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魔王様と16人のヨメ物語  作者: 九重七六八
覚醒モード
19/139

夏妃と側室戦争~前編~

 翌朝、学校へ行く仕度をして家を出る。なぜか、町は白い霧で覆われている。そして何故か人がいない。ありえないぐらいの静寂さと薄い霧。いつも通るバスも電車もない。不安げな夏妃の顔を見て、


(ここは俺が何とかしないといけないのかあ~。)


と彼女の手を取って駆け出した。途中、霧の中に人影を見た。シルエットからよく知っている人物だと分かる。リィだ。彼女は仁王立ちで腕を組んでいた。いつものパツンパツンの制服ではない。戦闘用の赤いスーツだ。(超ミニスカでエロいことには変わりないが)


「御台様、夏、どうやら、バトルエリアが展開されたようです」


「えっ?街全体に?」


夏妃が尋ねる。


(そう、町全体にバトルエリア展開など普通ではない。可能性があるとするなら、あの儀式をやりやがった・・)


 リィが危惧したとおりであった。街の至るところから、魔界の下級魔グールどもが湧き出し、夏たちを追い立てる。無論、護衛のリィにとっては下級魔グールなど何十匹来てもすべて撃破していくが、数が多すぎる。しかも戦闘力があるのはリィだけで、夏は拾った棒で殴りつける程度で1体のグールすら倒せないし、魔王を覚醒し、正室になったはずの夏妃の戦闘力も0。悲鳴をあげるだけである。


(まずい・・御台様の戦闘力は皆無。おそらく、3人分の魔王様を覚醒させる能力で精一杯なのだろう。男の方は平均的人間レベル。魔王に覚醒すればともかく、頼りにはならない。)


グール共に追い立てられるように学校の校門にたどり着いた。ここに案内されてきたという感じだ。こういう感じがするときは大抵、この原因を作った奴が登場するものだ。

果たして・・校舎の屋上でスカートをはためかせた7人の女性が立っている。


「ファナ、使ったな、お前」

「ふふふ・・7人以上の側室で展開できる儀式セブンもはや、お前たちに逃げる場所はない。リィ・アスモデウスよ。前回は見逃してやったが今回はその正室と共にこの場で

死ぬがいい」

「待て、ファナ。魔王様は覚醒した。もはや、側室戦争は終わりだ」


リィはこの状況を終わらせるためにわざとこの場に来たのだ。ファナに戦う意味がないことを教えれば、このバカげた状況を終わらせることができる。側室戦争のルールはあくまでも次期魔王が決まるまでの100日間である。決まってしまえば、正室を倒そうが新側室を倒そうが意味はない。ファナはともかく、少なくとも他の旧側室たちは戦う意味を見出せないはずだ。


「はははっは・・。そんなことは分かっている。もはや、正室の地位や新側室の地位などに執着はせぬ。私たちはこのようなバカげた魔界の掟をすべて破壊する。次期、正室も側室も魔王も倒す。今がその時、いざ、下克上たらん」


ファナがロジェアールの槍を突き出し、屋上から跳びかかってきた。


「我らを守れ!イージスの盾」


光の盾がロジェアールの槍の穂先をはじく。ファナはクルクルと2回宙返りをして地面に降り立った。


「それでは、過激派と同じではないか。元側室として恥ずかしくないのか」

「ふん。20年も魔王様にお使えし、時期が来たから(ハイ、お終い)では、我々をいったいなんだと思っているのだ」

「狂ったかファナ!」


叫ぶリィを押さえて、毅然とした表情で夏妃が前に出る。


「御台様、危ないです」

「いったいなんだと思っているですって!バカを言うな!!あなたたち、前魔王様の側室でしょ。前魔王様は善政を行い、魔界の秩序を保ち、天界との争いを納めた名君と聞いたわ。その魔王様にお使えしたことを名誉に思いなさい。地位や名誉や富が欲しくて魔王様の側にはべったわけではないでしょう。魔王様が去ればあなたたちも去る。それが愛というものよ」


思わぬ夏妃の言葉にあとの6人の側室たちは思わず、目を落とした。だが、


「わめくな!正室のお前などに側室たる我らの気持ちが分かってなるものか!」


ファナが魔法を唱える。3本の光のマジックミサイルが放たれるが、リィのモーリィの盾に弾かれる。他の側室が戦わないのは夏妃の言葉が心に突き刺さっているのだが、セブンを展開された以上、彼女らが攻撃に転ずるのは時間の問題であった。リィは服の胸ボタンを一つ契り、握り締めて地面に拳を突きたてた。


