コンビニ強盗は諦めろ
車の通りも少ない決して大きくない道路。
道に沿って一軒のコンビニがあった。
英語で言うなら“スモールショップ”である。
嘘である。
知りたいなら各自自分で辞書を引くように。
ともかくそのコンビニの前に一人の若い男が立っていた。
見た目は20台半ばといったところだろうか。
背が高く、少し長めの髪はぼさぼさに乱れている。
無精ひげも全く剃られておらず言ってしまえば小汚い。
もし、彼が普通に漫画やら弁当やらを買いに来たのなら何の問題もないだろう。
だが彼の目的は違った。
目的は金。
だが決してバイトの面接に来たわけではない。
ましてやモンスターを倒して手に入れた宝を売却しにやってきたわけでもない。
彼は、店員を倒してマネーという名の宝を得る為にやってきた。
より端的に言うなら強盗である。
言うまでもなくそれは犯罪だ。
決して勇者ではなくカンダタである。
だがそれでも彼には金が必要なのだ。
男は意を決して、コンビニのドアを開いた。
「いらっしゃいませー」
少女の気の抜けた声とコンビニ特有の自動ドアの音が響く。
ざっと中を見回すと外から見たとおり人は少なかった。
見える限りでは、レジにおそらくバイトであろう高校生ぐらいの少女が一人。
他に人影はなく、見える限りでは彼女のみ。
もう一つのレジは無人である。
(トロトロしてると他の客が来るかもしれないな……
さっさとしたほうがいい)
男は他には目もくれずレジに向へと向かう。
「おい……」
「申し訳ありませんがお客様、トイレはお貸しできませんよ」
バイトの少女は顔色一つ変えず口を動かした。
愛想笑いをするつもりは毛頭ないらしい。
男は息を吸い込みバッグから包丁を取り出した。
「俺は強盗だ! 金を出せ!」
包丁を少女に突きつけお決まりの文句を早口に言う。
だが、少女は顔色一つ変えず口を動かした。
「そんなにトイレに行きたいんですか、仕方ない人ですね」
「何でだ!
強盗だっつってんだろ!」
「申し訳ありません後藤様、トイレはそのドアを開けて……」
「いや、後藤じゃねぇよ!
強盗だ! ご う と う!」
少女の、予想外の対応に男は焦りながら突っ込んだ。
「これが見えねぇのか!
包丁だぞ!」
包丁を少し彼女に近づける。
彼女はしばらく考えるような仕草をした後、気づいたように言った。
「包丁なら一番右の棚の左側にありますが」
「包丁買いに来たわけじゃねぇんだよ!
だいたい包丁持ってんだろうが!
なんで新しい包丁買いに来るのに古いの持ってこなきゃなんねーんだよ!」
「今まで使っていた包丁を下取りしてくれればいいのに」
「ただのお前の願望じゃねーか!
別に下取りして欲しいわけでもないし!」
「ちなみに包丁をバッグに入れて外を歩くと逮捕されますよ
理不尽ですよね
どうやって運べばいいんでしょうか?」
「知るか!」
無表情のまま少女は淡々と受け答えする。
この態度でいままで接客業が務まっていたのだろうか。
そんなことを考えるが強盗はどうでもいいことだと頭を振り忘れようとする。
「もういい
お前とコントするつもりはねーんだよ
いいから金を出せ」
「なにゆえ?」
「強盗だからだよ!
お前は今脅されてんだよ!」
「ではお断りします」
「何でだ!
殺すぞクソガキ」
「何でといわれたら業務に入っていないからです
金を渡すというのはマニュアル外ですので
どうしてもというなら店長と交渉してください」
少女はさも当たり前のように言う。
両腕でやれやれというようにアメリカンなジェスチャーをとりながらだ。
イラッとしたがこいつを殺しても意味がない。
それにぐずぐずしていると客が来てしまうかもしれない。
(俺が欲しいのはあくまで金だ)
男は自分にそう言い聞かせると少女に命令した。
「分かった、お前じゃ話にならねぇ
店長を呼べ店長」
「分かりました」
てんちょーと間の抜けた声が少女の声が響いた。
「後藤というクレーマーが店長に用事みたいです」
「後藤じゃねぇよ!
