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魔王様と16人のヨメ物語  作者: 九重七六八
胎動モード
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ファナの生い立ち その4

「その紳士は、前魔王様だったのだ」


ファナの右手首をグイッと掴んだ前魔王は、ファナの幼い顔を見てこう言った。


「お嬢ちゃん、なかなかの腕だがまだスピードが遅いよ」


「うるさい!今日は調子が悪かっただけだ。警察にでも突き出せばいいだろう」


前魔王は時たま、王宮を抜け出して町を散策するのが癖であった。カオスとの戦争も激化し、そうそうできることではなかったが、逆に戦争に役立つ有能な人材の発掘目的もあった。そして、まだ年端もいかないおもしろい少女に出会った。首にかけた紐に高価そうな指輪がついており、それが魔界の貴族の紋章であったことが興味をそそられたこともあったが、自分の結界を破って懐の財布に肉薄したスピードに才能を認めたのだった。


「お嬢ちゃん、名前は?」


「ファナ、ただのファナだ」


「お前のこの指輪、マウグリッツ家のものだな。盗んだのか?」


「違う!これはお母さんの形見だ!」


そこまで言ってファナは後悔した。名前を教えたのも指輪を見られたのもまずいと思ったのだ。この紳士が只者ではないと感じたのだ。


「本当に只者ではなかった。なにしろ、魔王様だったのだから」


ファナは前魔王に連れられて、王宮に住処を移した。魔王夫人に面倒を見てもらい、毎日、学問を学び、武術を学び、淑女としての教養を学んだ。


「まるでシンデレラ…というか、マイ・フェア・レディ…というか、浮浪児からいきなりお姫様かよ」

「いや、あれは厳しかった。魔王夫人は優しいお方だったが、教育には熱心でビシビシ鍛えられた」


「そして私が15歳になった時に、カオスとの戦争で戦死したナンバー8の側室の代わりにファナがその地位を得たのだ。ただ、ファナは本当は次期魔王の側室候補ということで覚醒のキスだけしてもらっただけだが」


魔王の側室は単なる夜伽する女ではない。魔王のよき助言者、側近官僚であり、軍人であり、戦士であった。そしてその身分は上級貴族に匹敵する。ファナは側室となった時に父親であるマウグリッツ伯爵を呼びつけ、母の最期を話した。マウグリッツ伯は人のよい性格ではあったが、正妻が怖くてファナ親子を見捨てざるを得なかった気の弱い人でもあった。魔王の側室に出世した隠し子に戸惑いつつも、魔王の命令でファナを娘と認めて、マウグリッツの名を使うことを認めた。


ファナ自身はマウグリッツ家の体裁やら、一族の証やらはまったく興味がなかった。マウグリッツ伯爵を父とも思っていない。だが、マウグリッツ家の令嬢という肩書はファナの側室=将軍としての戦いには有利ではあった。魔王から任せられた3500の兵に加えてマウグリッツ家の名に惹かれて集まってきた私兵2000が加わり、ナンバー8にしては破格の5500の兵を率いることができた。ファナが前魔王時代の後半に名をはせることができたのは、地位以上の兵数があったことも一因であった。


「なんだか、最後はシリアスな話で申し訳なかったな…」


2人で帰る途中にファナがそう言った。


「いや、俺は何だかファナのことが分かってよかったよ」


そうだ。なぜ、ファナが側室戦争をしかけて地位にこだわったか…彼女が側室という地位に居場所があったからだ。それを失うと思ったからこそ、あのような暴挙に出たのであろう。だが、今は次期魔王である自分の側室の地位を得ている。彼女の現在の居場所が自分の隣なのだ。


「それじゃあ、ここでお別れだな…」


ファナが立ち止った。


「お別れって?」


「秋に聞いたぞ。デートなるものは別れて帰るものだと」


「いや、お前と俺は一緒に暮らしているのだし…」


「別れることで愛おしさも倍増すると秋は言っていたぞ?」


(あいつめ、小学生のくせにマセすぎだ!)


確かに女の子とのデートの別れ際は何とも言えない感情がわきあがる。愛おしさからくるもっと一緒にいたい…と思う気持ち。それが急に湧き起った。駆けて自分の元から去ろうとするファナの左手をあわてて掴んだ。はっと驚いた顔で振り返るファナ。


「どうしたのだ…夏くん」


「いや、あの」


「ははあん…」


ファナはニヤニヤして右を見た。そこには、明かりで光る看板が…


休憩3000円 泊まり5000円 カラオケ、ゲーム機完備

ファッションホテル  ラブティファニー


「今から大人のデートと言うわけか」


「いや、違う、それは誤解」


(ファナの奴、どうしてここがそういう場所だと知っている!)


「遠慮しなくてよいぞ。魔王様は我ら側室には、(今宵はそちに伽を命ずる)というだけでよいのだ。我らは全身全霊を込めて夜のお相手をする」


「いや、違うんだ。そうじゃなくて…」


「恥ずかしがらなくてもよい。ファナは魔王様からのお誘いならいつでもOKだ」


「違うんだ…。お前を抱きたいわけじゃなくて、ただもう少し手をつないで一緒に歩きたいだけなんだ!」


思わず大声を出してしまった。ラブホの前だから通り過ぎる通行人がこちらを見る。彼らにはラブホに女の子を連れ込もうとする瞬間か?などと誤解されたに違いない。


 言われたファナは顔が真っ赤になった。今日買ってやった白いサマーワンピースと白いヒールが見事に映える。


「そんなことを言われると恥ずかしい…でも、何だかうれしいのはどうしてなのだ」


ファナはぎゅっと手を握り返し、俺の右手にしがみついた。


「今日は一緒に家まで帰ろう、ファナ」


「ああ、殿下…いや、夏くん」


俺は可愛らしいファナと家まで幸せな気分で帰った。


(ちょっと待てよ?この一部始終、立松寺に話すのか?ラブホの前で手を握ったとか?)


そんなことを聞いたら、必殺お札の舞の嵐であろう。


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