エトランジェのフィアンセ その3
天界からの援軍を歓迎するパーティでは、ジークフリート大司教を始め、各隊の指揮官クラスが招待され、3魔王に正妃の立松寺、それぞれの側室たち、元老院の大貴族が出迎えた。式典の後に華やかな宴が催されている。
「カオス軍との決戦、是非、お力をお貸しくださいませ」
「ジークフリート卿といえば、天界軍屈指の智将と聞いております。この度のご活躍お祈り申し上げます」
魔界の貴族がこぞって、天界の若造をおだて上げる。端正な顔立ちのこの天界の若者に招かれていた貴族令嬢たちも見惚れてしまう。
「きゃあ、今、ジークフリート様がこちらを見ましたわ」
「すてきねえ…天界の方々は美形が多いけれど、ジークフリート様は格別~」
「でも、ジークフリート様には婚約者がいらっしゃるそうよ」
「ええっ…そんな、ショック!」
「でも、それがエトランジェ様だって」
「だって、エトランジェ様は…イレギュラーの魔王様の…」
あちらこちらで、扇で顔を隠してうわさに花を咲かす。
「天界からの援軍の指揮官、若いな」
元馬がぼそっと隣の隆介に独り言のようにつぶやいた。
「若いがその能力は信頼に値するらしい」
すでに側室の三ツ矢加奈子からの情報で、ジークフリート大司教の個人データを把握している隆介であったが、能力以外の性格については元馬には話さなかった。これから始まる大会戦で問題になるとは思わなかったためだが、彼が率いる戦力の大きさと重要さに変な先入観を周りに持たせたくないと思ったのだ。
(奴の5万の兵は今回は重要だ。奴にへそを曲げてもらうと困る)
カオスとの戦いは天界でも重要事だ。魔界が破れれば、つぎの矛先は天界であることは明白であり、まだ、本格的な侵攻はないとはいえ、天界もカオスによる損害を受けている。奴らには交渉の余地もないから、天界が魔界と同盟をするのは必然であった。
そのジークフリート大司教が3魔王の元に進み出た。式典の中での形式ばった会話ではなく、宴で親しく話したいと思ったのであろう。
「3魔王様、正妃様、ご機嫌麗しく申し上げます」
「ジークフリート大司教、この度のこと、よろしくお願いします」
俺の正妃である立松寺がそう言葉をかける。大司教とはいえ、魔王が最初に言葉を返す前にワンクッション置いたわけだ。本来なら、夏妃がこの役割を担ってもよいのだが、今は謀反が疑われる暴虐の魔王の元にいる。
「お美しい正妃様もご出陣と聞いております。妃殿下元帥と噂される方と戦いを共にできること喜びに思います」
ジークフリートは膝をつき、立松寺の手を取ってうやうやしく信服のキスをする。そして、
立ち上がると居並ぶ側室たちを見回した。
「それにしてもお美しい。それにすべて剛勇の将とお聞きします。魔界の女性は天界の女性よりも気性が荒いと聞いておりますが、お顔を見ただけではとてもそうは思えません」
「ふん、よく言うわ。あの若造。女を見下すサディストが」
リィが小声で右隣のファナにささやく。左隣のランジェには聞こえないようにだが。
「奴も見た目は非力な少年に見えるが、そんなに性格が悪いのか」
「見ていれば分かる。お前に言っておくが、奴の非礼に怒り狂って暴れるでないぞ」
「そんなことはせぬ。愛しの魔王様が見ておられるのだ」
「ファナ、お前、性格変わったな」
「それはリィ殿もだ。お互い、不思議な御仁に惚れたからな」
その二人が惚れた俺の元にジークフリート大司教が歩んできた。
「イレギュラーの魔王様。戦いに赴く私に、一時の楽しみをお与えくださいませんか」
「それはなんだ」
奴の目がランジェに向けられているのを見て、だいたい想像がついた。宴は音楽が奏でられ、ダンスが始まっていたからだ。
「第2側室、エトランジェ様と踊る名誉をお許しください。」
はっきり言って「嫌だ、却下!」と言いたいところだが、さすがの俺も現在の魔界の状況を考えると個人的理由で拒否するわけにはいかない。それにダンスの相手ぐらい、許可できない心の狭い魔王などと思われてはかなわない。ただでさえ、戦場では役に立たないと陰で笑われているのだ。
「よかろう。エトランジェがよいなら踊っていい」
一瞬、ランジェが俺の目を見たが、それは親密な間柄でなければ分からないコンタクトである。
(大丈夫だよ、魔王さまアル)
(ランジェ、何かされたら俺が守ってやるからな!)
わずか1秒に満たない愛のやり取り。だが、俺は右耳をリィに左耳をファナに引っ張られ、太ももを立松寺に思いっきりつねられる。美国ちゃんはパーティのご馳走に目線を送っていてこの戦場には加わらなかったのだが。