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奇妙な隣人かつ最悪な生徒

競作企画一番間に合いました。

やっぱり主宰ですから遅れを取るのは申し訳ないです。

というわけで急いで仕上げました!

とりあえず下のアレはヒロインの六花ちゃんであります。

それ

挿絵(By みてみん)


 六月も中旬に差し掛かる若干蒸し暑い季節。

 空は曇天、降り続ける雨は梅雨の到来を告げている。


 太陽の光は遠く、曇り空は外を歩く人間の気分をも若干憂鬱にさせる。

 家にいても仕方がないので近くのパチンコ店に軽く打ちに行ったのだが、暇潰しで行くパチンコなどで大した成果が上がるわけもなく、勝ってもいなければ負けてもいない、微妙な状態で帰宅することになった昼下がり。

 コンビニで買ったビールの入った袋を片手に、家路へとついた俺が目にしたのは、中型トラックがうちのアパートの前に止まっている光景だった。

 雨の中、業者の人間がせっせと荷物を運び入れている。

 運び入れる先は時風荘202号室。 俺の部屋の隣だった。

 隣はずっと空き部屋だったのだが、どうやら誰かが入ることになったらしい。

「おや?」

 どうやら入居者らしい人間の姿が見えた。

 雨に濡れるのも構わずにトラックから荷物を運び出している女の子。まだ中学生くらいにしか見えないのだが、まさか彼女が一人で入るわけではあるまい。きっと母親か父親か、保護者と一緒に住むのだろう。

 しかしこの時風荘は六畳一間のワンルームだから親子三人の場合はスペース的にきついのではないだろうか……などと変な心配をしてみたり。

「ん……しょ!」

 なかなか重そうな荷物を一人で抱え上げ、ふらふらと階段を上っていく女の子。とんでもなく危なっかしい。

 雨の所為で視界は悪いし、水に濡れた階段は滑りやすくなっているし、そんな状態で自分の許容重量ギリギリの荷物を持って歩いていたら、そりゃあ転ぶに決まっている。

「きゃっ!」

「おっと!」

 案の定、女の子は水でぬかるんだ階段に足を滑らせて転落しかけた。そこを俺が支えてやる。

 間一髪、というほどではない。ある程度こうなるだろうという予測はあったのでいつでも支えられる準備はしていたのだ。だから女の子を支える手に危なっかしいところはない。

「……重」

 無いのだが、荷物+女の子の重量が、階段という安定の悪い場所で俺にのしかかっているので、どうにも辛いものがあった。

「っ!」

 助けられたにも関わらず、女の子のこめかみがぴくりとひきつる。どうやら『重』という言葉が気に入らなかったらしい。

「い、いやいや。荷物がって意味だから。半分は」

「半分って……」

「……あ、いや、その」

 どうにも正直すぎた感じだが、しかし荷物と女の子両方含めて重いと感じているのだから仕方がない。

 女の子は軸足に力を入れて体勢を立て直し、俺の支えから離れた。

「助けてくれてありがとうございます」

「いや大したことはしてない」

 お礼を言っているのに機嫌が悪そうに見えるのは、やはり『重』発言を気にしているらしい。もしかしたら随分と根に持つ性格なのかもしれない。

 お隣さんの初対面はなんとも気まずい感じになってしまったなぁ、などと内心でため息をつく。

「では私はこれで」

「………………」

 そのまま荷物を持って202号室へと入っていく女の子。

 やっぱり怒っているらしい。

 業者も女の子も頑張って荷物を運び入れているようだが、如何せん雨の所為で効率が落ちている。このままだと業者はとにかく女の子が風邪を引いてしまいそうだ。

「あのさ、手伝おうか?」

 なのでそんな提案をしてみる。困っている女の子がいたら手を貸してやるのが男の甲斐性というものだろう。ましてやそれがお隣さんとなれば尚更である。

「いいんですか?」

「ああ」

 女の子は怒っている割に素直に協力を受け入れてくれた。

 のだが……

「じゃああれと、あれと、あれをお願いしますね」

 にっこりと笑う女の子。

 そうやっていれば普通に可愛いのだが、しかし女の子が指差した段ボールはかなり大きいサイズのものだ。

「……なあ、わざと大変そうなものを指定してないか?」

 気のせいだと思いたいのだが、この笑顔を見る限り間違いなく確信犯だろう。

「あはは。そんな事あるわけないじゃないですか。私がさっきの『重』い発言を気にしてわざとあなたをいたぶっているとでも? 私の人間性がそこまで屈折しているとあなたは言っているんですか?」

