何か俺嫌われてないか?
一年B組の教室は若干の盛り上がりを見せていた。それも当然だろう。何せ転校生が来たのだ。しかもその転校生が可愛い女の子なのだから盛り上がらない方がおかしい。
若さ全開の高校生活において、このシチュエーションで盛り上がれない奴は人間として枯れている。
「初めまして。藤咲六花です。皆さんこれからよろしくお願いしますね」
にっこりと営業スマイル。笑うと本当に可愛い。中身はともかくとして、外見だけは本当に文句なしなんだよな、こいつ。
もちろん藤咲の外面モードにクラスの男子はデレモード。だらしなく鼻の舌を伸ばしている奴もいれば、単に見惚れている奴もいる。
女子の中では嫉妬する奴もいそうだなと思ったが、人当たりのいい藤咲相手ではそんな感情を抱いている奴もいないようだ。普通に友達になりたいといった感じかもしれない。
「じゃあ藤咲はあそこの空いている席に」
「はい」
俺は窓際の一番後ろに藤咲を座らせた。転校生が来ると聞いたので予め新しい席を作っておいたのだ。といってもあくまで後付けの席なので一番後ろになってしまうのは仕方ないが。しかし学生時代は後ろになると教師の目に止まりにくくなるので俺は嬉しかった覚えがある。藤咲も案外そうなのかもしれない、と思ったのだが、
「………………」
特に嬉しいわけでもガッカリなわけでもなさそうだ。まるで無関心みたいな。なんとも可愛げのない奴である。
軽くHRを終わらせて教室を出て行く頃には、藤咲の周りには人だかりが出来ていた。さっそくクラスの人気者だ。
「……心配はなさそうだな」
小声で呟く声は誰にも聞こえていない。あの性格だし、一応心配はしていたのだ。しかしあの藤咲も外面モードはしっかりしているようで、次々と襲いかかる質問攻めにもにこやかに対応している。
その様子を確認してから、俺は安心して教室を出て行った。
「せーんぱいっ! どうでした? せんぱいのクラスに来た転校生は」
職員室に戻ろうとすると、同僚の須賀遥に声を掛けられた。彼女は俺と同じ一年生の担任で、担当は化学だ。
「問題なくクラスに溶け込んでいるみたいだ。つーかここでその呼び方はよせ」
「え~。いいじゃないですか。今は周りに人もいないんですから。ね? せんぱい」
「………………」
遙は高校時代からの後輩で、何故か大学からこの学校まで一緒になっている。遙は俺を追いかけてきたらしいのだが、しかし遙は俺の好みではないので付き合っているわけではない。遙もそれなりに美人なのだから脈絡もない俺なんかはさっさとやめて他の男と付き合えばいいのに、と常々思う。
しかしそうなったらそうなったで少し寂しい気もするのだから自分の身勝手さに嫌気が差す。
「藤咲六花ちゃんでしたっけ? かなり可愛い子でしたよね。せんぱい好みのぺったん胸だし」
「人聞きの悪いことを言うな」
「またまた~。知ってるんですよ~。先輩が本屋さんで購入するエロ本のジャンルは……もがもが!?」
「なんちゅう場所でなんちゅう事を言おうとしてるんだこの馬鹿!」
「むがが~~」
俺のエロ本好みを暴露される前に遙の口を塞ぐ。いや、こういう場所でなくともバラされたくはないのだが。
ちなみに遙のスタイルはボンキュボンな典型的ナイスバディ。数多の男を悩殺できるハイパースペックの持ち主だ。それゆえに俺の好みからは外れ……いやいやそれはどうでもいいっ!!
