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魔神兵装クロガネ  作者: トロ
【落ちこぼれの手にした最強】
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第一話【英雄を夢見る落ちこぼれ】



 ──人は誰もが持って生まれた才能の有無によって歩むべき人生を決定付けられる。だが寄り道をするかしないかは、自分の手で決められるのだ。


 百年戦争の末期で消滅した旧バルド帝国領土内の首都跡地。現在はアリストテリア帝国が管理する荒れ果てた大地ばかりが広がる不毛の土地は、人々が一攫千金を得るための理想郷とも言われている。

 『喪失された秘術(ロストブラック)』の発祥地であるバルド帝国。その首都の跡地となれば、例えガラクタであっても、帝国へ売れば多額の報酬を得られることが出来る。

 だが一方で、バルド帝国跡地を地獄と揶揄する者もいる。砂塵は絶え間なく吹きすさび、照りつける直射日光を防ぐために体を覆うマントやコートが必須だ。食料はおろか、水の確保すらも難しく、生き抜く力のない者は三日と経たずに荒地に倒れて衰弱していくことになる。遺跡発掘作業の間には魔獣による襲撃もあり、その脅威から身を守る術も必要となる。

 さらには定期的に『喪失された秘術』の眠る土地を奪おうとするノーガルド王国による襲撃に晒されており、一年に一度は荒野に点在する何処かの集落が瓦礫の山となっている。

 栄光か、破滅か。

 実力だけではなく、運も必要とされるこの土地は、まさに人の生き方の両極端を体現している。

 故に人々はあらゆる意味を込めてこのバルド帝国跡地を『幻想世界(フロンティア)』と呼んだ。

 特に首都跡地のこの一帯は王国と帝国の戦いが他の地域よりも多く行われている激戦区だ。当然ながら死傷者も多く、先日話し合っていた者が次の日は肉片で見つかるということも多い。

 そんな『幻想世界』で、アルフレッドは己の夢のために働いていた。

 共に遺跡発掘を行う周囲の屈強な大人達と比べても遜色ないほどに背丈がある。煤けたような赤い短髪が鮮やかで、凛々しくはあるがまだ幼さの残った顔立ちだ。白いシャツと皮のズボンというラフな姿で、むき出しの両腕は同年代の子どもと比較したら十分鍛えられているが、やはり周囲の大人達と比べると一回り小柄に見えた。腰にはナイフと、使い古された銀色のリボルバー拳銃が一丁、そして弾丸の入ったポーチ。ここでは珍しくもない服装と装備だ。いつ魔獣の襲撃があるかわからない現場では、この程度の武装は最低限として必需である。

 周囲の大人達に混じって砂塵に放棄されたアインヘリアの腕を退かしている姿は、大人と比べても決して負けてはいなかった。


「行きますよ! せーの!」


 あどけなさの残った少年でありながら、周囲の大人を率いているのは彼であった。アルフレッドの合図に合わせて、錆付いた鋼鉄の腕に纏わせたロープを手繰り寄せて石を引きずる。数人がかりで引っ張った腕は、砂に線を引きながらゆっくりと動いた。


「よいしょ!」


 気勢を張り上げて、一際力を込めた彼らの手によって腕が退く。それを見計らって工具を持った大人達が腕の合った場所に群がった。

 アインヘリアの残骸の後には、アインヘリアの動力炉であるレギオンの元になる高密度の魔力が結晶化したハーツが手に入る。淡く紫色に輝く石は、よく観察しなければ荒野の砂塵に混じってわからなくなるため、ハーツを回収する作業は一入である。

 その間、力仕事を行ったアルフレッドは軽く汗を拭って、同じグループの一人と雑談をしていた。


「第二世代の残骸だ。年月がそう経過してねぇし、あの腕の『呼吸する鉄』は高く売れるぜ?」


「本音を言っちゃえば、お古の『呼吸する鉄』より、年月かけて精製されたハーツのほうが嬉しいですけどね。重宝されてはいますが、『呼吸する鉄』そのものは、色んなところに出回ってますから」


「ったく、まだ帝国と王国以外の国が残ってたころは需要あったんだがな。今じゃ『呼吸する鉄』の加工技術は進歩。こういったほぼ完全な形で残ったアインヘリアの腕をほしがるのは、一部のゲリラか自衛してる村や町くらいだ」


