第十三話【死闘・2】
「おぉ!」
シールドを前に展開し、手近のワームに体当たりする。大きく軋む鋼鉄の音色を耳にしながら、僅かに開いた口内にラインライフルの銃口をねじ込んで発砲。
眩い閃光がワームの内部で弾け、その甲殻が内側から罅割れて弾ける。内臓をずたずたに穿たれたワームの口から、紫に染まったライフルを引き抜くと、サフランの身体を衝撃が揺らした。
悶絶しながらもサドンの足に魔力を通して踏ん張る。右半身に怒涛と炸裂した触手は、『呼吸する鉄』を大きく凹ませていた。
「舐めるな!」
二つの意味で叫びながら、ラインライフルの銃口を右側のワームに向けて銃爪を引く。狙いを定める必要などない、チャージされた魔力を全て使い切る勢いで、ライフルから閃光を幾つも放った。
複眼を幾つか抉り、さらに他のワームの身体も削る魔力弾。しかし、絶命するまでには至らず、ワームはサドン目掛けて突進してきた。
「そっちから来るなら……!」
ライフルを召還。両手にソードシリンダーを握り、刀身を解放。補助腕は背後に回して、奇襲からの盾とする。
来た奴から一匹ずつ斬り裂いてやる。戦場に流れる特有の高揚感から思考を白熱させる。しかし、その一方で冷静だった部分が、ワームの奇妙な動きを逃さなかった。
突進してくる三匹のワームが、走りながら縦に並ぶ。一番傷ついた一匹目を盾にする陣形を見て、サフランは背筋が冷たくなるのを感じた。
「くッ!?」
咄嗟に迎撃を諦めてローラーを回し、ワームの突進から逃れる。そしてすれ違い様にワームを斬り裂こうとして腕を振り上げたところに、別のワームの触手が背後の盾を強打した。
──いつの間にか後ろに回り込まれた!?
センサーを確認。サフランを逃がさないように周囲を取り囲むワーム。
「こいつら……戦術だと!?」
あり得ない話だが、そうとしか言えないほどこのワーム達の動きは統一されていた。動き自体はつたないが、連携などする知能がないはずのワームが動きを合わせ、役割を分担しているという事実は驚きだ。
だがサフランに驚愕する余裕はなかった。再度、背中に衝撃。シールドに激突した触手で、コックピットの内部が大きく揺らぐ。
サドンは無事でも、脳を揺らす振動にサフランはそう何度も耐えられるわけではない。歯を食いしばって必至に意識を繋ぎ合わせつつ、周囲を回り続けるワームを観察した。
「ッ……なぶり殺しか!」
ソードシリンダーの圏内に入らないところを見ると、冗談みたいな話だが、このワームはこの武器の脅威を知っているとみたほうがいいだろうか。
あり得ない、そう否定しようとして、己の浅慮に歯噛みする。
大規模のワームの襲撃の時点で異様、統一された動きで異常、ならばワームがこちらの武装を把握しているのは普通と考えるべきだ。
「常識を捨てろサフラン。決め付けは死を意味するぞ」
懸念はもう一つ。セイムを落とした謎の爆発。
探せば他にも疑問はあるかもしれないが、そこまで思考を張り巡らせる時間は存在しなかった。
「■■■ッッ!」
再度、背後に回ったワームが触手を放ってくる。死角をついた攻撃に対して、サフランはまるで後ろに目があるかのように反応してみせた。
振り返り様に二刀を縦横無尽に振るう。砂埃を切り裂いて白色の残光を残した刀身が、迫る触手の全てを半ばから斬り捨てた。
「少しばかり知恵をつけたところで!」
「■■■ッッ!?」
「帝国が誇るアインヘリアの騎士を、易々と落とせるものかよ!」
包囲網に空いた僅かな隙間。触手を裂かれたワームが途中で止まり、ワーム全体の動きが一時的に止まる。その隙を逃さずローラーを回転させると、血を噴出すワームへ接近し、一瞬で二つに切断した。
「おぉ!」
賭けるのはここだ。魔力の出し惜しみを止めて、サフランは全ての魔力を『フェイク・レギオン』に叩き込む。術者の魔力に呼応し、増魔の名に反せず膨大な魔力が出力された。
全身から魔力が溢れ、そのすべてが余すことなくサドンの全身に浸透していく。『呼吸する鉄』は復元を始め、ソードシリンダーの刀身が太く、長くなっていった。
「行くぞ!」
回転数が最大を超えたローラーが、自身が生み出す高熱に悲鳴をあげながらも、限界を超えた速度をはじき出す。
