夏と熱血男 ~覚醒モード~
第5部登場人物
源元馬…生徒会長橘隆介のライバル。第2の魔王候補
女夏に一目ぼれの熱血男。ラブラビビジョンで今日も幸せ
源元馬率いる、裏生徒会(元馬は真の生徒会と呼称)の提案は、体育祭を生徒会率いる赤組と元馬率いる白組と対抗戦をしようというのである。勝った方が本物の生徒会で夏とお付き合いができる。
(ちょっと待て!本人の承諾なしにそういうことが決まるのか?)
そもそもちゃんとした選挙で選ばれた隆介が、この挑戦を受けるメリットはないはずだ。ましてや、夏をかけることに躊躇しないとは・・だが、隆介はこれを機会にただの幼馴染から一歩進んだ関係を求めてきたいと考えているんじゃないだろうか。その割には、いろいろ命じて自分の世話をさせる。幼馴染への微妙な心境である。
(俺はお前の女房じゃない!)とどなってやろうと思ったが、どうも女夏は何も言わず、これまで世話を
してきたようだったのでがまんしてきた。心の中で今は傍観している女夏に聞いてみた。
「おまえ、昔から隆介の世話しているのか?ムカつかないのか?」
「昔からよ。何だか、体が勝手に動くの。橘君には逆らえないと言うか、世話をしてあげたいと思うのよ。ぽっ・・。」
(おいおい・・それじゃあ、隆介が魔王決定じゃないか。相思相愛だし。)
「あのね、あなたにお願いがあるのだけど。」
女夏が真剣な眼差しで俺を見てくる。
「あの元馬君も気になるんだよね~。あなたは源君にもアプローチしてね。」
「えっ?おまえ、隆介にベタボレじゃないのかよ。」
「私は魔王のお嫁さんなの。そりゃ、橘くんはいい人だよ。カッコいいよ。だけど・・魔王じゃないならお嫁さんにはなれない。」
(は?お前は相手が魔王ならどんな奴でもいいのか?)少々、疑問に思う俺。
「おまえ、さあ、これまで生きてきたキャラとずいぶん違うようなんだけれど。会見のときにはじけてたじゃないか。本当はあの(きゃは!夏、困っちゃう~)とか言うブリブリ女の子キャラなんだろう!」
俺は確信している。こいつ表面ズラはおとなしいが、本質は違う。
「それはあなたが心に入ってきてからよ。何だか、自分が生まれ変わったような感じがするの。きっと、運命の人が近くにいることが分って私は生まれ変わったんだわ。」
「は?」
「魔王様は、はきはきしてエネルギッシュな女の子が好きなんですって。」
(それ?誰情報?)
「魔王はおとなしいタイプは嫌いなのか。」
「おとなしいタイプが魔界に君臨できて?魔王のお嫁さんということは、魔界の女王よ。おとなしいタイプじゃ、いざとなってもモジモジするのがオチなの!」
(お前がそのモジモジちゃんだったんじゃないか。)
「で?おまえは二股かけるために俺に協力しろと?そういえば、お前、会見で男の子募集とか言って、二股どころじゃないじゃないか?魔王って、そんな浮気な奴がいいのか?」
「ふふふ・・。バカね。あくまでも魔王様を見つけるためよ。」
「魔王様以外の男なんて、切り捨てるわ。」
(こいつ、こええええ・・。可愛い顔してこえええっ・。さすがは生まれながらにしての魔王のヨメ。)
「だ・・だけど、元馬にアプローチって言っても・・。俺は男だぜ?気持ちわる~。」
「大丈夫よ・・仕込みはばっちりだから・・。あなたはそのままのキャラで十分、トドメをさせるわ。どちらにしても、私とあなたは自分の意思に関係なくランダムに数時間ずつに変わるみたい。お互い、魔王様を見つけるために協力しましょう。」
女夏は俺にウインクをした。自分じゃなかったら、惚れてしまうくらい可愛い顔である。
隆介に元馬と仲が悪い同士の間に入って行動する?修羅場は必死である。どちらかが魔王なら苦労も厭わないが・・。元馬については自分に告白していたくらいだから、自分に惚れさせるという条件はクリアである。隙を見てキスしてやればいい。それで魔王復活??