 今よりもさらに戦争が過酷だったころを知っている者の言葉は、その当時生まれて間もなかったアルフレッドにとってはイマイチ理解出来ない話だった。

 軽く相槌を打ちながら、引き上げたアインヘリアのぼろぼろの腕を見上げる。


「確かこいつも、戦争が激しかったころに出来たアインヘリアでしたっけ?」


「帝国製の第二世代アインヘリア『ゲヘル』。第一世代の『サドン』と並んで、俺達には馴染み深い機体だよ」


 ここにあるのは腕だけだが、アルフレッドはその腕の所有者である鋼鉄の巨人を思い浮かべる。

 何を持って戦ったのか。

 傷つき、疲弊して、片腕をもがれてまで抗ったのは何故か。


「こいつ……」


「ん?」


「出来れば、人々を守って傷ついていてほしいですね」


 人と人が争う戦争の尖兵ではなく、誰かの涙を防ぐ鋼鉄の鎧。


「なんだ? いつもの英雄願望ですかいアルフ?」


「からかわないでくださいよ!」


 茶化したような作業員の男の言い分に、アルフは顔を真っ赤に染めて返事をした。


「それにいつも言ってるじゃないですか。俺は英雄願望じゃなくて、本気で皆を守れる英雄になるんです!」


 どうやら恥ずかしさから顔を真っ赤に染めたのではなく、茶化されたことに怒って顔を赤くしたらしい。

 冗談だとはわかっていても、ついつい声を荒げてしまう。アルフレッドにとって、英雄という存在はそれほどに崇高な存在で、穢れのない夢の総称だ。


「悪い悪い。少し冗談がすぎたな」


 だが作業員の男は気分を害した様子はなく、むしろそんなアルフレッドの子どもらしい一面に気分をよくしていた。さらに、言葉を続ける。


「いいじゃないか英雄。俺はそういう理想とか夢、嫌いじゃないぜ」


 この荒廃した世界で、現実的ではない理想論を夢見ることの愚かさ、そして素晴らしさを、ここに居る大人達の誰もが知っている。

 夢や希望など戦火に焼き払われた今、アルフレッドの夢である『英雄』は、もしかしたらアルフレッド本人以上に、誰もが望んでいる奇跡なのかもしれなかった。

 そして暫くの間、彼らは束の間の休息で体を休めていたが、遠くより砂混じりの風に乗った叫び声によって、その場の全員がスイッチを切り替えたような機敏さで動き出した。


「魔獣が出たぞぉ!」


 それも束の間、遠くからの警告によって蜘蛛の子を散らすようにしてその場を離れた。その他の作業員も同様に逃げ出す中、アルフレッドだけは叫び声のした方向に向かって駆け出していた。


「ゴブリン!」


 砂埃の向こう側、銃声のした方角に目を向けたアルフレッドは、醜悪な顔をした緑色の小人とでも言うべき魔獣、ゴブリンを見た。

 背丈はアルフレッドの半分以下でありながら、見た目とは裏腹に、手にはその小さな背丈と同じくらいに大きな棍棒を構えている。半身を隠せそうなそれを盾代わりにして、十匹を超えるゴブリンの群れは、応戦する作業員へと襲い掛かっていた。


「ゴブリンメイジも!?」


 アルフレッドはゴブリンの群れの後方。一匹だけローブを身に纏い、右手には簡素ながら魔法媒体としての効果がある木製のスタッフを持ったゴブリンを睨んだ。

 通常のゴブリンと違って、簡易ながら魔法を扱うことが出来るゴブリンメイジは脅威だ。幾ら銃を持っていても、強化の魔法で身体を強化したゴブリンメイジの皮膚を貫ける火力の拳銃を持っている者は少ないだろう。

 それはアルフレッドも同じだったが、しかし臆するどころか速度を増してゴブリン達の前に果敢にも飛び出した。

 右手には逆手にとった肉厚のナイフ。左手には傷だらけのリボルバー。弾丸が装填されているのを確認してから、とうとう作業者の一人に肉薄したゴブリンに、勢いを殺さずに飛び掛った。


「おぉ!」


「■■■ッ!?」


 速度の乗った蹴り足がゴブリンの側頭部に炸裂する。彼我の体重差もあって盛大に吹き飛んだゴブリンを余所目に、作業者を庇うように前に出た。


「助かったぜアルフ!」


「いいからさっさと立つ!」


 周囲では他の作業員とゴブリン達が激突していた。普段なら多少の被害が出るものの直ぐに鎮圧出来るはずのゴブリンだったが、遠方から魔法を放つゴブリンメイジのせいで戦況は混乱の一途を辿っている。

 このままでは被害者が次々に出てくることだろう。


「糞が! こういうときに限って帝国の騎士様は居ないってんだからなぁ!」


「御託は後! おっちゃんは他の人を助けてやって!」


「お前さんはどうすんだ!?」


 アルフレッドは遠くで炎の塊を放っているゴブリンメイジに銃口を向ける。その意味するところはつまり──


「本丸落とし!」


「無茶だぞ!?」


「でも誰かが行かなきゃ被害が増えるでしょ!? だから行きます!」


 会話を早々に切り上げて、作業員の制止の声を振り切りアルフレッドはゴブリンメイジ目掛けて駆け出した。


魔と人。

力ある者、力無き者。

蹂躙する魔、抗う人。

対立する両者の白熱は、荒野を流れる一陣の風となる。


第二話【銃は魔法より強し】


引き絞る銃爪に、錆び付いた祈りを叩きつけろ。



この作品は、拙作である無限地平シリーズの作品と設定を共有していますが、この作品単体で充分以上に楽しめる作品となっていますので、ご安心を。

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