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自由と諦め

「それでは春名様。お嬢様のことをよろしくお願いいたします」

「あ、ああ……まあ、飯の件は引き受ける」

 ようやくメイド魔人……もとい七原さんが立ち去ってくれるらしく、俺も藤咲もホッと一息吐いた。

「分かっているとは思いますが、万が一お嬢様に手を出した場合は……」

 ギロリと俺を睨むメイド魔人。

 だからそれ怖いんだってば。

「出すか! 教え子に手を出すほど飢えてない!」

「それならよいのです」

 そもそもそんな警告自体が不愉快なのだが。

 ……しかしまあ、全く手を出していないわけでもないのが少々後ろめたかったりもする。

「それでは失礼致します」

 そして七原さんは立ち去っていった。

 後には俺と藤咲の二人が残される。

「………………」

「………………」

 なんとなく、沈黙。

「お前、結構いいところのお嬢さんだったんだなあ。『お嬢様』とか呼ばれてたし」

「いいところのお嬢さんなんかじゃありませんよ。私はあくまでも『藤咲六花』なんだから。『瑠璃條六花』じゃないですし」

 からかうような口調で問いかけると、藤咲は途端に機嫌悪そうに答えた。

 どうやらこの話題は気持ちのいいものではないらしい。

 部屋に戻って片付けを始める。

 結局七原さんも食べていったので少々物足りない夕食になってしまった。

「足りないなら追加で何か作るけど?」

「いいですよ。手間だし」

「そうか」

「代わりにお酒をください」

「おい」

 未成年だろうが。

「事情、聞きたいんでしょう?」

「………………」

 藤咲がじっと俺を見詰める。

「……別に、話したくないことなら無理に言わなくてもいいんだが」

「話したくはありませんが、ここまで迷惑を掛けた以上は筋くらいは通します。私にとっても気分のいい話ではないので、せめて酒くらい飲まないとやってられないだけです」

 そう言って藤咲は勝手に冷蔵庫からチューハイを取り出す。

「………………」

 そこまで言われると止めるのも気が退ける。

 気になるのは確かだし、ここは藤咲に任せるとしよう。



「まず最初に言っておくのは、私はあくまで瑠璃條の人間ではないということです」

 藤咲は断固とした口調で言った。

「私は愛人の子ですから」

「……そりゃまた、随分な告白だな」

「だから『藤咲』は母親の姓です」

「それで『藤咲六花』か。あくまでも『藤咲』姓にこだわるってことは、父親のことが嫌いなのか?」

 もしかしたら『愛人の子』ということで家の人間、特に七原さん以外の使用人あたりから何らかの嫌がらせを受けていたのかもしれない。

 藤咲が家を出て一人暮らしをしているのは、そういう理由からなのだろうか?

「別に、好きでも嫌いでもありません。強いて言うなら『どうでもいい』んです」

「……それは……また」

 それは『嫌い』よりもタチが悪いのではないだろうか。

 藤咲はチューハイをぐびぐび煽りながら、息を吐く。

「一応は父親である瑠璃條晃にとって、私という存在は遊びで作られた気まぐれの子供……」

「………………」

「……だというオチならまだマシだったんですが」

「って、違うのかよっ!」

 思わず痛々しい気分になっちまったじゃねえかっ!

「私は次世代の瑠璃條を産み落とすための肌馬だったんですよ」

「え……?」

 意味が分からず、首を傾げる。

 肌馬。

 種馬の、逆。

 つまり……

「瑠璃條の家の歴史は結構古いらしくて、病的なまでに純血に拘ってるらしいんです。血族結婚を繰り返してきたと聞かされました」

「………………」

「私には二つ歳の離れた一根かずねという兄がいます。私は将来、彼の子供を産まされるんです」

「………………」

「遊びで生まれた子供ではなく、必要のない子供でもない。私と一根は書類上は赤の他人になっているので法的には問題はありません。最初から藤咲六花という存在は、その為に作られたんです」

「………………」

「瑠璃條あきらとの取り決めにより、二十歳までに跡継ぎを生むことという条件と引き替えに、私は瑠璃條家から解放されることになっています。高校を卒業したら一旦瑠璃條家に戻って、そして一根の子供を産むことになるでしょう。その後は、私の自由です」

「………………」

 藤咲は淡々と話す。

 こんなにも理不尽なことを、他人事のように淡々と。

「それで……納得しているのか?」

 不快な気分を隠さないまま、俺は藤咲に問いかける。

「納得するも何も、私が生まれる前から決定していることなんですから仕方がないでしょう。一根と結婚しろと言われたら、さすがに拒否しますが、子供を産むだけでいいならまだ許容範囲です」

「許容範囲なのかよ……」

「拘束期間は結婚に較べてごく短くて済みますからね。産んだ子供の面倒を見る必要もないし、気楽なものです」

「………………」

「何でもっと抵抗しないのか、などという事は言わないで下さいね。瑠璃條家が子供の反抗一つで意見を変えるわけがないし、そもそも逃げ出したところで捕まるに決まっています。だったらさっさと義務を果たして自由を得るほうが効率的でしょう? 少なくとも二十歳を過ぎれば父親としての法的拘束力はなくなりますし、どうとでもなります」

