夏と黒い子猫~後編
その頃、源元馬は自分のアパートの外でうずくまる茶トラの子猫を見つけた。もとより、捨ててはおけない性格であるため、動物禁止のアパートではあるが、そっと抱き上げると自分の部屋に連れて行った。子猫は荒い息をしていたが、元馬がそっと水を含んだ綿を口に添えるとぺろぺろと舐めて、片目を開け、弱い鳴き声を出してまた目をつむった。元馬はその体をそっと撫でながら、寒くないようにタオルをかけ、自分のふとんの中に入れた。
同じく、一人、道場で木刀を振っていた宗治も白い子猫を発見する。その猫は道場に入ってきたかと思うと一声鳴き、ぱたりと倒れた。宗治は物も言わず、そっと体に巻いたさらしを破ると猫を包み込み、木刀に縛り付けるとそれを肩にかけて母屋に帰って行った。
外の明るい光とスズメの鳴き声で、俺は目を覚ました。ベッドからそっと首をもたげ、昨日の黒猫が入っていた段ボールを探した。だが、猫は見当たらない。
(あんなに弱っていたのに逃げだしたのか?)
そう思ったが、自分の下半身に重みを感じて子猫がどこに行ったかが分かった。
「こいつ、ちゃっかり俺の掛布団の上で寝てやがる」
昨晩はケガをしているようであったが、今朝、見る限り外傷はないようだ。俺はふと、この子猫がオスかメスか気になり、寝ている子猫の片足をそっと持ち上げた。あるものがあれば、オス決定である。なければメスである。だが、俺はどうでもよいことを確かめようとした行動を後悔することとなる。
確かに子猫の足だった。細い、毛むくじゃらの小さい足だったはず…ところが、右手に持った猫の足はなぜか、白い長い女性の足首であり、のぞいた先は白いスケスケのパンティでスケスケ越しに女性のあそこが…俺は鼻血がポタリポタリと落ちながら固まってしまっていた。足を上げられた方も固まっている。そして俺と目が合った。
「き…きゃあ~」
叫び声が部屋中に響く。下着姿で固まっている女性。俺はその顔に見覚えがあった。
(そう、ファナ・マウグリッツ…前魔王の側室NO.8 で橘家のパーティやセブン空間で俺の命を奪おうとした奴だ。
「お、お兄ちゃん、今、女性の叫び声がしなかった?」
妹の秋がパジャマのまま、ドアを開けてきた。兄貴が妙齢の女性の足を掴んで広げていたら妹も固まっただろうが、妹の目に映ったのは猫の足を掴んでいる兄の姿。
「お兄ちゃん、猫の足掴んで何しているの?」
「いや、これは…その…」
実のところ、俺の目にはパンティとブラジャー姿で固まっているファナしか見えないが、幸いなことに、妹にはファナが猫に見えるらしい。
「可愛い、黒猫ね。お兄ちゃんが拾ってきたの?」
「ああ、まあ、その…昨日、庭で鳴いてたもんで」
「お兄ちゃん、猫に優しくすると後が怖いよ~。お兄ちゃんにすり寄ってきて、捨てられなくなるから…。でも、心配しないでお母さんに行って飼ってもらえるように私も協力してあげるよ」
(飼ってって…こんなでかいお姉さん、飼ってたらやばいだろ…)
秋はファナの頭を撫でるとウインクして部屋を去って行った。
「そろそろ、放してもらえないか…」
ファナがうつむいて言った。あの強気のファナじゃない。
「いや、これは、その、見るつもりじゃなくて、あくまでも猫の股間を見たいだけであって、お前の股間などを」
「み…見たのか?」
ファナが泣きそうな声で聞く。顔はもう真っ赤、耳まで赤くなっている。
「いや、その白だとか、その下はピンクだとか、そんなんじゃなくて…」
(何言ってんだ俺!)
考えてみれば、ファナの奴は前魔王の側室で夜伽など経験済みで、それこそ20年間、前魔王にやられまくっていたはずだ。こんな生娘みたいな態度とられるとこっちまで罪悪感にとらわれてしまう。
「いや、悪かった。ごめん。いくら慣れていても見ず知らずの奴に見せるもんじゃないし」
「わ…私の見たの…お前が初めてだ」
ファナがポツンと言った。
(え?ええええええええええええええっ?)
(いや、お前、前魔王の側室だろ?こんなエッチなシチュエーションは別に初めてじゃないはずだ)と俺は自分に言い聞かせる。
「前魔王様は私を側室にするためにキスはしてくださったが、抱いてはくれなんだ。正室様に義理立てをしていらっしゃたのかは分からないが、愛を深めるために夜を一緒に過ごすことはあっても一線は超えられなかった」
側室の戦闘力は魔王との愛の深さに比例する。だから、夜伽をすることで愛を確かめ合う必要はあったが、前魔王は律儀に正室一筋だったそうだ。俺は自分がすでに前魔王よりも精神力で劣っていることを自覚した。リィと成り行きで一線を越えてしまった自分が情けない…だが、ファナもよく見るとかなりの美人でそそるボディラインを持っている。
(これに耐えたのか?魔王様!)
いや、これまで相対した前側室は全部美人揃いだ。あのカテルにしてもアレクサンドラにしても美人。まさか、あの2人にも手を出していないのか?よくもまあ、聖人君主であったものよのう…などと感心している状況であった。ファナがシーツで上半身を覆い、俺ににじり寄ってきた。
「見た以上は、お前は私の魔王様じゃ。今から殿下とお呼びしてよいか…」
急にしおらしい声を出すファナ。
(いや、待て、こいつこんなキャラじゃないって…)
いや、ツンとしていてデレとしている奴はリィや立松寺で十分だが、ファナの場合は性格豹変の完全痴女、デレデレモードである。
「私の大事なところは前魔王様にも見せたことはない。見た以上は、私の魔王様じゃ。殿下、今朝の朝食はファナじゃ。十分味わってたもれ。でないと、ファナ、もうがまんできない…」
そういって俺の両手を掴んで自分の胸に触らせる。頭が真っ白になる俺。ファナは押し倒すと唇を重ねてきた。光が二人を押し包む…
(ちょ…ちょっと待て~これじゃ、俺はただの好色魔王じゃないか!!!)
リィや立松寺にぼこぼこにされてしまう。でも、ファナの甘い体にしびれて抵抗できない俺。
精神力で前魔王には到底及ばない…。
すべてが終わった後で、(ファナが小バトルエリアを展開させたので、1時間に3発も搾り取られてしまった)俺の胸にそっと顔を寄せるファナ。その首には04の番号が浮かんでいる。
「殿下…私は人間界では猫の姿をしています。バレないようにそばにいますから、また、可愛がってくださいね。私の魔王様…」
どうやら、魔界の住人(天界もだが)は戦闘でダメージを受けると姿を変えて回復に努めるらしい。ファナの場合、猫になって完全回復モード。猫の姿で敵から隠れられるし、体が小さいから回復も早くなるらしい。いや、でも妹の秋は騙せても、リィや立松寺にはバレバレだって。ましてや女の子を飼うだなんて?いや、飼っているのは猫だが。それがファナで…いや、これはどうすればいいの!!!
いや、この時間、大いに頭を悩ませるのは俺だけではなかった。もう読者のみなさんはお分かりだろう。同じ状況が元馬のアパートで、そして宗治の部屋で困った猫問題を引き起こすのだが、それは今後語られるだろう…。