「………………」

 ……うん。『そこまで』どころか『どこまでも』屈折していそうだな。

 まあここで言い争っても意味がなさそうだし、だからといってやっぱり止めたと引き下がるのもどうかと思うので、大人しく指定された荷物を抱え上げることにする。

「重……いや、さっきよりは軽いか」

「何か言いました?」

「……空耳だろ」

「………………」

 とてもこれから近所付き合いをしていく始まりとは思えない空気だった。



 業者も女の子もそして俺もずぶ濡れになった頃、ようやく荷物の運び込みがすべて終わった。

 業者に挨拶を済ませて俺と女の子の二人だけになる。

「手伝ってくれてありがとうございます。とても助かりました」

「いや。無事に終わってよかったよ」

「遅くなりましたが今日からこの時風荘に越してきました、藤咲六花ふじさきりっかといいます」

 女の子はずぶ濡れのまま、自己紹介をしてくれた。

「俺は春名閑真はるなしずまだ。一応隣の201号に住んでる。これからよろしくな、藤咲さん」

「はい。手伝ってくれたお礼に後ほど引っ越しそばをご馳走しますのであとでこっちの部屋に来てください」

「いいのか?」

「ええ。まずはこの状態を何とかしないといけませんが、準備は済ませておきますので十五分後くらいにお願いします」

「分かった。お礼ということならお言葉に甘えさせてもらおう。ちょうど昼飯もまだだしな」

 俺も藤咲もずぶ濡れ状態のままでは風邪を引いてしまうので、お互いシャワーを浴びてから引っ越しそばをいただくことにした。



「……それにしても変な子が引っ越してきたなあ」

 浴室で軽くシャワーを浴びながらぼやく。

 荷物の量からしてやはり一人暮らしのようだったし、何か色々と事情がありそうな感じだ。

 中学生……ではないだろう、さすがに。高校生だとして、あの歳で一人暮らしをする理由とは一体何なのだろう。

「って、他人の事情をそこまで気にしてどうするよ、俺」

 やばいやばい。職業柄、あれくらいの年代の問題には敏感なんだよな、どうも。

 ぶるぶると頭を振って思考から追い出す。

「さて。では引っ越しそばをご馳走になるかな」

 きまぐれの手伝いで昼飯が浮くのはありがたい。

 いや。年下の女の子に昼飯を奢らせる二十六才社会人・男って世間的にどうよ?

 うむむ。

 でもまあ『お礼』だしな。

 よしよし。気にしない気にしない。他人様の感謝を素直に受け取れなくなったら人間お終いだ。



 というわけで再び202号室、藤咲の部屋へ。

 ごちになります引っ越しそば!

「………………」

「………………」

 未だに開梱されていない荷物が多い中、辛うじてテーブルだけが畳み部屋の真ん中に置かれている。

 そのテーブルを俺と藤咲の二人で囲んでいる。

 テーブルの上には引っ越しそば。

 それはいい。

 そこまではいいのだが……

「……あと二分待ってくださいね」

「………………」

 テーブルの上に鎮座してやがるのは、そばはそばでも『ど●兵衛』そばだった!

 赤いパッケージにさくさく天ぷらの写真が載っているアレだ!

 何が悲しくて引っ越しそばにど●兵衛を食べなければならんのだ!?

 年越しそばにど●兵衛とかならまだやったことあるけど!

 引っ越しそばにこれはないだろ!!