「パニックフラシュ!!」


ものすごい光が発せられる。ファナたちが目を開けたときには、3人の姿はいなくなっていた。ファナは逃げたであろう方向をにらみ、つぶやいた。


「ふん。無駄なことを・・。セブンが展開された以上、もはや戦うしか道はないぞ」



「なあ、リィ、セブンって?」


俺はリィと夏妃の後を駆けながら尋ねた。


「儀式魔法の一つだ。7人以上の側室が集まり、最後の決戦に臨むためのバトルエリアを展開する。通常のバトルエリアはせいぜい1時間ってところだが、セブンで展開されたエリアは人間たちの時間で77時間。エリアは7キロ四方に限定」

「逃れるには?」

「77時間逃げ続けるか、全部の側室を倒すか、先ほどの校舎の屋上にあると思われるセブンのクリスタルを破壊する。最後の方法は側室全部倒すということと同義だがな」


3人はビルの物陰に隠れる。グール共が徘徊し、不気味なうめき声をあげている。


「77時間も逃げきれるのか?」


俺はつぶやいた。あの強いファナを含めて7人も倒せるとは思えない。この魔界の悪魔リィですら苦戦するのである。逃げるしか手はない。


「無理だな・・逃げきるのは」


リィが言う。グールをかわし、建物の中に隠れたところで見つかるのは時間の問題だと。ならば、戦うしかないが、現在のところ、戦えるのはリィのみ。


「新側室なら何とかできるだろうが、あとは魔王様・・」

「そうだ、ひかるちゃんや宗治が来てくれれば・・」

「暴虐の魔王様がいるのは7キロ四方外の山寺だ。そこには我々からはいけない。魔王様自身がこのエリア内に来てくれないと・・」

「魔界から援軍とか来ないのか?」

「無理だな・・」

「ああ、ランジェがいるじゃん。天界の奴ら、助けてくれる・・」

「わけがない・・。暴虐の魔王が覚醒したんだ。どちらかと言えば、あいつらは敵だといっていい。御台様と魔王様を滅殺するために動く」

「じゃあ、八方塞の絶体絶命じゃないか~」


「そ・の・通り・・見つけた!」


振り向くと魔界の戦闘服であろう真紅の胸当てに袴を身につけ、長い黒髪に白い鉢巻を巻いた女性が立っていた。左手にはか彼女の背丈を30cmほども超えた弓を携えている。


「側室NO.12。ナリタ・カイ。ファナには悪いけど、私が3人とも殺しちゃう」

「12番程度の側室に私が倒せるか!」


リィが立ちふさがる。何やら唱えると右手に金色に輝くハンマーが現れる。


「アスモデウス家のご令嬢は気位が高いだけでなく、戦闘力もかなりのものだと聞いてはいますが、所詮、小娘に過ぎません。側室が・・と見下したこと後悔させてあげます」


カイと名乗った黒髪の女性は、弓をきりきり・・と引き絞ると空に向って打ち上げた。それは放物線を描いて5つに分離し、リィと俺、そして夏妃の間に突き刺さった。同時にものすごい炎が立ち上がる。俺はリィのすぐ後ろにいたからよかったが、少し離れていた夏妃は炎の壁にふさがれて引き離されてしまった。


「み・・御台様・・」

「炎龍の矢ですわ。本来なら命中したものを焼き尽くすのですが、わざと外しました。そこの無力な正室様はグールどもに食われて惨めな最後をとげるといいわ。グール共もまさか、魔王様の女を食べることができるなんて、魔界がひっくり返りますわ・・おーほっほほほ・・。さあ、グール共、おいしい若い女の生肉を味わうがいい」

「逃げて!御台様」


炎の壁でどうにもできない俺たち。のたり・・のたり・・と集まってくるグール。歯をカチカチならし、汚い唾液を垂れ流して歩いてくる。夏妃は恐怖で体が動かなかったが、リィの叫び声に反応し、グールが少ないところへ向って走った。グールの動きは鈍い。掴みかかろうとする手をかわし、ヨタヨタと走っていく。