白い流星となったサドンが荒野を疾駆する。疾風怒濤とはこのことか、乱数機動でワームを翻弄しながら、反撃の暇すら与えず一気に三匹を切り捨てる。
「残り五匹!」
瞬く間に半数を一蹴したサドンに、ワームが周囲を取り囲んで一斉に突進する。
迫り来る巨躯の群れを見据え、サフランはローラーを脹脛部分に格納すると、ぶつかる直前で空に飛んだ。
突然対象が居なくなったが、当然急には止まれない。ワーム達は互いの額をぶつけ合い、激突の痛みに苦悶する。
その頭上。自身の全長の倍以上飛んだ白銀の巨人は、シリンダーを召還して、再度ライフルを召喚する。
密集部分に狙いなど必要ない。残った魔力の殆どをライフルに注ぎ、ワームの甲殻を貫くほどの破壊力を練り上げる。
全魔力を注いだ、とっておきの制圧射撃──
「腹一杯しゃぶりやがれ! 芋虫共が!」
必殺の一撃を解放する。連続して響き渡った轟音と、これまでの倍の長さはある白色の魔弾が、ワームの群れに降り注いだ。
「■■■ッッ!」
無数の断末魔も、魔弾の豪雨に飲まれて消える。甲殻を貫き、その下の大地すら抉るほどの火力が集中して降り注ぐさまは圧巻だ。
ライフルの反動で後方に吹き飛んだサドンは、荒野に線を引きながら着地を果たす。
吐き出される廃棄熱。蒸気となって関節から放出された熱は、サフランとサドンの激情そのものだ。
鋼鉄の巨人は健在だ。残存魔力の殆どを失いながらも、サフランは見事ワームの群れを駆逐してみせた。
「……やれるな、俺も」
死ぬ覚悟を決めたつもりが、奇跡を手繰り寄せて生き抜いてみせた。前方のワームが動かないのを確認して、安堵と疲労の混じった溜め息を一つ。
いつの間にか全身に汗をかいていた。死を跨ぐ極限の集中状態を維持していたせいか、そんなことにも気づかなかった。
「魔力量は……まぁ、ベースまでは帰れるか」
『フェイク・レギオン』に残った魔力残量は殆どないに等しい。サフラン自身の魔力も底をついており、流石にこれ以上この場に残ることは無理だろう。
「……あいつらは無事に撤退出来たか」
通信やセンサーに使う魔力すら節約せねばならないため、ベースのほうの状況はサフランには確認できない。遺跡に到着して直ぐに見つけたワームの横に空いた穴にもぐったワームが気にはなるが、戦う術が殆どない以上、考えても意味がないだろう。
撤退だ。拾った命をむざむざ捨てる必要はないのだから。
そう己を納得させたサフランは、緩慢な動作でサドンのローラーを動かし──その視界の隅が微かに点滅したのを確かに捉えた。
「ッ!?」
戦場で意識を切らさない癖と、保険に取っておいたシールドが功をなしたのか。反射的に動かしたシールドに何かが炸裂したと同時、鋼の巨人はシールドを破壊されながら後方に吹き飛ばされた。
「ぐ、おぉぉぉぉ!?」
視界が前後左右にぶれ、平衡感覚が失われる。全身を襲う衝撃に耐えて数瞬、荒野を転がっていたサドンがどうにか停止する。
見えない何かを受け止めた二つのシールドはおろか、咄嗟に掲げた両腕と胸部装甲の一部が吹き飛ばされていた。
まさかアレは、セイムを襲った──
そう当たりをつけたサフランは、そのことを思考する余裕すら、目の前に広がった光景に奪われることになる。
「■■■ッッ!」
「……マジかよ」
遠くから砂塵を巻き上げて迫るのは、密集して迫り来るワームの群れだった。両腕が奪われ、魔力量も底を尽きたサドンでは抗うことすら出来ないのは目に見えている。
それはまさに絶望だった。死中で生を拾ったからこそ、その絶望はより重く、冷たくサフランに圧し掛かる。
戦力差は歴然。しかもこちらを中破させた謎の攻撃の正体もわかっていない。
「これは、無理だな」
歴戦の兵ゆえに、諦めは早かった。この世には、どう足掻いてもどうにも出来ないものというのが存在する。例え、人類の覇権を確立させた鋼鉄の巨人の乗り手であろうともだ。
確実な死が迫る中、混乱することなく落ち着いていることに、サフラン自身が驚いた。
「いや、まぁ……そんなもんかもな」
抗えぬ波を前に、抗う意志が沸かないだけだ。
