夏と看病と男の闘い
第7部 登場人物
朝日イズル…生徒会副会長 隆介を補佐する地味なメガネ男子
日下部めぐる…生徒会第2書記 活発系女子だが、実は…
新堂ひかる…生徒会会計 生徒会メンバーでは唯一の1年生 可愛い系男子で上級生女子のアイドル 密かに先輩である女夏のことが好き
翌日の放課後、生徒会の面々は体育祭の企画に向けて話し合いをしていた。生徒会長の橘隆介、影は薄いが着実に仕事をこなす眼鏡男子の朝日イズル(あさひいずる)、ショートカットの髪の一部をゴムでしばり、鉛筆を鼻と唇ではさんでおどけている活発系の女子、第2書記の日下部めぐる(くさかべめぐる)、会計の新堂ひかる(しんどうひかる)と夏の5人である。
「ひかるくん、何か飲み物を買ってきて」
俺は新堂にそう命ずる。こいつは夏の言うことなら何でもハイハイと言うことを聞く奴でまったくもってベンリー君なのであった。男時代もそういう奴だったが、女の世界でも同じキャラなので、便利にコキ使っている。副会長のイズルが、
「僕はコーヒーブラック缶、めぐるは?」
「私はミネラルウオーターでいい。太るから。」
めぐるは夏を見て自分のわき腹をプニプニした。別に太っているわけではないが、夏と比べるとダイエットしなきゃ・・と自制してしまう。
(ドーナッツちゃんは、いつも昼に甘いドーナッツなんか食べているのに・・この差はなんなの~。)
「私はカフェオレ、銘柄はどこでもいいわ。会長は佐藤園の渋~いお茶ね」
俺は女夏に教えてもらった隆介のいつもの奴をひかるに告げる。
「了解しました。それでは夏先輩、行ってきます」
と自分に向って片目を閉じる。思わず可愛い・・と思ってしまう本当に従順な少年である。お姉さんとしては、ついイジメてみたくなるのはなぜでしょう?
「白組は342名、赤組は350名です、ほぼ選挙結果と同じ数。男女比も若干、赤組は女子が多いですが、戦力的には拮抗していると言ってよいでしょう」
副会長のイズルがそう説明する。地味だが確実に仕事をする。続けて元気な女の子のテンションでめぐるが、
「種目は個人競技の他には、女だらけのコスプレ綱引き、男子肉弾棒倒し、男女混合騎馬戦、生徒会対抗リレーの4種目で~す」
と体育委員会から上がってきたメモを読み上げる。
「種目はともかく、女子はどうしてコスプレなのだ?」
怪訝そうにそう尋ねる隆介。(別にいいじゃないか、隆介。女子は可愛い方が目の保養になるぞ。)と心の中で俺は突っ込んだが、表情には出さずにニコニコやりとりを見ている。
「一般男子の意見が根強く、特に今回の対決する裏VS表生徒会の看板娘同士のコスプレがみたいということらしいです」
「めぐるちゃん、看板娘って?」
俺は一応確認する。
「いやですう~。そんなのドーナッツちゃんに決まってます。向こうはあの外人のリィとかいうダイナマイト娘。うう・・うらやましい」
(いや、めぐるちゃんはそのままでいい。リィと比べるな!あいつはいろんな意味で規格外だ。それにしても・・。)
俺は女だらけの綱引きで、ナース姿の立松寺を想像した。いや、ナースでなくてもいい。バニースタイル?アニメキャラの魔法少女風ドレスでもいい。お堅い立松寺がそんな衣装を着たら、鼻血ものである。
想像していたら、本当に鼻血がたれてきた。(バカバカ・・なに想像しているのいやらしいわね。)女夏が心の中で叫ぶ。隆介がさりげなく、白いハンカチを取り出して夏の鼻を覆った。その瞬間、女夏と入れ替わった。
「いや、橘くん、だめ・・汚れちゃう」
「動かないで、そうじっとしていて、そう下を向いて、そこ・・そこを軽く押さえる。そうそう、上手だぞ」
「ああん、だめ・・たれて来ちゃう!」
「止まらないぞ、夏。もう少しのガマンだ」
「もう夏、ガマンできない・・」
会話だけ聞くと実に卑猥だ。それを聞いていたのか、突然、ドアが開いた!立松寺である。
「ちょっと、あなたたち、何してるの?」
顔を真っ赤にしている立松寺だが、ハンカチで鼻を押さえられている夏と隆介は不思議そうに立松寺を見る。俺は心の中でたぶん大勘違いをしてしまった立松寺のドジさに萌えを感じてしまったが、今の主導権は女夏だから、リアクションが起せない。
「いや、その、あの・・。土緒さんに用件があります」
耳まで真っ赤に染めた立松寺は、夏の手を引っ張って部屋の隅に行く。小声で聞いてきた。
「今、男の子?女の子?」
女夏は顔を赤らめて、(どうして赤くなる!)