それを見届けて少しだけ安心したリィだが、絶対絶命のピンチには変わりない。手にした黄金のハンマーの柄を握る手に力を込めた。


「あら、意外と走りますわね、あの正室様。早く逃げないと生きている時間が少なくなりますよ~。私がこいつらを殺すまでの時間はそんなにありませんわよ。時間にして3分」

「バカにするな!食らえ、アースクエイク!!」


リィが地面にハンマーを打ち付ける。地面が揺れてカイがバランスを崩す。俺はその場に倒れる。倒れながらもリィがカイに急速接近する姿が見えた。


「弓使いなら、この近距離では攻撃できまい」


リィの右拳がカイの顔面を捉える・・・だが、カイは瞬間にいなくなった。瞬間、リィの背後に弓を引き絞って現れる。そして、弓を放つ。赤い光がリィの背後に迫る。だが、リィも消えた。瞬時にカイの後ろに現れる。超高速移動だ。だが、カイは向きを変えもしないで、誰もいない空間に話しかけた。


「ムダですわ・・」


リィの背後に先ほど放った弓が何故か現れ、リィの背中に刺さった。


「うっ・・」


とうめいて膝をつくリィ。


「あなたたち上級悪魔と私たち魔王の側室は、身体的な戦闘力は互角かもしれない。特に12番程度にはね・・」


カイの皮肉・・そして笑みを浮かべると、


「決定的に違うのは持っているウェポンね。側室が持つウェポンは魔界の王を守るための武器。あなたの金色の金槌ではこんなことできないでしょう」


そう言うとカイは右や左、空に向って弓を放つ。まったくどこを狙って・・・。

俺は目をこすった。3方向に放った矢が、リィの右腕、左腕、左モモに突き刺さったではないか・・。


(どういう弾道で矢が刺さったんだ?)


「あああああ・・っ」


苦痛に叫び声を上げ、その場に崩れるリィ。血しぶきが飛び散る。(悪魔の血も赤い)


「リィ・・」


俺は体を起して獣のようにリィに向って駆けた。彼女の肩を持つ。目をしかめながらもリィの瞳はまだ戦う意思を失ってなかった。


「夏、早く逃げろ・・お前も殺されるぞ・・」

「リィを放っておいては逃げられないよ」

「ふん・・格好つけるな。私は奴に抱きついて自爆する。誇り高き貴族は自決用にこれがあるからな・・」


そう言ってリィは耳に手をやり、ピアスを外した。赤い宝石が付いている。


デビルクラッシュ・・・戦う相手を道連れにする武器だ。


「だめだ・・リィ!!」


俺が叫ぶまもなく、リィは一挙即に跳びかかり、カイの袴のすそを掴んだ。


「お前も終わりだ!デビル・・・クラッ・・」


リィが叫ぶか叫ばないかのタイミングで宝石を握り締めた右手を蹴り飛ばされた。魔法が成立しなかった赤いピアスが光りながら、遠くの方へ落ちていく。


「カイ、気をつけろ。上級悪魔にはそれがある」

「デビルクラッシュ・・貴族の誇りを守るための最後の技。助かりましたわ、クリュシュナ・・」


現れたのは褐色の肌にエキゾチックな目をした(顔はかくしていて、目だけが出ている)美女?がそこに立っていた。顔をかくしているわりに今にもベリーダンスを踊ってくれそうなきわどい衣装でへそがとてもセクシーである。


「No.10のクリュシュナ・バイイと申します。まあ、名前を聞いたところでムダでしょうが・・」

「う・・・、2人目の側室・・」


リィは万事休すだと観念した。もはや勝つ見込みも脱出する見込みも自決する見込みも失われた。そこの魔王候補の男も救えない。


「私を殺そうなんて許せませんわ。貴族のお嬢様にこれ以上ない恥辱を味わわせてから、殺してあげます」


カイは持っている弓の先でリィの大きい胸を突っついた。そして引っかけるようにして胸を覆っていたボンテージの服からぽろりと右胸を露出させた。


「カイ、早くしないとファナ様が来てしまいますわ」


クリュシュナがカイをせかす。彼女は両手に似つかわしくない大きな円月刀を持っている。

カイは弓を静かに引き絞った。


(リィが殺されてしまう・・)


俺は目を閉じることしかできなかった。涙が両頬を伝う。


「リィ~イイイイイイ」


その時だ。ザシュッ・・という地面を踏む音と、甲高い声が俺の目を開かせた。


「ファナじゃないよ!ひかるだよ!」


新堂ひかる・・・女夏が覚醒させた新側室NO.8が立っていた。


「ひ・・ひかるちゃん・・?」


俺が最後に会ったのは、あの添い寝の時だ。彼女の生々しい肉体が脳裏に過ぎる。


(おいおい、そんな場合じゃないだろう!)


