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イカ臭いって言わないでっ!

 席を取る前にまずコンビニに寄る。

 屋台で食料や飲み物を調達していたのではぼったくられること必至だからだ。

 大体、コンビニの定価販売で百五十円の五百ミリペットボトルが一体どうやったら一本三百円で販売できるというのだ。いくらなんでも限度があるだろうと言いたくなる。

 藤咲たちはそれぞれ飲み物を購入している。小腹が空くのでちょっとしたお菓子もだ。

 俺はとりあえずノンアルコールビールを二本。本当はビールを飲みたいところだが、車で来ているのでそうもいかない。なので気分だけということで。

 それと珍しく中型サイズのアイスノンが売っていたのでそれも購入した。恐らくは熱中症対策だろう。

「あ、なるほど。保冷剤代わりにするんですね」

 藤咲が感心したように言う。

「まあな。家に帰ってからも再利用できるし」

「先生って変なところで頭が回りますよね」

「変なところでって言うな」

 恐ろしく長い行列を経て会計を済ませ、コンビニを出る。

 お祭り騒ぎらしく、店の外でも屋台じみた販売が行われている。

 からあげや、肉串、それにイカ焼きやホットドックなどが売られている。

「いいわねぇ。からあげとか買っていきましょうよ」

「賛成。肉は育ちざかりの貴重な栄養源なり!」

 桜坂と灯石兄がからあげの列に並ぶ。

「俺もつまみを買っていくかな」

 イカ焼きの匂いが結構そそったので、俺はイカ焼きを購入することにした。

「………………」

 藤咲はそんな俺の様子をじっと見ていた。

「?」

 俺はパックに入ったイカ焼きを購入して藤咲たちのところに戻る。桜坂も灯石兄もすでに自分たち用のからあげを手に持っていた。灯石弟は待ちきれずに一つつまみぐいしているところだ。八条だけは一人でもくもくとアイスを食べている。

 なんともバラバラすぎる文芸部だった。

「………………」

 藤咲は俺が買ってきたイカ焼きにじっと視線を向けている。

「? どうした? 欲しいのか?」

 藤咲が何かを欲しがるなんて珍しい、と首をかしげていたら、こいつはその直後にとんでもないことを言いやがった。

「いえ。欲しくはありません。イカ臭くなるので」

「っ!!」

「ぶっ!!」

「くあっ!」

「うわぁ……」×二。

 お、女の子に、ロリ美少女にイカ臭いって言われる自分の図を想像してしまった。

 一瞬で、せざるを得なくなった。

 お、俺はビールもどきのつまみにイカ焼きを食べたいだけなのに!

 ちょっと食べたいだけなのに!

 しかしそれをやってしまったら藤咲は間違いなく「イカ臭い」というだろう。

「おい、お前ら」

 俺は睨みつけるような表情で灯石双子に振り返る。

「これやるよ。食え」

 そして今やおぞましき物体にしか見えないイカ焼きを押し付ける。

「ちょ、嫌ですよ! 自分で食べてくださいよ!」

 灯石・兄が反射的に抗議する。もちろん、受け取らない。

「あんな事を言われた後で食えるか!」

「僕だって食べられませんよ!」

「藤咲ちゃんに『イカ臭い』とか言われたら自殺ものですって!」

 灯石・弟も泣きそうな悲鳴を上げながら抗議する。

 結局のところ、発端は藤咲の『イカ臭い』なのだ。

 だったら食べなければいい、廃棄すればいいだけの話なのだが、まさかそれだけの理由で食べ物を無駄にするわけにもいかない。

 誰かが食べるしかないのだが、誰一人食べたくはない。

「………………」

 藤咲は困り果てた俺を眺めながらにやにやしている。

 ちくしょう! アレは絶対分かっていて買うのを見過ごしやがったな!

 敢えて『イカ臭い』って言うためにわざわざ黙っていやがったな!

 なんて悪女!

 将来が恐ろしい!

 額に青筋を浮かべながらまつ毛をたっぷり描いて、『藤咲! 怖い子!』とか言いたくなるぞ!

