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魔王様と16人のヨメ物語  作者: 九重七六八
覚醒モード
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夏と立松寺家~覚醒モード~

土緒夏どおなつ…主人公 高校2年生17歳 ごく普通な男子高校生なのに魔王のヨメ騒動に巻き込まれる。

立松寺華子たてまつじかこ…主人公の彼女 高校2年生 性格はキツイがスレンダーな美人。

立松寺春慶たてまつじしゅんけい…華子の父親。大寺院の住職ながら風俗通いの破戒僧はかいそう女好きでどうしようもないが、実は…

リィ・アスモデウス…魔界の伯爵令嬢を名乗るダイナマイトボディのお姉さん。乳もでかけりゃ、態度もでかい。

立松寺は俺のことを「土緒くん」と呼んだ。つまり、立松寺だけは俺が男だったときのことを知っているのだ。(よかった~。)と思うのは、周りのあまりに自然な態度で自分は本当は女の子で昨日まで男だったと思い込んでしまっただけ・・というオチではないことが証明されたのだ。


だからといって現状が解決するわけではないが、少なくとも立松寺は、自分に「ごめんなさい。」と謝った。ということは、この状況になった理由を彼女は知っているということになる。


「今は説明する時間はないわ。今日の帰り、一緒に私の家に来て欲しいの。そこで詳しく話すわ。それまで、今、あなたの置かれた状況をできるだけ整理しておいて。男の子の時と置かれた立場が変わっているから。」


帰りまでに自分の置かれた状況とやらを整理してみた。男夏の場合、成績は学校で30番台まあまあ、上位の方。得意な科目は数学と理科、体育。運動神経は抜群である。部活には所属していないが、女友達、男友達とも多く、明るいいい奴というポジションである。


 女夏の場合は、成績はなんと6番。

(一晩で成績急上昇だ。ちなみに立松寺は2番)


数学と理科に加えて英語と国語ができるらしい・・。というのも、授業の中で英単語の小テストがなぜかスラスラ書けるのだ?運動はあまりできないということになっていたらしく、5時間目の体育で行ったソフトボールでは、ピッチャーがわざとゆるい球を投げてきた。


(バットに当てさせてやろうという配慮か?)


が、プライドが許さない俺はジャストミートでライト場外へボールを運んでやった。周りがあ然とする中、立松寺だけはグローブを顔に当てて天を仰いでいた。(立松寺はライトを守っていた。)


 さらに驚いたことに女夏は、生徒会役員の書記をやっているらしく、放課後に顧問の先生から明日の会議のレジュメ作りを命じられた。つまり、学校での女夏のポジションは、勉強ができて真面目、でも性格はおとなしい系でちょっと運動音痴、すらっとした足に小さめのお尻、ちょっとだけ目立つ胸にさらっとした長い髪をリボンで縛る典型的なお嬢様キャラなのだ。おまけに生徒会役員ときたもんだ。


(委員長でないだけマシか?)


「土緒くん・・」


キリリ・・とした声で立松寺が話しかけてきた。彼女の家へ向かう電車の中でだ。走る騒音で語尾が聞き取れず、思わず顔を近づけた。男の時は160cmある立松寺よりずいぶん背が高く、立松寺の顔は自分の胸ぐらい・・という感覚だったが、今はちょっとだけ、高いだけだから、唇が触れるくらいの急接近になってしまった。思わず、立松寺の顔が赤くなる・・・


(うあああ・・可愛い・・可愛すぎる・・。)


他の乗客は美少女二人が顔を接近させて話している光景に目が釘づけになる。それを気にしてか立松寺は声をより小さくする。


「土緒くん・・私が自分の立場をよく確認しておくように・・と言ったことわすれていないでしょうね」


「ああ・・」


「あなたは成績優秀でおとなしいお嬢様なの。今日のソフトボール、なんなの・・あなたのキャラなら、きゃあ~夏には無理~とかなんとか言って空振りしなきゃ。それになに?オタク男子の話題に急に割り込まないで」