「いでよ!ハルパー!!」


ひかるが叫ぶと黄金に光る半月刀が左手に現れる。


「くっ!新側室か!撃ち抜け!余市の弓」


だが、ひかるの方が速かった。弓の弦が離れるよりも速く、ひかるはカイを一撃で仕留めた。


「スレイプニル・・・滑るようにして走る者・・私の必殺技よ」


「お前が・・メディアをやった・・奴か・・」


そうつぶやき、カイは、バタリ・・と倒れた。


「よくもカイを・・」


クリュシュナが両手の武器を構える。ひかるはクリュシュナに向き直る。そして、俺に向って叫んだ。


「夏兄様、時間がかかりそうです。リィさんを連れて逃げてください」


ひかるは理解していた。自分のスレイプニルは最初の一撃が勝負。カイのように攻撃してくれれば、ほぼ一撃で仕留められる。例え、自分より上位の側室だろうとだ。だが、最初に防御から入られたらこの技は防がれる。ましてや、クリュシュナはカイがやられるの見ている。同じ手は通じない。通常の側室同士の戦いなら、長時間の戦いは避けられない。実力が伯仲しているならなおさら・・・彼女は10番、勝てないことはないけれど・・・。

ひかるはリィを抱きかかえて逃げる男夏を見て、微笑んだ。


(少しの辛抱よ、お兄様、お姉さま。ひかるが守ってあげますから・・。)


クリュシュナの斬撃をかわし、ひかるは舌を出して上唇をちろっと舐めた。


 夏妃は走った。道にうようよいるグールたちをかわす。動きが遅いが狭いところに追い詰められれば、終わりだ。パーティで襲われた時も最後には屋上へ追い詰められた。あの時は宗治が助けてくれたが、今はこのただ広い空間に自分しかいないような状況である。


(助けて・・誰か助けて・・)


心の中で叫ぶ。交差点に出た。右はグール共でいっぱい、正面はなぜか壁がある。左は車道にはグールであふれかえっているが、右側の歩道はさほどでもない。歩道橋があるから、車道をまたいで歩道に抜けられそうだ。だが、狭い歩道橋に上ったことは致命的だった。

下からは見えなかったが、倒れていたグールが2匹、起きあがり、女夏の行く手をさえぎった。上ってきた階段はもはやグールが追ってきていて戻ることすらできない。完全に挟み撃ちにされた。


(私はここで死ぬの??)


足がすくんで動けない。魔王となった宗治の顔が浮かんだ。そして、幼馴染の隆介、自分を守ってくれると言ってくれた元馬・・


「助けてよ・・助けてよ・・元馬くん!」


その時だ!


「うるうああああああ!!」


ものすごい叫び声とともに、目の前のグール2匹が吹き飛んだ。目の前に拳を突き出した、源元馬がいる。両手に5色の宝石がはめ込まれた手袋をしている。


「夏妃・・無事か・・」

「元馬くん・・」


思わず夏妃は元馬の懐に飛び込んだ。ぐいと抱きしめる元馬。だが、のそりのそりと近づいてくる足音が聞こえてくる。


「ラブシーンお預けかな。夏妃、走るぞ!」


元馬は立ちはだかるグールを殴り飛ばし、道を作ると夏妃の手を取り走り出した。200mほど走ったが、夏妃の息が荒い。休まないと走れそうにない。元馬は道路右脇にクルマのディーラーがあるのを見つけた。広いショーウインドーに大きなミニヴァンが飾ってある。ガラスの自動ドアが開く。入ると元馬はすぐさま、カウンター隅の電源BOXを開き電気を落とした。バイトで清掃していたと時の知識だ。自動ドアのガラスを拭いた経験が役にたった。ドアが開かないのでグールたちは店に入ってこれない。だが、大きなガラスのショーウインドーで外から丸見えだ。大きなミニヴァンの後ろドアを開けて中に入り、ドアを閉めた。寝転べば姿が見ない。これでグールたちをやり過ごせる。

