一発逆転!ブッコちゃん
台風が近づいている荒れた天候の月曜日、風圧で重くなったドアを開けた金有夫人は訝しげな顔で固まった。
「金有夫人ですね?警察のものですが」
「‥‥‥」
玄関口に立っていたのはどうしてもまともな職についているとは思えない二名の男女。一方は地面に着く程の長い黒髪を二つ結びにして、もう一方は短い金髪をつんつんに立てている。ただでさえ社会人として異質な髪型なのに、この二人の場合その髪型の持つ一般的なイメージとは男女が逆になっていた。
つまり、長身の男の方が黒髪の長い二つ結びで、小柄な女の方が金髪を逆立てているのだ。
「あのー確かに警察の方はお呼びしましたが‥‥‥」
金有夫人はドアをいつでも閉められる程度の広さに保ちながらそう言った。
「つまりあなたは、我々を警察ではないと疑っている。証拠を見せたまえ!と言いたい、と。そう言う解釈でよろしいでしょうかね」
二つ結びの男は仰々しくそう言うと、胸ポケットから黒い手帳を取り出した。その一部始終を金有夫人と、金髪の女は冷めた目で見つめていた。
「何ぼーっとしているんだい、片吟坂君。君も手帳を見せなさい」
女は小さくため息をつくと、同じく胸ポケットから手帳を取り出した。
二人して金有夫人の鼻先に手帳を突き出し、縦に開いた。金有夫人は一歩下がって、まじまじとその内容を見つめた。
上のページには顔写真と階級、名前などの個人情報。下のページには立派な記章がはめ込まれている。
男の方の名前は不如木物故。変な名前だ。
対する女の方は片吟坂ほまろ。こちらも変な名前である。
二人とも写真でも今の髪型と同じだった。
警察手帳というものをドラマでしか見たことがない婦人だったが、手帳、印字、写真、そして記章、全てが偽物とは到底思えない出来だった。警察というものは、知らない間に髪型自由になったらしい。110番してから随分と立つのにも関わらず、後続の刑事が来ないことも要員となり、婦人は二人を刑事だと認め中に招いた。
市内有数の大金持ち、金有金蔵が殺されたと警察に連絡があったのはつい5分程前のことだった。金有家はその名の通り金持ちで、本業は金貸しであった。しかも土地持ちで、不労所得だけで十分に暮らしていける額は稼いでいる。金銭面で恨みを買っていてもおかしくはない。言ってはなんだが殺されたと聞いても別段不思議な人物ではなかった。
婦人が異変に気がついたのは今日の朝のことだった。普段から時間に厳しい主人が珍しく時間になっても居間に現れなかったのだ。それから数時間後会社から社長である金蔵が出勤していないと電話がかかってきて、確認のため部屋に行くと既に金蔵は冷たくなっていた。
「なぜ最初に異変に気がついた時、部屋まで呼びにいかなかったんですか?」
不如木刑事は何やらメモに書き付けながら夫人に聞く。その真面目な態度から、おかしいのは見た目だけで中身は全うな刑事さんだと婦人は安心した。
「はあ、主人は部屋に入られることをとことん嫌っておりまして‥‥‥まさかこんなことになっているとは‥‥‥」
「刑事さん、うちの親父の偏屈っぷりはこの辺じゃあ有名ですよ。おふくろも何をするにも親父の顔色伺って伺ってで、勝手に部屋なんかいったら殴り飛ばされるどころじゃ済まないですよ」
口を開いたのは金有勇蔵、金有家の長男だ。白い肌に長い茶髪をワックスで固めた、ホストのような格好をしている。年は22歳、大学生のはずだ。
「そうなんですね。では現場に案内して下さい」
二人の刑事は二階の金蔵氏の部屋に入る。
金蔵氏の死体はベッドに横たわっていた。外傷はない。顔は少しうっ血している。薬物が原因だと二人は思った。
「おや、これは」
