バール家の令嬢
隆介は中村杏子を送って駅まで来ていた。関係を持ったからには大事にしたいと思ったのだが、愛する夏妃のことを思うとちょっと心が痛んだ。だが、メグルも杏子もすべて夏妃のためである…と自分に言い聞かせた。ホームで別れると杏子は、そっとキスをしてきた。
「契約成立とはいえ、たまにはビジネス抜きでしたいものね。もちろん、夏妃さんやメグルさんを差し置いてとは言わないわ。でも、私だって初めてをあげたんだから、大事にしてくれなきゃね。」
そういって電車に乗り込む中村杏子。隆介はほんの30分前の出来事を思い出して、むくむくと自分の欲望がまた湧き起ってくるのが分かった。
(これはしんどいぞ。元馬、夏…宗治先輩はどうか知らないけど…)
杏子と別れて戻る最中に、隆介は人々の緊迫した叫び声が耳に入った。どうやら、人が倒れているらしい。そして、倒れている女性の足が見えた。蒼白の顔に見覚えがあった。
(み…三ツ矢先輩!)
瞬間に隆介は駆けた。そして人だかりをかき分けてその被害者の顔を見た。第一発見者のOLが頭を抱えている。隆介は加奈子の手を握る。どんどん冷たくなっていく手。
「三ツ矢先輩、大丈夫ですか!意識ありますか!」
大声で叫ぶがどんどん顔が蒼白になっていくところを見ると事態が一刻を争うことは理解できた。
「隆介くん、このままでは危ないわ」
聞きなれたアニメ声に隆介は顔を上げた。ミニスカスーツでムチムチボディを包んだ国語教師、三輪桃花先生であった。隆介はこの女性が只者ではないことを思い出したが、今はそんなこと気にしていられない。
「先生、このままでは三ツ矢先輩が…でも、どうしたら…」
「これは吸血鬼のエナジードレインよ」
小声で先生が言う。
(エナジードレイン…)
生体エネルギーを根こそぎ奪う吸血鬼の攻撃法だ。救急隊が来たところで対応は無理だ。
「キスしかないわ。隆介君、いや、魔王様…」
「えっ?」
隆介は聞き直した。こんな状況で冗談のはずがない。
「キスして側室として覚醒すれば、エネルギーは一時的に増える。それに耐久力も上がるわ。人間では死でも魔界の側室なら耐えられる」
「こんな状況で!」
「こんな状況だからよ。人工呼吸するふりしてしちゃいなさい」
桃花先生が上着を脱いで丸めて枕にした。隆介はそっと三ツ矢加奈子の頭をそこに置き、そっと唇を重ねた。傍目には人工呼吸と映ったかもしれない。それと同時に光に包まれたが、野次馬は気が付かない。三輪先生が何かしたのだろう。
救急車のサイレンが近づき、救急隊員が担架を担いできた。止まっていた心臓が弱くであるが動き始めた。知り合いということで救急車に乗り込む三輪先生は、ぱちっとウインクしてこう隆介に言った。
「病院に来て頂戴ね。今夜…」
途中から、自分が魔王であること前提で話をしていた三輪先生。あのパンツのマークはアレクサンドラから聞いた元馬から聞いていた。あれは魔界の大貴族、バール家の紋章。
つまり、三輪桃花は魔界の人間なのだ。