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魔神兵装クロガネ  作者: トロ
【落ちこぼれの手にした最強】
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第十九話【裏切り・1】


 結局、訓練に関してはサフランによって釘を刺されたため、その後は明日の旅立ちに向けての準備を行うだけとなった。

 とはいえ、アルフレッドが持っていく荷物はそう多くない。これまで貯蓄してきたお金と、クロウ達が残した皮袋、余っていた弾薬と、その他荒野を渡るのに必要な食糧や水筒、衣類などの準備くらいである。

 だが自分の分はともかく、同行するクロガネの準備はかなり難航した。何せ着装をしていない彼女の体力は見た目相応。荒野を越えるには些か以上に体力が足りないように見えたのでアルフレッドは一人悩んでいたが、そんな彼の様子を見かねてクロガネは一言。


「いざとなれば着装して渡ればよいだろう」


 その当然と言えば当然の言葉にそれもそうかと納得してしまえば、クロガネの荷物は、彼女用に整えたマントと小さな皮袋に入れた水筒や干し肉程度ですんだ。


「まっ、これで一応大丈夫だろ。というか、考えれば今の俺は魔法も使えるんだしな。そこまで大量の荷物も必要なかったか」


 着装という裏技を踏まえて再度荷物を厳選した結果、食料やお金ぐらいで充分問題ないという内容に落ち着いた。

 荒野を渡るのに必要な水も、夜に必要な炎も、いずれも魔法による恩恵があれば充分事足りるのだ。


「私としては着装に頼らず、もっとサバイバーな旅を期待していたのだがな」


「楽が出来る手段が楽に使えるのに楽をしないなんて勿体無いだろ。使えるものは使う。荒野での鉄則だぞクロ」


「そういうものかの」


 言葉では納得してみせたが、クロガネとしてはもっと広大で壮大で口笛的な旅路を望んでいたのだろう。

 そんな彼女の様子を見ながら、アルフレッドは呼吸する鉄で再構築された愛用のリボルバーの点検を行っていた。


「そんなことせずとも、それこそ我が体でやれば点検など一発で終わるぞ?」


「ん? あぁ、これは癖みたいなもんだよ。考え事とかするとき、点検する必要もないのに何度でもしちゃうんだ」


 事実、これでリボルバーの点検作業は二週目に入っている。そも、再構築された結果新品同様になっているのは最初からわかってはいた。


「悩み事かの?」


 そう言いつつクロガネはむき出しのアルフレッドの首筋に手を触れようとして、それを察したアルフレッドはその掌から逃れるように体の位置をずらした。


「分からないからって勝手に人の思考覗こうとするの止めろよな。全く、そうやってほいほい人の頭覗き込むなんてデリカシーがなさすぎるぞ」


「あっ……す、すまぬ」


 どうにも歯切れが悪いクロガネのほうを振り向くと、まるで怒られたように表情を暗くさせていた。


「おい、クロ?」


「あ、や、すまなんだ……どうにも経験が足りぬゆえ、人との距離の取り方がわからんのだ。いや、それも言い訳だ。私は悪戯にお前の心を勝手に覗き込んで、それで、その……」


 僅かに語気の荒くなったアルフレッドの声に、クロガネは小さく体を丸めさせて、か細い声で呟いた。

 クロガネの言葉を信じるならば、彼女は生まれてからおよそ二千年が過ぎている。その間、少なくともこの五百年は誰とも会話をしていないのは事実だろう。


「それは……」


 どう答えればいいのか分からず、アルフレッドは返事に窮した。

 年上としての風格や包容力、そして幼子のような無邪気さと距離の近さ。まだ共に生活を始めて数日と経っていないが、彼女のもつそのアンバランスさは確かに感じられていた。


「だから、その、嫌なことして……ごめんなさい」


 一歩だけ距離を離して深く頭を下げてくるクロガネ。打って変わって殊勝な態度をされてしまったアルフレッドは目を丸くし、困ったように己の頭を掻いた。

 優しい少女だなと思う。世界を落とす力があると豪語してみせながら、こうして無力な自分が傷ついたのだと察して、そのことに悲しみ、反省している。

 これではまるで自分が悪役だ。いや、無垢な少女を拒絶したとなれば、充分悪役すぎるだろう。

 アルフレッドはクロガネの頭に優しく掌を乗せると、指の間を流れるようなやわらかい銀色の髪を撫でた。


「悪い。ちょっと言葉がきつすぎたな」


「……怒ってないのかの? またデコピンする?」


 だがそれも甘んじて受けようと、掌で額にかかった髪を退けるクロガネのその仕草に思わず笑みが漏れてしまう。


「しないって。ほら、今触れてるんだからわかるだろ?」


「だが、アルフは無遠慮に覗くなと言ったではないか」


「そりゃ人間、いきなり考え事悟られたら嫌な気分にはなるさ。でも、いいよ。思えば恥ずかしいことは悟られちまったんだからな。今更考え事の一つや二つ、拒む俺が悪かったよ」


