うさぎの笛 その1
学校は夏休みだが、成績が今一つパッとしない(自分で言うのは恥ずかしいが)私は、朝から補習のために学校へ出かけている。朝から苦手な数学で頭がいっぱいいっぱいで、早く帰って家でごろごろしたいのに、幼馴染の良輔が帰りに何か話があるからと言ったので、仕方なく待ち合わせ場所の神社へと向かった。
その神社は学校からの帰り道に通る小さなお稲荷さまだが、小さいころはよくここで遊んだものだ。こじんまりとした森に囲まれているので夏でも涼しいので、今でも学校の帰り道にコンビニでアイスを買ってこの木の下で休むことがある。蝉がジージー鳴いていてうるさい中、良輔は部活帰りでたぶん泥だらけになったユニフォームが入ってパンパンになったスポーツバックを下げて私の来るのを待っていた。
「お、み…みくに…」
そう良輔がいつもとは違った反応をした。そういえば、今日の朝も朝練習に遅れているだろうに家の外で自分のことを待っていたようで、その時から様子は変ではあった。
「良輔?何、あらたまっちゃって?」
「いや、その、なんだ…」
良輔はしどろもどろになって、右手で盛んに鼻の頭をこすった。らしくない態度に私は女の感がピーンと来た。
「あああっ、分かった!」
私は勝手にすべてを理解して、パチンと両手を打った。
「恋の相談だよね!」
たぶん、良輔は先日出会ったカミラちゃんに一目ぼれして、その仲介を私に頼もうとしているのだ。さすが幼馴染、言わなくてもここまで察することができる。私の発言でコクリとうなずく良輔。
(やっぱり…)
「仕方ないなあ。私に任せなさい!」
そう言って良輔の手を握った。急に真っ赤になる良輔。
(よし!そうと決まったら、彼をカミラちゃんのお屋敷に連れて行って告白させよう。カミラちゃんも良輔のことをカワイイ…とか言っていたから、きっとOKしてくれる)
手を握ったまま、神社を出ようとすると、良輔が急に立ち止る。なぜか、私の手をぎゅっと握り返してきた。
「どこへ行くんだ、みくに」
「どこって、カミラちゃ…」
そこまで言ったとき、急に良輔が私をぐっと体ごと引き寄せてきたではないか。
「俺は、おまえが好きだ。付き合ってくれ!」
「えっ?」
(今、なんて言った?お前って、私?え?わたし?)
力強い両腕に抱きしめられて、私は身動きが取れない。今日の朝から苦手の数学でフリーズした私の頭がさらにフリーズする。
「おまえが、夏先輩のこと好きだということは知っている。だけど、夏先輩はもう彼女がいるし、おまえに勝ち目があるとかないとかは言わないけど、俺のことも少しは考えてくれないか?」
(彼女…)と私はつぶやいた。確かに夏先輩には立松寺先輩という彼女さんがいる。とても美人で優秀な人だ。普通に考えて私が割って入れる可能性は「0」といっていい。だけど、私は負けない。夏先輩が好きなことには変わらないのだ。
そんな決意を自分に言い聞かせるためにうなずいた。そんなことを考えていると「OK」と思った良輔が私の肩をぎゅっと掴んで体を放し、顔を近づけてきた!
(こいつ!私とキスしようとしている!ちょっと待った!)
ファーストタッチだけでなく、ファーストキスまで奪おうとは!私は右手で肩にかかった良輔の手をはたくと思いっきり頬を平手で打った。
「バカ!誰がOKしたの」
「えっ?」
きょとんとする良輔の間抜け顔を見るとつい吹き出してしまった。
「あんた、ばか~?」
「バカとはなんだよ。お前、俺の胸に顔をうずめて、うなずいたじゃないか」
「違うわよ!私は決意を新たにしただけで」
「みくに~…好きなんだ。俺の彼女になってくれ」
幼馴染とはいえ、往生際が悪い奴だ。この状況なら返事は「だめ」に決まっているのに、まだ食い下がってくる。だが、私はちょっと良輔がかわいそうになってきた。長年つきあってきただけに(変な意味でなく、単なる幼馴染として…)彼の良さも熟知している。
不器用だが、まじめで優しい奴だ。ルックスだって爽やかスポーツ少年って感じで悪くはないが、先日、オタク軍団と一緒にいたところを見ると2次元の女の子に興味が移ったのか?と思っていたが、いつぞや彼のベッドの下で見つけたエッチな本のごとく、3次元への興味は捨てきれないようだ。幼馴染としては喜ばしいことだが、まさか、その興味が自分とは!
「良輔、本気で言ってるの?」
私は自然に出てしまった思わせぶりな台詞にとまどった。
(な…何、言ってるの?わたし…)
「本気だ、みくに、俺はお前しか見ないし、お前を一生大事にする。誓うよ」
彼の目は真剣だ。私の脳裏に良輔と付き合う自分が浮かぶ。きっと彼は私を大切にしてくれる。高校を卒業して、一緒の大学に入って、就職して、あらためてプロポーズされて、
彼が自分の両親に挨拶して、ウェディングドレスを着た自分をお姫様だっこして…
小さいけど新しい家の玄関で赤ちゃんを抱っこしている自分が、彼を仕事に送り出すイメージ映像がわずか3秒の間に流れる。
(平凡だが、幸せな人生…それもいいのかな?)
「それでいいのかい?」
別の声が耳元でする。思わず視線を左に移すと自分の左肩にうっすらと半透明だが、なぜかタキシードを着たウサギが乗っている!
「あなた、だれ?」
「ぼくはライオネル3世。君の守護精霊さ…」
「ラ…ライオネル3世?」
かわいらしい姿の割にはおかしな名前だ。
「ぼくの姿は彼には見えないよ。それに今は時が止まってる」
うさぎが言うように良輔はその場で固まっているし、周りも止まっている。あんなにうるさい蝉も鳴き声を止めている。
「これって、夢?」
「夢じゃないよ。魔法だよ。ぼくは君が呼び出すウサギの精霊を束ねるリーダー。君は魔王の側室として、魔界で重要な役割を果たす運命なんだ」
「魔王の側室?魔界?やっぱり、夢だわ…」
「とにかく、この男の子はいい人だけど、君の運命の人じゃない。今はね。体よく断って、君の心のままに行動したほうがいいよ」
「心のままって…」
タキシードうさぎは、手に持ったステッキで私の胸を突っついた。
「君は土緒夏が好きなんだろ。彼は魔王様。君の旦那様だ。君は魔王様が好きだし、魔王様も君を必要としている。相思相愛というわけだ」
「相思相愛…違うわ。夏先輩には、付き合っている彼女がいるし」
「彼女じゃないよ。あの人は奥方様。魔王様には君の他にもリィ様、ファナ様、カミラ様と側室がいるから、君は4人目の側室としてお仕えするんだよ」
「カミラ…って、カミラちゃんのこと?」
私は何が何だか分からなくなってきた。
「ぼくのことが信用できないなら、カミラ様のところにいくといいよ」
そう言って、ライオネル3世と名乗る人語を解するうさぎは姿を消した。それと同時に時が動き出す。
「ごめん。良輔、今はあなたのこと考えられない!」
ちょっと、涙が流れてしまった。良輔には悪いと思ったが、私の心は変えられない。振られて呆然と立ち尽くす良輔を残して、私は神社から走り去った。