夏妃と最強のヨメ
隆介は夏妃を背後に隠し、ドミトルを相対していた。両手に新たに出現したウェポンである「鎮魂の双魔銃」手にし、狙いをドミトリに定めていた。先ほど、二人を守ろうと間に入ったメグルはドミトルに叩きのめされ倒れている。
「無駄です。隆介君。いや、今は魔王様ですか。夏妃さんのキスで覚醒したとはいえ、24時間立たねば魔王としての力は発揮されません。まあ、24時間間を置いたとしても正妻と甘いひと時を終えねば真の魔王とはなりえません」
ドミトルは気取った口調を崩さず、隆介に語りかける。
「何を言ってるかてんで分からない。ただ言えることはお前は危険だということだけだ。夏妃には指一本触れさせない」
「勇敢ですな。だが、女の前でかっこつけるには実力が足りませんね」
ドミトルが突進してくる。隆介は魔銃から吸血鬼を倒す「シルバー弾頭」の弾丸を連射する。当たればドミトルもただではすまないはずだ。だが、この吸血鬼はいとも簡単に弾丸をかわすと隆介のボディに拳を入れる。魔王の体に展開されるバリアも破り、強烈な一撃を腹に受けて隆介の体はくの字に曲がる。息ができない。
「あなた様にはこの女はもったいです。私がもらってあげますのでご安心を」
そういって夏妃の右手をぐいと掴むドミトル。
「は…放しなさい。私に触らないで!」
「人妻になっても…」
ドミトルは夏妃の首筋に顔を寄せ、クンカクンカと匂いを嗅ぐ。
「おっと失礼。まだ、未体験の生娘ですな。人妻とは言えませんな」
夏妃は顔が真っ赤になる。
「セ・・セクハラよ!それは!!わ…私なんか誘拐したところであなたたちの役には立たないわ。このまま、立ち去って!!」
「はっはは。相変わらず気が強いですな。それに自分の価値が分かっていないところも実に可愛い。あなたは我々、魔界の正統なる政府組織、血の旅団のリーダーとなっていただきます。あなたの力があれば、現在の魔界の支配者どもを根絶やしにできる」
「リーダーですって?そんなことできるわけない!そんなことする意思もない!」
「くっ…くく・・」
「何を笑ているの?」
「先ほども言ったようにあなたは自分の価値を分かっていらっしゃらない。あなたが魔王のヨメとして獲得した能力は、魔界の歴史にない強力な力です。それこそ、魔界はおろか、天界まで支配における力」
「力?宗治先輩と元馬くんと隆介くんを覚醒させたけど、私には何の力もないわ。今だって、あなたをぶっとばしたいのに何もできない」
夏妃は拳を握ってドミトルの胸を叩くが、ドミトルはビクともしない。
「そう確かにあなたの攻撃力は皆無。だが、その分、強力な力があるのです」
(強力な力…)夏妃は自問した。自分にそんな力があるなどとは思えない。現にドミトルになすすべくもなく、叩きのめされて倒れているメグルや隆介に何もできないではないか。
ほんのわずか前にディーラーから走って逃げた夏妃は、隆介と出会った。3人目の魔王である。もう何もかも分からなくなって、夏妃は隆介の胸に飛び込んだ。キュッと抱きしめられて頭が真っ白になり、隆介と熱い口づけを交わした。光が発せられ二人を包み込んだ。本当の力を出すまでには、まだ休養期間が必要だが隆介は魔王として覚醒し、自分は3人の魔王を覚醒させたことで魔王のヨメとして、人外の力を得るはずであったが、ウェポンを召還できた隆介に対して、自分は新たな力がついたとは思えないのだ。ドミトルに抱えられて何もできない自分が情けなく感じた。このまま、これまで覚醒させた宗治先輩や元馬や隆介に守られるだけの存在なのか?