「女の子」
「チッ・・」
舌打ちをする立松寺。(俺)を待ってたんだ~。)明らかに落胆顔だが、小さなメモを渡す。
「源くん、今日、熱で欠席よ。彼、下宿で一人暮らししているからお見舞いに行ったら」
「えっ・・。源くんが熱?」
(ほっとけ、ほっとけ・・。それより、立松寺に確認したいことがあるんだ。)
俺が心の中で叫ぶが、女夏は思案顔である。
(昨日、私に傘を貸したから・・体が濡れて体を壊したんだ。チャ・・チャンス!)
生徒会室の隅に夏のかばんと借りた傘が置いてある。それをすばやく持つ。
「私、ちょっと用事ができたから、帰ります」
隆介やめぐるが何か言いかけたが、それよりも早くドアを開け玄関へと風のように走った。
(どうして急ぐ、夏。)
俺は女夏にたずねる。
「これはチャンスだわ。看病して源くんの体に数字の刻印があるか確認するの」
(いや、待て・・やりようによっては元馬が危険になる・・。)
「危険って何が?」
(おまえ・・まさかとは思うが。)
俺は口に出しかけた言葉を引っ込めた。どうも女夏のやつは、生まれながらの魔王のヨメというわりには、天然で無防備、男のことは何にもしらないネンネちゃんのようだ。これで魔界の女王が務まるのか?とまだ見ぬ魔界の将来を真剣に心配してしまう。
元馬の家は思いがけないところにあった。2駅離れた大きな屋敷が彼の実家だが、メモに書いてあった住所は、学校からほど近い安アパートであった。立松寺がくれたメモ。
源くんの家は、とても大金持ちだけど、彼の家のしきたりで15歳から大学を卒業するまで学費以外の生活費は自分で働いて生活するんだって。若いうちにお金の大切さを身にしみて分からせるためらしいわ。それで彼はアパートで一人暮らし。バイトを3つ掛け持ちしているらしいわ。ただの熱血、暑く苦しい男の子だと思ったけれど、ちょっとかっこいいね。
立松寺華子
(確かにカッコいいと言えばカッコいいかもしれないが、金持ちの考えることは分からない。何を好んでこんな生活するのか。)
ボロアパートを見て俺はそう思ったが、女夏は積極的に階段を上り、源と書かれた表札のドアをコンコンノックした。返事がない。そっとドアノブを回すとカギが開いている。
そっと開けると1Kの空間が目に入った。6畳間に布団が敷かれ、元馬が熱にうなされている。周りは体育会系の男の子らしく、お約束でゴミだらけ。空き缶やら雑誌やら脱いだ服でいっぱい。台所はカップめんとレトルトの袋、洗っていない皿やカップでいっぱいであった。
(いくらお約束でもこれはないだろう・・。だが、何不自由ないお坊ちゃまの一人暮らしならこうなるか?)