「この際みんなで仲良く分けて全員『イカ臭』くなるってのはどうですか?」

 腐女子・八条が空恐ろしい提案をする。

「「「却下!」」」

 もちろん男三人組は即断即決で却下。

 ちなみにこの騒ぎでイカ焼きを買おうとした男性は圧倒的に減少したに違いない。

 店員が恨めしそうな視線を俺たちに向けてくる。

 どうせなら聞こえないところでやれと言いたいらしいが、それは藤咲に言えと言い返したい。

「……まさかここまで揉めるとは」

 藤咲が呆れたように呟くが、

「お前の所為だろうが! 傍観者面してんじゃねえっ!」

「そうですね。先生が食べ終わってから『イカ臭い』と言うべきでしたね」

「酷すぎるわっ!」

 いま思いついたような物言いに心底ほっとした。

 買う前に思いついていたら絶対に俺が口にして胃袋に収めるまで黙っていたに違いない。

 そして言い逃れの出来ない決定的な状況を待ってから『先生、イカ臭いですね』とか言うつもりだったはずだ。

 考えるだけで恐ろしい!

「ああもう。イカ焼き一本で大の男がおたおたして情けない!」

 おたおたしている俺たちの前に桜坂が割り込んでくる。

「いや、そんなこと言われてもな……ある意味男としての死活問題というか……」

 間違ってもイカ臭いなどとは言われたくないのだ。

 それもよりによって藤咲に言われるのだけは勘弁してほしい。

「じゃああたしがもらいます!」

「ちょ、桜坂!?」

 止める間もなく桜坂は俺の手からイカ焼きを奪い取って、そのままもくもくと平らげてしまった。

「うわ、ちょっと辛い! 飲み物。センセー飲み物ちょーだい!」

「待て。俺は今ノンアルコールビールしか持ってない」

「じゃあそれでいいから!」

「ノンアルコールとはいえ未成年に飲ませられるか!」

「イカ臭い汚名を被らなくて済んだんだからそれくらい譲歩してください!」

「うっ!」

 問答無用に俺の買い物袋へと手を突っ込んでノンアルコールビールを一本かっぱらう桜坂。

 そのままプルトップを空けて一気飲み。

 実に男らしい行動だ。

 しかし無駄に大きな胸が彼女を立派な女性だと主張している。

 立派かどうかは微妙だが、助かったのは事実だ。

 まあノンアルコールだし大目に見てやろう。

 しかも桜坂の神経の太さときたら半端ない。

「ねえねえ藤咲ちゃん。あたし、イカ臭い?」

 藤咲にすりよってからそんなことを訊くのだ。

 信じがたいことに、イカ臭いと言われたいらしい。

「ええ。猛烈にイカ臭いですね。イカ臭くてたまりません」

「きゃ~っ! 藤咲ちゃんったら容赦ないわぁ! 大好き!」

 とてもうれしそうに身をよじらせながら藤咲に抱きつく桜坂。

 藤咲の方はされるがままになっている。

「……部長、ぱねえ」

「……ぱない」

 唖然とする双子。

「ぱないどころの神経じゃねえよ、あれは。女かどうかも疑わしくなるぜ」

 感心していいやら呆れていいやら悩む俺。

「まあ、部長はロリ好きだからねぇ。藤咲ちゃんになら何を言われても嬉しいんじゃないですか?」

 トドメに八条のロリ萌え認定。

「イカ臭いと言われて喜ぶ女なんて、俺は正直理解したくもないぞ」

「イカ臭いと言われて喜ぶ男は?」

「そんなものを人類とは認めない」

「酷いですね」

「酷くない」

「差別ですよ」

