みくにちゃんの大冒険PART2~逃走~
加奈子は本当は、もっと重要なことを調べ上げてきた。ドミトルはまさか人間がこの屋敷に忍び込んで調べるなんて思ってもみなかったのだろう。結構、だいたんに手紙やら、文書やらを机に置きっぱなしにしていた。
何だか状況が分からなくて理解ができないところもあったが、4人の魔王、側室、そして土緒夏妃の名前も見つけた。どうやら、とんでもないことが起きているようだ。それをこのチンチクリンのダメダメ部下に話すでもなく、加奈子は脱出方法を考えていた。ふと美国が背負っているディバックが目に入った。
「みくにちゃん、そのかばんの中身は何?」
「あ、はい!」
そういって私はかばんの中身を取り出した。
懐中電灯、キャンデー3個、昼に食べたサンドウィチの入っていたタッパー、なぜか入っていた携帯目覚まし時計、下着に歯ブラシにタオル 以上!完全にお泊り覚悟である。
「…みくにちゃん…あなたに期待した私がバカだったわ」
何か役に立つものがないかと思っていた三ツ矢加奈子は少々がっかりした。
(今は1時47分、ドミトル伯爵は6限まで授業だから、終わるのは3時45分。ここに戻るのは早くて4時30分ってことかしら…それまでにここから逃げられるか?)
先輩の思案顔を他所に、私は下着を持ってきたことを思い出して、履き替えることにした。
(だって、ちょっと、ほんのちょっと洩らしちゃったんだもん)
水玉パンツからハニーイエローのパンツに履き替えた私は、かばんの下ポケットにまだ何かあるのに気付いた。これはお兄ちゃんのものを失敬してきたから、遊びに行ったお兄ちゃんのおもちゃか何かだろう。出てきたのは…チョロQだった。
それを見た三ツ矢編集長は、私を抱きしめて頭をなでなでしてくれた。
「みくにちゃん…あなたはえらいわ!」
三ツ矢編集長は、チョロQに携帯目覚まし時計を張り付けた。小部屋にあった段ボールに張り付けてあったテープを丁寧にはがして屋根にくっつける。そして目覚ましを1分後にセットして音を大音量にする。
プルバックしてドアの隙間から廊下に向けて放した。
爆走するチョロQ!廊下の壁に突き当たり、先を右に向けるとまた走り出した。その先は階段で転げ落ちる音とけたたましく鳴る目覚まし!
黒い化け物どもが廊下から階段下へと動き出した。三ツ矢編集長は私の手を取って、小部屋から走り出た。階下は黒い化け物の大群だから、目指すは上の階となる。幸いにも途中には化け物は1匹もおらず、最上階の豪華な扉を開けた部屋に侵入した。
「窓からカーテンをつないで降りましょう」
三ツ矢編集長はそういいながら、入ったのであるが、中はカーテンこそあれ、ピンク色のじゅうたん、壁紙やぬいぐるみの山はともかく、中央にはこれまたピンクの棺が置いてある不思議な部屋であった。周りが女の子ぽいファンシーな雰囲気なのに、棺というのが違和感があって、かえって不気味さを強調しているのであった。
「へ…編集長…今、棺の蓋が動いたような?」
私はずりっと少しだけ動いた棺を注視して三ツ矢編集長に確認を求めた。
編集長は私の手を握って、棺から目を離さない。握る手に力が入ってくるのが分かった。
あの鬼の編集長でも緊張することはあるのだ。
棺が少しずつずれていく。それをスローモーションのように見つめ、私は編集長と手を握り合ったまま、へなへなとその場に腰を落とした。足に力が入らない。
蓋が半分ずれた棺から、細い手が2本にゅーっと伸びた。そして、甲高い声で、
「あーよく寝たわ~。あれ?今何時」
赤い髪の可愛い女の子…私と同じくらいに見える女の子が起き上がった!
「あれ?あなたたちは誰?」
私は思わず、
「は…はい。私、乙女林高校1年、雪村美国っていいます。ドミトル先生の秘密を探りにこの家に忍び込んだのです!」
「み…みくにちゃん!」
慌てて私の口を抑える三ツ矢編集長。でも、もう遅い。私たちの悪事?はばれてしまった。
「秘密ですって?フフフ…おもしろい人たち。そこのメガネのお姉さんは?」
「三ツ矢加奈子、乙女林高校の3年、週刊乙女林の編集長をしている」
「ふーん。私は、カミラ・ラ・ツエッペリよ」
「カミラちゃんか、可愛い名前だね」
カミラと名乗る少女の口元に2本の牙が少し見えたことも、背中に小さな黒い翼らしきものがあることも全然気にしないで、私はまるでクラスにやってきた転入生に自己紹介して話すような言い方をした。でも、かしこい三ツ矢編集長は、カミラというファーストネームよりもツエッペリというファミリーネームに注目していた。
「あなた、もしかしたらドミトル先生の妹さん?まさか、娘さんじゃないよね?」
「きゃあ、いやだ。加奈子ったら、娘さんだなんて!」
(見た目年下なのに、この牙生え娘は鬼の編集長を呼び捨てにしている。後が怖いぞ!)
「わたしは、ドミトル兄様の妹です」
そういって、可愛くあくびをしたカミラちゃん。でも、ここでさすがの私も気が付いた。
その小さな口にするどい2本の牙が…(この娘、吸血鬼!)
「それでは、そういうことだから、我々は失礼する」
三ツ矢編集長はどういうことか煙に巻いて、その場を去ろうとするというより、窓を開けてカーテンを外して脱出の準備をする。あまりに違和感がないので、わたしもつい、隣の窓のカーテンをはずす行動をする。
だが、先ほどまで棺に寝ていたカミラちゃんが、瞬時に私の目の前に移動した。腰まで伸びたストレートヘアに真っ白いネグリジェ。白いブラとパンツが透けて見えた。それに対比するかのような真っ赤な唇を開いた。
「まだ、帰るのは早すぎません?カミラと遊んでいきません?」
その言葉に私と三ツ矢先輩の動きが止まり、背筋に冷たいものが走った。
「遊ぶ?何して?」
「くくく・・・決まってるじゃない…これよ、これ!」
「ええええっ?」
私は大声をあげた。