そう思ったが、同じお坊ちゃまでも隆介なら、おそらくゴミ一つない空間で布団をたたみのふちがぴったり一致する位置に敷いて寝ているだろう。服はきっちりたたまれ、空き缶は銘柄ごとに並べられているはずだ。ある意味怖い。
そう考えると隆介の方が魔王のような気がする。部屋を見た限り、元馬は人間くさい。同じお坊ちゃまでも性格による違いは大きい。そんなことを俺は心の中で考えていたが、女夏はすばやく室内に入ると元馬の額に手をあてた。ものすごく熱い。かなりの熱だ。こんなでかい男でも風邪を引いて熱が出るらしい。すぐ買って持ってきたアイスジェルのシートを額に貼る。
「病院に連れて行きたいけれど、私じゃ無理ね」
(おいおい、体を確認するんじゃなかったのか?)
女夏に確認する俺。
(パ・・パジャマ脱がすなんて・・夏、はずかしい・・。)
(何言ってんだ、じゃあなんのために来たんだ!)
(いいの。それはあとで確認できるわ。)
実際、180cmの男子高校生を抱えて病院にいけるほどの力は女夏にはない。こういう時は安静と栄養のある食べ物だ。女夏はすぐ窓を開けて空気の入れ替えをし、掃除を始めた。
コトコト・・シューシュー何かの音で元馬は目を覚ました。今朝感じた頭痛とめまいはなくなっている。携帯で学校を欠席するという連絡はしたが、やはり一人暮らしで病気になると心細い。目を凝らすと台所で仕事をしている人間がいる。腰の辺りまで伸びる黒い髪。
見慣れた高校の制服、コンロでは何かが沸騰する音。
「土緒夏・・夏?」
元馬は驚いて上半身を起す。土緒夏が自分の下宿で料理をしている。一瞬、彼女と結婚して新婚生活を始めたのではないかという元馬ラブラブビジョンに陥りそうになった。
「あっ・・目覚めた?今、卵おかゆとお味噌汁作っているから」
「あ、ああ」
ちゃぶ台に卵おかゆと豆腐の味噌汁が並べられた。グレープフルーツが一口大に切り分けた小鉢もある。まさか、隣に来てあーん・・とかやってくれるのか?と一瞬思ったが、さすがにそこまではなかった。夏はちゃぶ台の対面に座り、頬杖をついてじっと食べる様子を見ている。
箸で一口おかゆをすすりこんだ。カツオぶしの味が体にしみ込む。単純なおかゆをここまでの味にするとは・・さらに味噌汁も濃すぎず、薄すぎず、味噌の香りを殺さない味付け。体力落ちた体にエネルギーが充填される。無言でかきこむ・・。
「ありがとう。おいしかった」
「どういたしまして・・。お風呂沸かしておいたから汗を流すといいわ。その後、暖かくして寝るのよ」
かちゃかちゃと食器を片付けながら女夏は言った。風呂のドアの前にはパジャマと下着がきちんとたたんで置いてある。奥さんなら最高のグッジョブ!言われるまま、元馬は浴槽に浸かった。もはや、頭の中は夏に対しては全てがラブラブに見える状態である。
(男の一人暮らしのところに普通、一人では来ないよな。彼女じゃないなら・・。)
(いや、あいつは昨日の傘のお礼できただけで、義務感だろ。もしかしたら、隆介に命じられて俺の様子を探りにきたのかも。)
(いや、それならあんなうまい飯は作らないだろう?)
そんなことを考えていると、風呂のドアに人影が・・まさか・・。
(源くん・・お背中流します。)
バスタオルで体を包んだ土緒夏が!
(ふつつかものですが、末永くよろしくお願いします。)
おおおおおおおっ・・・・ぶくぶくとせまい浴槽に沈む元馬。もちろん、そんなことが現実に起こるはずはない。ラブラブビジョンのなせる業だ。
長湯し過ぎて頭がボーっとなった元馬は(けっして、夏が入ってくるのを待っていたわけではない。)がらんとした部屋を眺めて現実に戻った。
「帰ったか・・」
時計を見ると7時を回っている。(さすがに夜遅くまではいないよな。)ふと見るとちゃぶ台の上に小さなメモが置かれている。
お風呂上がったら、髪を乾かしてすぐ寝ること。寝るが一番。
私は帰りますが、明日の朝、また来ます。だから、カギ借りるね。
土緒夏
最近、メールで短い言葉でメッセージを送るのが流行だが、こういう手書きのメモはとても新鮮だ。
(そういえば・・夏さんのメールアドレス聞いてなかったなあ・・。聞いたら教えてくれるのか?)
