ラ・パルマス会戦 その2 激闘モード
ファナ・マウグリッツは、久々に体験した戦闘に軽い興奮を覚えた。前魔王の治世の後半に側室として登場した彼女は、カオスとの戦いをそれほど行ったわけではないが、それでも50万規模の大軍と激闘に及んだ大会戦を2度、自分の軍団だけで戦った遭遇戦が5回ほどあった。
戦場での彼女自身のすさまじい戦いぶりと引くことを知らない彼女の軍団の超攻撃姿勢に、「狂乱のファナ」とあだ名され、カオス軍だけでなく、天界軍や魔界軍にも名をとどろかせたのだった。
狂乱のファナと言われるとおり、ファナの部下に対する言動は厳しく、それが彼女の軍団の厳格な規律を生み出していた。部下はそういうピリピリした雰囲気で戦っていたが、皆、ファナのことを崇拝しており、彼女の命令に犠牲を厭うものは誰もいなかった。
そのファナ率いる第4軍団が中央右翼を固め、ついにカオス軍と激突した。斜線陣を敷いていたので、左翼のエトランジェ率いる第2軍団と中央のリィ率いる第1軍団に半時遅れての参戦であった。だが、精鋭が集まるファナの軍隊は、接触した瞬間にカオス軍を突き崩し、敗走させていく。恐れを知らない屈強な兵の歩みは止まらない。
「ファナ様、リィ様が敵軍撃破。将軍を討ち取りました」
「先を越されたか。我が方はまだか?」
ファナは前線から舞い戻った伝令将校から報告を聞く。各隊、今のところ満足のいく戦いをしているのは、指揮所からも分かった。
「もう少しで突き崩し、先鋒部隊を敗走に追い込めそうです」
「うむ、崩れたら間髪入れずにわらわが突撃する。敵指揮官は将軍クラスだな」
「はっ」
「ならば、リィのように力を全開放するのは愚の極み。経験不足は隠せないようだ」
ファナは右手に持った自らの武器「ロジェアールの槍」を構えた。前大戦から幾度となくカオスの指揮官を倒し、自らの命を守ってきた相棒だ。
「ファナ様、エトランジェ様が敵軍撃破。将軍を討ち取り、なおも進撃中とのこと」
「リィだけでなく、ランジェにも先を越されるとは…。経験のないということは恐れをしらないのだな。戦いは強引にすればよいというわけではあるまい。」
そう周りの兵には言ったが内心は、
(だが、愛しの夏くん…いや、魔王様が観覧している。わらわもよいところを見せねば)なと思っていた。そんな言葉は狂乱のファナと呼ばれる強い指揮官である自分が発することはできない。ましてや、自分が魔王と二人きりだとデレデレの女の子モードになる姿は部下には見せられない。
「こほん…」
とファナは咳払いをした。今は戦場である。魔王様との逢瀬は考えないことにした。そんな考えだと戦場で帰らぬ人となってしまうだろう。自分を慕う兵たちの命にもかかわる。
「ファナ様、敵が崩れました。敵指揮官までのルートが見えました!」
「よし、いくぞ!」
ファナは、ロジェアールを握ると親衛隊100人と共に、カオス将軍の本陣に突入した。めざすは敵の将軍だ。
「敵は崩れつつあります。討ち取った敵の指揮官はすでに10人。半分の15万人のカオス兵は無力化しつつあります」
天智の魔王こと橘隆介は、自陣の中央で戦いの成り行きを見守っている。傍らには自分の側室となった三ツ矢可加奈子が奇妙な杖を持って立っている。それは「スカルの杖」といい、側室の持つウェポンであるが、彼女の場合、直接敵を攻撃し、撃破する武器ではない。
その特殊能力は情報収集であり、敵の存在を立体映像化して空中に投影することができるのだ。加えて彼女指揮下の部隊2000人は偵察兵であり、その情報が逐次反映されるので、隆介にとっては絶対的に必要な存在であった。だから、自分の本陣に彼女を置いている。
後方には軍団の補給体制を一手に預かる中村杏子がおり、彼女の計画の元、この戦いが維持されているといってもよかった。土緒夏が呑気にハーレム小隊に囲まれて「おむっぱいオムライス」を食せるのも杏子のおかげといっていい。
「中央軍のリィ様、ファナ様、エトランジェ様が敵の中央軍を崩壊させつつあります。
同じく、味方右翼のアレクサンドラ様、満天様も敵左翼を包囲殲滅させつつあります」
「わが軍のエセル先生とメグルちゃんも勝利しつつあるが、何だかうまくいきすぎているような気がする。カオスもこちらの力試しに付き合って大軍をよこしたわけはないだろう。何かあるような気がしてならない」
30万のカオス軍がこうも簡単に打ち破れるのは、いかに自分たちが万全な体制でこの戦いに挑んだとしても腑に落ちないと天智の魔王の称号をいただく橘隆介は思ったのだ。
それを聞いていた加奈子も彼の不安を理解していた。加奈子自身、この後輩の男の子に命を救われて、今は彼の側室として仕え、得意な情報収集の能力を生かしているが、ちょっと前まで呑気な女子高生をやっていたとは思えない今の自分を思うと何だか不思議な気がしてならない。
「先輩、敵の後方に何か動きはありませんか?」
「せ…先輩はやめてください。私はあなたの妻なのですから」
気丈な性格だった三ツ矢加奈子もこの年下の後輩の顔をまともに見ると顔が熱くなっていくのが分かった。隆介はまじめな性格が災いしてか、同級生の杏子やメグルにはため口であるが、加奈子には先輩、エセルには先生と言ってしまうところがあった。
一応、呼び方は加奈子と名前で呼んでといつもの要求をしつつ、彼の懸念を確かめるためにスカルの杖の能力を開放して、敵の状況を探る。すると、敵後方に黒い影が浮かんできた。さらに偵察に出していた彼女の兵から、
「敵後方に増援部隊が近づきつつあります。その数、およそ20万」
「20万だと?」
勝ちつつあるとはいえ、やはり疲労のピークにほぼどう戦力の敵軍が来るのはやはり状況はまずいと言える。敵の3分の2は撃破したが、のこりの10万は敵指揮官の能力が高いのかこれまでのように容易に突き崩せないのも気になる。
「敵の指揮官は上将軍クラスかもしれません。敵兵の守備は強固で明らかに増援を待って持久戦に持ち込もうという意図がありそうです」
「敵の増援はどんな状況だ」
加奈子は、スカルの杖で偵察兵の情報で補正した情報を投影する。
「およそ5万ずつのかたまりで4ルートからこの戦場に近づきつつあります」
「目の前の敵を殲滅すれば、各個撃破できる。戦場到着時間は?」
「およそ30分後」
「あの子を使うしかないか…」
隆介は右を見た。激熱の魔王、源元馬の陣である。
「敵の指揮官が上将軍なら、一騎打ちには危険が伴う。元馬に連絡。あの子に出陣命令を」