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魔王様と16人のヨメ物語  作者: 九重七六八
胎動モード
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ファナの生い立ち その3

 今日の1日でファナ・マウグリッツという女の子のことがよく分かった。戦闘になると冷酷無比な攻撃をしてくるファナ。傷ついて弱っていた時の弱弱しいファナ。猫に化けた時のファナ。大人っぽい戦闘ドレスが似合っていたのに、私服は意外と子供っぽいりポンやフリフリのついたワンピースが殺人的に似合うファナ。でも、デートも終わる夕刻に野外のカフェで聞いたファナの小さい時の話が彼女のイメージを変えた。


「なあ、ファナって魔界では貴族って聞いたが、リィみたいなお姫様だったのか?」


「リィは別格だ。彼女のアスモデウス家は魔界でも屈指の名家。正真正銘のお姫様だ」


「じゃあ、カテルさんやアレクサンドラさんみたいな中級貴族ってやつ?」


「彼女らはまがりにも貴族だ。格式は高くないが裕福なお嬢様ってとこだ」


「その口調だと苦労してそうだな、ファナ」


「殿下、いや、夏くん…。夏くんの側室になるということは、ファナのことは包み隠さず話さなくてはいけないよね」


(ゴクリ…)


急に改まった口調で言うので、俺は聞いてはいけないことを聞いてしまったと後悔した。

だが、自分が買ってやったフリフリのサマーワンピースと足首をリボンで結んだ白いヒールに身を包んだファナが恐ろしく可愛いのでまたドキリ…としてしまった。


「話せば長くなるが、聞いてくれる?夏くん」


「ああ」


ファナのマウグリッツ家は魔界でも上級な家柄で爵位は伯爵。リィのアスモデウス家には遠く及ばないが、それでもまあまあの家柄だ。そうしたらファナは何不自由ないお嬢様だったのかと思うとそうではなかった。

ファナがマウグリッツ伯爵の正妻の娘であったなら、そういう生活だったかもしれない。だが、ファナのお母さんは、正妻でも側室でもなかった。伯爵に仕えるメイド…それがファナの母親であった。伯爵に見初められてお手付きになったものの、上級貴族のマウグリッツ家の側室に迎えられるわけがなく、町に1軒の家をあてがわれて母と一緒に育ったファナ。だが、ファナが6歳になった時にマウグリッツ夫人にバレて家を追い出された。ファナの母親はファナの手を引いて地方都市の安アパートに移り、女手一つでファナを育てたのだった。


「思えば、お母さんと過ごしたその頃は楽しかった。小さな部屋でお母さんと一緒に寝て、一緒にごはんを食べた。ファナの誕生日にはケーキが買えなかったけれど、お母さんが描いてくれたケーキの絵にろうそくを並べてフーッと消したんだ」


その光景を想像して不覚にも俺の目頭が熱くなる。


「だが、ファナが10歳になった時にお母さんが倒れたんだ。たぶん、無理をしてたくさん働いたからだと思う」


ファナは学校に行くのを止めて母親の看病や働き口を見つけようと奔走した。でも、魔界とはいえ、小さな子供を雇ってくれるところもなく、近所のパン屋がくれる売れ残ったパンをかじって飢えをしのぐ毎日。そんな環境だからファナの母親の病気はどんどん悪くなった。医者に見せることもできず、薬も変えない。家賃を滞納していたので追い出そうとする家主の怒声を聞きながら、母親の世話を健気に続けるファナ。


そしてその日は来た。冬の寒い朝。一枚しかない毛布では寒さがしのげず、野良猫をふところに入れて母親の寝顔を見ていたファナに母がうっすらと目を開けた。


「ファナちゃん…お母さんはもうファナちゃんとは一緒にいられない…」


「えっ?お母さん、何言ってるの?」


「ファナちゃん、お母さんは遠く、遠くの国へ行かなくちゃいけないの。ごめんね」


「お母さん…行っちゃやだよ。ファナを一人にしないで…」


「ファナちゃん…この指輪…お父様、マウグリッツ伯爵の指輪よ。お母さんが死んだら、この指輪を持ってマウグリッツの屋敷に行きなさい。お父様がきっとファナちゃんを守ってくれる…」


「いやだよ、お母さん…いかないで…」


「ファナちゃん…ファナちゃんは、強くて賢くて正義感がある女の子よ。魔界のために尽くせる人になってちょうだい。そのためにはお勉強して立派な人にならなくちゃ。お勉強するためにマウグリッツ家に行くの。いい…」


「お母さん…」


「ああ、ファナちゃんのおめめ、口元、お父様にそっくり…。年頃になったら、すごい美人になるわ。ファナちゃん、お母様の分も幸せに生きるのよ…」


「お母さん…わああああああああああっ…」



「お母さんは、冬の冷え込む安アパートのベッドで亡くなった。その後、大家にアパートを追い出された私は、町でかっぱらいやごみを漁って暮らした」


「ストリートチルドレンってやつか?どうして?マウグリッツ家に行けば、そりゃ、いじめられたかもしれないが、飯ぐらいは食わしてくれただろう?」


ファナの母親が亡くなる件で、つい涙を流してしまい、思いだし泣きをしているファナの手をぎゅっと握ってしまった俺はそう尋ねた。いくらなんでもファナの父親であるマウグリッツ伯爵とやらは、薄情すぎる。男ならちゃんと責任を取れ!と言いたい。


「マウグリッツ伯爵は正妻が怖くて、私たち親子の行方を探そうともしなかった奴だぞ。お母さんが死んだのは奴のせいだ。そんな奴のところに行けるか?それに私はマウグリッツ伯爵の顔をよく覚えていないのだ。お母さんからもらった指輪は捨てようと思ったのだが、今や唯一のお母さんの形見。どんなにひもじくてもこの指輪は売らずに生活した」


 そんな生活を2年続けた時、いつものように裕福な紳士を見つけて財布をすろうとした。その頃のファナは抜群の運動神経と手先の器用さで天才的と言っていいスリ師になっていた。狙った獲物は逃さない腕だったが、この時の紳士は相手が悪かった。そう、その紳士の正体は…。


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