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メイドとお嬢様

 六畳一間の折りたたみ簡易テーブルの上に置かれていたのは、場違いなまでに豪華極まりない特上寿司三人前だった。

 鮪大トロ・中トロ・平目・車海老・ウニ・いくら・赤貝・鯵・数の子・穴子・トロ鉄火巻き。

 薔薇の花のように綺麗に形づくられた紅ショウガ。

 キラキラとしているネタは新鮮さをこれでもかと言うほどアピールしている。

「さあ、まずは召し上がってください」

 寿司は鮮度が命、というのを七原さんも理解しているらしく、尋問……もといお話の前に食事にしようと提案した。

 もちろん反対する理由はない。

 嫌なことは先延ばしにしたいし、美味しい物は美味しいうちに食べるのが食べ物に対する礼儀だと思っている。

 藤咲も弁当を食べたばかりだが目の前に出された特上寿司には目を奪われていて、大人しく食べることにしたらしい。

 ……お腹一杯とか言っていた割にはなかなかの健啖っぷりだ。

 いわゆる『別腹』なのかもしれない。

 特上寿司は腕のいい職人の仕事らしく、とてもとてもとても美味しかった。

 出来れば店に出向いて握りたてを食べたいと思ったくらい。

 なので七原さんに店を聞いてみたのだが、

「お教えするのは構いませんが、あまりお勧めは出来ませんよ。お品書きに値段が表示されていないお店ですから、気が付いたらとんでもない出費になっている可能性がありますので」

「どんだけっ!?」

 そんな店で出前って!

 特上って!

 いやいや世界が違う!

 経済状況が違う!

 俺の給料の何割かは確実に一回で吹っ飛ぶだろう。

 とてもじゃないが怖くて行けない。

 ……いや、人生に一回くらいは行ってみたい気がするが。

 まあいい。寿司ネタはこれでお終いにしておこう。


 三人とも食事を終えて、食後のお茶などをすすっている。

 ちなみにそのお茶も七原さんの持参茶葉だ。

 藤咲のストックしていた『お徳用パック』的なお茶は発見された直後に七原さんに廃棄されている。

 勿体ないからやめろと藤咲は懇願したのだが、七原さんが代わりの茶葉を大量に置いて帰ることを約束すると大人しく引き下がった。……結果的に損をしないのなら特に文句はないらしい。


「それでは改めて聞かせていただきましょうか。春名様、六花お嬢様とはどのようなご関係なのですか?」

そして小さな簡易テーブルを挟んで俺と七原さんが向かい合う。

 藤咲の奴はのんきに本でも読んでいる。我関せず、みたいな。

 お前にも関係あるだろうがっ! 他人事みたいに無関心を装ってんじゃねえっ!

「どんな関係って言われてもな……。ただのお隣さんなんだが……」

「具体的にはどのような『お隣さん』なのでしょうか?」

「えーっと……」

 どのような、と言われても困る。

 隣人で、生徒で、顧問部活の部員で、あとは……晩飯を一緒に食う仲ってか?

 いやあ、これをこのまま説明すると多分、この人キレるよなぁ。

 返答に詰まっていると、七原さんの視線が一層キツくなってくる。怖い。

「……ちょっと七葉。あんまり先生のこといじめないで欲しいんだけど。一応、結構お世話になってる人だから」

「藤咲……」

 困り果てた俺に助け船を出してくれたのは、なんと藤咲だった。

 ……助け船というにはあまりにもおざなりな風だが、助けてくれたことには変わりないので余計な突っ込みは入れないでおく。

「先生、ですか?」

 不審全開の視線を俺に向けてくる七原さん。だから、その目はやめて欲しいんだけどなぁ。

「いや、まあ。俺は一応藤咲の担任なんで」

「お嬢様の通われる学園の教諭ということですか?」

「そうそう。たまたま俺のクラスに転入してきたんで」

「生徒で、隣人ですか。それはまた奇妙な偶然ですね」

「俺もそう思う。初日に引っ越しの手伝いをした時にはこんなことになるとは思っていなかったし」

「………………」

 今度は探るような眼差しを向けてくる七原さん。いい加減勘弁して欲しい。

「それだけの関係にしてはいささか親しすぎるように見えますが。わたくしの気のせいでしょうか?」

「気のせいだろ」

「………………」

 貴様、わたくしのお嬢様に手を出してたら包丁でメッタ刺しにして路上に晒して差し上げますわよ、みたいな顔で睨まれる。

「……まあ、仮にもそのような社会的立場にある人間がそこまで軽率な行動に出るとは思えないと信じたいところですが」

「待て。変な想像をするな。言っておくが生徒に手を出すほど俺は女に不自由していない」

 はっきりと言い切る。

「確かに、桜坂先輩ともいい感じだし、須賀先生とも関係しているみたいだし、不自由しているというよりは女ったらし全開って状況ですよね」

 そして何故か藤咲がいきなり会話に加わってくる。

「どこからそんな情報を! つーか遥はまだしも桜坂とはなんでもないぞ! あいつが勝手に言ってるだけで!」

「知ってます。桜坂先輩から聞いてますから。とりあえず卒業してから本格的に狙うそうですよ。先生の立場を考慮してくれてるんですね。優しいじゃないですか」

「いやいや。あいつはぜひとも遠慮したい」

 というか桜坂の奴、一体なにを吹き込みやがった!

 生徒でも元生徒でも気分的にはあまり変わらないんだよ!

 つーか巨乳はテリトリー外だ!

