夏とトリプルデート大作戦~宗治編
デート最終日はVS一柳宗治である。宗治はデートの場所を変更した。そこは山奥の禅寺であった。一柳家の縁の寺らしく、住職も親しく話しかけてくれた。小さな寺で、小さなお堂と宿坊しかなく、どうしてこんなところでデートなのか夏には理解できなかった。
2時間前、宗治先輩はバイクで待ち合わせ場所にやってきた。駅前で待っていた夏にヘルメットを投げて、
「乗れ」
と一言。さすがに不安になった。昨晩、メールの後、すぐ電話がかかってきて、
「連れて行きたいところがあるんだ。明日、下はGパンをはいてきてくれ」
と一言。(なぜ?Gパン)とその時は思ったが、バイクの後ろに乗るならワンピースやスカートは適していない。だから、ピッタリとするスリムなGパンにTシャツでやってきたのだが、タンデムで宗治先輩に引っ付きながらも先輩との初デートなのに残念な気持ちではあった。
住職は山の下に住居を構えているそうで、用があって下山し、本日は戻らないといって姿を消した。静かな山寺に2人きり・・・である。
(宗治先輩の方が危なかったり・・・。)
女夏が心の中でそうつぶやいた。今までのデートは女夏なのに、今日に限って俺に出番が回ってきた。俺は思わず勘弁してくれ~と叫んだがどうにもならない。
本堂で座禅を組む宗治。それに対して正座をして見つめる夏。20分ほど静かな時が流れ、山を跳びまわる鳥のさえずりや風でたなびく山々の木々の音に慣れてきた頃、
乗れ・・と言ってから一言も話さなかった一柳宗治が口を開いた。彼は愛刀「毘沙門」を左肩に立てかけて微動だにしない。
「こんな遠くまで連れ出してごめん」
「ここは?」
「剣の修行で使う一柳家の寺だ。迷いが生じたとき、ここで座禅し、己の魂を浄化している。俺の精神修養の場所だ」
(はあ~・・さすが、先輩。色気も何にもない。だが、人っ子一人いない場所だ。もしかしたら、狙ってないか?いや、先輩に限ってそれはないか)
「あの宗治先輩」
「宗治でいい。俺はお前の旦那候補だろ。仮のフィアンセだ」
「はい・・」
(ちくしょう!やりにくいぜ。女夏、代わってくれ~)
(昨晩からあなただったから、午後には入れ代わるかもね。昨日のひかるちゃんに欲情してあなたほとんど寝てないでしょ。ほんとにあなたは凡人ね。)
(うるさい。健全な高校生男子でアノ状態で普通に寝られたなら異常だ。あれで欲情しなかったら、僕は2Dギャルしか興味ありません~とかいう危ない男子だろ。)
(いや、あなたのそのいやらしい目のこといってるの!ひかるちゃんの体を見たでしょ。)
(そりゃ、見たけど。あの状態で見ないなんでできないでしょ。)
添い寝したひかるは思いのほか寝造が悪く、夏を抱き枕に胸は押し付けるは、息は吹きかけるわ、スケスケのネグリジェははだけるわ・・で俺は目がギンギンになってしまった。
(まったく、男はいやらしいわね。)
(それって、宗治先輩にも言ってるのか?)
(先輩は別よ。だって魔王様かもしれないし・・。)
いや、女夏、断言しよう。魔王様は絶対スケベだ。なにしろ、美人の正室がいるのに16人も側室がいるのだ。スケベじゃないと務まらない。
だが、この人気のない寺で一柳宗治が夏に対して下心をむき出すようなことはないとは思っていた。彼は昨日までの2人と違って、魔界のことを知っている。
「俺は迷いや、自分の中のまがまがしい心を見つける度にここへ来て、自分の心を清めてきた。座禅をすると雑念が消え去り、心が無になり、本当の己と向き合える」
「先輩もそんなまがまがしい気持ちになるんですか」
「なる。君に魔界の話を聞いたとき、俺は自分の心がそのことを歓迎したことを恐ろしく思った。だってそうだろう。普通ならバカげた話。だれが信じる。例え、気味の悪い化け物と前日に戦ったとしてもだ。俺は魔王かもしれないと思った時、心の中の自分が喜びを感じたのだ。そうだ、俺は魔王だって。人間じゃない。人外の生き物であると」
話が深刻になってきた。宗治先輩は自分の心内の悩みを夏に告白しているのだ。なぜ、自分に?宗治にとって夏が心の支えになっていることが何となく分かった。
「夏、俺の昔のあだ名を知っているか?」
「あだ名?」
一柳宗治は学校でも評判の好男子だ。それでいて話しかけにくい高尚な雰囲気があり、あだ名で呼ぶなんて考えられない。俺は首を横にフル。
「人斬り宗治」
(人斬り?人を斬るってこと?)