オタク・・という下りは昼休みにギャルゲー大好き男子グループの会話に思わず、突っ込みを入れてしまったのだ。


「いや、あれは紀夫と雄二のやつが、ヤンデレキャラとツンデレキャラどちらがいいかなんて語っていたので、やっぱツンデレだろう!と持論を展開したまでで・・」


「だから、あなたの好みを女の姿で言ってどうするの?」


立松寺は腕を腰に当ててじっと目を合わせる。彼女のお説教タイムが始まる体制だ。


「しかもあなた自身、学校じゃあ天然お嬢様キャラでしょう。それが俺はツンデレの方がいいなあ。やっぱ。普段とのギャプがいいんだよなあ・・なんて。ばかじゃない!」


そしてツンとドアの方に向き、小さな声で、


「それに私はツンデレじゃないんだから・・」


(な・・なんだ?オノロケか?立松寺・・可愛い・・可愛すぎるぞ。)


「と・・とにかく、あなたが元の体に戻ることに全力を尽くしましょう。」


「立松寺、元に戻る方法を知っているのか?」


「詳しくは私の家に着いてから・・。」


立松寺は背を向け、ドアの景色を見る。それ以上の質問を受け付けない背中のオーラを感じ、俺も沈黙した。


 立松寺の家は、高校から3つ目の駅、立松寺前駅から門前町の中をまっすぐ伸びる先にある。大きな3重の塔が目印の大きな寺院である。なにしろ、鎌倉時代に開かれたと言う由緒正しい寺であり、江戸時代には北陸の大藩の菩提寺として庇護ひごを受けた歴史もある。


寺の住職は代々立松寺一族が務めている。華子のオヤジで44代目という話だ。華子は一人娘ということだから、この寺を継ぐのは華子と結婚する相手ということになるのだろうか?一瞬、坊主頭の自分を想像したが、頭を振った。今は可愛らしい美少女姿であるから、それはありえない・・。


 さて、寺の正門ではなく、横にある通用門から入ると寺とは別に大きな屋敷がある。住職一家の生活の場である建物である。それにしてもでかい建物だ。坊主は儲かるのか?などといった俗物的な考えは捨て、もし、自分が男の姿だったら、結構、緊張する状況である。


なにしろ、彼女の実家に行き、もしかしたら親と会うかもしれないのである。だが、今は美少女。女友達ということだとずいぶん気が楽である。男でも女でも友達であるには違いないのに・・不思議だ。そんなことはさてより、どでかい玄関に上がり、30畳はある大きな広間に通されると一人の人物が座っている。


その人物はなぜか、頭にコブ、右腕は骨折したのかギプスで吊っている。


「おおおっ・・華子か、よく帰ってきた・・。パパは心配・・」


その人物・・坊主頭でヒゲズラのごっついオッサンに華子がいきなり膝蹴りを食らわす。

たちまち、吹き飛ぶオッサン。


「お父様・・・ご自分のことをパパなどと、44代続く立松寺家当主としていかがかと」


どうやらこのオッサン、華子のオヤジらしい。そのオヤジ、華子の膝蹴りで吹き飛んだはずなのに、夏を見ると瞬間移動して夏の足にしがみつく。


「おおお・・君がうわさの夏君か。立派な美少女に生まれ変わったねえ」


ジョリジョリしたヒゲが太ももに当る。怖気おぞけが走って硬直してしまう俺・・。


「き・・きゃあああああああ」


思わず女の子の声で叫びを上げる俺。再び、華子の足蹴りがオヤジを吹き飛ばす。そして息も切らさず、


「お父様、土緒君にセクハラ行為はやめて下さいませ」


と冷静なお言葉。この父娘おやこ、いつもこんなことやっているのだろうか。


「で、結論から言うと俺がこんな女の子の体になったのは立松寺のお父さんのせいというわけ?」


「ごめんなさい」


「まあ、君も麗しい美少女になったわけだし、これからは華子の女友達として末永く仲良くしてやってください。」


ボカッ!と華子がオヤジの頭を殴る。普段はおとなしい感じの華子からは考えられない姿である。


「お父さん、なんでこんなことをしたのか、どうしてこんなことになるのか、どうすれば元に戻るのか、土緒くんに話しなさい」


仁王立ちして言い放つ立松寺華子・・・(怖ええええ。)俺としてはどうしてこんなことをしたのかは、何となく想像が付くからどうしてこんな非現実的な、漫画的な・・ファンタジーな出来事が起こるのかが一番知りたい。