「明日、聞こう」
そういうと布団にもぐりこんだ。
(おい、女夏・・おまえどういうつもりだ。)
(どういうつもりって・・。)
(結局、元馬の体に印があるか見なかっただろう。)
(あなたねえ、わたしも裸になっていっしょにお風呂に入れって言うの?)
(いや、それはまずい。あのラブラブモード元馬にそんな大サービスしたら、とんでもないことになる。)
(だったら、仕方ないじゃない。)
(だけど、さりげなくお風呂をのぞくとか、風呂上りにパジャマ着せてやるとか、もっと方法はあったんじゃないか?)
(いやーん・・。もし、源くんが魔王様だったら、そんな恥ずかしいことできないよ。夏は清純で純粋な女の子なんだから・・。)
おいおい、確かお前、魔界の女王がどうとか言ってなかったけ?という突っ込みはやめた。よくよく考えたら、男の子の部屋に女の子一人で乗り込んでいくのは、自分が男だったら、最低キスはOKでしょ?と思ってしまうサインだ。
例え、女の方がそんな気がなくても男の下心というのはそういうもんだ。男は何でも「今日はイケそうな気がする」ものなのだ。
だから、元馬が風呂を上がるまでいたら少々危険であったと思うのだ。
「夏、君もお風呂入っていけよ」
「えーっ、夏、恥ずかしいな」
「遠慮はいらないさ」
「じゃあ、汗もかいたし、お風呂借りるね」
無邪気な女夏。ザーザーンとお風呂に入って、洗い髪をたくし上げ、元馬の大きなパジャマの上だけを羽織ってお風呂から出てくる。すると元馬が、
「なあ、夏・・今日は帰したくない。泊まっていけよ」
「えっ・・。ど・・どうしようかな。源君が優しくしてくれるならいいよ」
パチっと消える部屋の電気・・。見舞いに持ってきた花がはらりと落ちる。
(あなた、なに想像してるのよ。)
女夏の声に我に返った。鼻血がダラダラ出ている。元馬の家から帰り道、ハンカチで鼻を押さえながら、俺は自分の家へと急いだ。
次の朝、目が覚めたら心は男夏にチェンジしていた。心の中の女夏にせかされて、朝早く家をでる。元馬の家に行くのだ。まさか、朝から襲われないだろうという考えと昨日は成し遂げられなかった刻印の確認をするためだ。母親には学校で用事がある・・とウソを言って出たが、階段を下りる途中で夏の出かける姿を見つけた妹の秋は、
「ありゃ、男だわ。あ~あ、お姉ちゃんにもやっと春が来たか」
とつぶやき、聞いていた父親が思わず、磨いていた歯ブラシを落としてしまった。
(お父さん、お母さん、ゴメンナサイ。夏ははしたない女の子です。朝から一人暮らしの男の子の部屋へ行きます。でも、どうしても確認したいのです。彼が運命の相手、魔王さまかどうかを・・。)
そう心の中でつぶやく女夏。
(バカヤロ・・行くのは俺だ!)
