夏妃クライシス その3
「カルマさん!」
夏妃の悲痛な叫び声が響いた。森羅万象でフラッシュにとどめの矢を放ったカルマだったが、バトルフィールドで力を取り戻したフラッシュはかろうじてかわすと手に持った杖でカルマの上半身に強烈な一撃を加えた。ボキボキ…とアバラ骨が折れる音がした。バトルフィールドでは、普通の人間は景色と化すのだが、魔を倒す聖なる武器「森羅万象」を持つカルマは役者としてこのバトルフィールドの登場人物であったのだ。
「小娘め、手こずらせやがって!」
フラッシュは倒れたカルマの顔を足でけり上げる。髪を掴んで持ち上げ、左手で服を引きちぎった。 意識が朦朧としているカルマはピクリピクリ…と体を痙攣させた。
「フラッシュと言いましたか、カルマさんを放しなさい!」
夏妃が毅然とフラッシュに言い放つ。それで怒りに我を忘れたフラッシュの頭に冷静さが戻った。
「シッシシ…姫さん、私めと一緒にきていただきましょうか」
夏妃の右腕を掴んだ。
だが、その腕はばっさりと切り落とされた。カオスの住人だから血しぶきが出る絵はなかった。斬られた腕が黒い影になり空間に吸い込まれるように消えたのみである。だが、斬られたフラッシュには相当なダメージであった。
「汚い手で俺の美しい妻に触れるな!」
「ま…魔王か!」
「宗治先輩…」
立っていたのは「暴虐の魔王」一柳宗治。赤く燃えたぎるオーラーが全身を包み、完全なる戦闘態勢、左手には魔刀「毘沙門改」が握られている。フラッシュは問答無用の2撃目が自分の右肩から袈裟懸けで突き抜けるのが分かった。そのまま、黒い影となって消える。
「宗治様、カオスの将軍は逃げたようです」
藤野蝶子が宗治の後ろから現れてそう告げた。ラプラスは不利を悟って、ひかるが一瞬、夏妃の方に視線を動かした時にこの場から脱出していた。
「カテル…後を追えるか?」
蝶子の横に立っているカテル・ディートリッヒに宗治は尋ねる。カテルは閉じた目を開くことなく首をゆっくりと動かした。
「陛下…もうすでに追跡可能距離からは離脱したようです。カオス軍の上級クラスの指揮官と思われます」
「ふん、捕えていろいろ聞きたかったが、やむを得ぬか。俺が斬った奴は下っ端のようであったから、捕えても無駄であったろうが」
夏妃が負傷したカルマにその力を使って回復を行っていた。彼女の絶対回復の力は重傷を負ったカルマの折れたあばら骨をたちまち修復していく。フラッシュに蹴られた顔のケガも元通りになる。おそるべきパワーである。
「夏妃、すまん」
宗治がパワーを使い終えた夏妃の肩にそっと手を置いた。夏妃はその手にそっと手を添えた。
「先輩、カルマさんは先輩の許嫁さんですか」
魔界の王である宗治に、側室であるカテルや蝶子は「陛下」とか、「宗治様」という敬称で呼んでいるが、正室の夏妃は未だに「先輩」と呼んでいる。これは、「激熱の魔王」には元馬君、「天智の魔王」には隆介くん…と呼んでいるので、なんとなく違和感がない。宗治は表情を変えることもなく、
「ああ。家同士が決めたことだ。だが、俺の心はお前が知っている通りだ」
と夏妃に言った。だが、夏妃は嫉妬でそういうことを尋ねたのではなかった。カルマの能力を目の前で見たから、魔界の正室としてその戦力としての可能性を聞きたかったのだ。
「では、先輩。彼女を側室に迎えますか」
宗治は少し考えた。だが、首をゆっくりと振る。
「いや、カルマは巻き込みたくない。もうすでに何人もの女の子を戦いに駆り立てている。これ以上は増やしたくないのだ」
夏妃はそっと宗治に寄り添った。
宗治が藤野蝶子とカテル以外に側室を増やそうとしない理由は夏妃なりに理解していた。これは隆介や元馬にも言えることだが、決して好色なことが好きでないのだ。宗治は今後起こる戦いにこれ以上巻き込みたくないという思いが分かったし、隆介や元馬は自分を愛しつつも、避けられない戦いから自分を守るためにまだ覚醒していない側室を探している。どちらも夏妃にとっては気持ちが痛いほど分かるのだ。だが、夏妃にはカルマに対してはある種の確信があった。
「先輩は優しいですね。でも、カルマさんが側室として運命づけられていれば、避けようがないと思います。カルマさんのために先輩の傍に置かれたら…」
宗治はそっと夏妃のほおを右手で触った。
「夏妃。お前は本当に寛容だな。だが、そういう言葉を言われて他の女を側に置くのは俺の主義に反する。カルマがそういう運命なら、彼女自身が決めることだろう」
そういうと夏妃にそっと口づけをした。
意識を失っていた物部カルマは、目を薄らと開けた。そこには衝撃的な光景が…
(えっ?宗治…キス…あの女と?)
これは夢だ…と言い聞かせて、また意識が沈んでいくのが分かった。