ラ・パルマス会戦 その6
「えっ?」
戦斧はカミラちゃんの体に突き刺さっていた。
「見事だ。我が鎧を打ち砕いたことは褒めよう。だが、上将軍は簡単には倒せん」
カトバブレスがゆっくり立ち上がる。鎧は砕けたが、体にはダメージはほとんどないように見える。
「うっ…魔王様…みくにちゃん…しばらくさらばです~」
ボンと白い煙と共に無数のコウモリが飛び去る。
「カミラちゃん!」
私はカミラちゃんの体が消えてしまったのを見て思わず叫んだ。
肩に乗っているライオネル3世は、
「残念、カミラ様ももう少し大人だったら、倒せたのに。短冊斬りの上の技を身に付ける必要があったね。でも、心配しないでみくにちゃん。彼女は基本的に不死だから、あの程度では死なないよ。でも、魔王様やみくにちゃんは死んじゃうから、奴の攻撃は一度足りともくらっちゃいけないよ」
「くらっちゃいけないって…」
ピンチに助けてくれたカミラちゃんがやられちゃった今、そしてやられ役のウサギ精霊が消えた今、あの戦斧で叩き殺されるのは私と夏先輩だ。
「ライオネル3世!もう一度、笛を…」
「無駄だよ、みくにちゃん。その笛は1日1回3分しか効力を発揮しないよ」
スカーと空気が抜ける音しかしない笛を吹いている私。そういうことは早く言いなさい。
強大な戦斧をひきずり、一歩一歩ゆっくり近づいてくるカトバブレス。
(もうだめだ!)
そう思った時、ひらひらと紙が舞い降りてきた。墨で書かれたまじないの記号に朱色の印。
「私の彼に手を出さないで!」
「た…立松寺先輩!」
カトバブレスの後ろに白い巫女装束に包まれた少女。そう魔王の正夫人にして、2万の魔界軍を率いる妃殿下元帥、立松寺華子先輩だ。らせん状に回っているお札は、カオスにとっては幾千もの刀に等しい攻撃力がある。
「くっ…正妻の登場か…残念ながら、引き際か」
カトバブレスは計算が狂ったことを理解し、もはやこの戦場に留まるべきではないことを知った。1秒でも多くいれば、それだけ自分の寿命が縮まるのだ。
「逃がすか、上将軍。狩れ!札の舞、桜吹雪月照」
無数のお札がカトバブレスに襲い掛かる。全速力で戦場を離脱する上将軍に襲い掛かり、その体にダメージを与え、ボロボロに叩きのめしたが、わずか0コンマ数秒、逃げに徹したカオスの上将軍は狩られるのを免れた。
「逃がしたようね」
立松寺華子は長い鉢巻と体につけた襷を翻し、少しだけ悔しがったが、当初の目的は達成できたのだからよしとした。
「土緒くん、ケガはない?」
そう振り返った彼女は視界にカワイ子ちゃん揃いのメイド兵に抱きつかれたままの俺を見て、またまた心に黒いモヤモヤが湧き出てきた。
「生きるか死ぬかと言う時に、いい御身分ですこと」
「いや、これは違う。彼女らが勝手に…」
正妻の登場ということで、ロレックス嬢ら侍女たちはそそくさと立ち去る。残されたのは自分と立松寺と美国ちゃんの3人だ。
「雪村さん、一応、お礼は言っておきます。あなたが時間稼ぎしてくれなければ、土緒くん、いや、魔王陛下はここでお命を落としていました」
「いえ、先輩を守るのは美国の務めですから」
美国ちゃんは、天然なのか、それとも立松寺をライバル視した強気発言なのか、よく分からないセリフをはく。立松寺はそれを強気発言と取ったのか、右手に持った扇をプルプル震わせた。
「な…夏…大丈夫か!」
突然、大きな声で駆け寄ってきた女の子が一人。リィ・アスモデウス。魔界の大貴族令嬢にして、側室NO1の魔界女だ。いつも強気でこの戦いも先陣をきって戦い、勇猛ぶりを発揮したというのに大きな赤い目に涙をいっぱいためて俺に抱きついてきた。立松寺や美国ちゃんが目に入らないかのようだ。
「上将軍に襲われたと聞いて、私はお前が死んでしまったのかと思ったぞ。本当に…この、
ばかあ…」
時々、この魔界のお姉さんはこのように可愛い行動をとる。これがいつもいじられていじめられているとしか思えない俺が愛おしく思ってしまうリィの態度ではあるが。リィの意外な態度を見て固まってしまった立松寺だったが、彼女は無言で俺の隣に座り、頭を肩に乗せてきた。じきに、ファナもランジェも駆けつけてくるはずだ。彼女たちも愛おしい俺の女の子たちだからだ。