「大体いくら俺の趣味がアレであっても教え子に手を出すほど病んでねえよ」
「ですよね~。手を出したらクビですよね~」
「それに藤咲の場合性格が……」
「はい? 性格?」
「……いや、何でもない」
本日転校してきたばかりの生徒の内面なんて、本来ならば知るはずもない。しかしそのあたりを詳しく話すと藤咲が俺の部屋の隣に引っ越してきたことまで話さなくてはならなくなる。それはなんというか、あまりよろしくない。特にコイツに知られるのはかなりよろしくない。
「授業の準備があるから俺は先に行くぞ。遙もあんまり油売ってんな」
「はーい」
遙は元気よく返事してから先に職員室へと入っていく。俺もその後に続いた。
自分のクラスの授業は午後イチ、つまりは五限目からだった。
ちょうど昼飯を食ったばかりで眠くなる時間帯。生徒達の半分は目がぼんやりしている。かく言う俺もちょっとだけ眠い。
うつ伏せになって眠っている生徒も一人二人いる。普通なら注意するところなのだが、ちょっと面倒臭いので放置。というかよくよく考えると俺の学生時代も似たようなことした経験があるもんだから、注意しづらいというのが本音だ。
サボりも居眠りもツケは自分に返ってくるのだから、その辺りは生徒の自主性に任せたい。とか、大人なことを考えているようで、やっぱり究極的なところでは面倒臭いだけなんだけどな。
そして藤咲の方はというと、
「………………」
隣の女子に教科書を見せてもらいつつ、にこやかに密かに談笑しながらノートを取っている。一応真面目に授業を受けてくれるつもりはあるようだ。
そう言えば藤咲の教科書、放課後には渡してやらないとな。既に準備は出来ていたんだけどああやって見せてもらう機会を作った方が打ち解けやすいだろうと思って敢えて遅らせていたんだけど、まあ大丈夫そうだ。
授業も終わり、再びクラスに談笑が戻る。やっぱり藤咲の周りには何人か集まっていて、それなりにうまくやっているようだ。
「む……」
あの愛想の良さをちょっとはこっちにも分けて欲しい。最初の出会いがアレだったとはいえ、この落差を見るとかなり凹むというか……。
「ほら、教科書。全部揃っているはずだが、一応確認はしておくように」
放課後に藤咲を数学準備室に呼び出して教科書類を渡してやる。準備室には俺と藤咲だけで、他の教師はいない。
どうしてこの場所なのかというと、数学の教科書だけこっちに置きっぱなしだったからだ。自分の担当科目だけうっかり忘れていたのだから、俺も結構抜けている。
「どうも。帰ってから確認しておきます。不備がある場合には遠慮容赦なく先生にクレームを出しますので安心してください」
「……お前ね、どうして俺にだけそこまで冷たいわけ?」
他に誰もいないからなのか、藤咲は本来の性格に戻っている。つまり、愛想無し、容赦なしの可愛げゼロモードだ。
「別に先生にだけ冷たい訳ではありませんよ。本音ゼロの外面モードで接して欲しいというのなら、ご要望通りに致しますが」
「って、つまりこっちがお前の本音か!」
「まあ。元々愛想のない性格なんで。……先生がお望みでしたらこちらのモードでお相手いたしますよ」
後半部分はにっこりと、クラスメイトに接する時と同じようにほのぼのする笑顔で語ってくれた。
のだが……
「気持ち悪……」
素直な感想はそれだった。なまじ本性を知っているだけに、このモードを自分に向けられると普通に気持ち悪い。
べしっ!
「ぐはあっ!?」
叩かれた。
十冊くらい重ねた教科書で遠慮容赦なく頭を叩かれた。
角ではなく平だったのが幸いしたが、しかし痛いものは痛い。
「って、何するんだ!?」
「女の子相手に気持ち悪いとか言うくそったれには当然の報いです」
「くそったれって……」
口悪いなぁ。って、俺のことかい! くそったれって俺!?
「ま、まあいいさ。俺相手に今更外面モードで対応されるのも気持ち悪いし、今みたいな凶悪性悪モードで大丈夫だ」
「って、誰が凶悪性悪モードですか!」
「お前以外に誰がいる」
「くっ……」
ちっ、とか舌打ちしてやがるし。マジで内面荒んでるなあ、こいつ。家庭環境がよほど荒んでいるのだろうか。
しかしクラスの奴らもこいつの本性を知ったらかなりドン引きなのではないだろうか。まあこいつはそんなヘマしないだろうけど。何だかんだ言っても要領は良さそうだ。
「と、とにかく私には必要以上に関わらないでください。私も先生には極力関わらないようにしますから」
「……担任に言う台詞じゃねえよな。つーか生徒に関わるのが教師の仕事なんだが……」
関わりすぎてもモンスターが恐ろしいけどな。最近教師という仕事にびくついている奴が多いのはこれが原因だ。まあ高校生にもなって『ウチの●●ちゃんになんてことをするんですか!』なんて乗り込んでくる親はいないだろうけど。
「ですから、教師と生徒の範疇を超えた干渉を控えてくださいと言っているんです」
「……待て待て。俺だってその範疇を超えてお前に関わる気なんてないぞ」
「ならばそのようにお願いします。ではこれで失礼致します」
最後まで愛想ゼロの藤咲はぺこりと一礼してから数学準備室を出て行った。
部屋には俺一人が残される。
「つーかさ、何か俺、あいつに嫌われてないか?」
どうして先日引っ越し作業を手伝ってやって、なおかつ開梱作業まで手伝わされたのに、ここまで酷い態度を取られなければならないのだろう。
ますます藤咲に対する謎が深まるのだった。