元馬のアパートの階段を登る。ドアに差し込まれた新聞を取り出し、昨日、拝借したカギを差し込んだ。ギーっとドアが開く。まだ、元馬は寝ているようだ。そっと、台所に立ち朝飯の準備をする。心は男夏だが、実際に動くのは女夏。
だから、手際よく朝食がつくられていく。今日はごはんに味噌汁にアジの干物、納豆という日本の伝統朝食だ。ほぼ出来上がったところで、寝ている元馬ところに行き、額に手を当てる。
「熱は下がったみたいね」
そして、そっとパジャマのボタンをはずした。シャツを着ずに直接パジャマだから、上半身が露わになる。
(うーん・・。数字のアザはなさそうだぞ。)
たくましい胸筋や割れた腹筋が、体育会系らしい元馬を象徴していたが、上半身の前側は鍛えられた体にシミ一つなかった。
(後は後ろと下半身だが・・。)
まさか、寝ている奴をひっくり返すわけにはいかない。
顔を近づけて肩の後ろから見ようとした時、元馬が目を開けた。昨日のメモどおり、土緒夏が来ている。そして異常な接近で、自分は上半身裸!思わず、夏の手首を掴んで押し倒す。元馬に組み敷かれて、俺は何もできない。
(や・・やばい・・。)
「夏さん、また来てくれたのか」
俺は冷静を装う。
「あ・・あの、朝ごはん作ったから食べて。急がないと遅刻するわよ」
「ぷ・・くく・・」
元馬は急に笑い出した。夏のあまりに無防備な対応に無邪気さを感じたのだろう。手を離して夏の上から体を離した。やっと自由になる俺。
元馬は、素直に顔を洗って、食卓につく。夏の作った料理は本当においしい。元馬は、心の底から飯をうまく作れる女を妻にしたいと思った。土緒夏ならそれに可愛い容姿と優しい性格がついてくる。
元馬が食べ終わると、夏はすぐ後片付けを始める。その手際の良さもいい。元馬は台所に立つ夏を思わず後ろから抱きしめてしまった。
(うあああああ・・やめてくれ~・・。)
心の中で叫ぶが、ここも心を落ち着ける。だが、動揺した俺の台詞はちょっとやばかった!
「きゃ、・・だめよ。源くん。そんなに強くしたら痛いよ。」
(な・・なに言ってんだ俺?これじゃあ、キスはOKよサインじゃないか!)
元馬は真剣な表情で顔を近づけてくる。
「なあ・・俺のこと気になるのか?俺はお前のこと・・。」
(や・・やばいいいいいいいいいっ・・。)
そのとき、ドアが激しく開けられた。思わず固まってしまう2人。そこに立っていたのは隆介その人。顔はニコニコしているが、心は怒り狂っている。俺にはなんとなく分かった。
「いやあ・・元馬くん。熱が下がってよかったねえ。これ、お見舞いのフルーツ」
そういうと果物かごを床に置いた。そして土足のまま、2,3歩上がると台所に立っている夏の左腕をグイと掴んだ。そして自分のふところに引き寄せると、さっとお姫様だっこする。
(う・・うあああああ。)
俺は抵抗しようと足をバタバタするが、隆介の力の前にまったく歯が立たない。女は非力だ。非力すぎる・・。
「夏、そんなにバタバタするとパンツが見えるぞ。」
そっと耳元でささやく隆介。俺は思わず脚を閉じる。パンツを見せてなるものか。
「こいつは現時点では俺のものだ。欲しかったら体育祭で俺に勝つことだな」
冷たい口調で隆介が元馬に宣戦布告をする。
「ふん。体育祭が終わった後に同じ言葉を返してやるわ。夏さんは俺のものだってな」
元馬も負けてはいない。
「・・・・・・・。」
俺は二人の剣幕に声も出ない。おいおい、夏を巡って男の戦い?少女漫画のヒロインならお約束の場面だが、実際に遭遇してみるといたたまれない。
(私にためにケンカしないで・・)などというお約束の台詞なんか、言える雰囲気でない。
2人はしばらくにらみあっていたが、やがて隆介がドアを足で蹴り開けると夏を抱きかかえたまま、アパートの階段を下りた。そして待たせてあった車の後部座席にポンと放り投げた。