どうすれば、元に戻るのか?という華子の言葉からどうやら元に戻る方法もあるらしいことも類推され、大変な状況にも関わらず、どこかに戻れるという安心感があったせいでもある。どうやら、このオヤジ、今日の朝から華子に相当厳しく尋問じんもんされてすでにゲロッテいるらしい。学校に遅れてやってきた立松寺の原因がこれである。


以下はオヤジのゲロ話。


華子が生まれた17年前、親父(名前は立松寺春慶しゅんけい)は、将来、華子を奪い去ろうと必ず現れる害虫(男)を退治するために頭を悩ましていた。一心不乱にお経を唱えていると、本尊の阿弥陀様から声が聞こえる。


なんじ、その願いのために何でもすると誓うか」


「おおおっ・・仏様・・私めの願いを聞き届けてくださるか・・」


そんなアホな願いを聞き届ける程、仏様が軽いはずがないのだが、その時の春慶和尚は

速攻で「はい」と答えた。(和尚ならもう少し考えてものを言え!)


すると阿弥陀様の像の後ろから、赤い服に赤いブーツの寺には明らかに場違いな女が現れた。一瞬、行きつけのキャバクラのホステスさんの誰か?とこの破壊僧の脳裏に検索画面の顔が現れては消えたが見覚えがない。


「このクスリを赤子に飲ませよ。ミルクに混ぜて飲ませればその子は、聖なる穢れない女の子に育つ。

その子が年頃になった時に、不用意に唇を奪う極悪非道な輩に天罰が下るだろう」


(キスしただけで極悪非道か?)


「そのクスリのせいで俺が女体化したというわけ?」


俺は思わず聞き返した。もし本当なら製薬会社もあっと驚く効能である。世の中のオネエさまが大金を積んでも手に入れたい魔法薬である。


(いや、それより、そのクスリを渡したド派手な姉ちゃんの方に突っ込みを入れるべきだったか・・。)


「いやいや、クスリの成分で女体化するのではない。華子自身が穢れのない聖乙女になる薬じゃ。その神様の使いが言うに、華子にキスした無礼者はたちまち、赤子、胎児、卵へと退化し、その魂は生まれ変わる前の天界に戻る。人間生まれ変わる時はどんなものかご存知か」


なにやら急に説法臭くなる。フルフルと頭を横に振る俺。


閻魔大王えんまだいおうさまの前で裁かれるのじゃ。生前、悪事を働いた者はその罪で地獄へ。悟りの境地を得たものは天界へ行き仏の修行に入る。そして、そうでないものは今一度、人間界へ生まれ変わる。その時、くじを引くのじゃ。そのくじは商店会のくじ引きのようなこう、がらがら・・とした奴で」


(このオヤジ、見てきたようなウソ話を語るな!)


「それで白が出たら、男、赤なら女として生まれ変わる。その瞬間まで遡るのじゃ。そして、男なら赤が出たという運命にすり変わるのじゃ。そして、卵から胎児、赤子へと成長する。その間、わずか数秒の出来事」


オヤジの語りに熱が入る。


「仏の世界では人間界の十数年がほんの数秒になる。人が魂に戻り、もう一度生まれ変わるのはほんの一瞬」


「何だか、よく分からないけれど、俺は一度生まれる前まで戻り、女にチェンジされてまた成長したっていうのか?」


「その通り。だから、家でも学校でも違和感なかっただろう。君は女の子として生まれ、17年間生きてきたというわけだ。昨日の華子のデートから男の歴史がそっくり女の歴史に変わったということだ。はっはは・・」