「か…会長、まだ生きてますか?」
倒れたメグルが薄らと片目を開けて隆介に小声で話しかけた。
「ああ…何とかな。そっちはどうだ」
「足の骨と肋骨が数本折れてるかな?頭の出血は止まったみたい」
「そういう恐ろしいことをさらっと言うな」
「そういう会長こそ、右手、折れてますね。変な方向に曲がってます」
「お互い、HPは残り1ってくらいかなあ」
「冗談はさておき、会長、このままじゃ、夏妃さん、誘拐されてしまいますよ」
「絶対させない…」
「だけど、私も会長も動けません。一つ提案があるのですが…」
最後は語尾が聞き取れないくらい小さな声になった。元気なメグルらしくない。ケガの痛みが激しいのだろうか?メグルがさらに小さい声でごにょごにょ…と隆介の耳元でささやいた。隆介もメグルも顔が赤くなる。ケガのせいではない。
「いや、こんな状況で、その、あの、しかも夏妃が見てる前で…」
「でもこのままじゃ、夏妃さん、さらわれてしまうよ」
「いや、それにお前だって…」
「私だって、軽い気持ちで言ってるわけじゃないよ。あの、その…会長と一線超えてしまえば、私は魔王の側室に決定ですから。私の人生、すべてがかかってる」
メグルはそういって目をつむった。隆介は思い切ってメグルの顔を引き寄せた。夏妃のためだと言い聞かせたが、メグルのことを思うと複雑な気持ちになった。
二人が光に包まれる。そして、足をバタバタさせて抵抗する夏妃を抱きかかえたまま、その場を去ろうとしたドミトルはその光を感じて向き直った。
「やはり、そうきましたか。それしかありませんが…」
メグルは右手に召還した新たなウェポンの槍を地面に突き刺し、かろうじて立ちあがった。その後ろに隆介も両手の銃を構えてふらりと立っている。
「魔王が選んだ女性は側室となる。そして、魔王の側室は強力な戦士となる。確かに戦闘力は格段に上がっていますね。一撃当たれば私も倒せるくらいに…」
ドミトルはそう言いながら、夏妃をそっと降ろした。そして念じると両手の真っ赤な爪が伸び、まるで剣のようになった。
「抵抗するなら、ここで止めを刺すしかありませんね。戦闘力は増大してもHPは1のまま。残念ながら私を倒すことは不可能。後ろの魔王様も同様ですよ」
「ふん…ごちゃごちゃとおしゃべりの多い男だぜ」
隆介はそう吐き捨ててメグルに目で合図を送る。
(勝負は一瞬だぞ…奴の言うとおり、お互いHP1状態だ。攻撃されれば一撃で終わる)
(会長が陽動して、私の魔槍ズフタフで倒す。チャンスは一瞬…)
「いくぞ!鎮魂の双魔銃による攻撃!シルバー魔弾連射!!」
隆介の両手に握られた銃から弾丸が発射される。連射で計8発。だが、この攻撃は先ほどもあっさりドミトルにかわされたはずである。接近しながら同時に着弾してくる2発の弾丸を紙一重で交わして近づくドミトル。
「無駄です!先ほども通じなかったことを繰り返すのは、魔王様らしくありません」
「同じとは限らない!」
5発目の弾丸が打ち出された瞬間、その弾は破裂し、ものすごい光を放った!
(くっ…バースト弾、目くらましか!)
思わず両腕で目を覆ったドミトルに続けて発射されたシルバー弾が左肩と右太ももを打ち抜く。
(ぐっ…致命的ではないが、それより、側室の方が…)
光が収まり、ドミトルが腕を下すと飛びかかってくるシュルエットと同時に槍が自分を突き刺し、天高く持ち上げられた。
「メグル・インドラ・ハヌマーン!魔槍ズフタフにて、魔界のドミトル伯爵打ち取ったり~」
メグルが声高らかに勝利の雄たけびを上げる。だが、ドミトルは突き刺され、口から気持ち悪いほど赤い血滴らせながらも、にやりと笑った。
「惜しかったですな。私の心臓を突き刺せば、倒せたのですが…生憎、私の心臓はここではありません」
体が細かい塵に分解し、それが黒いコウモリになったかと思うとまた集まり、離れた空間にその姿を現した。
「お二方ともHPは1ですかね。ゲーム的に言えば…。残念ながら、起死回生の攻撃は終わりました。次は私の番です。こういう場合は、全体に攻撃魔法をかけると全滅というパターンですかな。死になさい!デスコールド・ストーム!!
すさまじい寒気の嵐が二人に襲い掛かる。このままでは、二人は確実に死ぬ。夏妃は後ろで見ていて手で顔を覆った。
(私は何もできない…無力だ…情けないほど無力だ!)
(無力なのか?本当に無力なのか?私がやらなきゃ、隆介君は死んでしまう!メグルちゃんもだ。大切な人を失っていいのか?)
(失いたくない…絶対、失いたくない…)
涙がほおを伝う。ならば、やることは一つ!
「その魔法、無効!」
隆介とメグルに襲い掛かるはずのドミトルの魔法が消えたではないか。続けて、
「二人のケガはなかったことに!」」
2人をやさしい光が包み込む。たちまち、隆介とメグルのケガが全回復。体力も気力も元に戻った。しかも、完全覚醒状態に…
「ちっ…覚醒してしまいましたか…。最強の魔王のヨメに魔王様に、完全体の側室殿。いくら私でもこの状況では長居は無用ですな、今回も去りますが、私はあきらめませんよ…」
ドミトルはマントを翻すと姿を消した。夏は同時にふらりと倒れる。
(私、どうしてしまったの?今の力は何?)
「夏妃、大丈夫か?」
「ドーナッツちゃん、しっかりして!」
隆介とメグルの声が遠くで響いた。