(よし、とりあえずやるぞ!俺は女だ、美少女だ・と言い聞かせてガマン!!)
思わずオイッチニイ・・と準備体操を始めた。キスするのに体操はいらないはずだが、体が勝手に動く。廊下だったので道行く生徒が笑って通り過ぎる。
「土緒くん、大丈夫?」
立松寺が後ろから話しかけてきた。長い髪を揺らして満面の笑みで振り返る俺・・。
「昨日、会見の後、急に華子さん・・とか言い始めたから、男の子の土緒くんがいなくなっちゃったと思って心配したのよ。」
「立松寺~・・・。」
思わず、立松寺に抱きついた・・というより、立松寺の胸に顔を埋めた。端から見ると女子同士のじゃれあいみたいに見える光景だが、それが男の子だったら、かなり親しくないとセクハラである。
「きゃああああ・・土緒くんのエッチ!」
案の定、バシッ・・とビンタが炸裂する。
「いててて・・。」
「土緒くん、スリスリは早いよ。」
顔を真っ赤にしてうつむく立松寺。(か・・可愛い~可愛すぎる。)
このやりとりを見ていた生徒たちが、
「あの二人、やっぱり怪しいよねえ。」
「会見じゃ、ドーナッツちゃん、否定していたけど。」
「生徒会長より、立松寺さんと一緒にいることが多いし。」
やばい・・ドーナツちゃんゆり説が大きくなる。心の中で女夏が(バカ~)と叫んでいたがそれは無視する。なんやかんや言っても、立松寺とこんなラブコメ的なやりとりしてないと、自分が男だと自覚を失ってしまいそうである。
「土緒くんがいない間にいろいろ調べたわ。」
「何を?」
「あの源元馬くんのこと、リィ・アスモデウスのこと。」
「ああ・・。」
源元馬のことは、男夏の時だった時と状況はあまり変わっていない。選挙で隆介の対抗馬だったことも、選挙が激戦でわずか5票差だったことも。当日、確実に元馬に入れてくれるはずだった生徒が10人ほど休んだことも。
10人は偶然、病気で休んだのであるが、隆介が裏で圧力をかけたのだというありえん噂が流れて、熱血漢の元馬がいきり立ったことも。元々、この二人が商売敵ということもあって仲が悪いことも。あの暑苦しいストレート感情の元馬が予想に反して人気があることも。
まあ、モテモテ隆介に反感を持つ男子生徒とああいう熱血漢が好きな女子も意外といたということだが。
「橘くん、実は選挙後に源くんを副会長に迎えようとしたの。これはスクープよ。」
「へえ・・それは知らなかったなあ。でも、それよく流れなかったなあ。」
「そこが、週刊乙女林の編集長、三ツ矢先輩のすごいところ。スクープは味付けをしてもっと大きくなった時に発表した方がいいという判断で保留になったの。」
「結果的には正解か。今回の体育祭決戦の結末いかんによっては、そのエピソードが記事に挿入されると言うわけだ。」
「ついでに賭けの対象になったあなたと源くんロマンスも。」
「えっ?ロマンス?」
(そんなもんあるのか?)女夏に聞く俺。(あったかな~)と女夏は首をかしげる。こいつ完全な確信犯だ。そういえば、さっき仕込とかなんとか言ってたわ。
以下は週刊乙女林の編集長、三ツ矢加奈子が源元馬本人や周りの証言を元に構成した話。
学校の食堂に向かって歩く元馬と男子生徒一向。
「元馬さん、この学校の女子、レベル高いですねえ。」
「ふん。女、女なんて言ってると軟弱になるぞ。男はしっかり前を見据えて己の信念に向かって突き進むのみ。」
「元馬さん、何、おっさんみたいなこと言ってるんですか。あれ見てください。あの娘が立松寺華子、この学校でベスト3には入る娘ですよ。性格はキツイそうですが、たまに見せる笑顔に悩殺される男子生徒が多数だそうです。」
「ふん。キツイ女は好きじゃない。面倒くさいだろう。」
