第九話【迫る試練】
「いつまでぐだぐだと喋っているつもりだ」
アルフレッドとクロウ。両者の脱線した会話に水を差したのは、周囲の仲間ではなく鼻に付くような高慢な男だった。
全身を覆うサドンのパイロットスーツを着たその男の声に反応して、クロウは慌ててアルフレッドの口を手で塞ぐと、「こいつは見苦しいところをみせましたセイム様」と、愛想笑いを浮かべながら何度も頭を下げた。
「ふん。ただでさえ魔法の使えない下等な奴らの護衛などという下らん任を与えられたというのに、落ちこぼれの中でも特に使えない屑の煩わしい声を聞くこちらの身にもなってみろ」
セイムと呼ばれた男は、アルフレッドを冷めた目つきで見ながらそう言った。
彼はこのベースキャンプに、騎士学校の卒業試験の一環として派遣された学生だ。とはいえ、学生ながら幻想世界でも特に危険なこの地域に派遣されたのは、それなりの腕があるからだろう。
実際、彼がここに着任してから数度ワームの襲撃があったが、そのどれも先任であるサフランをしっかりとサポート、あるいは一対一でワームを撃破したほどである。既にその腕前だけならば、前線の兵士と比べても遜色ないほどだった。
本名はセイム・フラン・オーブル。帝国の貴族の次男だ。そのせいか、彼は魔法を扱える者と扱えない者に対する偏見が強く、特に魔力を一切扱えないアルフレッドのことを目の敵にしていた。
「くだらん話をしてないでさっさと作業に戻れ平民共。こんな熱いところ、いつまでも居られるか」
そう吐き捨てるように言い残して、セイムは荒野に片膝をついているサドンのほうへと戻っていった。
そこでようやくアルフレッドの口から手を離したが、今にも飛び出しそうなアルフレッドを見て、クロウはその頭を軽く叩いた。
「落ち着け。言い方は嫌味ったらしかったが、確かに今回は話が脱線した俺達が悪い」
「う……」
そのことには自覚があるのか。アルフレッドは不満はあるものの、歩き去るセイムから視線を切って、内心の感情を落ち着かせた。
「あんなの相手だとサフランさんも大変そうだな」
「実際手を焼いてるらしいからな。だが自分には敬意を持って接するらしいからサフランも困っているみたいだ。まぁ俺らに対しても着任当初に比べれば随分と柔らかくなったもんだよ」
根はいい坊ちゃんのはずなんだがなぁ。そうぼやくクロウとは逆に、アルフレッドはやはり納得がいかない様子だ。
「だからって差別するのは良くないですよ」
「言葉のままに信じるってのは良くないぞ。それに人間、そう簡単に変わらないって。俺も、お前だってな」
その煤けたような赤色の髪を乱雑に撫でて、クロウは「さて、今後だが」と話を始めた。
「アルフレッドの意見も最もなのは確かだ。だが一人で突っ込ませるリスクは高い、俺は安全を可能な限り確保しなきゃ動けないタチだからな……しかし手を拱いていたら、他の奴らとの取り合いになって美味しい汁はするりと抜けちまう。だからここは多数決で決めよう。民主主義は大事だぜ」
鼻で笑うようにそう纏めたクロウの言葉。グループの全員が呆れたように、しかし嬉しそうに笑った。
異議なし。全員が納得したのを確認してから「じゃあ、アルフレッドを一人で行かせたい奴ら」とクロウは言った。
手を上げたのはアルフレッド一人だけだ。他のメンバーは誰一人として手を上げなかった。
「……一人占めするつもりはないですよ?」
「そんなのわかってるっての。だが、なぁ?」
クロウの問いかけにメンバーの一人が答える。
「危険なのには変わらないんだ。ここは魔力が抜けきるのを待って全員で行ったほうがいい」
「でも、俺は──」
「お前の言いたいこともわかるよアルフ……騎士学校の受験資格、もうリミットが近いんだろ?」
