スバルと共に その3
昨夜はスバルにとって、何とも言えない時となった。元馬ときたら、すっかり家族になじんでしまい、母は3杯のカレーをぺろりと平らげた気持ちいい食べっぷりに感心するし、いつも生意気な弟は弟で、元馬にいろいろ教えられて最後は「師匠!」とリスペクトするわ、一番抵抗すると思った父までもが、
「元馬くん、娘をよろしく!」
と上機嫌で握手までする始末。完全に家族公認の仲になってしまった。この男、真っ直ぐなところが人を引き付けるのだろう。完全に家族は毒された。挙句の果ては、両親に言われて自分の部屋まで公開する羽目になった。夜に娘の部屋に男を立ち入らせるとは、娘の貞操をどう思っているのだ!しかも、父親が元馬くんと見てくるといい…と言って、Jリーグのサッカー試合のチケットまでくれるから本日、不本意ながらデートする羽目になった。
サッカースタジアムの喧騒の中、母親に持たされたランチ入りのバスケットとアイスコーヒー入った水筒を傍らに置き、スバルは試合の行方を目で追いながら、心は別のことを考えていた。
(この男…どういうつもりかしら…私の家族に会って認められて…これじゃあ、結婚する流れじゃない。どうしてこういうことになるのよ!こいつの本命は夏妃さんでしょ?なんで私の家族の前に堂々としていられるの)
スバルには元馬の行動がまったく理解できない。今どき、彼女の両親にきちんと挨拶して付き合う男など珍しい。携帯が普及した現代では、電話を介して親と話す機会もないからなおさらだ。当の元馬ときたら、スバルのことは忘れたようにサッカーのゲームに熱中している。決定的なシュートを外して全員総立ちで頭を抱えているが、元馬も同じ姿。いや、周りよりも大げさに見える。
(この人のこういうところは憎めない…。だけど、やっぱり、夏妃さんと私を二股かけているのよねえ。この男…どうして、こんなにさわやかにスポーツ観戦できるの!)
スバルは何だかバカらしくなってきた。元馬が自分のことを必要としていることは何となく分かるし、そういう意味では彼の真剣さはとてもよく伝わる。夏妃のことも好きだが、自分のことも上手に愛してくれるのでは…などと思ってしまった。
そう思いながら、元馬の姿を見上げているとふいに元馬が自分の方を見下ろした。目と目が合う。シュートが決まって観客が総立ちになる。元馬が何やらつぶやいた。その唇はスローモーションのように動き、その言葉が自分の頭から足先までを突き抜けた。そして、自分はそれに応じた。元馬はそっと座りスバルの手を取った。吸い込まれるように二人の唇が重ねられる。
「スバル、俺にはお前が必要だ。俺についてきてくれ…絶対、大切にするから」
「はい…」
二人が光に包まれたが、決勝ゴールを決めたフィールドに注目する観客たちは気づかない。スバルの右肩に12の数字が浮かび上がる。激熱の魔王の3人目の側室が誕生した。