「お・・お父さん。こんな大変なことをして笑うなんて、反省が足りてませんわね」


指をこきこき鳴らす立松寺華子。


「何をいう娘よ。嫁入り前の娘がふしだらな行いをするからだ」


「ふしだらなって・・・。好きな人とキスをするのは自然な行為よ。土緒くんを返して!」


立松寺の目から涙が流れる。きらきらした涙だ。その瞳を見て俺は昨日の出来事を思い出した。



立松寺に告白したのは2日前。放課後、学校の裏庭に呼び出して、率直に告げた。


「君のこと好きだ」


男は直球勝負!と思い、小細工なしで勇気を奮い立たせた。


「ふうん」


立松寺はそう言った。きっと、こういうシチュエーションに慣れているのだろう。立松寺に告白して撃沈した男は数多くいるという噂であった。


「いいわ。じゃあ、デートしましょう。日曜日、10時に駅で」


あまりにあっさりとした返事。これはOKということか??携帯番号もメアドもあっさり教えてくれたから、OKと思うが・・・。


疑問に思いながらも日曜日のデート。普通に映画を見て、カフェで他愛もない話をして、デートは順調にというか何となく時間が過ぎていった。俺は立松寺の顔を見ているだけで幸せだったが、立松寺が楽しそうにしている感じではない。普段から表情に乏しいのではあるが、それでも時折、自分を見つめ目が合うと慌ててそらすシーンがいくつかあった。


そして別れ際、立松寺はこんなことを聞いた。


「土緒くん。私のこと好きってことだけど、どんなところが好きなの?」


(どんなところ?)


改めて聞かれるとすぐに言葉が出ない。そう、なんで立松寺のことが好きなんだ?立松寺のことを考えると胸が締め付けられるような感じがして、ついつい見てしまう。彼女の美しい顔か?つつましいプロポーション?いや、外見ではない。じゃあ、「氷の女王」と言われる厳しい性格がいいのか?いや、そんなところが好きなら俺はMと言うことになる。自然に口が開いた。


「立松寺って、なんだかドジだよね。いつも毅然としていて真面目だけど、本当はドジ。そんなところがとても可愛いんだよな。ボクはそんな君を守ってあげたいと思ったんだ」


我ながら照れくさくなる台詞。よくこんな言葉が出たもんだ。立松寺はうなだれて震えていた。


「私のこと・・・可愛いとか、スタイルが好みだとか、ツンツンしたところがいいだとかいったバカな男はたくさんいたけど・・。ドジな女なんて言った人はあなたが初めて」


(お・・怒ったのか?や・・やばい。)


これは平手打ちでも来るか・・と身構えたが顔を上げた立松寺は目に涙を浮かべていた。


「やっぱり私のこと、よく見ていてくれるね。土緒くん・・高校の入学試験の時覚えている?筆記用具を忘れてしまったドジな女の子のこと」


「えっ?」


遠い過去の映像を検索した。そういえば、試験会場で隣の席の女の子がそわそわしているのを思い出した。始まる10分前。かばんにあるはずの筆記用具がなくて、動転している女の子。グルグル眼鏡にお下げというレトロな出で立ちではあったが、顔はよく思い出せない。赤いリボンが特徴の隣の中学校の制服であったことは覚えている。


「困ったわ・・・。筆記用具・・絶対、入れたはずなのに・・」


俺はだまってシャープペンシルを差し出した。近所の電気屋さんの住所が入った代物だが、この日のために苦楽を共にしてきた相棒だ。ついでに消しゴムをカッターで真っ二つに切って差し出した。顔を真っ赤にした女の子が小さな声でお礼を言ったが、試験開始の合図でかき消された。試験後も男友達と試験終了打ち上げに繰り出したので、相棒のそのシャープペンシルとは別れたままであった。


「あのグルグル眼鏡の女の子は、立松寺だったの?」


「ええ。入学してから探したわ。シャープペンシルを返そうと思っていたけれど、なかなか声がかけられなくて・・。土緒くんたら、あの時のこと完全に忘れているのですから」


「ええええっ・・。」


ということは、立松寺は1年生の頃から自分のことを知っていて、自分のこと見ていてくれたってこと?


