺すことなく、ヴィジョンのコックピットへと突き刺さったのだった。





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