夏と彼女と魔王のヨメ ~覚醒モード~
人物紹介
土緒夏…主人公 ごく普通の男子高校生。最近彼女ができて、浮かれていたがファーストキスのせいで大変なことに・・・。
立松寺華子…夏の彼女 由緒ある寺の娘で古風な雰囲気のある女子高生 見かけによらず物事に動じない性格
土緒秋…主人公の妹 小学生ながら男子キラー
俺はごく普通の男子高校生だった。昨日までは・・。
そう人生最大の幸福を味わった昨日・・興奮して眠れなかった昨夜。だからか、朝の目覚めはどことなく気だるく、もう一度毛布の中に顔をうずめて意識を失いたい誘惑にかられる。本日のスケジュールを頭に浮かべ、受けたくない数学の授業を消去しつつ、惚れた女の子の顔を思い浮かべて目を開ける。
(そろそろ起きないとやばいか・・。それにしても・・。)
「ああ!もう一度、昨日に戻りたいぜ!!」
思わず声を上げた。そう昨日は始めての彼女と「初キッス」しかも、絵になるようなシチュエーション・・どんなのかは、後で語るがごく普通の男子高校生には刺激的なできごとであった。
「立松寺~・・。」思わず彼女の名前をつぶやく。自分にはもったいないくらい可愛い。いや、正真正銘の美少女ではある。それがこれまで手付かずだったのは多分に彼女の普通でない性格があるのだが、夏にとってはそこもまた魅力的なのだ。どんな性格かはそのうち語るとして、そうだ・・。
(もうキスした仲だから、立松寺などと姓で呼ぶのは変か?)
「か・・・か・・華子ちゃん・・いや、華子。」
(うおおおおっ!華子好きじゃあ~。)思わず、だき枕を彼女に見立てて抱きしめる。
端から見たらこの妄想行動は気持ち悪い。見てられないが、恋にのぼせた男子高校生はこういうものだろう。これが健全なのだ。だが、俺は抱き枕に押し当てた自分の体の違和感になにやら冷たい悪寒が走ったのだ。
体を起して、胸の辺りに違和感を感じる。ふにゃとした感覚。視界に写るその二つの双丘。思わずパジャマの胸を開けてまじまじと凝視する。
視界に映るのは2つのふくらみ・・プリンとしたお椀型にピンクのサクランボが・・
(う・・うそだろ!)
エロ本でしか見たことのない女性の生乳が目の前に!思わず両手を顔にあてる。
(俺だろ・・土緒夏、17歳、男子高校生。いや、確認すればいい。)
部屋の一角にある姿見に立つ。180cmはある長身のちょっとたくましい男の子が映るはずの鏡には、ちょっと寝癖ではねているが美しく流れる黒い長い髪で、目がパッチリで黒い瞳が印象的な女の子が映っていた。身長は・・縮んでいる・・165cmぐらい?
おそらく、健全な男子高校生が見たら10人中9人は彼女にしたくなる美少女が映っていた。自分でいうのも何だが、こんな清楚な感じの女子高生はそうそういるものではない。
いや、実際は自分の彼女の立松寺は、こんな感じの美少女であるが胸の大きさは若干、勝った?いや、そんなことを言いたいのではない。実際、立松寺は貧乳の部類に入るほどではないにしても、Bカップがせいいっぱいだろう・・(Bは貧乳か?)いや、それくらいが自分の好みで・・じゅるじゅる・・想像しただけでよだれが・・なに考えてんだ!
今、目の前の自分の持ち物はそれより一回り大きいCカップレベル。巨乳ではないが、適度なサイズだろう。これまた好み。いやいや、そんなことが言いたいわけでもない。
「ま、まさか、ここも!」
思わず、声を出してパジャマの下をめくる・・サクランボ柄のかわいい布切れの下にあるはずのものがない・・しかも、見たことのない女性のあ・・そ・・こ・・・。
どしゃ~・・思わず鼻血が噴出した。自分の体を見て鼻血はないだろうと思うが体は頭とは反対の行動をするものだ。慌てて、机の上のティッシュで鼻を押さえる。ここで机、ベッド、壁紙・・そして壁にかかる学校の制服・・すべて異質なことに気づく。
「お、お・・女の子の部屋~!?」
殺風景な男部屋が、正直言うと立松寺が部屋に来たら・・と昨晩考えてキレイに掃除し、好きだったアイドルのポスターをはずし、ベッドの下のエロ本は始末したが・・。目の前にあるのは絵に描いたような女子部屋が広がる。サクランボのカーテン、ピンクの布団、かわいいキャラクターの目覚まし時計・・。
思わず手で顔を覆い、指の間から部屋の細々としたものを確認する。その時、がチャと音がしてドアが開いた。
「お姉ちゃん、早くしないと遅刻するよ!」
妹の秋である。自分が女なら妹は弟じゃないといけないだろう!などと突っ込みはさておいて、この妹は自分の知ってる妹そのものである。相変わらず口うるさく、世話好きでキンキン声が朝から脳天を突き抜ける。
秋は壁にかかった制服を取るとポンと投げてよこした。
「スカート、ちょっと短くしておいたから。大丈夫、校則違反ぎりぎり。真面目なお姉ちゃんもいいけ
ど、それじゃ男の子は悩殺できないぞ。ズキューん!」
(ズキューんってなんだ?)
