夏とトリプルデート大作戦 準備編
「ねえ、それでどうするのドーナッツちゃん。宗治先輩と付き合うの?」
微妙な空気が流れる生徒会室で、めぐるが空気を読まない質問をしてきた。
(おいおい、めぐるちゃんその話題は今はやばいって・・。)
と内心思ったが、明らかに聞き耳を立てている生徒会長と副会長の手前、下手な答えはできない。
「一応、考えさせてください・・・と答えたけれど、私、どうしたらいいか分からない」
そう言って、当の会長と副会長を見る。慌てて目をそらす二人。
(おいおい、ここで男ならガツン!と言うだろう・・でも、ヘタレの隆介じゃ、言えないか。元馬はともかくとして・・。)
実際、俺自身、今後、どう動くか悩んでいる。問題を整理しよう。俺こと土緒夏は、元は男だけど今は女。魔王のヨメ(正室)である。本当なら体だけでなく心も女で完全別人に生まれ変わるはずだったが、幸い?なことに男の心も生き残った。覚醒の引き金になった男時代の彼女、立松寺華子のおかげだが、それ以後、男の心と女の心がランダムに変わっていくという厄介な状況に陥っている。
100日以内に人間界に転生しているという魔王候補の男の子と恋に落ち、キスで魔王として覚醒させれば、女夏はめでたく魔王の妻になり、俺は男として人間に戻れる。
(はず・・でないと・・俺としては非常に困る。)
候補は魔界から来た俺の護衛役という、リィ・アスモデウスというダイナマイトボディの女悪魔の持つ鏡に映った男子。すべて夏に好意を持っていて、なにかしら運命的なものがあるらしい。単に夏のことが好きと言う男子はこの学校には多いから、単純に好きなだけではいけないらしい。
その候補は3人。幼馴染で学校の生徒会長である橘隆介。そのライバルで体育会系の熱い男、源元馬、武道の達人で物静かな先輩の一柳宗治。いずれも魔王の素質はあるらしいが、今のところ、状況を正確に知っていて夏に協力的なのは宗治であるが、それが魔王である証とは言えない。
これだけでもややこしいのに、夏を狙う旧側室や魔王を監視している天界の住人や魔界の過激派などが複雑に絡み合っていて複雑な状況である。さらに新側室として後輩男子から女の子に転生した(新堂ひかる)までいて、混乱は広がるばかりである。
生徒会の仕事も終わり、2人の男子からは結局、何も声をかけられなかった俺は、ちょっと落胆したが、
(たぶん、女夏なら、そんな奴とは付き合うな!俺がいるじゃないか!と二人に言って欲しかっただろうと思う。)
今後の作戦を考えるためにリィに会いに行った。リィの奴、風紀委員会室で一人、ボーッとたたずんでいやがった。
(これで俺の護衛が務まるのか?)
ふと思ったが、ガラリとドアを開けて閉口一番、
「なあ、リィ。この先どうしたらいい?」
と聞いてみた。今の状況は当然、夏のお目付け役であるこの悪魔は承知しているから、細かい説明は省いた。
「私にも分からぬ。だが、ファナに動きがないのが気にかかる。今の状況なら、一気に御台様に襲い掛かってきてもよさそうだが・・」
(リィの奴、未だにファナに勝てなかったことを気にしてるな・・。プライドの高い奴だから仕方ないが。同じ勝てなかったのにランジェの方がよほどさっぱりしている。)
リィ・アスモデウスは自信たっぷりの気位のお高い性格であったのに、最近はどうも勢いがなく、そういう姿が意外に可愛い。(言っておくがこいつは魔界の悪魔だ。)そんなことを思うのは、女の身ながら男の心があるからだろうか?もう一人の女夏は、そんな感情はきっとないに違いない。
「いずれにしても、3人に絞られたといっていい。お前が正室として生まれ変わってからすでに3週間が過ぎている。5分の1が経過したところだ。ファナが襲い掛かってくる前に早く魔王様を見つけ出すのだ」
「3人にアプローチしろってこと?」
「どうだ、夏。明日から3連休だ。3人とデートしていっきにカタをつけたらどうだ」
(おいおい・・安いギャルゲーじゃない、この場合は乙女ゲームか?3人同時攻略デート大作戦か?勘弁してくれ・・・。ただでさえ、宗治先輩に告白されてあとの二人とはギクシャクしているのに、デートは気まずいだろ。)
とは思ったが、この際、一気にカタをつけるというのはいいことかもしれない。元馬も隆介も何か言いたそうであったし、宗治先輩もあの告白宣言から何故か音沙汰なしであったから、ちょいと気になる。
「分かった。動いてみる。それに・・」
俺は元気のないリィを励ましてやろうとつい優しい言葉をかけてしまった。
これがまたややこしいことになるきっかけになるのだが・・。
「なあ、リィ。元気出してよ。あなたは私の護衛でしょう。あなたがいてくれないと困る」
「お前、今、男だろう?」
「いや、まあ、そうですけど・・」
「私を口説くような台詞を吐くな。言われなくても分かっている」
「ご・・ごめん。だけど、元気のないリィはらしくない。確かにファナには前回は苦戦したかもしれないけど、あの戦いを見ていて私は思ったんだ」
「何をだ?」
「リィやランジェは、強いけれど戦いの経験が少ないんじゃないのかな?ファナの奴は前魔王の側室で、20年間の戦いの経験がある。その差だけじゃないのかなあ」
リィはじっと聞いている。
(確かに経験の差は大きい。だが、越えられない壁でもないような気もしてきた。私も前回の戦いで学んだともいえなくはない。)
魔王の正室とはいえ、たかが人間に励まされるのは癪だったが、何となく元気が出てきたのは事実で、にっこり微笑む夏に何だか心が癒されるような気がしてきたというより、何だかドキドキしてきたではないか。
(まてまて・・こいつは女で魔王様のヨメ。なぜ、私が癒されなくてはならない。だが、今はこいつ心は男だし・・人間の男に悪魔が虜になってどうするのだ!)