「きゃ・・」
小さく悲鳴をあげて革シートに収まる俺。
「おい、隆介、今度は卑怯な真似するなよ。」
元馬が2階の通路越しに叫ぶ。
「俺がいつ卑怯な真似をした。」
「しらばっくれるな。だがな、俺の知ってる夏さんなら、卑怯な奴は許さない。体育祭でせいぜい嫌われないようにしろよ。」
隆介はペッと唾を履くと、忌々しそうに元馬をにらみ、車の後部座席に座りドアを乱暴に閉めた。
(やばい・・完全に怒っている。)
俺は窓の外を見つめる隆介の横顔をそっとのぞいてどうしたものか思案している。これだけ怒った隆介はあまり記憶がない。いや、一度だけ、すごい剣幕で怒ったできごとがあったにはあった。小学生の時、クラスでいじめられていた女の子がいて、いじめっ子グループの女子が無理やり隆介に告白させたのだ。
ぶるぶる震え、泣きながらもたされた手紙を差し出す女の子。隆介はそれを受け取るなり、
「負けるな〇〇。嫌がらせをされても中傷されても君が君自身であるために、こういう心にもないことは断固として断れ。強い心を持てよ、〇〇。」
そういって、泣きじゃくる女の子にハンカチを渡した。小学生なのにジェントルマンだ。
そして、後ろに隠れて成り行きを、おそらく女の子がフラれるのを待って笑いものにしようとしていた女子グループに
「お前たち、最低だな。心の醜いケダモノめ。」
と冷たく言い放った。冷たい言葉に激しい怒りを感じた女子グループは、へなへなとその場に崩れた。とても小学生とは思えない態度。こいつは生まれたときから完璧な奴だ。だが、おれはふとこの記憶について疑問を持った。
(待て!この記憶・・・男の俺の記憶じゃない。こんなこと俺は知らないはず。)
女夏の記憶?だが、隆介が叫んだ〇〇・・という女の子の名前がはっきりと思い出された。
そう・・・な・・・つ・・である。
いじめられていたのは女夏。そう女夏は小学生の時にいじめられていた。この頃から成績がよく、可愛い容姿だったので、男の子に人気の夏。妬みから嫌がらせを受けていたが、持ち前の明るさで無視していたら、しだいに陰湿なイジメにあってしまった。
幼馴染の隆介に無理やり告白させられたのは、とても悲しかったが彼がイジメグループに一喝してくれたことでそれ以来イジメがなくなった。
とにかく、今の顔つきはあの人の心をもて遊んだいじめっ子グループに対して向けたのと同じであった。ちなみに隆介はこの告白もどきを皮切りに、いろんな女の子から告白されたがすべて断り、一時、女には興味ないのでは??疑惑が浮上したが、単に女の子に対してヘタレだということになってしまった。
(どちらかというと夏に対してヘタレじゃないか?)
「あの・・橘くん・・怒っている?」
いつの間にか女夏に入れ替わった。俺としては、この状況を打破する考えが浮かばないのでほっとする。
(火に油を注ぐなよ・・女夏。)
「彼氏でもない男のところで料理をするなんて感心しないな。君はいつからそんなはしたない女になったんだ」
「源くんとは何でもないの。この前の傘のお礼に・・」
「本当にそれだけか」
その言葉に突然、胸がどきゅーんと何かに射抜かれたような感覚を受けた。隆介の言うとおりだ。
「おまえは僕の傍にいればそれでいいんだ」
「私は橘くんの彼女じゃないよ。橘君、今まで一度も好きだっていってくれなかったよ。それなのにずっと傍にいろだなんて」
「とにかく、お前は俺のものなんだ。だれにも渡さない」
隆介がぐいっと肩を抱き抱え、夏を引き寄せた。顔が急接近する。
(ま・・待て・・今、キスされたらどうなる?こ・・心の準備が・・こいつが魔王なら、封印が解ける。魔王なのか隆介??)
(この強引さ・・魔王様かも・・。夏・・行きます!)
