夏と橘家夜会パーティ
9話の登場人物
塚菱裕一郎…パーティの客人。新興IT企業のオーナーしかし、実は前〇王
塚菱葵…裕一郎の妻 裕一郎が前〇王なのでその正室。つまり、夏の先輩
体育祭は中止になり、赤組と白組の対決は引き分けという中途半端な結果になった。裏生徒会と生徒会の争いも隆介が元馬を2人目の副会長に任命したことで解決した。週刊乙女林は見出しで、
源元馬、副会長に抜擢! 裏にドーナッツちゃんの愛の仲裁が!!
とぶち抜き、夏が隆介と元馬の仲を取り持ってこの結果になったとありえない論調であった。ただ、結果的にタイプの違う有能な人材が生徒会を運営することになり、学校としてはよい方向になる。このニュースをトップで伝えた週刊乙女林は飛ぶように売れて編集長の三ツ矢加奈子の辣腕が光る結果ともなった。
まあ、以前から橘隆介は有能な人物を生徒会に入れたがっていたので、元馬を生徒会副会長にすることは予定どおりであった。もう一人の副会長のイズルは実務で隆介を支えるタイプで、元馬には自分の代理となって活躍を期待していた。もちろん、生徒会に入れることで彼を夏に接近させることは嫌だったが、隆介曰く、
「敵は自分の見えるところにおくに限る。」
らしい。自分が知らないところでこそこそ夏に手を出されるのは、最近の出来事で身にしみたらしい。プライドの高い元馬は、隆介の下で働くことを引き受けるとは思えなかったが、夏と毎日顔を合わせられることは悪くないと思ったのだろう。とどめは、隆介に頼まれて、元馬に女夏が、
「源君、一緒に生徒会の仕事してくれると夏うれしいな!」
の一言で決まった。その誘いに夏ラブラブビジョンに陥った元馬は、夏と一緒に行う生徒会の仕事を妄想した。日暮れの生徒会室で生徒会だよりを印刷する二人。
「源くん、このプリント一緒に運んでくださる。」
「ああ、君には重いだろう。貸せよ。」
そういって、全校分のプリントを抱える元馬。
「すごい!元馬くんって、たくましいのね!インテリでひょろひょろの会長より、ずっとかっこいいわ」
そういって、元馬のたくましい背中にぴとっ・・とくっつく夏。
(ありえねえ。)
「夏さん」
そういって振り返る元馬。拍子にプリントがくずれ部屋に散らばる。床に倒れこむ二人。
「わ・・ごめん、重いだろう。」
「ううん・・。源くん・・大スキ」
そう言ってそっと目をつむる夏。舞い上がったプリントがゆっくりと落ちてくる。
(わわわわ・・・やめろ!元馬、妄想でも俺を穢すな!!)
元馬が副会長になるとともに、立松寺も俺の懇願で第3書記に任命。主に第1書記である夏の補佐をすることになった。リィも生徒会直属の風紀委員会委員長となった。
(ちょい待ち!あいつが風紀委員会委員長・・まず格好からお前が一番、風紀を乱しているだろう!!)
と叫びたかったが、風紀委員会は生徒会役員の護衛も任務なので、リィとしては本職の仕事がやりやすいこともあっただろう。当然引き受ける。隆介としては、できるだけ生徒会の人数を多くして、元馬が夏に手を出せないようにという考えもあった。
さらに附属小学校の児童会長と言って、あの小学生に化けた(見たまんまの)エトランジェ・キリン・マニシッサが生徒会室に現れたのには驚いた。隆介曰く、
「附属小学校のランジェ児童会長さんだ。高校の生徒会活動を直に見て、勉強をしたいそうで、しばらく我が生徒会のお手伝いをしてくれるそうだ。」
ランジェが天使のような微笑で挨拶をする。
「お兄さん、お姉さん、エトランジェ・キリン・マニシッサ、6年生アル。生徒会のお仕事を勉強させてもらうアル。よろしくアル。あっ・・私のことランジェって呼んでいいアルから」
そう言って、俺に抱きついてきた。身長が足りないので俺のお腹に顔をつけてスリスリする演技。だが、天使のような微笑でなく、にやりとして小声で、
「くくく・・これで私もおまえを堂々と監視できるアル。」
と言いやがった。だが、何者かに殺されかかったのは事実だし、リィによれば魔界の反体制派の一味かもしれないという話もある。ただ、リィには他にも心当たりはあるようで言葉じりがはっきりとしていなかった。魔界の反乱分子というなら、天界のランジェが傍にいた方が都合がいいのは確かだ。それと・・。
(新堂ひかるの体の刻印NO.8は気になる。何とか二人きりになれないものか?)
