夏と黒い子猫~前編
みんなと別れて夏妃と自宅に帰った俺は、自分の部屋のベッドに倒れこんだ。いろいろなことが起こってとても疲れた。ぐったりである。明日から新しい側室探しやら何やらで忙しくなる。一度は退けた過激派や旧側室がまた襲ってくるかもしれない。そういえば、あの騒動を引き起こしたファナは、宗治に叩きのめされて姿が見えなくなったが、かなりのダメージを受けているという。学校で相対したカテルやアレクサンドラも同様である。彼女らは一体どうしているのやら…外はいつのまにかシトシト小雨が降りだした。
「彼女らはいったいどうしているのやら…」
思わず口に出る同情心。
(いや、ファナには同情できない。あいつは最初に襲ってきやがったし、そもそも今回の騒動の張本人である。)
今度会ったらただじゃおかない…と思いつつ、どうやってただでおかないようにするかは置いておいて、目をつむると睡魔に襲ってきた。このまま、奈落の底へ落ちていきそうになったが、力のない動物の鳴き声に意識が引き戻された。
「ニヤア…ゴ…」
鳴き声からすると猫と思われるが、何だか助けを求められているようで気になり、体を起こして窓の外を見やった。
「ニャア…ニャア…」
確かに庭から聞こえてくる。夜の庭は真っ暗でよく見えないが、小雨の音に負けず、ある方向からはっきりと聞こえてくる。俺は1階へ降り、リビングから庭に降りた。鳴き声がした方向に歩くとほどなく黒い子猫が植栽の下に倒れているのを見つけた。ぐったりとしているが、息はあるようだ。すぐ庭の倉庫で段ボールを手に入れ、自分の古いTシャツを何枚か敷き詰めると俺は黒い子猫をそっと箱に入れた。Tシャツで濡れた体を拭いて包み込んだ。ケガをしているようだが、血は止まっており、とりあえず安静にしておくしかないだろうと思った。
(車にでもはねられたのだろうか?)
そんな軽い気持ちで猫の入った箱を自室に持ち込んだ。明日まで息があれば、女夏かランジェの回復魔法で治るだろうと思い、そのまま、ベッドに倒れこんだ。