倒したシートで抱き合って隠れる2人。夏妃は目を閉じて元馬の心臓の音を聞いた。ドクンドクンという激しい音。自分の荒い呼吸と合っている。やがて、夏妃の呼吸が落ち着くにつれて、元馬の心臓の音も緩やかになった。


「大丈夫か・・夏妃」

「大丈夫・・あ・・ありがとう・・助けてくれて」

「当たり前だろう・・っと言いたいところだけど、これがなければ助けられなかった」


そう言って両手の手袋を見せてくれた。甲に5色の宝石がはまっていて、指の先端が出ている。素材は革のようで革じゃない思ったよりも硬い。


「あの英語教師ドミトルが持ってきたんだけど、気味が悪かったが持っていてよかった。夏妃を助けるには必要だとか何とかいってたので、もしやと思ったんだけど」

「ドミトル先生が・・」


あの魔界の伯爵である。夏妃のことを狙っていたのにいったいどういう了見かだろうか。


「朝起きたら霧で人っ子一人いなくて焦ったぜ。そのうち、あの黒い化け物が現れて襲ってきやがるから、試しにこのグローブをはめてなぐったら、殴られた奴は面白いように消えていくんだ。それで夏妃のことが気になって君の家に向ったら悲鳴が聞こえて、夏だった。」


元馬ぐっと夏を抱きしめる。


「よかった、無事で」

「ああ・・元馬くん・・」


夏も元馬の胸に顔を埋める。キュッと元馬の背中に手を回した。そして、元馬に魔王のこと、自分のこと、側室戦争のことを話した。元馬は黙って聞いた。


「ごめんなさい・・あなたを巻き込んでしまって・・」

「いや、むしろ、俺はうれしいよ。俺は魔王であってうれしい。それは、夏妃、君と一生暮らせるということだろう」


夏妃はハッとなった。一生元馬と暮らす・・いや、彼に自分は重要なことを話してなかった、意図的ではなかったが、自分の中に元馬に知られたくないという気持ちが強くあったのだ。そう、夏は宗治を選び、彼を魔王として覚醒させたのだ。そして、その魔王と契った。元馬を裏切っている自分に気づいたのだ。


(こんな風に元馬くんに愛される資格は私にはない。)


そう思うと涙があふれ、頬を伝う。

急に泣き出した夏に元馬は驚いた。


「どうして泣く、泣かないでくれ」

「わたし・・私・・元馬くんに愛される資格ない。元馬くんに助けられる資格もない」

「何、言ってるんだ、夏妃」


(私・・悲しい・・どうして悲しいの・・宗治先輩を夫に選んだから・・でも、そのことは後悔していない。宗治先輩も好き・・なのにどうして、元馬くんのことも好きなの・・)


涙がどんどんあふれてくる。ただ一人の人を愛せないなんて、自分は不幸なんだろうか。それとも、これが魔王のヨメの宿命なのであろうか。


 夏はぽつり、ぽつり・・と語り始めた。宗治のこと、そして元馬と同様に思っている隆介のこと・・・。元馬は黙って聞いている。


 ぐったりとしたリィを抱きかかえた俺(夏)は、追ってくるグール共から逃げ、何とか小学校の校舎に逃げ込んだ。グールたちが数匹うろついていたが、中は教室も多く、校舎内に入り込めば見つかりにくい。保健準備室と書かれた小部屋のドアが開いており、そこに滑り込むと内カギをかけた。これでしばらくは大丈夫。12畳ほどの空間に保健室で使う様々な備品が並んでいる。俺はリィの背中に突き刺さったままの矢を抜かなければ・・と思ったが肉が締まり、容易に抜けそうにないようだ。両腕とモモに刺さった矢はいつの間にか抜け、傷口から血が流れ続けていたから、すぐさま準備室にあった引き出しからタオルを取り出し、傷口を押さえた。


「背中の矢は切らないと抜けないだろう」


リィが苦しそうにそう言う。(俺に切れ!って言うのか・・)だが、彼女のためだ。こう弱っているとあの強大な悪魔というより、か弱い一人の女子に見えるから不思議だ。

俺は引き出しの中からメスを探しだすと、それにオキシドールをたっぷりとかけて、リィの口に丸めたタオルを加えさせた。


「リィ、痛むけど、ガマンして」

「早くやれ・・」


リィはグッとタオルを噛む。俺はリィの肉を切開し、矢じりを抜き取った。


「ううううう・・ぐうう・・・」


リィのうめき声が妙にそそられたが、傷口をすぐ消毒し、包帯でぐるぐる巻く。リィのおっぱいはでかいから、包帯を胸と胸の谷間に何度も包帯を回し、背中の傷を手当てした。。それより、治療とはいえ、リィの生乳を拝めて俺は少し役得した気分になった。


