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魔神兵装クロガネ  作者: トロ
【落ちこぼれの手にした最強】
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第十四話【意志なす剣。魔と化して】


「お、起き上がった!」


「来るぞ! ソードシリンダー起動! 走れ!」


 サドンが起き上がるころには、体勢を立て直して突撃を再開したワームが直ぐ傍まで迫ってきていた。

 クロガネの命に従って、左手のソードシリンダーから漆黒の刃が生まれる。だがしかし、唐突に走れと言われても、アルフレッドにはどうやって動かせばいいのかわからない。

 だが戸惑うアルフレッドを待つほどの知能も余裕もワームにはなかった。迫り来る無数の巨躯。モニター映る化け物の軍勢を見据え、アルフレッドは自分を庇うように咄嗟に右腕を動かすと、それに連動してサドンの腕も動いた。


「動ける!?」


 まるで己の体のように動くサドンの仕草に目を瞬かせる。その耳元でクロガネが「ローラー起動! 補正はこちらでやる! 好きなように動け!」と叫んだ。

 迷っている時間はない。接触まで残り数秒もなく、アルフレッドはソードシリンダーを握る左手を試すように振るった。

 自分の手のように動くサドンの左手。魔奏者とアインヘリアの思考を繋ぐネイルブが、赤い布を通してアルフレッドの意思を直接フィードバックしているのだ。

 ──これならいける!

 アルフレッドは口を広げて飛び込んできたワーム目掛けて、横一文字にソードシリンダーを振りぬいた。

 漆黒の尾を引いて振りぬかれた刃は、残光の線の通り甲殻を割る。煌く暗黒に切り捨てられたワームの間、体液に濡れながら前を見据えるサドンのローラーが回転した。


「走れ!」


 ローラーによる急加速で後ろに後退したサドンは、触手を逃れたところで一転、伸びきった触手が退くのに合わせて前に飛び出した。

 戻る触手をみじん切りにしながら、ワームの懐に飛び込んだアルフレッドは、巧みに振り上げた切っ先でその顔を縦に斬る。

 臓腑が漏れるよりも早く次の標的へ。荒地に切っ先を引きずりつつ、袈裟に斬り上げて二匹。


「このまま群れの中で掻き乱す!」


「ダンスだな! 踊れアルフ!」


 ワームの間を掻い潜り、ソードシリンダーを手当たり次第に振り回す。通常のサドンのそれとは遥かに切れ味と長さの違う刀身は、甲殻の抵抗を紙屑同然に斬り捨てて、紫の鮮血で虚空に幾つもの花を咲かせた。

 戦えている。

 俺は、鋼鉄の巨人をまとって戦っている!

 内の興奮は如何ほどだろうか。滾る思いを光刃に込めて、意志の力が魔力を燃やす。まさに一騎当千。ワームの群れの中で踊るサドンの雄姿は、この舞台の唯一無二の主役だ。

 袈裟斬り。

 振り上げ。

 上段。

 横一閃。

 立て続けと繰り出す必殺が振るわれるたび、ワームの骸が増えていく。死山血河に君臨し、その身体を紫に染めたサドンの眼光は鋭い赤を放つ。

 暴れろ。激情を、蹂躪されてきた憎しみを、怒り叩き付けろ。散っていった仲間の分を乗せて、ひたすら、闇雲に、だが冷静に刃を振れ、突け、斬り開け。


「ハァッ!」


 乾坤一擲。何度目になるか分からない斬撃が、四方から迫る触手を微塵と引き裂く、

 この調子ならいける。自由自在にサドンを操りながら、勝利を確信するアルフレッド。

 だが、そんな彼の高揚感すら打ち消すように、突如その手に持っていたソードシリンダーの刀身が消滅した。


「なッ!?」


「阿呆! 避けろ!」


 刀身が消えたことに驚いた隙を狙って、ワームの身体がサドンに激突した。

 復元した右腕に激突したワームに弾かれて、サドンの巨体が荒野を転がる。視界が狂いそうになるが、アルフレッドが纏った鎧はこの衝撃にもびくともせず、その身体を完全に守ってみせていた。

 だがアルフレッドとは違い、サドンのほうは各種システムが軒並みエラーを発していた。


「ローラー部分及び、腕部魔力伝達回路損耗……武器の回路も焼ききれた!? えぇい、このポンコツがぁ!」


 状況をいち早く察したクロガネが喚き散らす。

 それだけでなく、各関節の異常、魔力でその強度を高める『呼吸する鉄』は問題ないが、普通の部品で構成された内部機関が、膨大な出力に耐え切れず異常、あるいは停止し始めていた。