どうやら俺は真面目な女の子らしい。この妹は根はいい奴だが、男をとっかえひっかえするプレイガール気取りのやな奴である。(小学校6年生なのに)まあ、兄(姉?)の自分が言うのもなんだが、見てくれは可愛い。背はちょっと小さいがそれはそれで男心をくすぐるのだろう。だが、性格は腹黒く計算高い奴である。しかも顔に似合わずエロキャラである。
「お姉ちゃんは、清楚な美貌で売ってます!ってキャラだけど、そういうのは古いよ。ちょっと隙がある方がモテ子への道」
(モテ子ってなんだよ~。)
「あ・・秋・・あの変じゃないのか?」
思い切って聞いてみた。
「何が」
「いや、その、俺がお姉ちゃんで、女の子というのは?」
「はあ?何、俺って・・お姉ちゃん、ボーイッシュキャラも流行らないよ。さっさと着替える。あっ、
下着、新品のイチゴの奴もらうから・・。」
秋は勝手にクローゼットの引き出しを開けて小さな布キレを持って出る。そこには多分自分の物だろうと思われる色とりどりの下着が鎮座していらっしゃる。
「いったい、何だ、これは!」
漫画やアニメ・・テレビのドラマでもよくある話である。男が女になってしまう。入れ替わって始まるドタバタ劇。そのストーリーと現在の状況を整理し、分析するといくつか異なる場面がある。
まず、土緒夏という存在は女の子と認識されている。どこかの誰かになってしまったわけではない。それならば、目を開けたら「ここはどこ~?」となる。妹も母も父も女の子として違和感なく接している。ということは、この世界では最初から女の子というわけである。第2に自分の容姿。どことなく男の時の名残りがある目以外は、別人?というような顔である。だが、妹の秋にどことなく似ているからまったく別人というわけでもなさそうだ。鏡で見ると惚れてしまいそうな美形ではあるが、男時代でもそこそこイケメン(自称)であったから、女になって美人でもおかしくはない。
学校でも夏は女の子と認識されていることが分かった。いつものように電車に乗り2駅離れた高校への道中、だれもが違和感なく女の子の自分を見る。教師達ですらそうだ。数学の山下などは、男の時には絶対見せないたるんだ顔と猫なで声で、
「おおっ、おはよう、夏ちゃん。今日も可愛いねえ」
などと言うものだから、背中にぞぞっ・・・と寒気が走った。教室に入っても普通に受け入れられている。さらに出席番号16番だったのに36番手塚愛美の後に呼ばれ、完全に女子に組み込まれている。
「立松寺華子さん、ああ、立松寺さんは家の都合で遅刻だそうです」
担任の国語教師、三輪桃花先生が聞きなれたアニメ声でそう話した時(本当、この先生、高校教師よりも声優の方が似合っていると常々思う。)、我に返った。
(立松寺・・遅刻?何かあったのか??)
昨日のデートで一緒にいただけに気になる。というより、立松寺がこの自分の置かれた状況を解決する糸口になるかもしれないと思い始めた。そうだ、男夏に会った最後の人物が立松寺なのだ。考えてみれば、デート後に帰宅したとき、オヤジはいつもの通り遅く、母親は習い事で家にいなく、妹も塾にいっていたので、作り置きしてあった夕飯を食べてシャワーを浴び、そのまま寝てしまったのだ。男夏と最後に会った人物は、立松寺なのである。その立松寺が遅刻である。しかも家の事情で?今までそんなことは一度もなかった・・・。
昨日までは気軽に男夏に声をかけてくれたクラスの女子生徒のはるかとのどかが、2時間目の休み時間に、
「ねえ、ドーナッツちゃん、お手洗い行こう。」と誘ってきた。
(お・・お手洗い?)
「えっ・・ちょっと・・。」
と拒む言葉も与えられず、2人に手を引っ張られて女子トイレへ連れて行かれる。
(お、女って、どうして集団でトイレに行くのだ?)
前から疑問であったが、その中に入るとそこは女の子パラダイスであった!