 アルフレッドの本心を、触れた掌から感じ取ったのか。クロガネは曇っていた表情を見る見るうちに晴れやかにし、喜色満面の笑顔でアルフレッドの胸に飛び込んだ。


「どわっ!?」


「ヌハハハッ! もう! そういうことなら最初からそう言えアルフ! またデコピンかと思ってちょっと泣きそうだったぞ!」


「つーかちょっと涙目だな」


「にゃッ!?」


 慌てて飛びのくクロガネに「冗談だよ」と言うと、騙されたと察したクロガネは頬を膨らませて飛び掛ってきた。


「この嘘つきめ! 幾らなんでもか弱い乙女をからかって遊ぶのは好ましくないぞ!」


「ごめんごめん。まぁそう怒るなよ。ホントに涙目になってるぞ?」


「うがー!」


 その細い腕を回してアルフレッドをポカポカと叩くが、まるで痛くもなんともないアルフレッドは、笑いつつもそのささやかな怒りを受け止める。

 そうして暫くじゃれあいながら時間を潰していると、ノックの音が部屋の中に響き渡った。


「俺だ。サフランだ」


「あ、どうぞ」


「失礼するぞ」


 部屋に入ったサフランを出迎える。サフランは僅かに疲れた様子ではあったが、いつもの通りの笑みを浮かべて「ちょっといいか、アルフ」と呼んできた。


「何か用ですか?」


「ちょっとな。なぁ嬢ちゃん、こいつと二人で話したいんだが、少しばかり借りてもいいか?」


 クロガネはそう聞かれて少々悩んだ風に眉間に皺を寄せたが、アルフレッドに「なに、直ぐ戻るから待ってろよ」と言われて、一先ずは部屋で待つことにした。


「早めに帰ってくるのだぞ」


「あいよ。行きましょうか、サフランさん」


「……おう」


 サフランは会話も早々に、まるで急かすようにアルフレッドを連れて部屋を出て行った。

 そして部屋にはクロガネ一人だけが残る。静まり返った室内で、ベッドに体を預けたクロガネは、今日一日のことをのんびりと振り返っていた。


「ぬふふ」


 それだけで顔がにやけてしまうのを止められない。生まれてからこれまで、知識として外の世界のことは知っていても、見たことも聞いたこともない全ては彼女にとって新鮮そのものだ。

 無為と過ごした歳月よりも色濃く記憶に残っている閃光の数日間。アルフレッドという真っ直ぐな少年と共に駆け抜けた僅かな日々を思えば、いつの間にか外は夕暮れとなっていた。


「……遅いの」


 アルフレッドが部屋を出て行ってから既に一時間以上は経過している。それほど何か大切な話でもあるのだろうか。そう思った矢先、クロガネの鋭敏な感覚はこちらに迫り来る幾つもの気配に気づいた。


「これは、まさか……」


 ワームのものではない。肌に感じるこの魔力は、ハーツを加工して作り上げた増魔器官『レギオン』の反応であり──


「アインヘリア!?」


 サドンを含んだ幾つかのアインヘリアの反応にクロガネは目を見開く。

 ──何故? ここまでの大量のアインヘリアが!?

 動揺を隠せず、まるでこちらを取り囲むように周囲から迫る機影を捉えながら、クロガネの思考は、即座に一つの答えを導き出す。

 今朝見せたサフランの焦りと、何かこちらを警戒するような冷めた瞳。笑顔で取り繕ったその裏側に潜んでいたのは──


「アルフ!」


 考えうる最悪を予想して、クロガネはベッドから跳ね起きる。もしも自分の考えが当たっているのであれば、一刻の猶予すら存在しないのだから。


「まさか、我らを売るつもりかよ! 脆弱がぁ!」


 焦りを滲ませて走り出すクロガネ。

 しかしその彼女の行動は、あまりにも遅すぎるのであった。






ラストまでノンストップ。

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