「区別だ」

「BLを描いてるとどうしてもイカ臭くなる男の描写が多くなるのであんまり差別してほしくないんですけど」

「描くなそんなもん!」

 どんな状態で『イカ臭く』なっているかなど、考えたくもない。


 そしてひと騒動納まった俺たちはようやく花火大会の会場へとやってきた。

「……うわ」

「これは、ちょっとまずいわねぇ」

 到着して、一同絶句。

 あまりの人の多さにうんざりした。

 しばらく花火大会など行っていなかったからどういう状況なのかという事をすっかり失念していた。

 土手沿いも道路沿いも、残らず席を確保されている。

 六人連れで座れる場所などどこにも残っていない。

 こうなると人ごみにもまれながらの立ち見という選択肢しかなくなるのだが、一時間は続くであろう花火大会でそれは遠慮したい。

 できればどっかりと腰を下ろしたい。

 理想の場所である階段付近はすでに肉詰め状態。

 あんな状態になってまで階段に座りたいのかと訴えたくなる。

「どうするよ?」

 桜坂を振り返る。

 このまま帰るという選択肢はないにしても、どうにかしなければならないことは確かだ。

 橋の上にはビニールシートがかけられており、欄干に寄り掛かって眺めることはできない。

「うーん……困ったわね……」

 桜坂は唸りながら腕を組んで首を落とす。

 打開案が見つからないらしい。

「部長、部長。あそこは?」

 八条が土手の下側を指さす。

 上の土手ではなく下の土手だ。

 もちろん、通常花火を見るような位置ではない。

 その証拠にうろついている子供はいるものの、陣取って構えている人間は誰もいない。

「あそこで?」

 藤咲が怪訝そうに首をかしげる。

「あそこで。花火大会の観客席としては論外だけど、ちょっと考えてみてよ、藤咲ちゃん。花火って言うのは空高く打ち上げられるものでしょ? だからここからでもしっかり見える。しかも人混みに邪魔されることなく、私たち六人がのんべんだらりとまったりしながら。低めに打ち上げられたのはちょっと尻切れトンボになるかもしれないけど、そこは妥協できるでしょ? どう? 意外と穴場だと思うんだけど」

 八条は淡々と説明する。

 その説明だけ聞いていると『意外と穴場』どころか『とんでもない穴場』に聞こえる。

「いいですね。人混みの鬱陶しさに煩わされないだけマシです」

 藤咲が頷く。

「賛成。のんびり出来るなら文句ない」

 俺も異論はない。

「さっすがBL同人作家! 目の付けどころが違うわ!」

 八条の提案をベタ褒めする桜坂。

「いや、それ関係ないよ、部長。絶対関係ないよ」

 言いにくそうに突っ込む灯石・弟。

「いやあ。そこまで褒められると照れるな~」

 そして素直に照れる八条。

 褒められている内容が致命的にずれていると思うのだが、本人がいいのなら放置しておく方が幸せなのだろう。


 俺たちはコンビニで購入した使い捨てのゴザを敷いて、若干狭いながらも六人座り込んで花火を眺める。

 この位置からでもしっかりと見える。さすが八条。目の付けどころが違う。……BL作家だからなのかどうかは考えないけど。

 時々子供が駆けずり回っているのが邪魔なのだが、それもまあ我慢できないほどじゃない。少なくともぎゅうぎゅう詰めで立ち見している上の土手の連中よりは遥かにマシだろう。