女夏が天然ぶりを発揮している。あたりまえだ。大根斬りだったら間抜けだ。
「聞いてくれるか、夏」
うなずくしかない。
宗治が中学3年生の時だ。街で変質者による斬りつけ事件が頻発していた。突然、振り返りざまに刃渡り15センチもある包丁で斬りつける手口で町を恐怖に陥れていた。学校の帰り道、友人3人と帰っていた宗治たちにその振り返り斬りつけ魔が友人を背後から斬った。斬りつけられたところが運悪く、首筋にあたって鮮血が飛び散った。
斬りつけ魔は、その血に興奮したのだろう。さらにもう一人の友人を斬った。左右の腕を切られて、血が宗治の顔にかかった。あまりの恐怖なのか、2人の友人がなすすべくもなく斬られているのにまったく動けなかった。
「そんな状況なら、動けなくて当たり前だと思います。」
おれは素直にそう言った。俺だって、そんな状況では脚がすくんで動けないに違いない。
「違うんだ。友人の血を浴びて、俺の中で何かが目覚めた。」
その証拠に宗治に襲い掛かってきたその暴漢の腕を冷静に掴み、軽くひねった。ボキっと音がして折れた。宗治は実家の古武道の流派が教える一子相伝の組み手技を習得している。素人の攻撃をかわし、腕を折ることは難しくない。
5歳の頃から仕込まれた基本技だ。折れた腕の痛みで暴漢が獲物を落とした。いや、地面に付く前に宗治が掴んだ。刃を掴んだので手のひらから血が出たが痛みは感じなかった。それより、刃物を持った自分にみなぎる高揚感と斬りたい・・という衝動に支配された。柄を握りなおすとまさに一撃であった。暴漢の左肩から一撃で血しぶきが雨のように降った。
「その血しぶきがきらきら光って美しかった。そう斬ることは快感だった。」
「でも、それは先輩、明らかに正当防衛でしょう。ご友人は大丈夫だったんですよね」
その事件は知っている。宗治先輩が関わったことは初耳だったが、その暴漢は結局、2人を死亡させ、10人に重傷を負わせ、さらにその倍の人間を傷つけた。
「確か、犯人は警察に追い詰められて自殺したって・・・」
「俺の一撃で事切れた」
「えっ・・」
袈裟懸けに斬った宗治先輩の一撃で?だって包丁だろう?
「状況を調べた警察が正当防衛だと認定した。友人2人が斬られて重傷で襲いかかってきた刃物を取り上げて反撃したのだから当然だろう。それにそんな獲物で袈裟懸けに斬ったことも中学生には無理とされた。犯人は自分で自分を斬ったことで片付けられた。おかしいよな。どうやって自分で袈裟懸けに斬れるんだ。だが、俺は古武道の組み手は免許皆伝だが剣術はやってなかった。だから、素人ではできるわけがないということになった」
(宗治先輩って、剣道の達人じゃなかったけ?高校生から初めて3年で全国制覇したってことか?よほどの天才だろう。)
「でも、それって・・宗治先輩は少しも悪くないと思います。」
女夏が話した。いつのまにか入れ替わったのだ。シリアスな話なので俺としてはラッキーだったが、いったい宗治先輩は何が言いたいのだろうか。
「違うんだ。それがトラウマになったんじゃない。人を斬るのが楽しい自分に気づいたんだ。鮮血が飛び散るあの美しさ、悶絶して倒れる瞬間・・。それを知って俺は愕然とした。自分の闇の部分が大きくなるのが怖かった。あえて自分を律するために剣術の修行をした。この寺で禅を組んで精神修養もした。」
「先輩はそれから人を斬ったことはないんでしょ。なぜそんなあだ名に?」
