みくにちゃんの大冒険 その4 ~胎動モード~
みくにちゃんに忍び寄る影…魔界の過激派幹部、吸血鬼ドミトル伯爵。ドジでおまぬけな一般人のみくにちゃんの大ピンチ。
そして、そういう予感がするときは大体、何かが起こるものだ。
帰り道、人気のない公園の道路でその事件は起きた。あのドミトル先生が目の前に立っていたのだ。
「雪村美国ちゃんでしたね。先ほどは見苦しい姿をお見せして申し訳ありません」
先生の長身のシルエットが月明かりに照らされて地面に長く映し出されている。それも異様なくらい長身に…
「あ…あの…私、見ちゃったんですけど、あの子は先生と付き合っているの?」
ドミトル先生に関わってはいけないという三ツ矢編集長の言葉が頭に浮かんだが、しゃべることで何か分かるかもしれないという好奇心が勝った。
「ふふふ…あなたのような幼い女の子には関係ないですよ。これにはアダルトな事情があるのですから…」
「アダルトですって?」
幼いと言われてカチンときたのに、次のアダルトという言葉で思考が停止した。
(やっぱり、この先生、イケメンをよいことに女の子を食い物にしてるんだわ)
私の結論はちょっと「食い物」というところに相違はあったけれど、ズバリ当たっていた。だから、必然的にそれを知ってしまった私はピンチを迎える。
「まあ、本来ならあなたのようなチンチクリンは好みではないのですが」
チンチクリンと言われて私はかっとなった。だから、ドミトル先生の爪が伸びて赤く染まったこととか、口から2本の牙が伸びたことには注意がいかなかった。
「チンチクリンとは失礼な!」
「おや、この姿を見ても驚かないとは。バカなのか、単なるニブ子ちゃんなのか」
「バ…バカとは何よ!」
ドミトル先生の目が赤く光る。私は思わず目をつむる。
(あの目を見ちゃだめ!)
と心のどこかで誰かが叫んでいる。ポケットから編集長のくれた銀の十字架を取り出して、両手でかざした。
「ふふふ…ははは…こりゃおかしい。ヴァンパイアには十字架、ニンニク、誰が言いだしたことやら…そのようなアイテムでこの私を退けるなど笑止」
目を閉じているのに何故か赤い目が目言えてくる。これは映像の光ではなく、瞼の皮膚を通過してくる思念みたいなもの…だんだん意識が遠のいていく私。だが、別の声がして私の意識が呼びさまされた。
「そうね。十字架が怖いのではなくて、神への信仰が怖いだけ。強い信念を持った人間にはあなたの能力は効かない」
「ほほう…ただもんじゃないと思ったが、その服の紋章。バール家だな。人間界に何しに来た?」
腕を組んで現れたのはいつもおっとりしている国語教師、三輪桃花。いつものアニメ声だが、話している内容はシリアスだ。
「あなたとは違う目的よ」
「バール家といえば、先代魔王の側室に娘を差し出していたな。確か、イセル、第1位の序列だったか。そうか、お前はその妹か」
「初めまして、ドミトル・ラ・ツエッペリ伯爵様。バール子爵家の次女、エセル・バールです」
「貴族令嬢らしく、ご丁寧な挨拶だが、そのお姫様がなぜ、人間のふりして教師などをしているのだ?」
「あなたこそ、魔界の過激派の幹部様なのに人間界で英語の講師なんて…それで小娘をたぶらかして、何なさっているの?」
(ちっ)
ドミトルは心の中で叱咤した。こいつは自分の目的を知っている上で聞いていることは明白で、この場に割り込んだのもその小娘を毒牙にかけるのを阻止するために決まっている。ただ、魔界の令嬢とはいえ、戦闘力は自分に及ばないはずだ。姉のイセル・バールは前魔王の側室の中でも至宝とまで言われた群を抜く戦闘力で幾度もカオス軍やカオスの将軍を倒した英雄であったが、その妹はそんな力があるはずがない。その魔界の至宝の姫も戦いで命を落としたが…
(そうか…そうに違いない)
ドミトルはある確信をした。この魔界の令嬢がなぜ人間界にいるのかを。
「エセル嬢、もしや、姉の跡を継いで側室になろうとやってきたということでしょうか?」
エセルの顔に少しだけ赤みが増した。
(図星だ。)
「いや、残念でしたね。時期魔王は4人とも高校生。見た目、ちょっとお年を召したエセルちゃんでは、魔王様に選んでもらえないですね」
確かに、三輪桃花先生は公称23歳ということで、ちょっとお姉さん過ぎた。派手なリィや前側室のファナやカテル、アレクサンドラと同じ年上でも、見た目は一番お姉さんに見えるだろう。
「年は関係ないわ。要は戦力になるかならないか…愛情とか寵愛とかは関係ない」
「高校生の坊やに対してだと若干、犯罪ですからね」
そう言いつつ、戦闘が開始したドミトルは、エセルに対して赤い爪を突き出すが、エセルは瞬時にかわす。そして召還したウェポン、レイピアを抜いた。すさまじい突きをお見舞いするが、ドミトルも何なくかわす。
私はいきなり始まった先生同士の戦いを見て、またしても気が遠くなってしまった。2人の戦いが激しく、すさまじい闘気に当てられたこともあって、いわゆるど素人の一般人の私の次なる行動は気を失うことに決定されている。お約束通り、ふにゃにゃ…とその場に倒れる。でも、そのことは今後の私にとって大きな転機となった。