「人間なぞに・・私の胸をさらすとは・・アスモデウス家の恥だ・・」


殴りたくても両腕が負傷していてできないのだろう。だからといって、イタズラしてやろうなどと思わない俺は紳士だ。(言っておくが後で殺されるのが怖いからではない。)


「で、どうするリィ・・」

「少し休んだら、御台様を探す」

「その体でか?7キロ四方のエリアを探すなんて難しいぜ」

「ふん・・これがあるからな・・」


リィは真実の鏡を取り出した。あの鏡の縁に青と赤の宝石が光っているやつだ。リィが念じると、車のディーラーが映った。あの学校から近い通りに面した店だ。さらに、店の中に景色が映り、展示車の中に元馬と抱き合う二人を映し出した。


(夏妃のやつ・・こっちはピンチなのに元馬とラブシーンか!)


俺は恐怖におののきながら、グールから逃げているシーンを想像したから、ちょっと腹が立った。それに比べて、こちらはこの高慢な女悪魔と二人っきりで・・。俺も鏡をのぞかれていたら、リィと二人壁にもたれかかり、何故か成り行きでリィの肩に右手をかけている姿を見られているだろう。リィも気づいていないのかそれを許している。こんな姿をもし、彼女、立松寺に見られたら・・。


(うおおおっ!誤解だ、誤解です、立松寺さま。こんな高慢で乱暴で、勝手気ままのドS悪魔に手はだしませんって・・。)


でも、鏡を真剣に見ているリィは、そんな強いイメージがしてこない。痛々しい、か弱い女の子がそこに座っている。


(や・・まずい。確かによく見れば可愛いとこもあるが・・リィはないわ・・ない?)


「ああ・・まずい。御台様の心が低下していく・・。」


鏡を見ていたリィが悲鳴をあげる。鏡の青い光が一つ一つ消えていく。元馬の思い100に対して夏妃の思いは80・・70・・65・・と低下していっているのだ。


「御台様は元馬に対する思いを捨て去ろうとしている・・だめだ。今の状況ではまずい」


元馬と一緒にいて、最初は安心したリィであったが、この第2の魔王候補を覚醒させずに分かれるなんて、今の状況では望ましい方向ではない。どちらかといえば、覚醒させてしまった方がいい。魔王として復活すれば、夏妃のことを守ってくれるはずだ。でも、リィも涙をとめどなく流しながらなにやら話している夏妃の姿を見て(鏡は映像だけで音は流してくれない。だって、スピーカー付いてないから(それは冗談))


「御台様の気持ちを考えれば、それも致し方ないのかもしれないが」

「はあ・・女の子って、やっぱり、一人の人しか愛せないのか?男とは違うのかな」


ぽつり・・とつぶやく俺。鏡の中の夏妃は、きっと宗治との仲を告白しているに違いない。自分の気持ちを抑えて元馬と別れるために。


「ふん。男とは違うさ。魔王様みたいに正室を愛しながら、片方では側室を何人も囲っているなんて、失礼ながら男だからできる芸当だ。おまえもそうだろう」

「いや、俺は違う!俺は立松寺一筋で・・」


リィの肩にかけた右手を見て、俺は自分を呪った。いや、これはリィがケガをして弱っていたので励まそうとしただけで。(俺も魔王候補ということは、好色の才能があるのか?)


「ああっ・・話し終わったようだぞ!」


泣きじゃくりながらも元馬に話していた夏妃の唇が動かなくなった。おそらく、現場は氷のように冷たく、そして時が重苦しく流れているはずだ。元馬が「さよなら・・」と言って夏の体を突き放して、ミニヴァンのドアを開いて出て行く姿が目に浮かんだ。

青い光が50・・40・・と少なくなる。夏妃は心の中であきらめていくのが分かった。

だが、左の赤い光は消えていかない!なおもそれどころか、輝いている。


「こ・・これは・・」


リィが大きいな声を部屋中に響かせた。


「これが、奇跡というものか・・」


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