(二人きりになってどうするの?まさか、キスするとか・・。)
女夏がそうたずねる。
(う~ん・・。)
夕暮れの夏の部屋。窓から赤い日の光が差し込み、夏の体がシルエットになってひかるの目に映る。制服のボタンを一つ一つはずす夏。
「先輩どうしたんですか。」
無邪気な口調だが、唇が少々震えているところを見ると、そうやらこの後の展開を想像しているらしい。かわいい男の子のくせにおマセさん・・。
「ひかるくん・・家には誰もいないわ。お姉さんの頼み聞いてくれない?」
「どんな頼みですか?」
「ふふふ・・。こんなに体を硬くして・・怖がることないわ・・オネエサンに任せなさい」
そう言ってひかるを押し倒す夏・・開いた窓からカラスの鳴き声が聞こえる・・。
(ま・・まて!女夏・・変な想像するな!)
(だって、ひかる君とじゃ、こういうシチュエーションしか考えられないでしょう?年上がリードしなきゃ。)
(だが、年下と言っても1つ下だし・・。体も自分よりは少しだけ大きい。)
(まあ、私としてはひかる君が魔王様なんてちょっとがっかりだけど・・。やっぱり、たくましい方がスキ。やっぱり魔王様なら夏のこと守ってくれなきゃ。)
(はいはい・・)
「そういえば夏。今週末、橘グループの夜会パーティがある。出席してくれないか?」
隆介がピンクのバラの模様があしらわれた封筒を手渡す。夏だけでなく、めぐるや立松寺、新堂ひかるや朝日イズルにも渡す。(もちろん、リィ、ランジェにも・・)
「ふん、毎年恒例の橘グループの自慢パーティか、お得意様だけじゃ寂しいから、知り合いを呼ぶのか。」
嫌味を言う元馬。だが、元馬の肩を叩いて、同じ招待状を差し出す隆介。
「君にも毎年、案内しているはずだが、一度も来たことはないな。今年も欠席か?」
「ふん。行くに決まっている。源家のパーティに比べ物にはならないだろうが、一度みてやるよ・・」
悪態をつくが行く理由はタダ1つだろう・・。
(夏が行くから・・。)
元馬は逆手に取って、自分の家のリムジンでみんなを橘邸に送ると宣言。たぶん、一緒に行きたいのは夏一人だっただろうが、夏に声をかけたら立松寺も・・というし、立松寺を乗せれば、めぐるも乗せなきゃかわいそうだし、立松寺の家に行くなら下宿しているリィとランジェを無視するわけにはいかない。イズルやひかるは男だが、同じ生徒会メンバーだから無視するわけにはいかない。元馬は心熱い男なのだ。
「おまえはホストだから、客を待っていろ。夏さんたちは俺が送迎するからな」
「ちっ・・」
隆介は少々おもしろくなかったが、実際、自分が迎えに行くのは不可能だから仕方がない。まあ、これだけの人数ならクルマの中では何もできないだろう・・と自分に言い聞かせた。
高台にある橘家の本邸で行われる夜会パーティは、市長をはじめ町の名士や経済界のお偉方が集まっていた。その客人と一緒に婦人やら令嬢、橘家の親類縁者、友人も多く列席している。夏はオレンジのドレスを身にまとい、元馬に手をとられてリムジンから降りる。
続いてサクラ色の着物で清楚な出で立ちの立松寺(これが萌え~)さらに可愛らしいピンクのドレスのめぐる、タキシードのイズルとひかるが続く。
(いやあ・・隆介の奴の家に来るのは、小学生の時以来だがあいかわらずでかいなあ・。)
心の中でつぶやく俺。女夏はクスッ・・と笑いやがった。
(私はよく来ていたから珍しくないわ・・。)
(マジかよ。)
そうこうすると、パープルのドレスにクリーム色のショールをまとった妙齢の女性が近づいてきた。
(隆介のかあちゃんじゃないか。)
「夏さん・・よく来てくれました。今日は楽しんでいってね。」
大金持ちの奥様らしく、美しくて優雅だ。
「はい・・お母様。」
「まあ、可愛らしいわ、夏さん。今日のドレスはよくお似合いですわ。ああ・・私も娘が欲しかったわ。3人とも男ですから。そう夏さんが隆介のお嫁に来てくれればねえ。」
「やだわ、お母様・・ご冗談を。」
(おいおい、女夏、お前、どれだけ媚び売ってんだ。)
(ふん・・伊達に小学生から来てないわ。人間のままだったら、ここにお嫁にくれば玉の輿決定!しかも、橘君は3男だから気が楽だし。)
ちぇ・・本当にこいつはしたたかな奴だ。顔は可愛い顔しているのに腹黒い。いや、よく考えれば妹の秋も同じような性格だし、姉妹としてはよく似ている。それにしても・・
(女の子がみんなこんな風に計算高いのか。立松寺も?)