(早く、言ってくれよ~。)


実のところ、自分が立松寺のことを知ったのは、1年生の時の体育祭。女子のリレーで颯爽と走る立松寺を見てからだ。でも、あのレトロな格好とその時の立松寺は結びつかない。


悪友の隆介が、この高校でベスト3に入る美少女だ・・と言うので軽い気持ちで見に行ったが、心がズキュン・・と打ち抜かれた。一目ぼれ・・っていうのはこういうことをいうのであろう。それから立松寺のことが気になって仕方がない。


風の噂で誰々が告ったがふられただの、立松寺には好きな人がいるだのといった話で一喜一憂していた1年間。勇気を振り絞って告白したが、実はその1年前から立松寺も自分のことを気にしていてくれただなんて・・


(相思相愛?って奴・・うほほ~い。)


「私も土緒くんのことが気になっていたわ。でも、私、こういう性格でしょ。自分から言うなんてできないから。土緒君が私のこと好き・・って言ってくれたときはとてもうれしかったわ」


そして目をつむった立松寺。あまりの可愛さとその唇に吸い寄せられる俺。(初キス!)


だが、温かいぷにゅっとした感触を期待していた俺の唇は冷たいプラスチックカードに阻まれた。華子が手にした某ドーナッツチェーン店のポイントカードで唇をガードしたのだ。カード越しにキスをしたことになる。


「ふふふ・・残念でした。一度目のデートでキスするなんて、土緒くん、女の子慣れしているね」


くるっと振り向く立松寺。2,3歩離れていく。


「ご・・ごめん。そんなつもりは・・」


「一体、今まで、何人の女の子とキスしちゃったのかなあ」


俺も後ろを向いた。そして、思い切って告白した。


「一度もない。キスなんて、女の子としたことはない。今のが初めて!」


(今のは回数に入るのか?入っても0.5回だろう。)そう脳裏に浮かんだときに、背中にコツンとおでこがあたる感触が・・。立松寺がいつのまにか背中に引っ付いている。振り返った俺の顔を手ではさんで、立松寺は背伸びをした。甘い匂いがして頭が真っ白になる。


「じゃあ、これが初めてだね」


ことを終えて、上目遣いで立松寺がそうつぶやき、2,3歩後ずさりする。そして振り向き、


「私も初めてだったから・・。土緒くん、責任取ってよね」


そういって、駅の方向へ駆け出した。


「ああ・・さよなら、立松寺・。また、明日」


頭が真っ白な俺はそう彼女に声を掛けた。だが、この瞬間に女に生まれ変わったのだろう。

男夏の声じゃない声に驚いて振り返った華子の目に女の子になった夏の後姿が焼きついた。


「キスには、キス!元に戻るには、君を心から愛する男の熱いキスが必要なのじゃ」


華子のオヤジが両腕を腰に当てて天に吼えた。


「お・・男とキス」


俺は思わず気を失いそうになった。冗談じゃない。なんで俺が男とキスをしなくてはいけないのだ。どうせなら可愛い女の子の方がいい。だが、現在はどこをどう見ても可愛い女子高生の姿である。端から見たら、女の子とキスするのは変態扱いされるだろう。


だが、心は男である。確かに・・・男の時の記憶があるのがその証拠だ。だが、胸の奥に違和感を感じ、とても嫌な予感がする。何か自分の中にもう一人の自分がいるような感覚・・。


「まあ、君も今回のことで深く反省したということで、男に戻る方法を教えたというわけじゃ。これに懲りて二度と華子に手を出さないようにな」


(うそつけ・・どうせ立松寺に殴られて教えたくせに。)


「まあ、君も今はコレだけの美貌びこんとナイスバディじゃない・・スレンダー系だが・・惚れる男はごまんといるはずじゃ」


そういっていつの間にか、自分の胸をもみもみする。


「きゃあああああああ・・・。私に・・・触らないで!」


思わず肘鉄ひじてつを食らわす。だが、自分の発した言葉に思わず口を手で押さえた。


(そう、今、俺を私と呼んだ・・。)


