魔王の反乱 その2 激闘モード
カルタゴの城門は開け放たれ、暴虐の魔王率いる討伐軍が入場する。守備兵は一切の武器を放棄しており、入場する軍を呆然と見ている。町の住人はひれ伏し、魔王とその一行が通り過ぎるのを待った。
市の中心の巨大な館がアビスの拠点であり、ここにアビスの代表であるガアプ公爵とレヴィアタン侯爵が頭を垂れて宗治たちを出迎えた。アビスは以前は強力な指導者の元、鉄の団結を誇っていたものの、そのリーダーは先代魔王の時代に病死し、今は複数の貴族による代議員制を取っていた。そのためかアビスからいくつかの有力な武装勢力が離脱していたのだった。そんな彼らでも滅亡の危機に団結して結論を出したのだろう。
「お待ちしておりました。魔王陛下」
ガアプ公爵が膝を折り、右手を胸にあてた。魔界の礼儀で完全服従の動作である。貫録のある太めの体で、顔は過激派の頭目だけあって、見た目には迫力のある老齢の男である。
「お前がガアプ公爵か。あと半時遅ければ、お前の首…」
そう言って宗治は「毘沙門改」を抜き放ち、裏返してガアプ公爵の首筋にペタペタと当てた。ガアプは額から流れる汗を拭き拭き、要件を話す。
「我々は魔王陛下を我が主としてお迎えしたいのです。我々の考えを聞いていただけませんでしょうか」
「だまれ!お前たちは、魔界に反逆する者として主だったか幹部は逮捕。都に連行すると決まっている。弁解は裁判でしろ」
宗治の右隣に立っていた蝶子が叫ぶ。確かに討伐軍の任務はアビス本拠地カルタゴを攻略し、首謀者、幹部を逮捕することだ。場合によっては処刑してもよかった。だが、それは元老院の意向に過ぎず、すべてを決めるのは魔王であるが。その魔王も4人いるが、この方面の作戦については宗治の気分次第であることには違いなかったが。
「話によっては聞こう」
宗治は例のごとく手短に言う。夏妃は嫌な予感がしていた。宗治が元老院の意向通りの考えであれば、話を聞くなどということはしない。この男の尊敬できるところではあるが、迷いがないのである。話を聞くこと自体、彼がある考えを実行することを意味していると夏妃は考えていた。だが、夏妃でも今の宗治に話しかけることはためらわれた。
「それでは…」
ガアプは自分たちアビスの使命を語りだした。天界との確執。長きに渡る天界との戦争。現在の魔界首脳部の腐敗した政治…話自体は現政権に対する不満と本来は敵どうしである天界への悪意である。
「ふ…小さいな」
「な、なんと申される?」
「考え方が小さいと言っている。それに現在、魔界や天界に侵攻しているカオスについてはどう思っているのだ」
「カオスは我が魔界の敵。それについては奴らと同じ認識ではあります」
「余は…」
宗治は立ち上がった。
「余は、魔界も天界もカオスもすべて打ち倒す。それが余の使命だ!」
そこにいた全員が凍りついた。
「アビスの幹部よ。今日より我に従え。このカルタゴは今日より、余の都であり、新しい魔界の首都とする」
「陛下、それはどういうことです。陛下自らが反乱を起こすということですか?」
夏妃は宗治の前に立つ。宗治を見上げる目は何としても止めたいという決意の光が宿っていた。
「余が魔界そのものだ。反乱にはならない」
「ですが、陛下。魔王様は他に3人います。その3人と相反するということです」
「そうだ」
宗治は短く答えた。そして夏妃の腕を掴んで引き寄せる。
「この行動は余がすべてを手に入れるということだ。それはお前を独り占めすることでもある。あの二人とお前を共有するなどとバカげたことはしない」
夏妃はこの魔界に来るにあたって、一柳宗治が何を考え、何を決意し、そしてそのために実行したことを理解した。そう、彼は魔界も天界もカオスもすべて手に入れ、そして自分も完全に手に入れることを考えていたのだ。
(自分の優柔不断のせいだ…。私のせいでこの人を狂わせてしまった)
これで宗治は隆介や元馬と戦うことになる。自分を巡って魔界も天界も巻き込んでの。
「お、お姉様は渡さない!」
側室の列にいた新堂ひかるが魔剣ハルパーを抜いて、宗治に襲い掛かってきた。夏妃大好きで夏妃の護衛隊長を自認する彼女からすれば、当然の行動だ。だが、その剣はカテルの魔剣フルティングに阻まれる。
「魔王陛下に剣を向けるとは、新堂ひかる、貴様を反逆者とみなす」
「ふん、私はもともと魔王様なんかには仕えていない。私が使えるのは夏妃お姉様ただ一人だけ」
「御台様は魔王陛下のものだ。お前がどうこう言える筋合いではない」
カテルの2連撃をかわし、逆に3連撃を繰り出すがカテルも防ぐ。側室序列5位と8位の戦いだ。激しい戦いであったがやはりカテルの方が押している。ひかるの方が少しずつ押されて、かすり傷を負うようになった。
「やめて、やめさせてください!先輩」
夏妃が懇願するように宗治に言う。
「カテル、戦闘をやめろ」
「しかし、魔王様。この者、魔王様に危害を…」
カテルの攻撃が止んだ瞬間をひかるは見逃さなかった。魔剣ハルパーの超速攻撃スレイプニルを宗治に向かって仕掛ける。だが、それよりも早く抜刀した宗治の「毘沙門改」が一閃する。血しぶきをあげて倒れる。新堂ひかる。
「ひ…ひかるちゃん…」
夏妃は駆け寄った。おそらくは自分がいることを見越しての宗治の容赦ない攻撃であるが、それにしても女に対しても何の躊躇もなく切り捨てるこの男。
(これが…本当の魔王さま…?)
ひかるに対して絶対回復の力を開放する。傷口はふさがるがひかるは目を覚まさない。毘沙門の攻撃は、瞬時に対象物の生体・精神エネルギーを吸い上げる。絶対回復の力ですら、それを充てんするのは容易ではない。
「新堂ひかるは余には従わない。よって、彼女の軍団とともに追放する」
そう暴虐の魔王は言い放った。冷酷無比な男であったが、夏妃の手前、ひかるを手打ちにすることはなかったが、政治的に大いに利用することは忘れなかった。この戦闘を真近で見たアビスの幹部たちは、逆らおうとは思わないはずだ。自分たちと同じ方向を見た強力な指導者を得たのだから。