「ねえねえ、昨日のミュージックTV見た~、京兵くん、かっこよかったよね」
「あのツグミって歌手、可愛っ子ぶって、今時、流行らなくね?」
「数学の山下って、気に入った娘をわざと指名して、分からないというと個別指導しに近寄ってくるんだよね。しかもクンクン鼻をならすんだって」
「キモ~。」
普段は可愛い口調で話している女子生徒が結構、周りを気にせず本音トークしている。普段、気を使って話しているのだからここでは気を抜きたいのだろう。入り口で聞きたくない女子共のよもや話を聞きながら、そんなことを考えていると、
「ねえ・・ドーナッツちゃん、ナ〇キン持ってない?」
奥からはるかが自分に聞いてきた。
「ナ・・ナプ・・」
なぜ、トイレで??と一瞬思ったが、かぶせるようなはるかの追加の声で顔が真っ赤になった。
「ちょっと早いのに来そうなんだよね」
何が来るのか、さすがの夏にも理解できた。もじもじしていると、のどかが
「はい、1つあげるよ」
とポンとポーチから出して投げるのが見えた。コメントのしようがない。
「ドーナッツちゃんは、お手洗いいいの?」
と聞かれたが、恥ずかしくて「いいよ・。」と小声で返すのが精一杯であった。
この2人、昨日まで自分のことをドーナッツくん・・と呼んで音楽のこととか、好きなタレントのことなどを気軽に話す、女友達・・みたいな関係であったが、どうやら現在の設定は3人仲良し組のようだ。ちなみに夏と親しい友人は土緒夏で「ドーナッツくんとか、ドーナッツ」と呼ぶ者が多い。女子の中で、
「土緒くん・・」と呼ぶのは、そう、立松寺華子だけであった・・。
その立松寺は3時間目の始めにやってきた。英語の最中であったので、ガラガラっとドアを開けた立松寺が真っ先に教室内の夏を見つけ、思わず視線を天井に上げた時には、
(ああ・・何かが起こる!)と確信した。少なくとも他のクラスメイトとは違う反応である。英語教師に1言、2言話してスタスタと教室後方に移動する立松寺は、もう1回も夏を見ず、カタ・・と席に座る音だけが後方からするだけであった。その冷たい態度が気になり、右後方に座っているはずの立松寺をちらりと見る。
すると・・・立松寺はするどい目でにらんできた。
(お・・怒っている??ど・・どうして?俺・・なんかした?)
あの目は怒っている。もともと感情を露わにするタイプではなく、無表情なキャラの立松寺だが、目を見れば彼女がどういう感情を抱いているか分かる。伊達に惚れているわけでない・・。ということは、女の子になってしまってもまだ立松寺が好き?というわけか。
ちょっと危ない??
3時間目が終わるとはるかやのどか達よりも早く、立松寺が席に近寄ってきた。そして耳元で言った。
「土緒くん、話があるの・・付いてきて」
(土緒くん・・りつ・・立松寺?)
「立松寺さんがドーナッツちゃんを誘うなんて珍しいね」
なんてはるかの声がしたが、颯爽とあるく立松寺の後を急いで付いていく俺。男時代なら歩幅の違いで苦労なかったが、今の自分だと付いていくのが精一杯。スカートは歩きづらい。大またに歩くと妙にスースーする。よって手でスカートを押さえながら歩く。
それが端からみると妙に可愛らしかったために、道すがら男子生徒の視線を釘付けにしてしまった。無数の視線と小声を背中で感じる。
「相変わらず、ドーナッツちゃん可愛いよなあ・・」
「今日のドーナッツちゃん、スカート短くねえ」
「足、ほそ・・お人形さんみたいだよな」
「うしょしょ・・ドーナッツちゃんの太もも~」
(き・・キモ・・。声、意外と聞こえているぞ。そこの男子生徒ども。セクハラ発言だぞ。)
そんなことを考えながらも立松寺の背中を見る。立松寺もスタイルはいい。問題は性格で
無表情できつい言動から男子生徒からは「氷の女王」と言われて変な女のレッテルを貼られている。まあ、軽い気持ちで言い寄って立松寺に一刀の元に切り捨てられた男達の見苦しいグチに尾ひれはひれがついただけである。本当の立松寺は、ツンデレまではいかないが、素直じゃないが可愛いところがたくさんある普通の女の子だ。要するに要領の悪いバカ正直な奴なのである。
その立松寺が向かった先は屋上。ドラマやアニメでは大抵、人がいないというのが定番。
なるほど、ここもだれもいない。4時間目が始まるまでの10分の休み時間だからいるわけがない。風が少し出ていて、立松寺と自分のスカートがひらめく。
風で乱れた髪を耳にかけて、立松寺が振り返った。
「土緒くん・・あなた、私の知ってる土緒くんよね」
「立松寺・・。」
「心は男の子よね・・。今は?」
「えっ、どういうことだよ、立松寺」
「よかった・・完全に女の子にはなっていないようね」
「どういうことだよ!」
女夏の甲高い声が空に響いた。