「と・・とにかく、明日からのデートプランを立てて、3人のうち、誰が魔王様かはっきりさせるのだ。分かったな」
「了解!」
俺は調子よく返事をした。さっそく、メールでデートに誘うことにした。
チンチロリーン・・・
明日の土曜日、会いませんか?
都合がつくなら、明日9時に駅前の公園広場で・・from 夏
明日を明後日、日曜日、月曜日・・の3タイプ作って元馬、隆介、宗治に送る。考えてみれば悪い女だ。女性読者のみなさんは、かなり怒り心頭だろう。
それにしても・・貴重な3連休を男と過ごすなんて・・俺はなんて不幸なんだろう。本当なら、彼女の立松寺と楽しいラブラブデートのはずなのに・・。そういえば、立松寺は本日休みであった。病気休みではないということだが、携帯にも出ないし、何かあったのか?家でランジェと元気に過ごしているとリィは話していたが、少々心配であった。
デートの方は、3連休のうち、女夏とバトンタッチをする時もあるから、全部、自分(男の方)がデートするわけじゃないのだが・・。
リィは夏と分かれて帰り支度をしていると、新任英語教師のドミトリが話しかけてきた。
「お前か・・過激派に組して御台様の命を狙おうとしたそうだな」
「おや、そうおっしゃる割にはすぐ私にコンタクトしてこなかったねえ、リィちゃん」
「ちゃん付けはよせ」
「冷たいなあ・・僕とリィちゃんの仲じゃないか」
「どんな仲じゃ。お前は私の敵。馴れ馴れしくするな」
「ふふーん。妬いているのかな?」
(だれが妬くか!お前なんかに・・)
リィはこのナンパな同族が大嫌いであった。だいぶ前に魔界のパーティで紹介されてお見合いをした仲ではあるが、一目見て大嫌いなタイプだと思った。そいつが人間界に来て、自分が護衛する魔王夫人を殺そうとしたなんて許せないし、殺すのをやめて人間に化けて近づいてきたのはもっと許せない。
コンタクトしなかったのは、こいつが夏を殺すのをやめて自分の女にしようと志を変えたことが分ったからだ。こいつの考えそうなことだ。夏の色香(そんなものあったか?)に惑わされやがって、過激派の一派なら、志を鉄のようにして意志を貫け!とリィは怒鳴りつけてやりたかったが、貫いてもらうと困ることは確かなので黙った。
こんなナンパな奴でも実力は侮れない。ただでさえ厳しい側室戦争中に過激派の横槍はリィにとっては大変困るのだ。
「リィちゃん・・大事な任務が達成できないと可哀想だから、僕ちゃんも手伝いたいと思うけれど・・・君は僕の助けなんかいらないよね」
「当たり前だ。どちらかというと迷惑千番」
「きついねえ。相変わらず。まあ、僕もおじさんの頼みで魔王のヨメたるドーナッツちゃんを殺そうとは思ったけれど、あの子、かわいいよねえ。いっぺんで好きになっちゃった」
「マジ?」
リィは思わず大きな声でつぶやいた。魔界の吸血鬼の心理なら人間は食料みたないなもんで、人間なら牛やブタや鶏を好きだ!というのに等しいと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。まあ、こいつは女なら動物でも何でもいいといいかねない奴だが。
「それに僕ちゃん、思ったんだ!魔王の鼻を明かしてやるには、ヨメを殺して覚醒させないんじゃなくて、ヨメを寝取ってやった方がダメージ大きいような気がしてねえ」
「ね・・寝取るだと・・無礼な」
「いやあ・・怒った顔も素敵だね。リィちゃん、その意気その意気」
「さっさと私の前から消えろ。それから、御台様に一歩でも触れてみろ。私が承知しないからな」
「はいはい・・正々堂々とやりますのでご心配なく。それから側室さんたち、決戦の準備しているようですから、ご準備もよろしく。戦力は多い方がいいので、ちょっと手を打っときますが、新側室のお嬢さんとあの木刀持った魔王様候補の人間とリィちゃんとランジェちゃんでは戦力不足でしょうから・・」
そういい残してドミトルは目の前から消えやがった。
(側室さんたちって?)
「ちょっと待て、ツエッペリ伯、何か知っているのか!」
リィの声がだれもいない校舎の廊下にこだました。