その時、別の声が部屋に響いた。


「ふふふ。こんなにうまく行くとは」


障子ごしに1つの影が視界に入った。声の主はその影。障子がスパン・・と開くと妙な格好をした女性が1人立っていた。赤いマントを見にまとい、タイトな赤い上下スーツ。若干短いスカートからムチムチの生足でこれまた赤いピンヒール。赤い長い髪が腰まで伸び、背は女夏より高く、はちきれんばかりの豊かな胸の谷間が赤いマントからちらちら見える。


先ほど、オヤジの話に出てきたド派手なオネエサンとそっくりだ。


「私の名はリィ=アスモデウス。魔界の伯爵令嬢はくしゃくれいじょうにして、魔王様の御台みだいさま付き護衛兼指導女官長ごえいけんしどうじょかんちょうを務める」


赤い髪のナイスバディが言った。


「リィ?魔界の令嬢?何かのコスプレ?立松寺、外人さんがホームステイでもしてた?」


リィの鉄拳が俺に炸裂する。鼻血を出して吹き飛ぶ俺。美少女が鼻血を出すなんて絵にならない。続けていつの間にか背後からリィの乳を揉みもみして肘鉄で吹き飛ぶ立松寺のオヤジはどうでもいい。


「まだ、魔王様のヨメとしての心構えができていないようですね」


「ま・・魔王さまのヨメ?誰が?」


リィがすっと指を指す。その形よい、ついでに血のように真っ赤なマニキュア?が塗られた長い爪が俺の鼻を刺す。鼻の中の出血より痛い。


「お前だ。土緒夏。お前はこの人間界に降臨された魔王様・・正確には引退された魔王様の後継者である方の御台さまになるのだ。」


リィの長い爪に形のよい鼻先を刺されても痛みを忘れてしまうほど混乱する俺。


(御台さまって、昔の偉い人のヨメさんだよな?ヨメさんって?)


「エーっ・・俺、男なんですけど」


「まだ小娘だが、立派な女性ではありませんか」


赤い女が俺の胸をポニュポニュ揉む。ぞわぞわ背筋に冷たいものが走る。


「男の姿は仮の姿。あなたさまは、次期魔王様のヨメとして人間界で大事に育てられたのです」


「はあ?」


この不思議な娘の話はこうだ。

土緒夏はもともと、次期魔王の許婚者として人間界に生まれた。ただ、魔王を消す勢力から姿を隠すために平凡な人間の家族の息子として生を受けた。しかし、それは仮の姿で、ある儀式を行えば封印が解けて女に変わるのだ。ある儀式というのが、


「清らかな乙女のファーストキス!」


「ええええええっ・・」


俺と立松寺が大きな声で同時に声をあげた。

キスは1度だけでは発動しない。2回目のキスで発動するのだ。だが、カード越しのキスで発動があやふやになり、体は女体化したが心は男夏が残り、封印を解かれた女夏の心が芽生えたらしい。いったい、どんなファンタジーだ?


俺の頭の中で筋肉もりもりの魔王のイメージと傍らに立つケバイ格好と厚化粧をした自分を想像する。


(ありえねえ・・。)


「何だか、胡散臭きなくさいわね。あなた、土緒君のこと御台さまとか、御台さま付き女官長とか言ってる割にご主人様の土緒君にはなれなれしいわね」


黙って聞いていた立松寺が、するどい突っ込みを入れる。確かに魔界の貴族とか何とかいっているが、こちらは魔王さまのヨメである。殴られる筋合いはない。


「ふん。運よく魔王さまの許婚になったとはいえ、お前は魔界では庶民階級。そもそも、大貴族令嬢たる私がお前に使えることすらありえない話だが、魔王様復活を阻止する輩がいる以上、私レベルの魔族が傍にいないと危ないのだ。私はおじいさまにそう命じられたからで、おまえに忠誠を誓ったわけではない。それにお前が魔王様に寵愛を受けるとは限らないだろう。」


