最終話・2【愚かと呼ばれる、君の名を──】
「え?」
轟音に遅れて、アルフレッドは突然のことに言葉を失った。
アルフレッドの前で、頭部を丸ごと失ったサドンが力なく崩れ落ちる。
死んだ?
慌ててサーチを行ったアルフレッドは、崩れ落ちたサドンの内側に生体反応があることに気づき、安堵の溜め息をついた。
「高出力魔力反応……こいつは!?」
だが状況はまるで良いとは言えない。
アルフレッドの脳内でクロガネが驚愕の声を上げる。手にした情報は即座にアルフレッドにも分かるように視覚化されて虚空に投影される。
それを見たアルフレッドもまた、クロガネと同じ驚きに目を見開いた。
「なんだよ……これ」
周囲で戦っているサドンと比べても遥かに強力な魔力反応がゆっくりと迫ってきている。
混乱状態に陥ったアルフレッド。だがそんな彼の回復を待つ必要などないと、それは炎上するサドンの影からにじみ出るように現れた。
歴戦の勇士に相応しい肉体は、その半分以上が鋼鉄で構成されている。羽織っていたマントを脱ぎ捨て、露になった上半身の生身の部分も殆ど傷だらけだ。胸部に轟くは鮮血を凝固したかのような宝石。鳴動を繰り返すむき出しの心臓如きそれに軽く手を添えた男は、鋼鉄で作られた左腕を掲げた。
「こいつ……魔道強化兵か!?」
「然り。流石は魔神兵装と言うべきか。かつての大戦のデータは全て登録されているようだな」
「私を知っているのか……!」
半透明の肉体でアルフレッドの隣に顕現したクロガネは、いっそう警戒心を強めて男を睨んだ。
そんなクロガネの視線を冷ややかに受け流し、男はその緑色に輝く鋼鉄の左目でアルフレッドを見た。
「ようやく出会えたな魔神兵装の適格者よ。かつての大戦より今まで、陛下の命に只従い、俺はひたすらこの時を待ちわびていた……」
「大戦、だと? 馬鹿な、あの日から一体何年の……いや、そうか。そのための魔道強化兵か」
クロガネは合点がいったと頷きを一つすると、未だ困惑しているアルフレッドのために再度、男を中心とした情報を展開した。
魔道強化兵。
かつての大戦のその後期にて、アインヘリアと比べて劣るものの、脅威として認定されていた帝国の歩兵だ。
肉体の殆どを鋼鉄化し、そこに小型化したレギオンを搭載することによって、人間そのものを超小型のアインヘリアと変貌させるこの兵器は、敵味方双方に忌み嫌われていた。
何せ人道を完全に踏み外した兵器である。肉体そのものを兵器とするこの禁忌の兵器は、その驚異的な戦闘力の裏側で、レギオンに適合する者が極めて少なかったため、戦場に投入されたのは僅かに三個小隊程度だったという。
無数とある帝国産の『喪失された秘術』。その中でも一際危険な生物兵器こそ、今二人の前に居る男の正体であった。
「我が名はアール・ヴァーミリオン。陛下の意思、我が脳髄の命に従い……魔神兵装。お前らの力、試させてもらう」
解放された鋼鉄の義手に膨大な魔力が収束していく。その魔力に真っ向から立ちふさがり、アルフレッドは握った拳銃に僅かに力を込めた。
「試すだって? それはどういうことだ」
「どうもこうもない……お前という異端がここに来てから、魔神兵装の眠る場所に至るまで、俺は只観察を続けていた」
「俺を? 何で、俺なんか」
「抗魔力体質と言ったな。魔神兵装に搭載されたオリジナルの『群れなす心臓』に取り込まれぬためには、お前のような純粋魔力を受け付けぬ特異な存在が必要不可欠だった」
魔力を使えない代わりに、魔力で編まれた魔術をある程度減殺し、しかも魔力単体ならば完全に受け付けないアルフレッドの抗魔力体質。世界中を探しても彼一人しか存在しないだろうこの異様な体質の存在を、アールは待ち続けたという。
では、この状況はなんだというのか。
試す、とアールは言った。
クロガネの力を試すということなのは間違いない。では何故ワームが攻めてきているこの状況下でこいつは現れたのだろう。
断片的だが、繋がっていくピースはアルフレッドの脳裏に一つの仮説を生み出す。それを察したクロガネは、憤怒の形相で表情一つ変えずに立つアールを睨んだ。
その視線から察したのか、アールは頷きを一つ返しながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「そうだ。そのために俺は幾つか状況を操作した……その結果として、お前は一人で魔神兵装の元まで辿り着けたのだ……適合者よ」
その言葉に、アルフレッドの心臓が大きく跳ね上がった。
だがアールはやはり機械のように淡々と言葉を続けながら、胸の水晶を指でさした。
「お前達の言うところの『喪失された秘術』の一つ『異質の杖』。ワームと呼ばれるあの巨大魔獣を操ることが可能なこの魔法具を用いて、お前が魔神兵装を起動せねばならぬ状況を作り上げた」
明かされた真実は、あまりにも淡々として現実味は殆どなかった。
だがしかし、無言で立つアルフレッドの空いた左手は強く強く握りこまれている。その表情は鋼鉄に覆われ見ることは出来ない。しかし、隣に立つクロガネの憤怒こそ、アルフレッドの体現する感情に他ならなかった。
「お前が……!」
クロウ達が死んだ。
あまりにも無残に、ゴミのように食い散らかされて死んだ。
全部が自分のせいだと思っていたが、全ては違っていたのだ。
アール。
アール・ヴァーミリオン。
「お前が全てを仕組んだのか!」
アルフレッドの激高に呼応して、漆黒の魔力が天を貫かん勢いで放出されていく。永久機関『群れなす心臓』。使用者の意思に呼応して魔力をあふれ出していくその恐るべき兵器の力を前に、初めてアールの口元に笑みが浮かんだ。
「素晴らしい……! そうだ魔神兵装。その力の全てを俺に示して見せろ!」
「クロガネ!」
「分かっている! やるぞアルフ!」
怒りに燃える鉄が、滾る思いを漆黒に変貌させてこの出来損ないの舞台を作り上げた演出家へと飛び掛る。
吼える漆黒と迎え入れる闇。激突した二つの漆黒は、周囲の家屋を破砕しながら、この夜、最後の戦いを始めるのであった。