第十七話【力の理由・2】
再び宿屋に戻ったアルフレッドとクロガネは、とりあえずいつまでもクロガネをシャツ一枚で居させるわけにもいかないので、早速着替えさせることにした。
アルフレッドが居るというのにその場でシャツを脱いだときは慌てたが、さっさと部屋を出て数分。「もういいぞー」というお気楽なクロガネの声が聞こえ、アルフレッドは扉を開いて部屋に入った。
「じゃーん! 可愛いだろ!」
そこには部屋の中央で女性士官用の制服を着たクロガネが待っていた。
帝国のシンボルカラーでもある青を基調とした制服は、動きやすさを重視してあるため、あまり身体にフィットするものではない。だがそれなりに上質で作られた青色のジャケットはベッドの上においてあり、今クロガネが着ているのは、白いワイシャツと、黒のズボンだけだ。
「そのジャケットは着ないのか?」
「んー、何か動き辛いのでな」
どうやら動きやすさを重視した帝国の制服もクロガネには合わなかったらしい。結果、シンプルな構成となってしまったものの、彼女自身の美しさのおかげで、充分魅力的な姿である。
少なくとも、よれよれのシャツ一枚だったころとは比べるまでもないだろう。
「それで? いよいよじゃんけんをするのかの!?」
「いや、それよりも先に聞きたいことがあるんだけど……お前、身体をどっかに封印されているって言ってたよな?」
「そっかー……」
「また今度な……それで? どうなんだ?」
期待に胸を膨らませて手を握りこんでいたクロガネだったが、またお預けをされてしまい、眉をへの字に曲げた。だがそれでもアルフレッドに文句を言うでもなく、質問の答えを返す。
「うむ。私の体は間違いなく封印されていると見ていいだろう」
「壊されている、とかは?」
「それはないだろ。確かに鋼鉄としての原型を留めているとは限らないが、肝心なのはそれぞれに込められた概念だからな。この世界には概念ごと消滅させる術式がない以上、例え消滅したとしても、その概念を掴みさえすれば零から再生は可能だ」
クロガネの言葉はどうもアルフレッドには難解だ。つまり大切なのは、外装ではなく内部の術式ということだろう。そう勝手に解釈して、ならば問題ないかと考えた。
そしてアルフレッドは、サフランには言わなかった旅の目的を口にする。
「俺はお前から奪われた全ての力を取り戻してみせる」
「何? 私の力を?」
「あぁ、お前の言葉が真実なら、全ての部品を集めきれば、お前は今よりも凄い力を発揮するんだろ?」
「無論、完全覚醒した私を止められる者は存在せん。例え、バルド帝国が私を元に作り上げた切り札、魔王兵装であったとしてもな」
大胆にもそう豪語してみせたクロガネは本気なのだろう。真っ直ぐにアルフレッドを見返す瞳は、己こそ最強であるという自負が滲んでいる。
ならばアルフレッドもそれを信じよう。ふざけた理想だからこそ、ありえぬ夢想だからこそ、非現実的な可能性こそ彼には必要なのだ。そしてそれは決して非現実なだけではなく、手にした力が可能性を確信させてくれる。
「だったらやってみせるさ。俺はお前の力を全て手に入れて、どんな脅威からも誰かを守れる力になってみせる」
決意を新たに握った拳。そこにクロガネも己の掌を乗せて、頷く。
「よくぞ言ってみせた! 夢は大きく、出来ぬと笑われるくらいのほうが目指す価値があるというもの! その心意気、お前の手から充分に伝わるぞ!」
クロガネは笑う。だがそれはアルフレッドを嘲笑うようなものではなく、その愚かな夢を共に出来ることを喜ぶ笑みだ。
それがわかるから、アルフレッドも無邪気に笑みを返すことが出来る。
「ありがとうクロ。それで、その体が何処に眠ってるかとかわかるのか?」
「少々難しいな。どれか一部でも戻れば、それを媒体に似たような反応を辿れるのだが……今の私では、検索すべき元を根こそぎ奪われた状態ゆえ、探そうにも探せぬのだ」
魔神兵装というアインヘリアとしての機能を完全に奪われているため、反応を探し出せないとクロガネは言う。辿るべき足がかりがなければ、探そうにも探せないのだ。
「出来るとすれば、強力な魔力反応をある程度察知する程度だが……これにしても、この荒野では巨大魔獣にアインヘリア、なによりそこらに眠っている増幅炉たるハーツが周囲の魔力を上手く集めてジャミングをかけているからな。やはり上手くは探せぬだろうよ」
「だったらやっぱり、一度帝都で資料を探したほうがいいよな」
「帝都?」
「あぁ。そこなら歴史資料もたくさんあるはずだからな。そこで伝承なりなんなり漁って、それっぽいのを見つけるしかないだろ」
だがそれにしても帝都にある蔵書は多いだろうし、詳しい資料となると、一般市民に手を出せる資料にはないかもしれない。
「前途は多難だの」
クロガネは軽く肩を竦めてみせる、それには同意だとアルフレッドも思った。
「でも、俺にとっては大きな前進だ」
これまで、英雄になろうにも魔力を扱えず、金を稼いでも騎士学校に入ることすら難しかっただろうアルフレッド。それが、クロガネという力を得て、彼女の力を取り戻せば理想に近づくとわかっただけ、とてつもない進歩である。
「確かに。それは私も同じだな」
アルフレッドとは理由が違うものの、クロガネもまた同じ気持ちだ。年月で言えばアルフレッドの比ではないだろう。
ただ封印され続けていた。己を扱える者は現れず、このまま時の終わりまで眠り続けるしかないとすら思っていた。
「私はお前に出会えた。そして、外を知った。知識だけではない、本物の世界を知れた……これは、私にとって大きな前進だ」
自身を扱う唯一の適合者。そして彼に求められるという喜び。クロガネとしてはそれだけでも満足なのだが、彼はさらに、自身の体まで探してくれるという。
「ふふ、私は嬉しいぞアルフ」
「それは俺も同じだよ、クロ」
互いに考えることは違えど、想いはきっと同じだ。
救った者、救われた者。
それはきっと互いに当てはまり、だからこそ彼らはこんなにも短い間で、互いを信じられるようになったのだ。
「さておき、だ。そういうことならば話は早い。出発までの間、準備も早々に訓練でもしておこう」
「訓練?」
「無論、鋼を纏った状態での訓練だよ。ぶっつけ本番で何とか様になったが、やはりまだまだお前が把握していない機能は多い。短い間だけだろうが、のんびりしていられるうちに習熟しておくのがいいだろう」
確かにとアルフレッドは思う。先の戦いでは成すがままに戦っていたが、今のクロガネに何が出来るのかを知っておき、それを使いこなす訓練は必要だ。
「明後日には出て行くことを考えればそれが妥当だろう。それまでに私のことを隅々まで扱えるように、好きと自由に私をまさぐれ!」
慎ましやかな胸を張り、両手を広げて己のことをアピールするクロガネ。その態度と意味深な言葉に少々頬を染めつつ、アルフレッドは明日から始まる『英雄』への第一歩を思い浮かべるのであった。
掲げた理想のために。繋がれた心は合わさって、未来を希望と二人は信じ、歩くためにと力を重ねる。
束の間と言わず、或いはこの平穏が静かに続けばいいという願いも胸に秘め、握り締めた拳の意味を、君は辿る。
第十八話【緩やかなる朝】
今は明日を信じて前を向く。
だが、空を見上げる君の足下、現実に磨耗した冷酷は、ゆっくりとだが行く手を遮る鎖となった。