不如木刑事は金蔵氏の机の上に置かれたコップと、錠剤の空を発見した。つまみ上げてしげしげと見つめる。そして小さなビニール袋に入れると、それをポケットにしまった。
「金蔵氏は恐らく薬殺だと思われます」
リビングに戻ると、不如木刑事は皆に聞こえる声でそう言った。その姿を片吟坂刑事は冷めた目で見ていた。
「さて‥‥‥」
探偵が謎解きするときには「さて」と言ってから始めなくてはならない。そのマイ・ルールに則って不如木刑事が話しだす。
「そう言えば刑事さん!」
不如木刑事の言葉を遮って甲高い声が響いた。金有家の長女、亜梨沙だ。ぼさぼさの茶髪を巻いて、化粧もギャル風なのだが、勇蔵に比べると随分と地味だ。年は19歳。
「あたし昨日の夜変な男を見ました!」
亜梨沙が言うには、家の前から走り去る不審な男を見たという。
「そうですか。他のご家族でそのような人物を見かけた方は?」
誰も何も言わない。
「でもあたし見たもの!」
「でもあなた以外に見た人はいない。つまり、あなたが見ていなければそのような人はいないのです」
「何言っているの?警察なんだからそういう変な人を探すのが仕事でしょ!」
不如木刑事が拳銃を抜き、亜梨沙を撃った。
「あなたの意識はもうない。つまりあなたが信じる人物はもういないのです」
金有夫人の叫び声、それから我に返った勇蔵が不如木刑事に殴り掛かる。不如木刑事はそれを避け、勇蔵にも銃弾を撃ち込む。
その姿を、片吟坂刑事は冷めた目で見ていた。
「ひっ」
近づく不如木刑事から逃げようと金有夫人が尻餅をついた姿で後ろに下がる。腰が抜けてしまったようだ。
「大丈夫です。麻酔銃ですよ」
不如木刑事は笑いながら夫人に言った。
「勇蔵さんを撃ってしまったことには心が痛みます。もっと私が上手く立ち回れていればこんなことにはならなかった。知っていますか、麻酔銃の弾って結構高いんですよ?」
夫人はなおも後ずさる。
「怯えないで下さい金有夫人。犯人は亜梨沙さんですよ。金蔵氏のいつも飲んでいる血圧の薬に毒を混ぜたんです。毒というかドラッグですけどね。彼女、この間脱法ハーブ屋で保護されたんですよ、知らないでしょうけど。しかもね、彼女、そのハーブ屋の店長と恋仲なんですよ、知らないでしょうけど」
夫人は後ずさるのをやめた。不如木刑事の話に聞き入った訳ではなく、もう後ろが壁になってしまったからだ。
「それでね、その店長逮捕までは行かなかったんですけど店潰れちゃいましてね、莫大な借金を背負ったみたいですよ。その返済に金蔵氏の遺産を当てるつもりだったんでしょうね。よく知らないですけど」
「不如木刑事」
片吟坂刑事が初めて口を開いた。不如木刑事は言葉を吐くのを止める。
「亜梨沙さん、死んでますよ」
不如木刑事は慌てて亜梨沙に近づく。亜梨沙の顔は生気を失っており、唇も紫色だ。呼吸は完全に止まっているようだ。麻酔薬の入った注射器を乱暴に抜いたものの、事態は全く変わりそうになかった。
「アナフィラキシーか、な?」
不如木刑事は片吟坂刑事をすがるような目で見上げた。片吟坂刑事は冷めた目でそれを見下ろしていた。
金有家一家失踪事件は迷宮入りとなった。金蔵氏が殺されたとの通報を受けて刑事が駆けつけたときには既に一家全員家にいなくなっていたそうだ。念入りな調査が行われたが、犯人はおろか証拠品の一つも発見出来なかったという。
同時期、刑事課の問題児である不如木刑事と片吟坂刑事がやけに羽振りが良くなったらしい。
しかし関連を疑うものは誰一人としていなかった。二人とも余りに問題ばかり起こすので、現場に出ることを固く禁じられていたのだ。
めでたしめでたし。




