カルマの想い その1
学校帰りに俺は気の強い女に強引に腕を引っ張られて、ラブホテルのエントランスをくぐった。気の強い女と言ったがリィでもファナでもない。あきらかに初対面だが、抵抗しなかったのは彼女が結構な美人で決意を秘めた目をしていたからだ。
「私は物部カルマ…何んでもいいから、私を抱きなさい!」
「えええ?」
さすがの俺も固まった。これまでも据え膳的なシチュエーションはかなりあったが、これはあまりにも唐突すぎる。こういう場合、男は結構引いてしまうのは普通の反応だろう。いかに彼女が美人でそそるプロポーションでも、(はい、いただきます…)とはいかないだろう。それにすでにリィやファナ、カミラちゃんと経験して免疫のある俺だから、余裕もあった。だから、強気の発言をしつつも、彼女のひざが小刻みに震えていることにも気が付いた。よく見れば、手も唇も震えている。
(このお姉さん、怖がっている…ははあん…)
こういうのも何だが、強がっていても経験のない年上の女性というのも妙に可愛い。年上と言っても対して変わらないだろうが。俺は年下らしくなく落ち着いて彼女にいくつか質問をする。
「カルマさんって、言いましたっけ。どうして、僕に抱かれたいんですか?」
「理由なんてないわ。私が抱かれたいのだから、抱きなさい!」
「ふん…じゃあ、おいしく戴きますよ。じゃあ、カルマさん、服を脱いでください」
「わ…分かってるわよ」
カルマは白いブラウスのボタンを一つずつ外していくが、指が震えていてなかなか進まない。こういう場合、男をじらしながら脱いでいくのがエロい女なのだが、そういう感じではない。見ていてまどろっこしいのだ。俺は一計を案じた。カルマの前に立って、まだ2つしか外していないブラウスの前を掴み、引きちぎった。高価そうなレースのブラジャーが露わになる。そしてカルマのタイトなスカートをめくて手を差し込んだ。
「きゃあ!いや!」
カルマは身をかがめようとするが、そのままベッドへ押し倒す。カルマはバタバタと手足を動かして抵抗する。だが、俺はその両手を押さえつけて彼女の目を見る。
「カルマさん、俺に抱かれたいんじゃないんですか?抵抗するのはおかしいんじゃないですか」
カルマの抵抗が止んだ。目から涙が流れ出す。
(やはりな…このお姉さん、事情があるな。例の側室がらみだと思うけど…)
俺は彼女が自分と関係を持つことで側室として覚醒したいのだと確信した。でなければ、初対面の男に「抱いて!」などと美人がいうはずがない。でなければ、かなり強引な美人局に違いない。
「カルマさん、もしかして、魔王の側室になりたいんじゃないのか?」
俺は確信を持って彼女に尋ねた。案の定、涙をためた両目を閉じてこくりとうなずいた。
そして、これまでの出来事をたんたんと語りだした。
カルマは夏妃が得体のしれない魔物に襲われた場面に出くわし、彼女と自分の許嫁の一柳宗治の関係を知ってしまった。その事件の後にも夏妃に問い正し、宗治が魔王の一人であること。彼女がその正室であること。魔王は4人いること。4人で2人の正室と16人の側室がいること。あと1か月で魔界に行くことなどを聞いた。そして、宗治にはすでに藤野蝶子、カテル・ディートリッヒという女が側室となっていることを知ったのだ。こんな荒唐無稽な話は通常信じないのが、聡明な女子大生で武道家の物部カルマという娘であったが、先日の魔物の一件があった後では、信じるしかなかった。
そして、夏妃からカルマ自身も側室候補であることを知らされた。側室となるには、魔王からキスされて、抱かれることが条件であると言われた。
(宗治がいなくなってしまう…)
そう思いつめたカルマは宗治の元に向かい、自分を側室にしてくれるように直談判したのだった。だが、宗治の答えは「否」であった。
「そう、私は振られたのよ。私なんて必要ないんだって!」
カルマは嗚咽し始めた。よほど悔しくて、悲しかったのであろう。だが、俺は宗治先輩の気持ちが分からなくはなかった。
(たぶん、先輩はこの人を魔界に連れて行きたくはなかったのであろう。魔界で待っているのはカオスとの熾烈な戦いなのだ)
俺にはすでに立松寺にリィ、ファナ、カミラとパートナーがいるが、全員、人間離れした強さを持っており(現実、立松寺は前魔王の娘で母は天界人だし、残りは魔界人だ)、まだ、魔界に連れて行くことに抵抗はない。(というより、彼女らの生まれ故郷だ)だが、宗治先輩からすれば、人間界での浅からぬ縁の女性を巻き込みたくはないのだろう。だが、カルマの決意は固い。宗治がしてくれないなら、他の魔王に覚醒してもらい、ついていこうと思ったのであろう。気の強い割には一途な女性である。
「カルマさん、宗治先輩はあなたのことを大事にしてくれてるんだと思いますよ。もう一度、しっかり話し合ったらどうですか?」
俺はすでにこの据え膳を食わずに済まそうと思っていた。なにしろ、人間出身の側室を持ったら、立松寺になんて言い訳をすればいいか分からないし、宗治先輩の婚約者を寝取ったことになるから、場合によっては八つ裂きにされかねない。それにカルマの気持ちを考えるとやはりそういう気にはならないのだ。
「夏妃さんの弟ということだけど、あなたはいい人ね」
カルマはクスッ…と笑って、破かれたブラウスを重ね合わせた。俺がわざと乱暴にして自分の本心を確かめたことを理解したのだ。
「カルマさんは、夏妃に勧められたということは、きっと側室としての能力を持っているということです。その力で宗治先輩を助けることができるなら、助けてほしいと思います」
「私にそんな力があるのなら、そうしたい…」
「じゃあ、そうすればいい」
俺は彼女の上から体をどけた。カルマはそっとベッドから身を起こすと乱れた服を整えた。
「あなたを選んでよかった。私は大変な間違いを犯すところだったわ」
そういうと、片目をぱちりと閉じた。
「宗治がいなかったら、あなたに惚れたかもね?」
そう言ってとびっきりの笑顔を見せてくれた。その笑顔だけで(今日はついてるかも)
なんて思った俺は能天気な「種馬の魔王」であった。