みくにちゃんの大冒険 その3 ~胎動モード~
「あれえ?そこで何してるの?」
女生徒が倒れているのを2階の窓から見かけて声をかけてきた。北の窓で倉庫が多いから窓を開けて裏庭を見る人間はこの時間はレアとはいえ、見つかる可能性はある。幸いなことに窓の角度からは倒れている女生徒の足が見えた程度で、ドミトルの姿は捉えていないようだった。しかも声の主はドミトルもよく知っている声。アニメ声の国語教師、三輪桃花だ。あののんびりした性格なら自分を見つけたり、気配を感じたりすることはないだろう。ドミトルは木の陰に溶け込んで姿をくらました。
(だが、あの女教師…)
自分好みの容姿とプロポーションから、いつか襲ってやろうと思ってはいたが、のんびりしているようで隙がない。なんとなく、普通の人間ではない感じがするのだ。
目を開けた。白い天井とやわらかい蛍光灯の光が目に入った。窓からは夕日の赤い光が差し込んでいる。
「わ、わたしったら…」
そうだ…あれは夢だったのだろうか?
「雪村さん、裏庭で転んで気を失っていたのよ。きっと、貧血で倒れた人を見て慌てたようね」
そう保健室の先生(中年のおばちゃん、残念)が優しく話しかけた。貧血で倒れていた女生徒はとっくに回復して家に帰ったらしい。
「三輪先生によくお礼を言っておいてね。あなたを運んでくださったのだから。それと三ツ矢加奈子さん、さっきまであなたにずっと付き添っていたわよ」
「は…い…よく、お礼を言っときます」
私はぺこりと頭を下げて、そそくさと帰り支度をする。かばんは部室にあったものを三ツ矢先輩が届けてきたのだろう。とりあえず、週刊乙女林の部室に向かう。でも、気を失う前の出来事って…
(夢じゃない)
私の脳裏にあの光景が映し出された。始めはドミトル先生が校内で生徒に不埒な行為をしていると思ったのだけど、女生徒は気を失っていた。首筋に赤い血が2本流れていた。
「吸血鬼ね…・その話が本当なら…」
三ツ矢加奈子は原稿の入力をしている手を休め、トレードマークの赤い眼鏡を外して眼鏡拭きでレンズをキュキュと拭く。そういうオヤジ臭いしぐさもこの敏腕編集長の有能さを醸し出す。正直、私の話を編集長が取り上げてくれるなんて思ってなかった。部室に来る前にあった友人の七海は、
「みくにちゃん、バカあ?夢にしても変よ。それにあのドミトル先生がそんなことするなんて絶対ないない…」
考えてみれば、七海はドミトル先生のシンパであったが、ドジな自分を知っている人物なら同様の反応だろう。先生とは信用度が違う。それに自分はドジって気を失って、現場がその後どうなったかさえ知らない。
「みくにちゃん…この件は私が預かります。今後一切、ドミトル先生には接触しないこと」
「あ…はい…で、でも、先輩」
私はこの件が大きな事件に発展しそうな予感がして、担当から外されることを残念に思った。三ツ矢先輩は私のことを信用してくれているようだし、何か力になりたいと思った。
「先輩、私、がんばりますから。この事件、私にも手伝わせてください!」
「いや、ダメ。もし、ドミトル先生が怪しいということが本当なら、顔を見られているみくにちゃんは、取材行動ができなわ。この事件は極秘取材しないとね」
「で、でも」
「それにね、みくにちゃん…」
編集長は椅子から立ち上がると私の頭をなでなでする。
「あなたは正直でまっすぐで、いっしょうけんめいなところは買っているけれど…」
急に両拳でこめかみをグリグリしてきた。私がドジする度にやられるお仕置きだ。
「せ…先輩…痛いですう…」
「まったく、あなたはドジで間抜けで運動神経ゼロ。あなたのせいで原稿校了が1時間も延びちゃったわ。その責任を感じなさ~い」
「ご…ごめんなさ~い」
「分かればよし。この件は忘れなさい。秘密を守るのもジャーナリストの資質よ」
そう言って、編集長は机の引き出しを開けて銀の十字架のアクセサリーを出した。
「魔除けに持ってなさい。こんなのジャーナリストとしてはナンセンスだけど、何だか嫌な予感がするから」
「えっ、先輩、冗談はやめてください。美国、帰れなくなっちゃいます」
夕日も沈み、辺りは薄暗くなっている。家路は真っ暗だろう。編集長とは帰る方向が違うから、この暗がりを一人で帰ることになる。それはいつものことだから、怖くないと言えば怖くないが、今日は何だか背中がぞくぞくする。