「元馬さんは、従順な女の子が好みですか。それなら、あそこ、あそこでお弁当食べてる楠井真里菜。あの子も乙女林ベスト3の美少女ですよ。真里菜ちゃんなんか、これが女の子~という感じで萌えますよね。」
だが、くるくるに巻いた長い髪を耳にかけながら、女友達と楽しそうに話をしている少女をちらりと見て元馬は、
「ああいう、女の子女の子した奴も面倒くさい。」
と一刀両断。取り巻き男子は慌てて、
「元馬さんは、やっぱ、尽くすタイプですか。そうですよね、女の機嫌をとったりするのは硬派の元馬さんには似合わないッス。」
「それなら、あの娘がいいんじゃないですか。あの娘。」
取り繕うように話題の女の子を変えようとした男子生徒は、怒ったような声の元馬に驚いた。
「土緒夏か!あいつは隆介の女じゃないか!」
「いや、その元馬さん。ドーナッツちゃん知ってるんですか?」
「ふん。乙女林美少女ベスト3というなら、土緒夏は入るだろう。」
たんたんと語る元馬。取り巻きの男子はそれ以上聞けなくなった。だが、食堂でとんかつ弁当を買って教室に戻る途中、ふいに前方を歩いていた話題の女子生徒が階段を踏み外し、あろうことか元馬のふところへ飛び込んできた。
抱きかかえるように体を支える元馬。その軽くてやわらかい感触に頭が真っ白になり、手に持ったとんかつ弁当が宙に舞って、スローモーションのように階段下へ落ちる。飛び出た白いごはんと無残にも壁に張り付いたトンカツはあきらめるしかないと思ったが、体を支えてやった女の子と目があった。
「ご・・ごめんなさい。あの・・。」
「危ないじゃないか。ケガはないか。」
「ありません。ありがとうございました。あの、お弁当、だめになっちゃって。あの弁償します。」
女の子は財布を取り出したが、
「いや、いい。それに今からでは売り切れだろう。」
「ご・・ごめんなさい。それじゃ、これを。」
女の子は手にした紙袋から、チョコドーナッツを取り出した。ケーキ生地のドーナッツにチョコがかけてあり、クルミ粉がまぶしてある。それを渡すと女の子はそそくさとこぼれた弁当を片付けて、ぺこりと頭を下げ、
「お詫びはまた。」
と言って走り去った。
「元馬さん、それ、ドーナッツですよね。」
男子生徒が元馬が握り締めている紙袋を見てそういった。
「ドーナッツちゃんのドーナッツですよ。」
「あれが土緒夏か・・。」
「いやあ、いい娘ですよね。あのドジなところが天然でいい。生徒会長と付き合っているというのはデマで、フリーだという説もありますよ。」
「ふん。ドーナッツ1個で腹がふくれるか。」
「またまた、元馬さん。」
ちなみに女の土緒夏がドーナッツちゃんと呼ばれるのは、名前からだけではない。これも最近知ったこの世界の土緒夏の設定である。彼女が手作りで持ってくるドーナッツが絶品で、学校で評判となり昨年の文化祭の模擬店で販売したところ、お客が殺到。その中にMブランドの大手ドーナッツチェーン店の役員がいて、そのドーナッツを企画して販売したところ、大ヒットしたという伝説があるのだ。
そう彼女はミス・ドーナッツとしてこの町では有名なのである。そんなエピソードはさておき、出会った時はさらりと流した元馬だったが、次の日、モジモジして元馬の教室に入ってきた夏が3段重の弁当を持参してきた時には言葉が出なかった。
弁当は1段目がおにぎり、2段目はトンカツやコロッケなどのボリューミーなおかず。3段目に煮物や焼き物、和の食材が並び、持参してきた保温機能付き水筒からお湯をそそぎ、お吸い物を作って差し出す。元馬と昨日あの場にいた2人の男子にせっせと給仕する夏。
「これ、ドーナッツちゃんの手作り?」
男子が夏に軽い口調で聞く。