「そうは言いますけど須賀先生も巨乳ですよね?」

「心を読むな!」

 巨乳だけど!

「遥はまあいいんだよ。あいつとは長い付き合いだし、ちゃんと割り切ってるんだから逆に付き合いやすい」

「桜坂先輩じゃ駄目なんですか? あの人、特に二股とか気にしないと思うんですけど」

「……いや、だってあいつの場合微妙に本気だし」

「あ、やっぱりそういうの分かるんですか?」

「うぬぼれじゃなきゃな。視線が合うとなんとなく揺らいだ感じがするんだよ。そういうのって遊びで突き合わせるのは申し訳なくなる。桜坂もまだ若いんだし、そのうちいい相手が現れるだろ。なにも十代の内から割り切り交際なんかに嵌る必要はないさ」

「ふーん。心配してるわけですか。お優しいことですね」

「……そりゃ心配くらいはするだろ。知らない仲じゃないし、生徒だし」

「なるほど。やっぱり変なところで人がいいですよね、先生って」

「………………」

 呆れたような視線を向けてくる藤咲。そういう目で見るのはやめてほしい。居心地が悪くなる。

「えー、ゴホン! ゴホン!」

「あ……」

「わざとらしいよ、七葉。話に交じりたいなら堂々と入ってくればいいのに」

 すっかり七原さんを忘れて会話をしてしまっていた。

 ただの隣人、生徒、という雰囲気ではないと態度で示してしまい、思わずため息をつく。

 しかし救いがない状況でもない。

 図らずも藤咲自身が証明してくれたのだ。

「あー、七原さん。一応は見ての通りだ。藤咲は俺に対してそういう感情はまったく持っていない。俺も遊び相手に不自由をしていない以上、好かれてもいない相手に手を出すつもりはない。どうだろう、これで納得してもらえないだろうか」

「……まあ、いいでしょう。少なくともわたくしの危惧するような状況ではないようですし。春名様ではなくお嬢様の趣味を信じましょう」

「待て! それは何か!? 俺に興味を持つっていうのは趣味が悪いと言いたいのか!?」

 さらりと失礼なことを言われて思わず憤慨する。

 流すべきだと分かってはいるが、さすがに無理だった。

 妙な疑いを向けられた上にあんなことを言われたのだから俺の忍耐もそろそろ限界が近づいているということだろう。

「歳の差を言っているんです。お嬢様にはもっとつり合いのとれた年齢の方を選んでいただきたいので。年上趣味ならまだしも、おじさん趣味などとお嬢様が言われてはたまりませんからね」

「おじさんって……」

 俺はまだ二十六だっ!

 と、主張したいところだが、まあ、女子高生から見れば確かにおじさんかもしれないと思い直してかなり凹んだ。

「おじさんかどうかはともかくとして、趣味が悪いとは思わないけど。客観的に見ても先生は美形の部類に入ると思うし、変なところでお人よしなところも人によってはポイントは高いと思う」

「藤咲……」

 こいつに素直に褒められたのは初めてな気がする。

 ちょっと感動した。

「まあたった一つの欠点が全部を台無しにしている気もするけど」

「ほっとけっ!」

 やっぱりこいつはこういう奴だよ!

 ……しかし七原さんの前で『欠点』の内容を言わないでいてくれたのは大変有り難い。その点では感謝してもいいだろう。

『ロリコン趣味』な俺が『ロリ美少女』の藤咲とそこそこ仲良くしていると七原さんに知られたら、きっと彼女はメイドから大魔神に変化するに違いない。

 確信めいた予感がそう告げている。

「大体、今の私に恋愛の自由なんてないんだから、七葉もそこまで目くじら立てなくてもいいのに」

「お嬢様!」

「……どういう事だ?」

 聞き捨てならない台詞に思わず俺まで反応する。

「別に。ただの家庭の事情ですよ。お金持ちな家にありがちな『許嫁が決められている』とか『家柄のしっかりした相手じゃないと駄目』とか、そういう物語的な事情を勝手に推測してもらって結構です」

「いやいや。その物言いからしてそんな理由じゃないのは明白だろ?」

「先生には関係ありませんから詮索は無用に願います」

「うわ。まさかのA●フィールドかっ!」

 しかも恐ろしく強固な壁っぽい。

 こりゃあちょっとやそっとじゃ教えてくれそうにないな。

 ……しかし『先生には関係ない』っていうのは、地味に堪えるな。

「お嬢様。二十歳までなんとか凌いでくだされば、この七葉がお嬢様を家から出して差し上げます。だからそんな悲観的なことを言わないで下さい」

 七原さんは懇願するように藤咲に訴えかける。どうやら深刻な事情らしい。

「無茶言わないでよ。一根かずねがそんなに待ってくれるわけないでしょ。あの男だってその程度のことは分かってるはず。二十歳になったら瑠璃條とは完全に縁を切るつもりだけど、後腐れの無いようにきっちり義務だけは果たすよ。家を出てまで追いかけられて文句を付けられたんじゃたまったもんじゃないし」

「お嬢様……」

 諦めたような口調の藤咲はひどく投げやりで、いつもの無愛想とは少し様子が違っていた。

「そんな顔しなくていい。私はちゃんと納得している」

「………………」

 藤咲の様子に七原さんの方がひどく落ち込んでしまい、逆に藤咲が七原さんの肩を叩いて慰めている。

 どうやら藤咲にとってこのメイドさんはやや特別らしい。

 こいつが他人を気遣う場面なんて初めて見た気がするし。


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