「……だったら二十歳になるまで逃げ回ればいいじゃないか」

「そんなに甘くありませんよ。子供を産ませるという大義名分を奪い取ってしまった後だからこそ、私の自由は保障されるんです。その義務を果たすまで、例え二十歳を過ぎようと瑠璃條家は、どこまで逃げても追いかけてくるでしょうね」

「………………」

「不愉快なことに変わりはありませんが、一応は育てて貰っていることですし、最低限の義務だと思えば我慢できないこともありません。お金もそれなりに貯めてますから、自由になった後も自立するまではしばらく困りませんしね」

「……だったら、なんでわざわざ家を出たんだ? 我慢できるっていうんなら、家で世話になってた方が遥かに楽だったんじゃないのか? ……料理も出来ないクセに」

「……最後の一言は余計です」

 藤咲は恨めしげに俺を睨む。

 どうやら料理ベタというのを結構気にしているらしい。

「家を出たのは身を守るためっていうのが一番大きいですね」

「身を守るため? 何か物騒なことでもあったのか?」

「物騒なこと、というよりは貞操の危機、みたいな感じです。一根もそれなりに盛んな年頃ですから。どうやら私のことを自分の所有物だと思っている節があるらしく……」

「……まさか」

「そのまさかです。何回か襲われました」

「………………」

「未遂じゃないですよ。完璧に最後までやられました。何回も」

「………………」

「子供を産むのは妥協します。ですが私は一根の性欲処理にまで付き合うつもりはないんです。妊娠して高校中退なんて冗談じゃないですしね」

「………………」

「そういう理由で家を出ると言ったら父親も納得してくれました。自分の息子が学生を孕ませるなんていうニュースは御免蒙るということでしょうね。卒業したら戻るという条件付きですが」

 藤咲は飲み終えたチューハイの缶をテーブルに置いた。

「ね? 気分の悪い話でしょう?」

「最悪だな……」

 しかし今の俺の立場ではどうにも出来ないので、ただただ不快な気分になるだけだ。

「私もそう思いますよ。そもそもどうして血族婚に拘るのかが理解不能です。理解する気もありませんけど」

「俺からすればひたすらに気持ち悪いだけだ」

「でしょうね」

 あふ……と欠伸をしながらベッドに背をもたれかける藤咲。

 どうやら酒の所為で眠くなったようだ。

「とりあえずは二十歳までの我慢です。早く子供を産めばもっと早く自由になれるかもしれません。なので卒業して、嫌なことはさっさと済ませます」

「辛くないか?」

 訊くべきではないことを、つい訊いてしまう。

「……辛いとは考えないようにしています。考えても仕方のないことですから。でもせめて、自由になるまでは誰に対しても恋愛感情は抱かないって決めてます」

 藤咲はうつらうつらなりながら、寝惚け声で喋り続ける。

 どうやらこのままここで寝るようだ。

 ……俺のベッドをまた占領するつもりかこいつは。

「好きな人が出来たら、きっと辛くなるし、本気で逃げ出したくなるかも知れないから……。逃げられないって分かってるのに、それは不毛だし……」

「支えになる、とは考えないわけか」

 辛い状況でも、好きな人がいればそれを支えにすることが出来る。

 そういう考え方もあると思うのだが、藤咲は別の考え方らしい。

「最初から何もない方が、辛くない。それは、確かだと思うから……」

 最初から知らなければ、失うこともない。

 失わなければ、辛くなることもない。

 子供の考えだが、子供にとっては真実でもある。

「でもな、藤咲。そうやって自分の心を殺し続けていたら、いざ自由になったときにどうしていいか分からなくなるんじゃないか? 自由になって、どこに行きたくて、何をしたいのか、分からなくなるんじゃないか?」

「……どこに行って……何をしたいのか……」

 藤咲は半分目を閉じながら呟く。

「……それは……自由になってから考える……」

 そう言って藤咲は完全に眠ってしまう。

「……だからその時にはそんな事を考えられる状態じゃなくなってるんじゃないかって、俺は言いたかったんだがな」

 仕方なく藤咲を抱え上げてベッドに寝かせながら、溜め息をつく。

 家の問題だし、俺が口出しできる事でもない。

 藤咲が納得している以上、それは大きなお世話というものだ。

 だけど、すっきりしない何かが気持ちのどこかに残るのは、仕方がない。

 今までのどこか投げやりな態度も、納得がいく。

 少なくとも藤咲は自由になるまでこういう考え方なのだろう。

 希望を持たず、夢を持たず。

 ただ、耐え続ける。

 諦めながら、義務を果たす。

 

 俺は、藤咲に何をしてやれるだろう。

 何をしてやれば、藤咲をこの諦めから解放してやれるだろう。


 そんな事を考えながら、眠りについた。


 ……もちろん、藤咲にベッドを譲ってしまったので俺は床で寝る羽目になった。


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