誰がクレーマーだ!」
強盗が少女の後姿に向かってシャウトした。
「なんだよ、またクレーマーかよ
面倒くさいな」
「まったくです
クレーマーは絶滅すればいいのに」
「てめーら客の前でクレーマー連呼するなよ
いや客じゃねぇけど」
バイト少女と店長の会話に思わずつっこむと同時に奥からヒゲ面の大男が現れた。が、その姿はコンビニ店長とは百歩譲って
も言えない。
その姿は筋骨隆々。例えるなら世紀末の覇者。
腕や顔には無数の傷跡が見える。
そしてバニースーツだった。
バニースーツだった。
大事なことなので二度言いました。
「変態だァァァ!」
「なっ失礼だぞ貴様!
ワシはただバニー姿で人前に立つことに性的興奮を覚えるだけだ!」
「超S級の変態じゃねーか!
嬢ちゃんあぶねぇからそいつから離れろ!」
「包丁を置いてから言いなさい」
少女が正論を言い捨てた。
「んで、誰だこの失礼な小汚いのは」
「誰が失礼な小汚いのだ!」
「お前の見た目をそのままいっただけだぞ」
「見た目からして小物臭が漂ってますね
新聞紙で叩かれたら死にそうな顔してます
何が楽しくて生きてんでしょうね
生きる価値のある人間と無い人間を見分けることはかないませんがこの人に生きる価値は無いと断言できますね
ホラー映画だと導入部分で死ぬキャラです
映画だとすぐ死ぬのにしぶとく生きてるあたり現実の皮肉を感じますよ
野良犬に噛まれればいいのに」
「何でそこまで言うの!?」
少女の暴言に少し涙目になりながら強盗が言う。
涙を拭き、包丁を握りなおした。
「俺は強盗だ!
金を出せ!」
「まぁ落ち着いてくれ後藤さん」
「後藤じゃねぇよ!
強盗だよ!」
「何、強盗だと!」
店長が強盗の顔を見据えて言った。
「ふん、強盗風情が俺を敵に回すとはな
これでも俺は若い頃はやんちゃしたもんだ
殺人、強盗、暴行、強姦、窃盗、放火その他もろもろ以外は何でもやった」
「それ何もやってねーじゃん!」
「そんなことは無いぞ
嫌いな奴の家の前にノグソするとか」
「陰湿すぎるだろ!」
「女装して彼女の振りして嫌いな奴の親に挨拶するとか」
「社会的に殺してんじゃねーか!」
「思えばあの時バニースーツを着たのが始まりだったな……」
「聞きたくないわそんな思い出!」
「初めて着たあの感触は……」
「やめろ!
なんで強盗に来ておっさんの性癖聞かされなきゃなんねぇんだ!」
脅して金を出させるため、そして聞きたくない思い出話を中断させるためにレジごしに包丁を突きつけた。
うあぉぅっ、と情けない悲鳴をあげると店長は紙一重でかわす。
「危ねぇじゃねぇか……
ちびっちまったぜ……」
「汚ねぇな!」
「佐藤さん、これどうしよう?」
「死ね」
「お前店長に何てこと言うんだ!
一応上司だろ!」
「所詮バイトですので
クビになっても小さなコンビニから新しいバイト先にこの自由の翼で羽ばたくだけです」
「羽もげろ!」
「ごめん、ちょっと着替えてくる」
そういうと店長は、内股でドアの奥へ消えていった。
後姿にはどことなく哀愁が漂う。漏らしてるからか。
「そういえばあなたはトイレに行きたいのでは?」
「行きたくねぇから!」
「包丁突きつけてまで場所を聞き出そうとしていたじゃないですか」
「トイレの場所聞いたんじゃないから!」
突っ込みながら包丁の照準を少女に合わせる。
この少女には包丁の脅しは効かないのはわかっているのだが、腕が勝手にうごいてしまう。
包丁の切っ先が少女の鼻先につく。
すると、少女は手を大げさに振って、やれやれといったジェスチャーを取った。
「理解できませんね」
「なに?」
「後藤さん、あなたが強盗だということははじめから見抜いていました」
「自分で名乗ってたからな」
「本当ですよ、本当に見抜いてたんですからね」
少女はなぜか、“見抜いていた”ことを強調する。
どこかに薄皮一枚のプライドがあったのだろう。
そうかい、と大人として強盗は少女のプライドを認めてやる。
「しかし、私は何度もあなたに考え直すチャンスを与えました」
「気づいてなかっただけだろ」
言ってしまった。
「気付いてましたよ、何いってるんですか、バカなんですか、頭湧いてるんですか」
「あー分かった分かった」
長くなりそうなので適当なところで切り上げようとする。
コホンと咳払いをして少女は話を続けた。
「それでもあなたは、強盗を続けた
なぜそこまでしてお金が欲しいんですか?