アルフレッドの言葉を代弁してみせたクロウ。どうしてそれを知っているのかと驚くアルフレッドを見て、クロウだけでなく全員が目配せをして意味深に笑ってみせた。
「そんなのお前の普段の姿見てれば誰だってわかるっての。だが安心しろ、ちゃんとそこらへんのことは考えてある」
「それってどういうことですか?」
アルフレッドの疑問に、クロウは思わせぶりな笑みを浮かべる。それは周りも同じで、自分だけ取り残された気分になったアルフレッドは不満そうに眉間に皺を寄せた。
クロウはそんなアルフレッドの子どもらしい不満を受けて軽く肩を竦める。
「隠す必要もないからな。結構前から全員で話してたんだが、やっぱお前が真っ直ぐなのはどんなことがあっても変わらないって結論になってよ」
「それがどうしたんですか」
「つまりだな……俺達は夢も希望もねぇが、お前の夢と希望を後押しすることくらいは出来るってわけだ。──大人ってのは、子どもをそうやって前に進ませるもんなんだぜ?」
言っていることの意味がわからない。だがあえて意味を教えるつもりもなかったのか、クロウ達は話はそれまでと撤収作業を始めようとして──
「■■■ッッ!」
突如、周囲一帯を震え上がらせる甲高い鳴き声が無数に響き渡った。
作業員達より少し離れた土が盛り上がり、地中からワームが三体現れた。
「ワーム!?」
「……早すぎるだろ!」
襲撃が予想されていたとはいえ、まさか遺跡発掘を始めて半日もせずにワームが出現したことに驚愕を隠せない。
だがクロウは、階段の奥深くから吐き出されたあの濃厚な魔力量を考えて、あながち早すぎるわけではないと思い直した。
人体に影響が出るほどの魔力など、これまで遺跡発掘をしてきたが感じたこともない。異常な魔力の影響、少し考えれば思いつきそうなものだったが、常識外れの魔力量のせいで思考が麻痺していたか。
反省するのは後だ。クロウは即座に作業員全員に叫んだ。
「撤収! さっさと逃げろ!」
だがその声が響くよりも早く、砂を巻き上げるローラーダッシュのタービン音が響き渡った。
焦る一同の中で、誰よりも早く行動を起こしていたのはセイムであった。内心の感情はどうあれ、任務に対する誠実さは確かだ。誰よりも周囲を警戒していたからこそ、動き出すことが出来たのだろう。
『さっさと失せろ平民共!』
外部スピーカーでそう吐き捨てながら、両手にラインライフルをそれぞれ召喚した。作業員を庇うように先頭に踊り出たサドンは、携えた二挺のラインライフルに白色の魔力を注いでいく。
「チャージ。ファイア!」
セイムの命を受けたサドンの指先が、ラインライフルの銃爪を引く。充填された魔力が弾丸の形に固定されて、迫り来るワームへと放たれた。
分厚い両足を地面に固定して、衝撃に体を震わせながらラインライフルの銃口が火を吹く。一発一発が戦車の主砲を越える幻想の弾丸は壁のようにワームの進行を遮った。
正面から魔力弾の一斉射撃を受けたワームだが、体から紫色の血液を吐き、複眼を幾つも潰されながらも前進を止めない。
まるで何かに引き寄せられてでも居るように、痛みを無視して愚直と迫るワームにラインライフルでは制圧するには至らないとセイムは判断した。
ライフルを召還。そしてソードシリンダーを二本召喚して、発光する魔力の刀身を顕現させた。
『雑兵! 持ってきた魔道車の荷台に載せた物は捨てて構わん! そこの汚い平民共を乗せてベースに戻れ!』
「セイム一級従騎士はどうなさるのですか!?」
帝国兵の声を拾ったセイムは、コックピット内で面白い冗談を聞いたように口元を吊り上げた。
『どうするも何もない……』
ローラーを回転。迫るワームの巨躯に負けじと、ソードシリンダーを握る両腕を広げて、その刀身を掲げた。
「任を果たす。それだけだ!」