ふと、タバコの一本でも最後に吸いたいなとか、そんなどうでもいいことを最後に思って、サフランは口を大きく開いて迫り来るワームから視線を逸らさず、己の最後を受け入れた。
轟と、それは唐突に響き渡る。
炸裂音よりも早く、サフランの目前に迫ったワームの顔面が大きく歪み、その巨大な身体が大きく吹き飛んだ。その現実を呆けて眺めるサフランの前で、連続して荒野を駆けた爆音がワームを次々に弾いていく。
「何が……」
それはサフランをサドンごと食らおうとしたワームも同じだっただろう。全てのワームが、爆音の鳴り響く方向に身体を向ける。
遅れてその方角に視線を向けたサフランは、思わず己の目を疑った。
それは、荒野に穿たれた漆黒の点、否、人間の形をした何かであった。
ワームやアインヘリアに比べ、その何かはあまりにも矮小だ。人の形を模した、人の大きさの何か。
その人型は全身が黒かった。牙のように鋭い漆黒の鎧を身に纏ったそれは、表情のまるで読めないフルフェイスの黒いメットで光る二つの真っ赤な眼光を暗く光らせて、ワームの群れを物言わず睨んでいた。
「悪魔……」
そう形容するしかないほど、その黒は異質で異形の存在だった。
全身を漆黒で染めた異界の住人。神話の領域でしか見れぬ、恐ろしき神格の顕現としか思えない。
ワーム達も、漆黒の異形から発せられる気配を感じ取ったのか。警戒するように唸りながら、無闇に攻めようとはしない。
あらゆる全ての事象が唐突ならば、この悪魔の唐突な登場すら必然だというのか。
「あれは……?」
サフランはそこでようやく、悪魔の背後にあるワームの死骸に気づいた。サフランが倒したものと違い、甲殻を千切られ、臓物を撒き散らしたその死に様は、まさに悪魔の所業に他ならない。
敵か。
味方か。
サフランがどう判断していいかわからず手を拱いている間に、悪魔は静かに動き出した。
腰の装甲が開き、中からやはり黒い拳銃が現れる。まるで市販のリボルバーの銃口を強引に一回り以上大きな物に変えたような異質な拳銃だ。人間ならば扱えぬそれは最早、ハンドキャノンと言うべき代物だ。そんな規格外の化け物拳銃の銃口がワームの群れに向く。
すると、先程まで風に靡いていただけの赤い布が、蛇のように虚空を這いずり、拳銃にまとわりついた。
赤い布が掌ごと拳銃を固定すると、その銃口に漆黒の魔力が収束する。布を通して供給された魔力は、遠目で見ているサフランからしても異常なほどの魔力を纏め上げていた。
刹那、引き絞られた銃爪が充填された漆黒の魔弾を弾いた。先程聞こえたのと同じ轟音が耳を揺らし、また新たなワームの甲殻を貫き後方に弾き飛ばす。
幾ら口径が大きいとはいえ、人間で扱える兵装ではワームに傷をつけることは難しい。その困難を容易くこなしてみせた悪魔は、まるで挑発するように遠方から銃爪を引いてワームに攻撃をしていた。
「■■■ッッ!」
ようやく動き出したワームが悪魔目掛けて進撃を開始する。その数は未だ無数。アリに象が襲い掛かるといった異常の中、悪魔は怯むことなく真っ向から突撃を開始した。
ワームを凌ぐ速度で加速した悪魔は、漆黒の突風となりワームへ立ち向かう。その手には長大な漆黒のリボルバーと、いつの間にか掴んだ黒塗りのナイフ。ワームに比べたらあまりにも頼りない武装は、しかし先の銃撃を見れば自ずと内包された戦力の桁が見えるというものだろう。
先頭の一匹にぶつかる直前、ワームを飛び越えるほどの高さまで飛んだ悪魔がは、そのままワームの背中に降り立ち、手にしたナイフを突き刺す。
紙のように甲殻を貫くと、ワームが暴れだした。何とか背中に刺したナイフを支えに振り下ろされないように抗いながら、こちらに殺到するワームへ銃口を向ける。
連続して駆け抜けた漆黒の牙が数匹のワームの複眼を抉り、その動きを留めた。
その時を待っていたとばかりに背中から飛び出し、停止したワームの背中を蹴って群れの中心まで飛び込み、さらに発砲。次々とワームに裂傷を与えながら、悪魔が向かう先は、サフランの搭乗しているサドンの方角だった。
「ッ!?」
赤い眼光と目が合ったような気がして、サフランは喉を引きつらせる。だが既に動けない現状ではどうすることも出来ず、ついにサドンの前に悪魔は辿り着いた。
──俺を殺す気か?