「ああ、分ったわ。つまり、あなた2号さん狙いね」


立松寺がリィにケンカを売ったかのような口ぶり。リィは赤い唇から八重歯?を少しのぞかせ、


「先代魔王様は16人の側室と正室がいらっしゃった。正室は必ず、人間界に転生した者から迎えるのが慣わしになっている。側室に選ばれるのは、魔界の貴族の娘やお前のように人間界に隠れているものもいる。まあ、側室候補者もそのうちお前の前に現れるとは思うが、正室たるお前はそういうメンバーの上に立たねばならない。」


と言った。


「ふん、魔王っていやらしい奴ね。」


相変わらず、冷たく言い放つ立松寺。明らかにまともな人間じゃないだろ・・という容貌のリィによく言える。


「で、土緒君を元の男に戻す方法を教えて」


(おおっ・・)


俺が最も聞きたいことを俺の彼女はずばりと聞く。


「ふふふ・・。」


不敵な笑いをするリィ。


「100日だ。100日間の間に魔王様候補の男子をとりこにし、キスをしろ。魔王候補がお前に惚れた状態であれば、魔王様は復活する。そうすれば、お前の魂は2つに分離し、女と男の2つの個体になる。」


(双子ちゃんじゃないか・・。だが、そうすれば女夏は魔王のヨメになって、俺は元の男子高校生に戻れる。そうすれば・・立松寺と・・ムフフ。)


美少女の顔でにへら~っとしまりのない顔になる俺を無視して立松寺が凛とした顔でリィに再質問をする。リィを見る目は尋常ではない。


「なんだか怪しいわね。それに、あなた、最初に護衛とか言っていたわね。もしかしたら、土緒君や魔王さまとか言う人を害する者がいるようね」


(おおっ・・さすが、立松寺・・。するどい。こんな切れる彼女がヨメになったら、俺の将来は一生尻に敷かれるだろう。でも、立松寺の尻ならいいか・・。)


立松寺のお尻に目をやる俺。女の顔でますます腑抜けの顔。立松寺はきりっとした目で俺をにらんだ。たちまち引き締まる俺。リィ・アスモデウスはにやりと笑った。


「お主は、なかなかするどいな」


「立松寺華子よ」


「私のことはリィ様と呼べ。カコ、お主が今回の原因のおなごか。自分のせいで愛しの彼氏が女になっては責任を感じるの。確かに我々には様々な敵がいる」


「敵?」


「まあ、いずれ、目にするだろうが、心配するな。このリィ・アスモデウスが傍にいるかぎり、お前の安全は保障する。まあ、奴らもヨメのお前には手を出さないとは思うが」


そういうとリィは、小さな鏡を取り出した。柄には2匹の蛇がからみつき、鏡の裏に施された模様は毒々しい髑髏どくろ・・。まさに悪魔の持ち物って感じの鏡だ。まあ、このキャラで可愛いキャラ付きピンクの鏡の方が怖いが・・。


「真実の鏡だ・・。ここにお前の周辺にいらっしゃるであろう魔王様候補の男が映し出される」


「候補?」


「そうだ。魔王様は必ず、運命の相手であるお前の周辺にいる。お前に好意を持つ男は全て、魔王様候補と言うわけだ。この鏡はお前を好きな人物が映る。まず一人・・」


リィが言うには、魔王となる男はその力を封印されて人間として暮らしている。その封印を破るのはヨメたる女夏の役割なのだ。ゲゲゲ・・。封印を破るのは夏とのキス!


「ウソでしょ・・。」


鏡に映ったのは、自分も立松寺もよく知る人物であった。


「生徒会長!」


立松寺がつぶやいた・・。

俺もつぶやいた。


橘隆介たちばなりゅうすけ・・俺の幼馴染、幼稚園以来の悪友だ。」


100日以内にこの隆介をはじめ、魔王候補の男子と相思相愛になり、キスをして真の魔王を復活させるのだ。それで俺は男に戻れるのだ。


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