走り出した銀色の巨躯が、迫るワームへと踊りかかる。このままでは激突は必至。しかしセイムは巧みにローラーを動かしてワーム達の間をすり抜ける位置に入り込むと、両手のソードシリンダーを真横に掲げた。
「走るだけか、屑以下の害虫め!」
高熱を発する刀身が二体のワームの中心部分に食い込む。一瞬、セイムの体が引きずられそうになるが、両腕を軋ませつつ、さらなる魔力を流して『呼吸する鉄』の強度を上げ、さらにローラーの出力を最大まで引き上げて踏みとどまる。
「ハァッ!」
気合一閃。ワームの体を引き裂きながら前進したサドンは、力任せにソードシリンダーを振りぬいた。
高熱と振動によって焼ききられたワームの体が二つに分かれる。一瞬の交差、ローラーの操作と、魔力放出のタイミング。どれをとっても完璧にこなしてみせたセイムの技量は、学生でもトップクラスの実力があるだろう。
だがセイムは今しがたの絶技に喜ぶこともなく、機体を反転させ、残ったもう一体のワームを追った。
速度差を考えれば、接敵するのは遺跡の手前あたりだろう。ぎりぎりだが、被害は出さずに食い止めてみせる。
「やらせはしない……!」
サドンの速度をさらに上げてワームを追う。握ったソードシリンダーの射程まで、あと少し──
そのとき、モニターの右上にあるセンサーが地中より迫る何かの反応をキャッチした。
「■■■ッッ!」
「奇襲!?」
気づいたときには遅い。走るサドンの目の前からワームが飛び出して、サドンと正面から激突した。
「ぐ、おぉぉぉ!?」
咄嗟に右手のソードシリンダーを突き立てたが、ワームは構わずにソードシリンダーごとサドンの右腕に噛み付いた。
「ちぃ!?」
『左腕、負荷増大』
「言われずとも!」
機体の状況を報告するコンピューターの言葉に荒々しく言い返し、左手のソードシリンダーをワームの複眼の一つに差し込む。
「■■■ッッ!」
「離せ、害虫!」
刀身を振りぬいてワームを絶命させる。だが口から吐き出されたサドンの左腕は口内で食い千切られ、肘から先が失われてしまった。
「生き恥を……!」
恥辱に顔を憤怒に染めながら、闘志は衰えていない。まるで流血するように断面のから、全身を駆け巡る魔力を流しながら、再度遺跡を目指すワームを睨んだ。
このままでは間に合わない。一瞬のタイムラグ。産み出される惨劇の責を思い、セイムは憤怒の表情に僅かな悔しさを浮かべたが、突如としてワームの進む方向が変わった。
「あれは……」
遺跡から飛び出したのは、魔力砲撃を放つバズーカを荷台からワームに撃つ魔道車だ。自らを囮にして、ワームの気をぎりぎりで逸らしたのだろう。
「命令違反は重罪なのを知らんのか、雑兵共……! 私は避難を優先しろと言っただろうが……!」
口調とは裏腹に口元に浮かぶのは歓喜の笑み。
「言い訳は後でたっぷり、酒場で聞かせてもらうぞ……!」
とりあえず、罰は飲食代だ。そう結論付けたセイムは、ローラーを回転させて魔道車のほうへ向かおうとした。
そのとき、モニターの端の小高い丘の一角が小さく輝いたのをセイムは見た。何事かと視線を咄嗟に向ける。
次の瞬間、巨大な閃光がセイムの目の前に広がった。
「え?」
それが何か気づく前に、サドンの頭部が突如として爆発する。
吹き飛ばされたサドンはそのまま動くことはなくなり、鋼鉄の鎧は物言わぬただの鉄くずに成り果てた。
濁流に人は抗えない。絶望の味を知るから、見て見ぬフリして飛び出して、知らぬ現実を君は知る。
成す術などなく荒らされて、荒野に沈む骸となるか。降りしきる血肉の雨の中、見つけた希望を託すため、明日を夢見ぬ男は行く。
第十話【託す者、託される者】
希望と明日を繋ぎとめ。
「生きろ」と託したその誓い。
真実に汚された夢を背負いそれでも足掻く──君は尊き子どもだから。