 俺たちがここに陣取ってから同じ事を考えた奴が結構いて、ぽつぽつと人も増えているのだが、それでも邪魔に感じるほどじゃない。

 俺たちはのんべんだらりと花火見物が出来ている。


 やがて花火の最終打ち上げが終わり、周りも撤収準備を始める頃合いになった。俺たちもゴザを片づけてゴミ箱に放り込み、それぞれで帰宅準備をする。

 桜坂と八条は駅に向かい、灯石兄弟はバス停に向かう。

 そして俺は駐車場へと向かう。

「藤咲は乗っていけ。送っていってやる」

 それぞれが別れる前に藤咲に声を掛ける。

「うわっ! 閑真センセーが贔屓してる! ロリコンだからっていくらなんでもあからさまじゃない!?」

 真っ先に反応したのは桜坂だ。しかしこんな人混みの中で堂々とロリコン呼ばわりだけは勘弁して貰いたい。

「誤解するな。別に贔屓じゃない。帰る場所が同じなんだから一緒に帰った方が効率がいいってだけの話だ」

「「「「っ!!??」」」」

 一同仰天。

 目が点になっていると表現してもいいかもしれない。

 何とも言えない表情で俺と藤咲を見比べている。

「…………先生。それは誤解に拍車を掛けている物言いだと思うんですが」

「ん? ああ、そうか。これだと俺と藤咲が同棲している風に聞こえかねないな」

「そういう風にしか聞こえないと思います」

「それは不味い」

「当たり前です」

 淡々とそんなやり取りをしている俺たちを不思議そうに眺めている桜坂達。

「いや、別に変な話じゃないぞ。同じ場所に住んでいることは確かだが、単にお隣さんっってだけだ。俺の部屋はアパートだからな。藤咲は隣の住人なんだ」

「その通りです。間違っても同棲なんてしていませんから、その辺りは誤解しないでくださいね。迷惑ですから」

「そこまで言わなくてもいいだろ……」

 迷惑って……。

「……え? じゃあ、もしかして藤咲ちゃんと閑真センセーって随分前から知り合いなの?」

 桜坂が恐る恐る質問してくる。

「いいえ。知り合ってからの期間は短いと思いますよ。私はあくまで転校生ですから。たまたま引っ越し先の隣人が先生だったというだけの話です」

 淡々と返答する藤咲。そこには何ら特別な感情は窺えない。桜坂が拍子抜けするほどに事実だけを端的に言っている。

「じゃあ、藤咲ちゃんは先生とはなんともない?」

 今度は八条からの質問。

「………………」

 八条にとっては初めて目にすることになる、とんでもなく不機嫌な表情だった。

 思わずびくっとなり後ずさる八条。

「ご、ごめん! そうだよね! なんともないよね!」

「当然でしょう」

 藤咲の声はいつもより三割り増しで低い。

 不快感を隠そうともしないあたり、実に容赦がない。

 背後には龍か虎が控えていそうなオーラだ。

 それをビシビシと感じ取っているのか、灯石達も震え上がっている。

 とにかく俺と藤咲がやましい関係でないことだけは理解してもらえたようで何よりだ。


 藤咲は大人しく助手席に収まり、俺も運転席に乗り込む。

「じゃあ気を付けて帰れよ。途中で事故っても俺は責任を取らないからな」

「うわあ。引率の言葉じゃないわね」

 顔をしかめながら肩を竦める桜坂。

「餌に釣られただけだからな。そこまで責任を持つつもりはない」

 桜坂は車の側に寄ってきて、こっそりと耳打ちしてくる。

「藤咲ちゃんはちょー優良物件なんですから、あたしに黙って手を付けたりしたら許さないからねっ!」

「……それ、本来は男の台詞だぞ」

 呆れ混じりに言い返す。

「だって藤咲ちゃん頑なで可愛いし! ああいう子をほぐすことが出来たらきっとちょーあまえたになると思うわけ! 見てみたいと思わない!?」

「……生憎と、生徒に手を出す気はない」

 ……本当はちょっとだけ手を出したけど、あれは不可抗力ということで。

「じゃああたしがもらってもいい?」

「藤咲に百合の気はないと思うぞ……」

「そうじゃなくて閑真センセーを」

「は……?」

「ロリコンだってことを考慮しなければ閑真センセーもかなり優良物件だと思うからさ。あたしも狙ってみようかな~って」

「……冗談じゃない。巨乳はテリトリー外だ」

「遥センセーとは時々遊んでる癖に?」

「……お前ね、いつの間にそういう情報を仕入れてくるわけ?」

「女の子の噂っていうのは結構馬鹿に出来ないものよ?」

「正に今実感したよ……」

「ま、あたしのことは卒業してからでも考慮に入れてほしいなぁ。後腐れのない遊び相手としては結構優良物件な自信あるし」

「……真面目な恋愛にもっと力を入れろ」

「そっちはなかなか相手がいなくって」

「探せ」

「努力はしてるんだけどね~」

「………………」

 しているようには見えないが。

「そろそろ出すからどけ」

「はーい。じゃあまたね、閑真センセー」

「おう。気を付けて帰れよ」

 車を発進させてアパートへと向かう。

 帰りの道中は俺も藤咲も無言だった。

 気が付いたら、藤咲は助手席で寝息を立てていた。

 無防備だなぁ、と思いつつも、側で眠ってもいいと思う程度には警戒を解いて貰っているのかと考えて少しだけ嬉しくなった。


ちょっと加筆修正しました。

飲酒シーンと車の運転シーンという矛盾点を指摘されましたので。

勢いだけで書いてると時々失敗してしまいますね。

申し訳ないです。

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