倒れるサドンのコックピットに伸ばされた手が触れた瞬間、己の死をサフランは覚悟して。
「誰か乗ってるなら応答を! 聞こえていますか!?」
掌を通じてコックピット内に響き渡ってきた声に、耳を疑った。
「これは……アルフレッド? アルフなのか!?」
「ッ! この声は……サフランさんですか!?」
漆黒を身に纏った悪魔の正体が、あの理想に燃える少年、アルフレッドだというのか。常識を捨てたつもりだったが、流石にこの展開はサフランをしても予想できなかった。
「いや、まぁ色々と聞きたいことはあるがどうでもいい! さっさと逃げろ!」
サフランは方向転換してこちらに向かってくるワームの群れを見ながら叫んだ。いや、だがしかし、あの戦闘力を持っているのならば──
「ふん、逃げろとはまた、私達の実力を侮っているようだな」
そんなサフランの言葉に不快を現したのは、可憐な少女の声だ。その声に合わせて、アルフレッドの纏う鎧から幽霊のように全体が透き通った少女の姿が現れる。
「女?」
「女ではなく、クロガネだ! それより今は説明する時間も惜しい。お前こそ逃げろ! 脆弱な騎士が!」
クロガネと名乗った少女の一喝の直後、近くまで迫ってきたワームが口を開いて奇声を発した。
「アルフ!」
「わかってるよ!」
クロガネに言われずとも、銃口をワームに向けて絞る。放たれた魔弾はワームを吹き飛ばし、そのまま後方のワームを巻き込んだ。
数秒のときを稼いだアルフレッドは、再度サフランに語りかける。
「動けるなら撤退を!」
「だがお前は……」
「見てたならわかるでしょ!?」
この手には力がある。
返事を聞く前にアルフレッドはワームの群れに吶喊した。
「まずは確実に一匹落とす!」
「やらいでか!」
アルフレッドとクロガネは気勢をあげてナイフを再度掴むと、吹き飛ばしたワームに一足で飛びついた。その勢いのまま振りぬいた刃が、不快な手ごたえを掌に伝えつつ、その複眼を幾つも切り裂く。
「■■■ッッ!」
「まだ動く!?」
体液を流しながら、口より吐き出された触手を逃れ、あるいは切り捨てながら後退。背後では既に状況を察したサフランのサドンが撤退を開始している。
安全が確保されるまではここで足止めをする。シリンダーを出して薬莢を排出。合わせて腰から飛び出してきた漆黒の弾丸が、するりとシリンダーに収まる。
回る弾層。魔術の神秘を宿した鉛の尻を炸裂する。
「おぉ!」
地面に足を踏ん張って、魔弾をワーム目掛けて掃射した。連続する魔力光の閃光に目を細めながら、迫る全てのワームを押さえ、吹き飛ばし、背後まで通さない。
だが、数の暴力は圧倒的だ。押されながらも、弾丸が止んだのを見計らい、ワームの口が一斉に開き、百を超える触手の槍が迫ってきた。
「ッ!?」
「えぇい! 気色の悪い奴らだ!」
不快を露にするクロガネの声に反応する暇もない。速度は圧倒的にこちらが上回っているが、縫う隙のない触手が相手では分が悪い。壁となって迫る殺意を前に、一度後退する以外なかった。
そんなアルフレッドに触手は追いすがる。ナイフで弾きつつ、再度弾丸を装填。身体の中心に走る触手を空高く舞い上がって回避して、シリンダーを戻し、狙い定めた銃口から、魔弾の雨をお見舞いしていく。
流星と突き立つ漆黒に潰されるものの、甲殻を皹割るだけで致命傷とまではいかない。