そうサクラ色の清楚な和服に身を包んだ立松寺を見る。いや、彼女だけは違う。立松寺はまっさらで純白な女の子なのだと思いたい。いつ見ても自分が惚れた女は可愛く見える。立松寺も視線に気づいてこちらを見る。う~ん・・ラブラブだ!
「ほう・・あれが今度の正室候補か。」
2階のバルコニーから、白いタキシードに身を包んだ男がつぶやいた。髪をオールバックでかけていたサングラスを少し下にずらして到着したばかりの女客を見つめた。年は30代前半というような風貌だが、落ち着いたというより物腰にかなり威厳がある。
「なかなか初々しいお嬢さんでありますこと。」
傍らの女性はこれまたセクシーで燃えるような赤いドレスで開いた胸元から豊かな胸の谷間がのぞいている。ボン、キュッ、ボンのダイナマイトボディだが、気品あふれる物腰から卑猥な感じはこれっぽちも感じない。
「おまえの後継のお嬢さんにあいさつでもしてくるか」
「ふふふ・・。まさか、ご興味がおわりですの。殿下」
「もう殿下はよさないか。わたしもお前もこの世界では新しい役割を担うのだ」
「はい、あなた、分っていますとも」
2人はゆっくりとバルコニーから下の階への階段を下りていく。
「夏、よく来てくれた。」
会場で客と談笑していた隆介は、夏たちを見つけるとすぐ駆けつけてきた。さっと右腕を差し出す。
(ここに手を入れろ?ってことか?)
考えるまでもなく主導権を握っている女夏はさっと腕を組む。満足そうに元馬を見やる隆介。元馬の顔は明らかに悔しそうであるが、傍らの立松寺と腕を組む。俺としてはこちらの方が気になる。思わず、元馬の顔をキッ・・とにらみつけたくなるが、今は女夏が体を支配している。
この尻軽女は、にっこりと元馬の方に微笑みを浮かべた。その顔を見て元馬の奴はなにやらうんうんうなずく・・。おそらく勝手なラブラブビジョンを発動させているのだろう。めぐるはイヅルとひかると手を組んでいるし、リィはど派手なドレスとこれまたド派手な扇を手に持ち、隣には小学生の学芸会でお姫様役ですか?というランジェが立っている。
元馬ラブラブビジョン発動!