インベーダーゲームですか?」
「最近見ねぇよ」
強盗は少女から切っ先を外した。
「お前にこんなこと話しても仕方ねぇけどな……
会社をリストラされたんだよ」
少女の顔を見ることなく強盗は自分の身の上話を始める。
バイトの少女は顔色一つ変えないが、茶々を入れないあたりちゃんと聞いているらしい。多分。
「もともとはこれでもエリートだったんだぜ?
だけどちょっとしたミスをやらかしちまった
そんでもって、一発退場を食らったんだよ
再就職先なんてすぐに見つかると思ってた
けど全然ダメだったんだよ
すぐに貯金もなくなった
だからこうして強盗をするしかなかったんだ……」
そういうと強盗は寂しそうな、また自嘲気味な乾いた笑いを漏らした。
「…………え、終わり?」
「どういう意味!?」
つまらなそうに言う少女に強盗がくってかかった。
コンビニの制服の胸元を掴み上げる。
「いや、思いのほか普通って言うかつまらないというか何と言うか、死ねって感じですね」
「何だとこの野郎!」
「あなた結局、楽して金が欲しいだけじゃあないですか」
強盗の眼をまっすぐと見て少女が言った。
「本当に働きたいなら就職先なんていくらでも……まあこのご時勢、いくらでもとはいいませんがバイトぐらいならあるはずで
す
エリートなら貯金だってそれなりにあったはず
あなたはリストラされてから今まで何をしたんですか?」
「それは……っ」
強盗も反論しようとするが口からは何の言葉も飛び出ることはない。
「佐藤さんの言うとおりだ」
店の奥から店長が姿を現した。
その姿は網タイツのバニーからストッキングのバニーへと変わっている。
「君はエリート意識が先行しすぎていたんだ
本当に働きたいなら肉体労働だろうと何でもあった、とは言わないがバイトくらいならできたはず
君はそれをしなかったのかい?」
「店長それもう言いました」
「マジで!?」
少女の言葉に店長が眼を剥く。
そのとおりだ、などといっていたわりに話は聞いていなかったらしい。
「と、とにかくだ!」
店長が咳払いをして話を続ける。
「君、ここでバイトしないかい?」
「話飛びすぎだろ!」
強盗がシャウトした。
「どこの世界に強盗にきた奴を散々おちょくりまわした挙句、バニー姿でバイトに誘うコンビニがあるんだよ!
世紀末でももっと秩序立ててるわ!」
「店長の顔は拳王ですけどね」
「お前は黙ってろ!」
茶々を入れる少女を一喝すると店長に向き直る。
何かを言おうとしたが声を出す前に店長が口を開いた。
「君が言いたいこともわかる
店長がこんな美形なコンビニで働くのはいかにもモブな君には大変だろう」
「ここのトイレには鏡が備え付けられてないのか?」
「君は一度道を踏み外した
だが、たった一度だし誰も傷ついていない
犠牲になったのは私のバニースーツだけだ
それならもう一度やり直してもいいだろう?」
バニー店長は強盗の目を真っ直ぐと見据える。
「私がそのチャンスをやろう
もう一度だけやり直そうじゃないか!
ここでもう一度だ!
