カルタゴの戦い 前編 その5
暴虐の魔王VS妃殿下元帥の一騎打ち…
「このままでは、立松寺が危ない!」
俺はそう叫んで、駆けつけようとしたが、リィに止められる。
「だめだ。暴虐の魔王の軍が迫っている。私の軍で防がないと華子ちゃんが包囲されてしまう」
「だけど、宗治先輩が相手じゃ、いくら立松寺でも…」
あの圧倒的な力を見た後でさえ、一柳宗治に立松寺華子が勝てるとは俺には思えなかったのだ。それだけ、あの先輩は恐ろしいものを秘めていた。
「もうじき、ランジェも駆けつけてくる。殿下は美国の軍と一緒に後方にお控えあれ」
「しかし…」
「大丈夫、華子ちゃんにも強化を使ったのでしょう?あなたの力を信じなさい」
リィは片目を閉じた。
一刀両断で呪符の舞が切り裂かれる。立松寺華子は目を丸くして、呪符が切り裂かれるのを見た。
「我が側室を瞬時に倒すとは、さすがイレギュラーの魔王の正妃、立松寺華子。その力、至高のものなり…」
「あなたもね…さすが魔王様ってことかしら。私の札の舞を切り裂いた人はあなたが初めてよ…」
立松寺華子は、自分の防御網がなくなったので、右手の奥義と左手に持った3枚の呪符で構えを取った。第2撃がいつ放たれるか分からない。すぐ呪符を召還して再び、札の舞を発動したかったが、宗治の斬撃の威力で自分の魔法力がかなり削られた感触を持っていた。
いくら無敵の札の舞も、発動には相当の魔法力を消耗する。
宗治は毘沙門改を鞘に収めて、抜刀術の構えを取る。一撃で華子を葬ろうという気だ。華子の左手の呪符がピクリと動いた。
(やるか…やられるかよ…)
「死せよ…魔王!桜吹雪月照」
「切り裂け…」
立松寺の呪符が無数に分裂して、全方向から一柳宗治に襲い掛かる。蝶子を倒した必殺技だ。無数の呪符がスパークする。まさに刹那の瞬間…そのスパークが切り裂かれ、黒い光に終息した瞬間に立松寺華子の左肩から斜めに一閃した。
「た…立松寺~っ…」
俺は立松寺が斬られたと思って悲痛の叫び声を上げる。宗治の奴、許さねえ!俺の大事な大事な立松寺を殺すなんて!
「逃げたか…」
一柳宗治は毘沙門改を鞘に収め、パチンと音がしたとたんに倒れていく華子が大きな人型の呪符に変わって真二つになったのを肩越しに見た。呪符には「逃亡」と書かれてあった。
「兵士どもよ…妃殿下元帥は我が撃破した。踏みとどまって戦え。逃げる者は斬る!」
宗治はそう叫んで、兵士たちに残された華子の軍勢の駆逐を命じた。
「立松寺~っ…」
と叫んだ瞬間に、「ヨメ」が俺の目の前に降ってきた。慌てて両手で抱き留める俺。
「痛ううう…。さすが、先輩ね。不覚をとったわ」
そう片目を開けて立松寺が俺の顔を見た。
「だ…大丈夫なのか…」
そっと立松寺を地面に降ろすが、さすがに立てないようであった。すぐさま、俺の小隊の救護兵が側により回復魔法を施す。
「毘沙門改の物理攻撃からは逃げ切ったけど、精神力、魔力は壊滅的に奪われたようね。あの武器は物理的ダメージに加えて、そういった能力も奪うみたい…」
ふう…と重そうに息をつく立松寺。
「だけど、よくあの攻撃から逃げられたな」
見た感じ、絶対に斬られた…という感じであったから、立松寺の瞬間移動というか、ワープと言うか…そういう力に感心してしまった。
「何を言ってるの?あなたのおかげよ…土緒くん」
看護兵に少しだけ魔力を注入されて少しだけ元気を取り戻した立松寺はそう言った。
「あなたの強化の力で、私の呪符に「逃亡」の力が付与されなかったら、いくら私でも暴虐の魔王に殺されていたわ…ありがとう…土緒くん…」
そういうと立松寺は目を閉じた。あまりの疲労に気を失ったようだった。指揮官を失った立松寺の軍は大混乱に陥った。俺はロレックス嬢を通じて、退却命令を出す。このままでは、全軍が崩壊する。右から来る魔王軍3万にはリィが当たっていたが、これも撤退を開始する。暴虐の魔王が帰還した以上、前衛部隊だけで戦うのは愚の骨頂であった。
幸い、暴虐の魔王も3側室の軍の混乱状態と側室3人の負傷によって、追撃することはできず、なんとか俺は軍をまとめて後方に逃げることができた。長期に渡るカルタゴの戦いの前哨戦は、痛み分けであったが、宗治の元に夏妃がいる以上、負傷した3側室もすぐ戦線に復帰してくるはずだ。