 クロガネをまとうアルフレッドはともかく、彼が操るサドンのほうが先に限界を迎えようとしている。内部から発生する高熱が部品を恐るべき早さで磨耗させていた。

 稼働時間は残り少ない。しかし未だ無数と蔓延るワームに対して、武装を失ったサドンに出来る抵抗はないのか。


「クソッ……! 何か方法は!?」


「焦るなアルフ。まだ方法はあるぞ!」


 歯がゆさから苛立ちを叫ぶアルフレッドに対して、クロガネの反応は冷静そのものだ。

 武装を失いながらも、今にも脱落しそうなローラーを巧みに操って触手と突進を掻い潜るアルフレッドに、クロガネは語りかけた。


「装備の召喚プログラムがおじゃんしているせいで、この機体の装備は使えん。出来るのはお前の描く魔法を汲み取り、私が『群れなす心臓(レギオン・ドライブ)』を通して練り上げた魔力を、この機体に搭載されたお粗末な『レギオン』に与えて増幅、ワンチャンに賭けてぶつけるくらいしか方法はない」


「ワンチャン? そ、それより俺が魔法を描く? 俺が、俺が魔法を使うってことなのか!?」


「そう言っているだろオウムかお前──来るぞ!」


 モニター一面に広がるワームの顔。口内から射出された触手から逃れるべく、己の身体の延長線となったサドンの腕を動かし、暴風の勢いで触手を振り払った。

 サフランの魔力量を遥かに上回る魔力を注がれたサドンの動きは機敏だ。しかし、魔力量で強度が変化する『呼吸する鉄』はともかく、サドンの内部構造を構成するただの鉄で作られた部品が過負荷に耐えかねてあげる悲鳴を耳にしながら、アルフレッドは迷っていた。


「クロガネ! お前だけで魔法を使えないのか!?」


 縋るような気持ちでクロガネに叫ぶが、アルフレッドの願いをクロガネは容易く切り捨てる。


「無理だ! 私は所詮力でしかない。助言もしよう、ある程度の補佐は勝手に行おう、物言わぬ鉄の鎧を制御することもしてみせよう。しかし魔法は意志だ! 純粋な力である私には、お前の意志なくして魔法を紡ぐことは出来ぬ!」


「どういうことだよ!?」


「必要なのはお前の意志だ! 意志在るところに法は成る! 理想を掲げるなら叫んでみせよ!」


「俺の、意志……」


 ローラーを駆動。距離を取りつつ、アルフレッドは思案する。

 これまで彼は魔力を扱ったことはないが、それでもアインヘリアの騎士となるべく、魔法の勉強を重ねてきた。しかし、魔力がないために、どんなに知識を蓄えようが、どんなに見識を深めようが、魔法は一度たりとも使うことが出来なかった。

 そんなアルフレッドに、突然魔法を扱えと言われて出来るわけがない。

 ローラーが破損したせいで速度が落ちたため、徐々にワームに追い詰められていく。だがアルフレッドは迷っていた。

 本当に自分が魔法を使えるのか。

 本当に自分が幻想の担い手となれるのか。


「俺は……!」


「信じろ!」


 自分では無理ではないかという迷いのせいで苦渋に塗れたアルフレッドに、クロガネは強い意志を込めて語りかける。


「確かにアルフ、お前は無力だった。少し前まで脅威から逃げることしか出来ぬ哀れな敗北者だった」


 しかし、今は違う。クロガネはアルフレッドの心に強く、刻む。


「お前が纏っているのは何だ!?」


「俺の、鎧……」


「そうだ! そしてその鎧は力だ! 無力に嘆くお前が手にした、お前の意志を貫く力だ!」


 クロガネは叫ぶ。お前は最早、無力ではないと。かつてのお前とは違う、力を行使する権利者なのだと。

 その言葉がアルフレッドの心を熱くする。かつてのように、冷えた心を燃やす熱風と鋼の重厚。そしてそれは今や、アルフレッドの身体に纏われた確かな真実なのだから。


「信じろアルフ! お前の掌に掴んだ鋼鉄は、決して夢の幻ではないのだから!」


「俺はッ……!」


「故に叫べ! お前の『英雄』を! お前が力を信じるならば! その意志こそ! 我が軍勢(レギオン)の行くべき道となりえるのだ!」


 鎧の中は無力のまま、しかし、身に纏う鋼鉄が、無力を憎む心の力を具体する(くろがね)の真実ならば。

 その意志がクロガネの魔力を引き出してみせる。

 その意志が、クロガネを通して力を現実と化してみせる。


「だったらぁぁぁぁぁ!」


 白熱する思考。迷いを熱砂に吹き飛ばし、アルフレッドはもう逃げないという意志を示すように、サドンの足を踏みとどまらせた。

 その脳裏に思い描くのは炎。燃え盛る巨大な紅蓮を球状に固めた神秘の一撃を──


「『燃やし尽くせ! 紅蓮の腕よ!』」


 意志を託された少女の瞳が大きく輝く。立体映像の身体の心臓部分が光り輝くと、アルフレッドの纏う鎧に刻まれた『鉄』の一文字も同じく輝いた。

 あふれ出す魔力が、サドンのエンジンである『レギオン』を通して外界に顕現する。滂沱と溢れる漆黒は、その掌をとおした直後、ワームの巨躯に匹敵する巨大な火球へと姿を変えた。


