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遙登場!

「へえ、良くできてるじゃないか」

「……そうですか?」

「ああ。この調子でどんどん覚えていこうぜ」

「まあ……努力します」

 あれから藤咲は少しずつ料理を覚えていった。

 過去、藤咲に料理を教えようとした奴がよっぽど無能だったのか、藤咲はきちんと教えれば教えた通りにできる子だった。

 手順通りにきちんと進めてくれるし、一度教えたことは二度と間違えない。

 一週間もしないうちに数品ほどレパートリーを増やすことに成功した藤咲は、夕飯の一品を毎日作ると言いだした。

 練習にもなるしちょうどいいということで俺も了承。

 で、今日は俺の酢豚と藤咲の餃子の中華合作だった。

 餃子の形が少しだけ崩れているのが混じっているのは、まだなれていないからだろう。最後に包んだものになるときちんとした形になっている。

 物覚えもかなりいい。

「うん、うまい」

 餃子を一口食べて、正直な感想を言う。

「………………」

 藤咲は何も言わなかったがほっとしたように表情が緩んだ。

 こうして俺と藤咲は夕食をすすめていると、来客を告げるチャイムが鳴った。

「? 誰だこんな時間に」

 こんな時間というほどまだ遅いわけではないのだが、少なくとも夜の七時を過ぎた平日に訪ねてくるような人間に心当たりはない。

 まさか夜にまで勧誘が来るわけでもないだろうし、一体誰だろう。

 俺は玄関まで行ってドアを開ける。

「やっほー。暇だから遊びにきちゃったよせんぱーい!」

「……遥」

 須賀遥だった。

「何しに来たんだ?」

「だから遊びに来たんですってば。せんぱい最近ぜんぜん構ってくれないんだから我慢できなくなったんです!」

「構うって……」

 そう言えば藤咲にかかりっきりだったからこいつの誘いを結構無視してたんだっけ。ついに痺れを切らしたというわけか。

「いや……今取り込んでるから後にしてくれないか? 近くの居酒屋にでも行ってくれ。あとで俺も向かうから」

 ここでごねても仕方がないのでそう言うと、

「取り込み中って?」

「いや……まあ、色々と……」

 まさか生徒と晩飯中とか言えないしなぁ。それも藤咲と。

「あれ? 靴がある。せんぱいもしかして誰か連れ込んでます?」

「目敏いな。その通りだから邪魔をしないでくれると助かる」

 俺と遙は付き合っている訳ではないのでそう言えば引き下がってくれるだろうと思ったのだが……

「……ふうん。この私を差し置いてせんぱいと付き合おうだなんて、いい度胸してますねぇ。ちょ~っと挨拶してみたいな~」

「はあ!? あ、こら! 待て!」

 にんまりと口元を歪ませながら勝手に上がり込む遙。慌てて引き留めようとするがもう遅い。

「………………」

「………………」

「………………」

 一同沈黙。

「ええっと……?」

 嘘でしょお……みたいな表情で俺を振り返る遙。

「いや……だからこれは……」

 言い訳しようにも誤解しか招いていない状況でどう言葉にしたものか迷う俺。

「……須賀先生、ですよね? もしかして先生に用事があったんですか?」

 きょとんとした藤咲は何事もなかったかのように食事を再開する。

 すばやく自分の分を食べてしまってから手を合わせる。

「なんだかお邪魔なようなので私はこれで失礼しますね」

 藤咲が面倒事からさっさと逃げようとするのだが、

「ちょ、ちょっと待って藤咲さん!」

 遙がその手を掴んで引き留める。

「?」

 首を傾げる藤咲に遙が問い詰める。

「あ、あのね。藤咲さん。ええと……もしかして、せんぱいと付き合ってたり、する?」

 さすがに生徒相手だと訊きづらいのか、遙の口調もちょっとだけ戸惑い気味だ。

「付き合っているわけではありませんし、今後もそのつもりはありません。春名先生を狙っているのでしたらその点は安心してください」

「あ、そうなんだ!」

 ぱっと表情を輝かせる遙。

 いやいや、そこじゃねえだろ肝心なところは!