佐藤さんもそう思うだろう?」
「あ、今警察に通報しました」
「人の話聞いてた!?」
さらっと言ったバイトの少女(佐藤さん)にバニー店長がつんのめる。
「ちょ、ごめんね強盗君!
悪いけど逃げたほうがいいよ
警察のほうは私が何とかしとくから!」
「いや、もういい
自首するよ」
「え?」
強盗はもういい、というふうに首を振ると包丁をレジカウンターに置いた。
「あんたら見てるともうどうでもよくなっちまった
エリートとかそういうのがさ
今考えると馬鹿みたいだったと思うよ
一度、刑務所で頭冷やすことにする」
だから、とそこで強盗は言葉を区切る。
一呼吸をおいて二人に顔を向け
「だから、刑務所から出たらここで働かせてくれないか?」
「もちろん、かまわないよ」
店長は間髪いれずに答えた。
「あなたが出所するまで私がバイトを続けているかどうかわかりませんが、もしもう一度会えたら常識を教えてあげますよ」
バイト少女もシニカルな笑みを浮かべ横を向いて答える。
強盗もそれに答えようとした。
常識を知らないのはお前だとか言おうとしたのだろう。
だが、その言葉が口から出る前にドカドカという擬音が出ていそうな勢いで2人組の警察官が自動ドアをくぐって現れた。
「警察だ!
今この店から通報があった!」
「ずいぶんと早いな……
じゃあな」
「“じゃあな”じゃない
“またな”だろう?」
「そうか?
それでいいのか……」
強盗は薄く笑うと警察のほうへ向き直る。
「すんませんね警察さん
俺が強盗です」
「いたぞ!
お前が強盗だな!」
そういって警察は腰から拳銃を抜き銃口を向ける。
バニー店長に。
「ええッ! 私!? いやちがッ」
「お前だ!
そんな世紀末にいそう顔をしていて善人なわけがない!
百歩譲っても大海賊時代だ!
何よりなんだその格好は!
それが許されるのは秋葉原だけだろ!
強盗じゃなくても普通に逮捕だ!」
「違います!
私はただバニースーツを着ると興奮するだけで!
どこにでもいる一般人です!」
「ようし、とりあえず尿検査だ!」
抵抗する店長を取り押さえ二人の警官はパトカーに押し込めようとする。
バニー服の大男を押さえ込む二人の警察官。
もし映像が撮られていたらテレビに送りたくなるレベルの珍映像だ。
「まってください警察さん!」
そのシュールな状況、店長にとっては地獄の状況に手を差し伸べたのはバイト少女佐藤さんだ!
「コレ凶器です」
そういって警察官に包丁を渡す。
「あぁありがとう」
「違う! いや間違ってないけど違……」
ばたんとパトカー後部のドアが閉められ店長の声は聞こえなくなった。
そしてパトカーは走り出す。
「……いや、ちょっとまて!
強盗は俺だ!
どうしてこんなことになってんの!?」
「あなたが名乗り出なかったからです
さあ、亡き店長の分も働きましょう後藤さん」
「いや強盗じゃな、それより店長だ店長!
あれどうなるんだ!」
「別にいいと思いますよ
あの格好の時点で逮捕秒読みでしたし」
「いいわけないだろ
店長! 店長ォォォォォォォッ!」
どこかまぶしい真昼の日差しの中(元)強盗の雄たけびだけが響いていた
あ、店長は厳重注意ですみました。
****
何でもない後日談
「おはようございます後藤さん」
「後藤じゃねぇよ、何回言えばわかるんだ」
「これで記念すべき1000回目ですね」
「記念するなよ」
「君達、レジで小競り合いはやめてくれ」
「すんません店長」
「では後藤後輩、私にも謝りなさい」
「偉そうにするな、あと後藤じゃねぇ」
「1年が経つのに変わらないな君達は」
「店長の格好も変わりませんね」
「ほら、お客さんが帰るよ」
「噛んだらお仕置きですよ後藤さん」
「噛まねぇよ」
「せーの……
「「「ありがとうございました!
またのご来店をお待ちしていましゅ!」」」
「お前が噛んでんじゃねぇか!!」
「噛んでませんよ、何言ってんですか死ね」