「はい、三分経ちました。もう食べていいですよ」

 ぱちんと割り箸を割ってからずるずると食べ始める藤咲。引っ越しそばがインスタントであることにはまったく抵抗がないようだった。

「………………」

 といっても早く食べないと麺がのびてしまうので俺も食べ始める。

 つーか伸びまくって温くなったインスタント麺ほどクソマズいものはこの世にはそうそうあり得ないのではなかろうか。

「ごちそうさま」

「お粗末様です」

「………………」

 お礼の割に本当にお粗末だ、という突っ込みはあえて我慢しておいた。

「藤咲はここで一人暮らしなのか?」

 食事が終わったところでちょっと気になっていた事を訊いてみる。

「そうですけど。それがどうかしましたか?」

「いや。その歳で一人暮らしってのも珍しいなと思って」

「…………まあ実家にはちょっと居づらい事情がありまして。無理を言って一人暮らしをさせてもらうことになりました」

「ふうん」

 実家に居づらい事情というのもちょっと気になるが、さすがに初対面の相手にそこまで深く踏み込むわけにはいかない。

「色々大変そうだな。まだ学生だろ?」

「ええ。高校一年です」

 藤咲は流し台に残り汁を流しながら答える。

 しかし高校一年というと、まだ十五歳くらいかな。

「まあせっかく隣に住んでるんだ。困ったこととかあったら今後力になるよ」

 こういうのもお節介な性格って言うんだろうな。まあ仕方がない。気になると放っておけない性分なのだ。

「ありがとうございます。さしあたっては開梱作業を手伝ってくれると助かるのですが」

「って、早速かい! 遠慮が無いにも程があるだろ!」

「立ってる者は隣人でも使えと言いますし」

「正しくは『隣人』じゃなくて『親』な。ついでに言うと俺は今座っているんだが」

 それに急用でもなさそうだし。

 さすがにど●兵衛一杯でそこまで働かされるのはちょっと勘弁して欲しいというか。

「私はこっちを開梱しますので春名さんはあっちをお願いします」

「って無視かい!」

 手伝うこと決定かい!

 こっちの意見なんざ聞いちゃいねえ!

 結局段ボールが全て無くなるまで開梱作業を手伝わされ、昼間からのんびりビールを飲んでだらだら過ごすという俺の休日計画は大幅に変更せざるを得なくなったのだった。



 実に遠慮容赦のない隣人が出来てしまったようだ。

 まあそれはそれとして、俺の日常は時風荘だけではない。

 日曜日を過ぎれば仕事に行かなければならない。

 何の仕事かって?

 聞いて驚け聖職者だ!

 ……まあ、ただの高校教師だけどさ。


 私立海哉うみなり学園の数学教師。それが春名閑真の肩書きだ。

 一応クラス担任もしていて、一年B組の担任でもある。

 出勤してすぐに職員室に顔を出すと、机の上に封筒が置いてあった。

「そう言えば、転校生が来るんだったか」

 すっかり忘れていたが、今日から転校生が俺のクラスに来るのだった。

 先週話を聞いていたのだが、色々仕事の方が山積みで確認作業を後回しにしていたんだった。

「えーっと……」

 まずは転校生の書類確認をしようとしたのだが、気の早い転校生がもう職員室に入ってきてしまった。

「って、ちょっと待てい!」

「あ……!」

 入ってきたのはポニーテイルの可愛い女の子。藤咲六花だった。

「え? 何? もしかして転校生って藤咲なわけ!?」

「っていうか担任ってもしかして春名さん……もとい春名先生!?」

 お互いに指差しあって唖然とする。

 奇遇な出会いをした隣人は、次の日には生徒になってしまっていた。


 これが、俺と藤咲六花の二度目の出会い。

 一度目は微妙な感じで、

「……最悪」(藤咲)

 二度目は最悪だった。

 いやいや。そんな吐き捨てるような感じで呟くなよ!

 いろいろ傷つくじゃねえか!


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