夏妃と側室戦争~後編~エトランジェ参戦
いよいよ、側室戦争も最終局面を迎えました。2人の魔王の力の前に絶体絶命の旧側室のカテルとアレクサンドラ。このまま、反乱は抑えられてしまうのでしょうか?
「私は負けない!」
カテルの叫びが天にこだました。
「よく言った。お前の決心は成就されるアル」
その場にいた者たちが新たな声のする方へ視線を向けた。校舎屋上の受水槽の上に立っている影は小さく、子どものようであったが背よりも大きな槍の穂先はするどく輝き、小さなその人物を際立たせていた。
「回復魔法、ヒールボム!」
青い光がカテルと服を吹き飛ばされたアレクサンドラを包み込む。カテルのダメージはみるみるうちに回復し、アレクサンドラの衣装まで復元される。
「お・・おまえは?」
カテルは自分を回復させた人物を見上げた。こんな魔法を使えるのは天界の住人しかいない。天界の住人は自分たちにとって時には敵であり、時には味方であった時もある。魔王に使えていたころは天界との和平が進んだこともあって、共通の敵と戦う戦友であることが多かったが、この状況で自分たちに味方をしてくれるのは解せなかった。
「私は天界の魔王監視団第27小隊隊長エトランジェ・キリン・マニシッサアル。お前たちの加勢をした方が私の目的と合致するアル」
「なんだと?この戦いは我ら側室の私戦ぞ。貴様ら天界の者の加勢など…」
「そうよ…。関係のないことよ!」
カテルとアレクサンドラはそう言ったが、まがまがしく、威圧されそうな気に押されて思わず息を飲んだ。側室を従えた宗治が現れたのである。
蝶子がウェポンを召還する。だが魔王たる宗治がそれを制した。
「お前は下がっていろ。お前は覚醒して間もない。本来の力の半分も出せない状態だ。ここでお前を失うわけにはいかない。ここは俺が出る」
「宗治様…」
蝶子は前に出た宗治のたくましい背中を惚れ惚れと見つめた。
宗治は体から黒いオーラを溢れさせながら、一歩一歩前進してくる。手には新たな武器である「毘沙門改」が握られている。
「あれが暴虐の魔王アル。私の目的はあの魔王を倒すことアル。この戦場に魔王が2人に側室が3人。一人の魔王(元馬)は覚醒から時間が十分立っていなく本来の力はなく、しかも手負いで戦闘力は大いに削がれている。その魔王の守りで覚醒十分のNO.3は動けない。暴虐の魔王の側室は覚醒したばかりで戦闘力は本来の力が出ないアル」
「ということは、我々3人でまずは暴虐の魔王を仕留めること!」
カテルとアレクサンドラは同時に宗治めがけて飛びかかった。だが、宗治の体に展開された防御バリアに跳ね返される。カテルのフルティングの剣もバリアに阻まれては無力と化す。二人は跳ね飛ばされながらも受け身を取り、すぐに立ち上がった。まだ、攻撃を受けたわけではない。だが、一瞬、宗治は消えたかと思うとアレクサンドラが防御姿勢を取る間もなく、懐に飛び込んだ。アレクサンドラを無表情で見つめた瞬間に「毘沙門改」による強烈な一撃を腹部に与える。かろうじてガントレットの肘のパーツ部分で防いだがさらに吹き飛ばされ、校舎の壁に激突する。そこへすかさず切りかかるカテル。フルチングの血に染まった刃が宗治を捉えるが、返す「毘沙門改」で受け止められる。毘沙門の放つオーラが邪魔でフルティングの剣の特殊能力が発動しない。だが、宗治の動きが止まった。そこを狙っていたランジェが魔王殺しの槍「ゲイ・ボルク」と共に突っ込んできた。狙いは魔王宗治の心臓。ゲイ・ボルクなら魔王の魂を打ち砕き、天界にとって不都合な魔王を消し去ることができる。
「もらった!魔王!!」