目と目を見つめて言葉をかわす、夏と元馬。
「源くん、パーティ会場でケンカはよくないわ。今はガマン。他の男にエスコートされて腕を組んだって、私はいつも源くんのパートナーよ。」
「うんうん・・夏さん、俺は分かっているよ。今日は隆介のパーティ。奴にちょっといい思いをさせてやるくらいなんてことはないさ。俺はスケールの大きい男だ」
「ステキ・・源くん。心の広い男の子って大好き!!」
目と目が合っただけでそんなドラマが起こるわけねえ。元馬のラブラブビジョンに不可能はないとはいえ、毎回、出演するのは勘弁してくれである。
「隆介くん。こちらのお嬢さんたち、紹介してくれないかい。君の大切なお客みたいだから。」
「あっ、これは塚菱さんと奥様」
隆介がかしこまる。先ほどバルコニーから夏のことを見ていた夫婦である。
「こちらは塚菱裕一郎さんと奥様の葵さん。裕次郎さんは、今はときめくIT企業、デビスターライトグループの経営者です。僕の経営学の先生でもあります」
携帯ゲームややネットショッピングサイトの運営で巨大になった新興のIT企業の名前を口に出した。夏もよく知っている会社である。
「こちらは僕のクラスメイトの土緒夏さん、立松寺華子さん・・」
隆介が一人一人紹介する。塚菱裕一郎は大会社の経営者の割りに若く気さくで、隆介の友人たちと握手をする。
「元馬くんはめずらしいなあ。源家のご子息は修行の最中だから、こういう華やかなところにはあまり来ないと聞いているが。今日は何か理由があるんだろうね。」
そういって片目をつむる裕一郎。
「はい、いや、さすが、お見通しですか」
頭をかいて照れ隠しをする元馬。ちらりとこっちを見てくる・・。
(いやいや、お前の態度は誰が見ても俺狙いだって分かるさ。)
「こちらのお嬢さんたちは外国のお友達ですか?」
そうリィとランジェを見る。その顔を見てリィの顔が蒼白となる。ランジェも驚いているようだ。裕一郎がひざまずくとリィはしおらしく手を出す。
「あ・・あの・・ま・・いや、塚菱さまにお会いできてリィ・アスモデウス、光栄であります。奥様もお会いできて光栄です。」
「リィさん、あなたの祖父様にはお世話になりましたから、そんなにかしこまらなくていいのよ。任務ご苦労様。これからが大変ですわね」
「は・・はい」
(おいおい、リィの奴、なんであんなに緊張してんだ。あの奥さん、リィのおじいさんを知っているみたいだし・・えっ?リィのおじいさんって、地獄の大悪魔だったような。)
「前魔王夫妻アル。今は引退して人間になっているアルが・・」
ぼそっとランジェがつぶやく。
(ええええええええっ・・。)驚く俺。女夏はというと、ポッとなっている。
(前魔王様ってステキ・・。私、意外と年上趣味かも。)
おいおい、年下のひかるを誘惑するのどうのと言っていなかったかこの女・・。俺はランジェに確認をする。
(前魔王ってどういう意味だ。)
「ふん。魔界の魔王は任期がきたら交代するアル。任期は20年、その後、人間界に降臨する次期魔王と交代するアル。引退した魔王は元の人間に戻って生活するアル。ちなみに傍らにいる夫人は、彼を覚醒させた前正室、おまえの先輩アルな。」
俺はまじまじと夫人を見る。エレガントでセクシー、まさにセレブ夫人だ。将来の自分の姿を重ねる・・
(ちょっと待て!俺は男だぞ!立松寺と結婚するならともかく・・。)
混乱する俺の前に裕一郎がすっと立つ。違和感なく、夏の右手を取って軽くキスをする。
「君が夏さんか。まあ、いろいろあると思うが健闘を祈っているよ」
「あ・・あの・・それはどういうこと・・」
「心配しなくていいわ。あなたにも選ばれた意味がきっと分かるわ。ごく近いうちに」
そう塚菱葵が笑顔で話しかけてきた。意味深であるが、いったい何が言いたいかさっぱり分からない。だが、彼らと別れて数分もしないうちに痛切にその意味が分かることとなる。
夏たちと別れた裕一郎はこれまで苦楽を共にしてきた妻に尋ねた。
「どうだった。君の後継の印象は」
「まだ自覚していない小娘って感じだけど、侮れないわ。当然、お見抜きでしょうが、彼女の周りを見ると正室候補が必ず備えている能力の巨大さが分かるというもの・・」
「正室候補が持つ能力、カリスマか。だが戦闘力は未知数。今の状況でカリスマのみで乗り切れるか・・」
「あなた・・私も最初から強かったわけじゃありませんことよ」
「そうだな・・さて、どうやら、始まるようだぞ」
決意を秘めた顔で夏たちに駆け寄るブルーのドレスを着た女性を目に留め、裕一郎がそうつぶやいた。
「側室戦争の始まりだ」