「クソッ……このままじゃジリ貧だ! 何か他に手はないのか、クロガネ!」
「むぅ、完全ならいざ知らず、実は今の私は、殆どの機能が封印されておって、使用できる手はあまりないのでな……それより、私はお前をアルフと愛称で呼んでいるのに、お前は私をクロガネとフルネームで呼ぶのはどうなんだ? この際だからお前も私のことを愛称で呼ぶべきだと思うぞ? たとえばクーちゃんとか、ガネさんとか──」
「今はそれどころじゃないだろ!」
「何と!?」
どうでもいいことで愕然とするクロガネだったが、ふと隣に浮かぶその瞳が遠くを見る。
「いや待てアルフ。どうやら一発逆転の手はあるみたいだ」
「何……!?」
触手を回避しつつ、アルフレッドもクロガネの見る方向へ視線を移す。
そこにあるのは、頭部を破壊されたサドンだ。未だ火花を散らすその機体を見据え、クロガネは少々不満げに鼻を鳴らす。
「ふん、あのような低級のアインヘリアを扱うのは些か不満だが……おいアルフ! 全弾叩き込んだら、あのガラクタのところまで走れ!」
「走れっても、あれはもう大破してるぞ!?」
「問題ない。私を……お前が手にした力を信じろ!」
「ッ……わかった!」
どの道、クロガネが居なかったら失っていた命だ。アルフレッドは覚悟を決めて、再装填した魔弾の全てを、前線を走るワーム達に撃った。
一撃で後退するワームにぶつかり、一時的に動きが困窮する。その隙にアルフレッドは後ろを振りぬくことなく全速力で大破したサドンまで駆け抜けた。
「コックピットに飛び込め!」
言われるがまま、むき出しのサドンのコックピットにアルフレッドは飛び込んだ。頭部と胸部装甲の殆どを失ったサドンのコックピット内はずたぼろだ。
「どうする!?」
「こうする!」
アルフレッドの手に巻かれた赤い布が、辛うじて残っていたネイルブに絡みついた。
「システム掌握開始。『群れなす心臓』稼動。『呼吸する鉄』、復元開始!」
歌うように語る少女の言葉に応じるように、失われたサドンの部品を補強するように、漆黒の装甲が顕現する。
その間にもシステムの改竄、強制起動。アルフレッドが理解出来ない魔法科学を容易にこなしてサドンの全能力を把握すると、最後にその全身を覆い隠すほどに膨大な魔力があふれ出した。
「何が起こってやがる……」
サフランは撤退しながら、後方で漆黒の魔力を全身から滲ませるサドンの姿を見ていた。
充満した魔力が、失われた右腕、胸部装甲、頭部に集ったと思いきや、一瞬にして漆黒の装甲で包まれたサドンの頭部が再構築される。
だがそれは見た目がサドンに似た何かであった。決して同じではない。その黒い装甲から感じるのは禍々しく邪悪な気配だた。
「動くのか!?」
サフランが叫ぶと同時、両目に真紅の輝きを灯したサドンが、静かに身体を起き上がらせた。
漆黒のアインヘリアは動き出す。未だ全身に受けたダメージで、関節から悲鳴をあげつつも、それでも鋼鉄の巨人は確かに立ち上がり、迫る脅威に対する砦としてその雄姿を今一度世界に示すのであった。
掴んだその手は君を放つ。冷たき鋼の少女を纏い、燃え滾る紅蓮の輝きに激情するは、君が夢見た理想の光か。
吹きすさぶ嵐の中、踊る背中に理想を貼り付け、残滓と揺れる命の輝きをここに。
第十四話【意志なす剣。魔と化して】
最早、届かぬ祈りなどない。覚醒した魂に、意志ある力は勝利を描いた。