今は女夏が主導権を握っているから、あろうことか目をつむりやがった。完全にOK状態だ。据え膳食わぬは男の恥・・リィの言葉が思い出された。
(うあああああああっ・・・。)
俺は頭を抱えて叫ぶ。
唇が重なる寸前、車が急に止まった。
「おぼっちゃま、学校に着きましたが」
運転席と後部座席を仕切る壁が電動で下がり、運転手の須藤が顔を出した。慌てて離れる2人。2人とも顔が真っ赤、両手でひざをぎゅっと掴んでいる。
「く・・・ス・・須藤さん、タイミングが・・悪い。」
言葉にならない隆介は、ドアを開けると車を降りた。(ナイスだ、須藤さん)俺は九死に一生を得た気持ちで心の中で運転手に対してグッジョブと親指を立てた。女夏は、
「ちっ・・」
と舌打ちをした。
「あいつが魔王候補アルな。」
リボンが目立つ大きなつばの帽子をかぶり、ランドセルを背負った少女と高校生の少女が、車から降りてくる2人の高校生を見つめていた。
「キスされて封印が解かれた直後がもっとも魔王を倒しやすい時アル。だが、今は人間。人間の時は我々は手をだせないアル」
ランドセルを背負ったランジェが風船ガムをぷくっと膨らませながら言った。
「土緒くんが封印を解いて、ランジェが魔王を倒す。それで土緒君は元に戻る」
立松寺華子は、昨日、天界の使いと言うエトランジェ・キリン・マニシッサとの出会いを思い出した。幸い、リィは帰っていなかったのでこの小さい少女が天界から来たと聞いて、少々疑わしく思ったが、いろいろと情報を仕入れたのだ。
魔王候補はこの学校に複数いること。本物の魔王には数字の刻印が体のどこかに刻まれていること。人間界に降臨した魔王を倒すことが使命であること、天界と魔界は基本対立関係にあるが、それでも緊張を緩和するために交流があり、リィとは天界にあるテンペスト魔法大学で一緒に学んだ仲であること・・などである。
エトランジェも生徒会長である橘隆介がもっとも魔王に近いとにらんでいるが、決め手に欠くのでさっさと夏が接吻してくれれば・・とも言った。華子としては夏がキスするのは、相手が男であっても何だか面白くないが、男の子に戻る手段がそれしかないならやむを得ない・・と思った。魔王である人間もエトランジェが言うには、魔王の心が破壊されるだけで、人間として生きていけるということだから、良心も痛まない。
だが、立松寺華子は賢い少女だ。エトランジェの言うことを100%信じているわけではない。彼女も天界と魔界と聞いて、常に善が天界だとは思わないのだ。寺の娘としてはどうかと思うが、父親の説得力なし説法の中に、正義と悪は表裏一体、正しいと思っても悪い場合もあるし、悪い行動も正義の心が動かしていることもあるというものがあった。
人畜無害な小さな女の子の姿をしているエトランジェ・キリン・マニシッサが、正義も使者、救世主とは限らないのだ。そもそも、数字の刻印というのもリィは何も言ってなかった。魔界のリィが知らない事実なのか、それとも何かの罠か・・。そんなことまで考えていたら、リィが帰ってきた。
「あ~あ、疲れた疲れた。どうしてこの私が程度の低い学問を学ばねばならないのだ。」
ぶつぶつ言いながら、エトランジェと目があった。
「おおおっ・・ランジェ!」
「あああ・・リィ!アルか。」
がっしりと抱き合う二人。
「久しぶりだ、ランジェ。」
「リィこそ、この人間界になんの用事アルか?」
「いやあ・・ちょっと遊びに来たってとこで、ランジェこそ、どうして?」
「私は人間界のグルメツアーってとこアル。」
「はははは・・。」
明らかなウソの理由を述べる二人。二人とも笑っているが、立松寺華子は、二人の目が笑ってないところを見抜いていた。
(この二人・・本当は仲悪い。)
実際、リィは内心、
(ちぇ・・このチビがしゃしゃり出てくると面倒だ。さっさと、魔王様を覚醒させて魔界に戻らないと。まあ、このチビでは御台様の高校にはいけないだろうから、私の方が有利といえば有利だ。問題は御台様の中の男と華子だな。この分じゃ、華子はランジェに取り込まれたといっていいか。)
ランジェも笑いながら冷静に頭の中を整理する。
(リィのヤツ、相変わらずド派手で淫乱な体アル。どうせ魔王のヨメの護衛とかいって、自分が魔王を食っちゃうつもりだろうアルが、その前に魔王は私が退治するアル。考えようによっては、魔王は私に感謝するアル。)
とりあえず、附属小学校にしか潜入できず、高校に入って夏の行動を見守れないランジェに代わって立松寺華子が夏とリィの動きを報告する。
「とりあえず、橘隆介と源元馬の2名は要チェックアルが、夏に絡んでくる男子生徒は要注意アル。」
「分ったわ。」