「はい。あの、私、料理が得意なんです。昨日、源さんのお弁当、台無しにしちゃったので、今日はお詫びに。」
「いやあ、この煮物、おいしっス。ねえ、元馬さん。」
「ああ。」
ぶっきらぼうに答える元馬だったが、サクサクの衣のトンカツは昨日の弁当以上だったし、おにぎりも塩加減が絶妙で、今まで食べたおにぎりの中では一番うまいと思った。目の前の美少女が朝早く起きてエプロン姿で作っている姿を想像するだけで、頭がボーっとなってしまった。
「あの、おいしいですか?源くん。」
「ああ。おいしい。」
「よかったあ・・。夏、源くんに喜んでもらってうれしいです。デザートはちょっと重いかもしれないけど・・。」
「おおおっ・・。うわさのドーナッツちゃんのドーナッツ!!手作りのオリジナルだ。」
周りの男子が集まってくる。たくさんあるドーナッツを夏は男子に配る。さりげない演出。さらに覗いた女子まで配る。うまい!男ばかりに配ってはうらみを買う。しかし・・。
(おいおい・・。女夏・・お前、手作り弁当は反則だろ。しかも、こんな可愛い姿さらしやがって。これじゃあ、俺の出番なんかないじゃないか・・。まあ、出番がない方がいいのだけど・・。)
(リィが言ってたの。源くんも魔王候補だって。真実の鏡に映っていたそうよ。)
(真実の鏡?俺に興味があると映るという奴?それじゃあ、親衛隊の男連中が何十人も映るだろう。)
(あなた、何も知らないのね。ただ好きだけじゃ映らないわ。運命的なつながりがないとね。大丈夫よ、そんなに候補はいないから。)
(そんなに?)
女夏の言葉に妙な引っかかりを覚えたが、回想シーンは続く。
この女夏は、手作り弁当でトドメをさしただけでなく、次の日にまたもや階段で足を踏み外し、転がり落ちる寸前にまたもや元馬に抱きとめられるというクサイ演出をしやがった。
俺が生まれ変わって意識が戻る3日前のこと。立松寺とデートした日の3日前だ。抱きとめた元馬は根が単純な奴なので、これを運命的なものと感じたのだろう。いつもの素っ気無い感じでなく、顔をまじまじと見つめてた。
「また君か。」
「た・・度々、申し訳ありません。」
「あの・・夏さん。」
抱きとめた夏を軽く起してやり、手を離すと元馬は思い切ったように話しかけた。
「隆介とは付き合っているのか?」
「つ・・付き合ってはいません。」
さらに元馬が口走る。
「俺のこと、どう思っているの?」
「えっ・・・あの・・源くんはステキですけど・・。」
(魔王様かどうか分かるまでは、あ・な・たはキープ君よ。)
(ひでえ・・女夏!)
だが、ステキ・・を「好き」と聞き違えた元馬は、(おおおっ・・・。)っと頭が真っ白になって夏ラブラブビジョンになってしまった。なにやら誤解を解こうと必死に言っている夏の言葉なんか耳に入らない。
元馬ビジョン・・。元馬にはこのように聞こえている。
「隆介なんかとは付き合ってません・・。なんでそういうこと言うの?夏は・・夏は・・
源くんのことスキだと思っているのに・・。今、夏は隆介に付きまとわれて、生徒会の書記の仕事、無理やりやらされているの・・。源くん、夏を助けて・・。」
本当は、
「橘くんとは幼馴染だけで付き合ってはいません。私には運命の人がいるから、それが誰だか分るまではいろんな人と出会いたいわ。生徒会はそういうわけで運命の人と出会う場かな?なんて思っているわ。ね?分ったでしょ、源くん。夏の気持ち分かった?」
(全然、違うよな・・。絶対。)だが、ラブラブビジョン状態の元馬、
「おう!夏さん、任させておけ。君を必ず、隆介の毒牙から救ってやる。」
と宣言した。
「あぱぱぱ・・。」
夏が何を言っても聞いちゃいない。