第十五話【力の代償・1】
戦闘を終えたアルフレッドとクロガネは、それを察して戻ってきてくれたサフランのサドンの肩に乗せてもらい帰路についていた。
ベースには他の人間の姿はなく、サフランいわく「俺が避難させておいた、暫くすれば帰ってくるだろう」とのことらしい。
「ともあれ、無事を祈ろう。今はな」
避難先である補給地点へ連絡を入れたサフランは、休憩所の椅子に座って待っていたアルフレッドとクロガネに飲み物を持ってきていた。
ここは帝国の兵士の詰め所だ。扉を出て直ぐ傍にはアインヘリアを格納するガレージがあり、そこに両腕を失ったサフランのサドンが鎮座している。
「うまっ! めちゃうまっ! 五臓六腑がきゅんきゅんするの!」
もどかしい沈黙の中、サフランから手渡された飲み物を飲んだクロガネは目を丸くして驚いていた。
現在、女の子用の衣類がなかったため、着ているのはアルフレッドが皮のジャケットの内側に着ていたシャツだ。ベースに到着した直後、眩い閃光がアルフレッドを覆ったと思えば、次の瞬間にはその隣に全裸で立つクロガネが立っていた。
慌てて着させたよれよれのシャツは一応隠すべき部分は隠しているものの、首筋から覗く白い肌や、腕を掲げたときに裾から見える脇や小さな膨らみ、生地が短いせいか、ぷにぷにとした生足は太ももまで丸見えであり、むしろ人によっては裸よりも興奮しそうなものである。
しかし、幼児のように無邪気とはしゃぐクロガネに対して性的な興奮を覚えることはなかった。アルフレッドもサフランも、先ほど体験した死闘の疲労が重なっているのも理由の一つだろう。
たかが冷やした水の味でぎゃーぎゃー喚くクロガネは置いておき、サフランは水の入ったボトルを片手に呆けているアルフレッドの前の椅子に座った。
「大丈夫か?」
「あ……はい。何とか」
返事も何処か上の空だ。虚ろな眼差しで笑うアルフレッドを、こうなるのも無理はないなとサフランは寂しげに見つめた。
状況はまだ把握しきれていないが、ワームの群れを相手に大立ち回りを演じたのだ。あまりにも強烈な戦いのせいで、現実感がないのだろう。
こういう場合何かしら現実に引き戻す要素があれ我に返るのだが、生憎現在のベース内は緊急避難のせいで人は居らず、慣れ親しんだ日常は何処にもない。
家族にでも会えれば話は別だが、アルフレッドは既に肉親を全員失っている。
「色々聞きたいことはあるが、今日は疲れただろ……さっさと宿に戻って寝たほうがいい」
「はい……」
これは駄目だな。
暫くは様子を見るしかないだろう。そうサフランが諦めると、水を美味しそうに飲んでいたクロガネの口から、多量の水が吐き出された。
「うまう……ッ! ゴフッ! ゴヘッゴヘッ! た、大変、アルフ……! 水が、の、喉にゴホッゴホッ!」
「馬鹿、ちょっとこっち来い」
涙目でアルフレッドの膝の上に乗ったクロガネの背中を優しく撫でる。慌てて水を飲んだ生で器官に詰まらせたらしい。
うーうー唸るクロガネをサフランはさりげなく観察する。数えるほどしか行ったことない帝都ですら、これほどまでの美少女は存在しないだろう。それほど場違いな美しい少女だ。しかし決して異常なところは見られない。少々、世間知らずっぽい印象はあるが、それを差し引いても、かわいらしいだけの普通の少女だ。
だがサフランは彼女がアルフレッドの纏った鎧の横に透明な姿で浮かんでいるのを見た。さらに先程、閃光の後に鎧が消え、クロガネが姿を現したところも目撃している。
アルフレッドに隠された力や魔法具でもない限り、あの鎧を纏ったアルフレッドの超人的な能力は、まず間違いなくこの少女の持つ力であるはずだ。
「サフランさん?」
いつの間にか険しい顔をしていたらしい。不安げに顔色を伺ってくるアルフレッドに、サフランは笑顔を取り繕って明るく返事した。
「いや、何でもない。とりあえず俺はガレージでサドンのメンテをしてくる。また明日話は聞くから、お前らもそれ飲んだら帰るように」
「は、はい」
「うむ。わかったぞ脆弱な騎士サフランよ」
傲岸な言い方だが、見た目のせいか子どもが背伸びしているようにしか感じられないクロガネに苦笑を一つ。サフランは背を向けてその場を後にした。
「俺も帰るとするか……クロガネは──」
「クロと呼べ、アルフ。さっきからずっと考えていてな。私もお前と同じで、名前を短くまとめてみようと思うたのだ!」
「……じゃあ、クロはどうする?」
「無論、私はお前の矛と盾であるゆえ、いかなるときも一緒だぞ。案ずるな」
何を案ずるのかどうかわからないが、とりあえず今は早くベッドに入って眠りたい。疲労で億劫な足を動かし、アルフは子犬のようについてくるクロガネを連れて宿屋に戻ることにした。
続きます