「斬られた友人が斬られたことよりも、俺が犯人を一撃で仕留めたときの目がショックだったようだ。2人とも病院で意識不明中に人斬り宗治、人斬り宗治ってうめいていたそうだ。それが周りに広がったが、まあ、事件も事件だから大人が巧みに封じ込めた。高校に入ってからはそんなあだ名をいう奴もいなくなったがな」
「もしかして、そんなことを忘れていたのにあのパーティで魔物を斬った。それが人斬り宗治を目覚めさせた?」
一柳宗治は声を荒げた。物静かな物言いが激しい怒号になった。
「そうだ。あれは快感だった。心の中の悪が解放され、気分が爽快だった。君が魔王の話をした時、俺は納得した。どんなに精神修養してもムダだ。なぜなら、俺は魔王で、邪悪な存在なのだ。今でもお前に襲いかかる敵を斬りたくてウズウズしている自分が怖い」
女夏はそっと立ち上がって宗治を胸に抱きしめた。
「私の魔王様。あなたは邪悪な魔王じゃないよ。私がいる限り、あなたの邪悪な心は私が受け止める。だから心配しないで・・」
宗治の呼吸が落ち着いたのを確認し、女夏は宗治の顔を両手ではさんだ。もはや言葉はいらない。目を閉じてそっと唇を重ねた。光が二人を包み込む・・・。
(女夏・・魔王解放か?)
俺の意識が飛ばされるのが分かった。肉体分離・・・そう男夏の復活だ。
遠く、立松寺の寺院にいたランジェは、東に感じた邪悪な気配を的確に捉えていた。監視対象者のレベル5・・最高値である。邪悪で強大な魔王が復活したことは間違いない。完全にこれは抹殺レベルである。
ランジェは心で念じ、この地に派遣されている仲間と天界への応援を要請しようとした。早くしないと手遅れになる。この2代までは天界と魔界、人間界のバランスを維持しようとする穏健な魔王であった。だから、ランジェたち監視団は監視するだけでよかった。だが、そうばかりではない。もし、超邪悪で強大な魔王が誕生したなら早いうちに始末をするのが任務であった。
彼女の持つ、魔槍ゲイ・ボルクはそのための武器である。だが、その邪悪な気が押さえ込まれどんどん小さくなっていく。
「どういうことだ。確かに感じたのに・・・0になった・・こんなことありえない」
ランジェは東の山を見やった。
光が収まり、宗治が叫ぶ。恐ろしい声だ。
「殺す、殺す、すべて殺しまくる。魔界の王、暴虐の覇者・・今、ここに降臨する!」
「だめ!宗治先輩・・邪悪な心は私にぶつけて!!」
夏は宗治にキスをする。深い深いキスだ。
「おおおっ・・・。」
宗治の邪悪な心が少しだけ浄化される。だが、唇を通して強大な荒ぶる力が猛々しく宗治の体を支配していることが伝わる。これを沈めなければ、魔界は間違った王を戴くことになる。それは妻として絶対防がなくてはならないことだと夏は思った。
唇を離すと自分の胸に宗治の顔を埋めさせる。宗治の中の荒ぶる力が落ち着いてきた・・・後は少しずつ削っていくだけ。それで暴走状態を押さえ込む。この言葉を言えば、自分がどうなるかは女夏は分かっていた。
「魔王様・・・もっとして・・」
女夏は宗治を包み込むように深いキスを再び重ねる。そっと倒れる二人。
宗治の燃えたぎる体に抱きしめられながら、女夏の脳裏に次々と顔が浮かんだ。
(私は宗治先輩が好き・・でも、隆介君や元馬君の顔が浮かぶのはなぜ?まだ、私は迷っているの?宗治先輩、魔王様に体を許すのは行けないことなの?)
「くおおおおおおおっ…」
宗治、今や魔王と化した一柳宗治は両手で女夏のTシャツを引き裂く。ブラジャーも引きちぎられ、
胸が露わになる。
(魔王様の暴走を止められるのは私だけ…)
女夏は目を閉じた。目から涙が一粒、頬をつたう。
女夏は名実とともに魔王のヨメになるのだと覚悟を決めたのだ。