「はっ! そうじゃなくて!」

 遙もそこに気付いたので改めて藤咲に向き直る。

「どうして藤咲さんがここにいるの?」

 そう。遙にとって肝心なのはそこだった。

「……どうしてと言われましても、夕食をご馳走になっていただけなんですが」

 藤咲は事実だけを淡々と答える。

「なんで藤咲さんがせんぱいのところで夕食をご馳走になる展開になってるの?」

「それは先生に質問してください。提案したのは先生ですから」

「っ!」

 あっさりと爆弾発言をのたまった藤咲はしれっとした態度で俺に舌を出した。

 困れ困れ、とでも言いたそうだ。

「せーんーぱーいー?」

「うっ!」

 くるぅりと振り返る遙。

 背後に潜ませているオーラがかなり恐ろしいことになっている。

「まさか餌付けしてから手を出そうとか、そういう魂胆だったりするんですかぁ? 確かに藤咲さん可愛いし、せんぱい好みのロリぺったんだし、気持ちは分かりますけどでも一応教師として最低限守るべき節度というものがあると思うのですよ?」

「待て待て待て待て! 誤解だ! つーか餌付けとか人聞きの悪いこと言うな! 俺はただほっとけないから面倒見てるだけだ!」

「ほっとけない? それって『ほっとけない気持ちにさせられる。気になって仕方がないんだ』っていう恋愛小説の常套句ですか?」

「違うわーっ!」

 とてつもなくいたたまれない気持ちになりながら、それでも暴走気味の後輩に事情を説明するのに約一時間を要した。

 困り果てながら説明する俺をにやにやしながら傍観している藤咲にはクッションの一つでも投げつけてやりたい気分だった。

「……なるほどね。お隣さんで、インスタント生活かぁ。確かにせんぱいの性格だと放っておけない境遇でしょうねぇ」

「……納得してくれて何よりだよ」

「でもほんとうに下心ゼロですかぁ?」

「本人の前でよくもまあそこまで突っ込んで訊けるもんだな……」

 言えるわけ無いだろうが。

 まあ、ちょっとは無くもないけど。

 ただエロ方面の下心じゃなくて、藤咲の色んな面が見られるのがちょっと楽しかったりするんだよな。

 藤咲は外見だけなら文句なしのロリ美少女だから近くにいるだけで目の保養になるし。

 それに色々と事情を知ってしまった今となっては純粋に放っておけないというのもある。

 ……気になって仕方がないなどという恋愛常套句ではないが、放っておくのが落ち着かない気分にはさせられているのだ。

「まあ……誤解だというのは分かりましたよ。藤咲さんも見たところせんぱいに興味があるわけでもなさそうですし」

「その点は安心してください。私にも選ぶ権利はありますから」

「待て! その物言いは俺に失礼だぞ!」

 選ぶ権利って!

 俺はそこまで酷い対象なのか!?

「でも毎日せんぱいと食事を摂っているっていうのは許しがたいかな」

 じろりと藤咲を睨む遙。

 年下相手にに大人げないだろ、おい。

 しかし藤咲はその視線を真っ向から受けて返した。

「須賀先生。それは須賀先生と春名先生が正式に付き合っていた場合に言える文句だと思いますよ。現時点では春名先生はフリーだと聞いています。つまり、春名先生が誰とどうしようと、須賀先生に文句を言う権利はないし、私が文句を言われる筋合いもないと思います。違いますか?」

「うっ! それはそうだけど……!」

「先ほども言いましたけど、私は春名先生に対して恋愛感情は持っていませんし、これから先もそのつもりはありません。成り行きで食事はご一緒していますが、それが男女交際にまで発展することは無いと思います。少なくとも今先生との関わりを断たれるのは個人的に困るので、これ以上の文句は遠慮してもらえませんか?」

「……個人的に困るって?」

「ですから充実した食生活や、今後の一人暮らしのために料理を教わったりしていますので、いまそれを中断されると私が困るんです」

「ちょ……料理まで教わってるの!? うらやましい! 私も教わりたい!」

「……お前は料理出来るじゃねえか」

 学生時代に毎日のように手作り弁当を持ってきたことを、俺は忘れてないぞ。

 ありがたく頂いたし、味もそれなりによかった。

「うー。うらやましいぃぃぃ!」

「はいはい。分かったからこれ以上藤咲に突っかかるのはやめてくれ。俺たちがそういう関係じゃ無いのはいい加減理解できただろ?」

「う~」

「藤咲。悪いが今日はもう帰ってくれ。藤咲がここにいるとこいつが大人しくならん」

「そうみたいですね。じゃあこれで失礼します」

 藤咲はあっさりと帰宅してしまう。

 遙と二人きりで残された俺は、微妙に気まずい視線を向けられてしまう。

「せんぱーい。事情は解りましたけど結構問題ですよ、これ。仮にも教師が教え子を毎日部屋に連れ込んでるって……」

「分かってるよ。でもやましいことは無いんだからやめる理由もないな」

「………………」

「どうした?」

「いえいえ。桜坂さんあたりにバラしたら面白いことになりそうかな~とか」

「……冗談に聞こえないからやめろ」

「黙っていて欲しかったら今夜は付き合ってください。もちろん一晩中」

「………………」

 どうやら逆らえる状況でもなさそうだ。

 俺はガックリと肩を落としながら遙の提案を了承した。


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