「放て! アルフ!」


「おぉぉぉぉ!」


 紅蓮に劣らぬ熱意を叫び、アルフレッドはサドンの手に宿した灼熱を解放した。突き出した掌より燃え広がる赤い炎は、まるで奪われ続けた命の怒りのようですらあった。

 怒涛と燃え広がる幻想が、荒野に嵐を巻き起こす。轟く炎熱の海にワーム達の半数を飲み干す中、アルフレッドは続け様に魔法を解放する。


「『刺し貫け! 天の雷!』」


 変換された魔力が掌に紫電を走らせる。目を焼く閃光、プラズマ化した魔力を中心に、砂塵が逆巻き、火花がサドンを包み込む。

 内部構造の許容を逸脱した出力に己すらも傷つけながら、閃光の散るコックピット内でアルフレッドは己の怒りをワームに叩きつけた。


「『直雷』!」


 突き出した掌のプラズマから、無数の雷が迸る。龍の首にも似た紫電は、轟き勇む雷鳴を引き連れながら炎の海を貫いて、後方のワーム達に直撃した。

 悲鳴すら奏でる暇も与えず、閃光はその甲殻を貫き、一閃の後、魂すら刺し穿つ。

 連続して轟いた雷鳴と、今尚荒野を焦がす紅蓮の海。

 それらに飲まれたワームの全てが絶命するのを確認した直後、サドンを補強していた漆黒の装甲が硝子細工のように砕け散り、全身から煙を噴出して膝を折った。

 決着を終えたアルフレッドは、燃え広がる炎を見据えながら、コックピットから出る。


 荒野の風に手首の布をはためかせ立つ、雄雄しき鋼鉄に夕日の光を照り返して。


「……」


 その姿はまるで、人々を襲う災厄を防ぐ鋼鉄の英雄。

 あるいは、災厄を広げる鋼鉄の魔神。

 そのどちらとも取れる漆黒の背中は、己の手で作り上げた紅蓮の世界を、その瞳で静かに見据えるのであった。




「あれが魔神兵装……」


 アルフレッド達より離れた小高い丘。そこにマントで姿を隠した男が一人、立っていた。

 戦いが終わったのを確認し、踵を返して戻ってきたサフランのサドンの肩に乗ってベースへと戻る彼らの姿を男は静かに見送る。


「陛下が仰っていた適格者。疑るわけではないが……こうして実物を拝む日が来るとは」


 不意に吹いた強風に靡いたマントの下が覗く。

 その下の身体、そのほとんど全てがむき出しの鋼鉄だった。身体に直接埋め込まれた部品から、丸ごと機械に置き換えられたところまで、生身の部分を探すほうが難しいくらい、男の身体は機械化されている。

 露になった顔も、左半分が機械で構成されていた。緑色に輝く機械の眼光は、遠く走っていくサドンの姿も鮮明に捉えている。

 右半分の生身の顔は、精悍な大人の顔つきだ。頬に刻まれた傷跡が痛々しく、鋭い眼光はまさに歴戦の勇士とでもいうべき威圧感を放っていた。


「任を託され、五百三十八年。大戦末期を友と駆けることも許されず、ひたすら陛下の仰っていた魔神の適合者を待ち続けたが……あの少年、まさか本当に適合したとは、な」


 抗魔力体質。その特異な能力を持つ少年がこの土地に着てから数年、注意深く観察をし続け、ついにクロガネと対面させ、彼は見事その力を受け止める器となった。


「だが、その機能の殆どを制限された今の魔神では、足りぬ」


 現在のクロガネは、文字通り『肉体を失った状態』だ。それでも現行のほぼあらゆる兵器を上回る戦闘力があるが、それまで。


「試すとしよう。魔神兵装、そしてその適合者……お前らがその力で何を成し遂げようとするのかを」


 男が翳した機械の腕。その掌の装甲が左右に開くと、埋め込まれていた紫色の宝石が露になる。

 瞬間、巨大な魔力の柱が男を飲み込み、その柱が消えた先には、鋼鉄の巨人が一体。


「陛下より賜ったこの強化型魔人兵装と……災厄の腕でな」


 コックピット内で男は静かに宣戦布告を果たす。

 未だ、災厄の芽は絶えず。脚本を描いた演出家は、自らも舞台に踊り出るべく動き出すのであった。






現実感の無い全て。浮遊しているかのまどろみは、いずれ目を背けていた事実によって覚醒させられる。

動き出した痛覚は、確かな痛みを伴って、重く、鋭く、君の心を引き裂いた。


第十五話【力の代償】


掴んだ鋼が真実ならば、手にした質量もまた真実。拭うことも払うことも出来ない惨劇の手応えに悶える君を癒すのは、冷たく溶かす鋼鉄の指先。

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