ランジェは勝利を確信した。ものすごい光があたりを包む。心臓を貫き通したと思ったゲイ・ボルクが何者かに阻まれたのをランジェは握った手に伝わる感触で知った。体を突き刺したがとどめまで突き刺せず、矛先の付け根を握って止めた人物の顔…。
「リィ…貴様、この魔王の味方をするアルか?」
「夏妃の夫のたる魔王は私の護衛対象だ」
ランジェはゲイ・ボルクを引き、大きく一歩下がった。少し突き刺され血が流れつつもうめき声一つ上げずに宗治はカテルを剣ごと弾き飛ばした。
ランジェは新たに戦場に現れたリィと立松寺華子、そして男夏を見た。リィには01、立松寺には00、そして新魔王は∞のマークが光っている。
「ランジェ、ここは引きなさい。宗治先輩は殺させないわ」
立松寺が両手に白いお札を何枚も広げて持ち、ランジェとリィの間に割って入った。
「お前たちには関係ないアル。魔王監視団としてレベル5の魔王は抹殺する義務がアル。それが天界と魔界が交わしたテンペスト条約のきまりアル」
「レベル5って、宗治先輩はレベル4、元馬くんはレベル3じゃなくて」
立松寺華子は冷静に2人のオーラを見極めて言った。ちなみに自分の夫たる男夏のオーラはレベル1、覚醒したのにてんでレベルが低い。一般人より耐久力はあるだろうが、これでは戦闘もままならない。一体どうしてなのだろうか?
「そいつは一時、レベル5に達したアル。危険レベルに一度はなったからには、抹殺対象アル」
「そんなことは条約には書いてない。勝手に解釈するな」
リィがウェポンを召還する。魔王の側室たるリィ・アスモデウスの新しい武器、魔槍「フィン・マークル」である。ランジェはそれを見て、チィ、と舌打ちをした。
(リィの奴、まさか男夏とくっつくとは!だが、側室となったリィの力は今までの数十倍アル…悔しいが、打開策がないアル。だが…)
「負けると分かっていても私は天界の住人。正義のために引けないアル」
ランジェはゲイ・ボルクを構え、その矛先をリィに向けた。
「待てい!」
野太い2つの声がした。同時に半透明の緑色に輝く壁がリィとランジェの間に現れる。
「こ…これは、絶対防御イージスの盾…お、おじい様?」
リィが声のした方を見ると2人の人物が立っている。一人はリィの祖父である、ハン・アスモデウス公爵。もう一人はランジェがよく知っている人物である。
「ウリエル総参謀長様」
ランジェの最上級の上司である天界軍の重鎮である。
「エトランジェ、武器をしまいなさい。お前の行動は軍規に反している。魔界とは現在は休戦中で明確な条約違反がない限り、友好に努めねばならない。お前の行動が平和を乱すきっかけになるですよ!」
ウリエルはそう諭すようにランジェに言った。そして続けて、
「今は仲間内で争っている時間はない。魔王が4人も出現したということは、魔界の歴史始まって以来の出来事。何か理由があってのこと。天界も魔界も今は一致団結して、ことに当たらねばならない」
ウリエル総参謀長は右手をかざすとセブンのクリスタルめがけて、青い火の玉を放つ。クリスタルは砕け散った。儀式魔法セブンによるバトル結界が破れ、普段の生活時間が戻ってきた。朝の5時。早朝の学校のグラウンドに宗治、蝶子、元馬、満天、華子に男夏が力が抜けたようにその場にへたり込んだ。リィとランジェはかろうじて立っている。ケガをしたひかるも倒れているが、意識はあるようだ。敵側室のカテルとアレクサンドラはいつも間にかいなくなっていた。全員の頭の中にウリエル総参謀長とアスモデウス公爵の声が鳴り響く。
「すべての関係者は、今宵12時にかの場所に集まるがよい」
「そこで今後の方針を話し合おうとしよう」
かの場所とは…宗治が魔王として覚醒したあの山寺であった。